コーカデス領へのお誘い
「ところで、それは良いけれどミリちゃん?」
元王女チリン・コーハナルが眉尻を下げる。
「はい、チリン姉様」
「もしかしてもう、コーカデス子爵領に戻ってしまうの?」
ミリは小さく肯いた。
「はい。乗って来た船が折り返しますので、それに乗ってコーカデス領に戻ります」
「そんなに急がなくても」
「これを逃すと日にちが空いてしまいますから」
「そう・・・お茶も出していなかったわね。お茶を飲む時間はある?」
「大丈夫です。船が出発するまでまだ時間がありますし、養伯父様と養伯母様にもスディオ兄様にも挨拶をしてから帰る積もりです」
「コードナ侯爵家には?」
「こちらに来る前に顔を出して来ましたから、大丈夫です」
「そうだったのね。ではお茶にしましょうか。コーカデス子爵領の事や、ラーラさん達の様子を教えて欲しいわ」
「分かりました。ディリオも一緒で良いですか?」
「ふふ、もちろんよ」
「はい」
チリンがミリを腕から解放すると、ミリはディリオを抱き上げる。
ディリオを抱いたまま、ミリはチリンと共に居室に向かった。
ミリ達が居室で待つと直ぐに、パノの両親のラーダ・コーハナル侯爵とナンテ・コーハナル侯爵夫人が入室し、それ程時間を開けずにパノの弟スディオ・コーハナルも姿を見せる。
スディオがミリからディリオを預かろうとするが、ディリオがミリから離れたがらなかったので、そのままミリがディリオを抱いたままでお茶を飲む事になった。
「ディリオはミリにべったりだね」
そう言うスディオにチリンが笑いを漏らす。
「ディリオもミリちゃんに会えなくて、寂しがっていたのよ」
「そうだろうけれど」
「忘れられていなくて良かったです」
そのミリの言葉には皆が苦笑を零した。
「ディリオがミリちゃんを忘れる筈はないじゃない」
「そうだね。私の事は忘れても、ミリの事は忘れないと思うよ」
「スディオは日中いないから、仕方がないわ」
「忘れられて?いや、忘れてないよね?ディリオ?」
まだ喋れないディリオにスディオがそう尋ねる。そのスディオの姿をラーダは真面目な表情で見ていた。
「普段はディリオが寝てから帰って来るから、忘れないのではなく、ディリオはスディオを覚えていないかも知れんな」
ラーダの声がナンテには寂しそうに聞こえる。
「御自分はそうでしたものね」
「ああ。子供達が幼い頃もそうだし、その後は離れて暮らしていたからな」
「領地との往き来に日にちが掛かりますものね」
「ああ。あの頃はまだ人に任せ切りには出来なかったし、王都と領地を往き来する時間も惜しかったからな。ナンテには色々と任せっぱなしで申し訳なかったが」
「いいえ。王都にはお義父様もお義母様もいらっしゃいましたし、パノもスディオも手が掛かりませんでしたから」
「そうか。しかし仕方がなかった部分もあるが、それを考えると幾日も掛けずに王都と往復できる様になったコーカデス子爵領は羨ましいな」
「そうですね」
ラーダの言葉にナンテは肯き、二人はミリを見た。二人に釣られてチリンもスディオもミリを見る。
「コーカデス領も、港町から領都までは距離もありますし、船も毎日出ている訳ではないので、領都と王都の往き来は日にちに拠って馬の方が早い日もあります」
「え?そうなの?ミリちゃん?」
「はい、チリン姉様」
「けれどミリ?移動時間は船を使った方が短いよね?」
「ええ、スディオ兄様」
チリンとスディオとミリの遣り取りに、ラーダは肯いた。
「なるほど。自分が移動するなら日にちを合わせて船一択だが、急ぎの連絡を送る時には船と馬の両方が良いのか」
「はい、養伯父様。移動は船酔いしなければになりますが」
「船酔いは大変なの?」
心配そうなナンテにミリは肯いた。
「人に拠りますし、慣れもあります。コーカデス卿は最初からそれ程酔いませんでしたが、わたくしは最初、抱き抱えられて船から降りました」
「そうなの?それ程に?」
「はい。ですが今回はその様に酷い事はありませんでした。ただし慣れるか慣れないかも、人に拠るかも知れません」
「そうなのね」
「はい」
肯くミリに、ナンテは心配そうな顔を向け、ラーダは少し難しそうな表情を見せる。そこへチリンが口を挟む。
「それなのですが、お義父様、お義母様、スディオ」
「ああ」
「ええ」
「なんだい?」
「私はミリちゃんに、コーカデス子爵領の港町の、ホテルの仕上がりのチェックを依頼されました」
「仕上がり?」
ラーダの眉間に皺が寄り、ナンテもスディオも訝しげな表情した。
「ええ。王族が使うに価する場所になっているかの判断をして、不足があれば指摘をして欲しいそうです」
「チリン姉様とスディオ兄様に泊まって頂きたいのですが、お二人はこれから領地に向かうかと思います。その前にコーカデス領に来て頂きたいと思うのですが、いかがでしょうか?」
「ソウサ商会で新しい船を作っているそうで、それの完成後にその船で一回、完成前に別の船で一回行きたいのですけれど、いかがでしょうか?お義父様?お義母様?」
「領地の方は構わない。今は安定しているし、二人の領地への移動の準備もこれからだろう?」
「ええ」
「領地に行かせるのはスディオの領主になる勉強の為だから、領地に行くタイミングは二人に任せた積もりだ」
「ありがとうございます、お義父様」
「ありがとうございます、養伯父様」
「だがミリ?」
「はい、養伯父様」
「私とナンテは招待してくれないのか?」
「いいえ、養伯父様。チリン姉様に不足点を指摘頂き、それの対応が終わりましたら完成となります。養伯父様と養伯母様は是非、完成した港町に御招待させて頂きたいと思います」
「そうか、ありがとう。ならばスディオ、チリンさん」
「はい」
「ええ、お義父様」
「領地への移動は、私達がコーカデス子爵領への招待から帰ってからにしてくれ」
「そうですね。王都を空けない方が良いですね」
「分かりました、お義父様」
「ナンテもそれで良いかい?」
「ええ、ラーダ。船に乗るのも海を旅するのも、他の国の造りのホテルに泊まるのも楽しみだわ。よろしくね、ミリ」
「よろしくな」
「私達もよろしく、ミリ」
「よろしくね、ミリちゃん」
「はい、皆様」
ミリはスディオを抱いたまま席から立ち上がる。
「こちらこそよろしくお願い致します」
そう言ってミリは頭を下げ、続いてその頭を上げるとミリは皆に笑顔を向けた。そのミリに皆が笑顔を返す。
そのミリの頬にディリオが手を当てると、皆から柔らかい笑い声が漏れた。




