コーカデス家への認識
ディリオを抱いたままのミリが椅子に座り直すのをパノの弟スディオ・コーハナルが助ける。その様子を見ながら、パノの父ラーダ・コーハナル侯爵はミリに尋ねた。
「そう言えばミリ?」
「はい、養伯父様」
「王位継承権を持つ女性が王都を離れられる様になった今回の法改正に付いて、コーカデス卿から何か聞いているか?」
「いいえ。法改正の話はソウサ商会の船員から聞きました」
「それは王族法が改正されたとの話だな?」
「はい」
「その前に、コーカデス卿から何か聞いていないか?」
ラーダの言葉にミリは小首を傾げる。
「いいえ、養伯父様。法案が一度差し戻された話も、聞いたのはソウサ商会の船員からでした。コーカデス卿からは聞いてはいません」
「そうか」
「はい」
ラーダは難しそうな顔をするが、スディオも困った様な顔をしていて、ミリも困った。
「あの、コーカデス卿がどうかしたのですか?」
「法案を一度差し戻させたのは、コーカデス卿の発言が理由だったのだ」
「そう、ですか」
「ああ。最初の法案は、連絡したら三日で帰って来られる場所までなら出向けると言うものだった」
「三日で?」
「ああ」
「それは連絡を受けてから三日ですか?それとも連絡を送ってから三日ですか?」
「送ってから?」
「はい。チリン姉様に遣いを出してから三日で王都に帰らなければならないのであれば、帰り支度もしなければなりませんから、実際には一日で王都に戻る事が出来る様な距離になると思います」
「それはそうだな。いや、どちらだったのだろう?」
「説明はなかったのですか?」
スディオの問いにラーダは首を左右に振る。
「ああ。説明なく、直ぐに決を採らせようとしていた。そこにコーカデス卿が反対の声を上げたのだ」
「なるほど」
「それで養伯父様はコーカデス卿の関与を疑っているのですか?」
「関与?」
ミリに問われてラーダは眉間に皺を寄せた。
「はい。わざと反論が出易い様な状況にした上で、コーカデス卿が正論を発言したとか?」
「いや、そうではない。そこでのコーカデス卿の発言は、誰かの入れ知恵だったとの噂が広げられたのだが」
「入れ知恵?ですか?」
「ああ。いや、そうか。コウバ公爵家がコーカデス卿に、事前に情報を渡していた可能性もあると言う事か」
「コウバ公爵家がですか?それは、何の為にでしょう?」
「いや、分からんな。私はその誰かと言うのがミリかと思ったのだ」
「わたくしがですか?」
「ああ。違うのだな?」
「はい。コーカデス卿本人は何か言っていないのでしょうか?」
「本人は特に何も言っていない。噂の否定もしていない。ガダも、それに関してはコーカデス卿から何も頼まれてはいないし、コーカデス卿からは無関係だと聞いているそうだ」
「そうなのですね」
そう言って肯いたミリは、けれどラーダが何を言いたいのかが今一つ掴めていなかった。ラーダはレントが反論した時も法案が採択された時もその場に参加をしていたので、議場内の雰囲気から何かを感じたのかも知れないと思えるだけだ。
ミリとラーダとスディオが揃って困った様な表情を浮かべて話が途切れる。そこに元王女チリン・コーハナルが口を挟んだ。
「ミリちゃん」
「はい、チリン姉様」
「私はコーカデス子爵家を許していないの」
「・・・え?」
「それなので、最初の法案にコーカデス卿が反論したと言う話も、私を王都に縛り付けておく為だと感じたわ」
「そうなのですか」
「ええ、そうよ。流れ的にはコーカデス卿の反対があったからこそ、私は自由に王都を離れられる事になった様だし、コウバ公爵家の再提案はコーカデス卿の反論をそのまま取り込んだ様な案になっていたそうだけれど、それが我が家への謝罪の積もりなのかも知れないと思うと、とても気に障るの」
「ええ?そうなのですか?」
「ええ。ミリちゃんがコーカデス子爵領の開発を主導するのも嫌だったわ。ミリちゃんの経験になるし、手柄にもなるから何も言わなかったけれど」
「それにわたくしの商会の利益にもなります」
「そうね。でもやはり、私はコーカデス子爵家を赦せていない」
「コーカデス家からはコードナ侯爵家へ正式な謝罪があって、それを受け入れています」
「それはコーハナル侯爵家もだけれど、そう言う事ではないの」
「コーカデス卿からもリリ・コーカデス殿からも、リート・コーカデス殿とセリ・コーカデス殿からも、両親に直接謝罪がありました」
「ラーラさんの人生を狂わせておいて、謝って済む訳ではないでしょう?」
「お母様の誘拐にコーカデス家が関わったのも、パノ姉様の封筒を紛失した事だけですし」
「それでパノ義姉様に罪を被せようとしたのではないの」
「状況的に、パノ姉様からの封筒が紛失している事にリリ・コーカデス殿が気付いたのは、パノ姉様に言われて確認してからだと思います」
「それは分からないじゃない。気付かない振りをしていただけかも知れないし」
「・・・チリン姉様。わたくしは犯人達を赦していません」
「それは私もよ」
「それなので、コーカデス家を疑って警戒するよりは、コーカデス家に協力をして貰った方が良いと思っています」
「犯人と繋がっていた証拠を隠すかも知れないのに?」
「証拠を隠すのなら、当時既に隠していたでしょう」
「まあ、そうでしょうけれど、協力する振りをして邪魔をするかも知れないわよ?」
「邪魔をされれば何かがある証拠になります」
「だから協力をするだろうと言うの?」
「はい。それに本当に証拠を隠したのなら、隠した痕跡が見付かるのではないかと思うのです」
「隠した痕跡?」
「はい。どの様なものかは分かりませんが、それを見逃さない為にも、コーカデス家とは親しく接しておく必要があると思います」
「・・・そうね」
「はい」
チリンとミリの遣り取りを聞いて、スディオは肯き、ラーダは眉間に皺を深く刻み、パノの母ナンテ・コーハナル侯爵夫人は頬に片手の手のひらを宛てて小さく息を漏らした。




