スーノの報告
スーノ・シロントは、嫌な事は早く済ませる事にする。
どうせ同行した護衛からは、今日のスーノの失敗が報告されるのだ。その後からスーノが報告したら、話がきっと二倍にも長くなる。内容は薄くても、密度も二倍になるだろう。
スーノはシロント子爵邸に帰宅して直ぐに、スーノの伯父ワイス・シロントの執務室を訪ねた。
「伯父上様、ただいま戻りました」
「ああ」
ワイスはいつもの通り、書類から顔を上げずにスーノに返事をする。
「本日の報告をさせて頂きます」
「ああ」
聞いているのか聞いていないのか分からないけれど、いつもワイスはこの様な態度なので、スーノはそのまま話を続けた。
「本日はコーカデス閣下との約束があったのですが、学院から帰宅して直ぐにコーカデス閣下から連絡があり、セラム・シンコク殿も同席する事になりました」
「なに?」
ワイスは書類から顔を上げ、スーノと目を合わせる。
「セラムがどうして同席するのだ?」
「コーカデス閣下を訪ねたそうです」
「何の用で訪ねたのだ?」
「それは・・・」
「訊いていないのか?」
「申し訳御座いません」
「何故訊かないのだ?」
「申し訳御座いません」
スーノは頭を下げながら、こんなところでもう怒られてしまったと、少しうんざりした。
「何の用があったか分かれば、シンコク子爵家とコーカデス子爵家の関係が分かる。お前はそうは思わないのか?」
「思います」
「それなら何故訊かないのだ?」
「申し訳御座いません」
ワイスには怒られ慣れているけれど、これでは今日はどれ程話が長くなるのか、スーノにも分からない。
「そもそも私はお前に、コーカデス子爵家が他家と親しくならない様にする事を命じていたよな?」
「はい」
「忘れたのか?」
「いいえ。覚えております」
「それなら何故、セラム・シンコクがいるのだ?」
「申し訳御座いません。分かりません」
「何故確認しないのだ?」
「申し訳御座いません」
「まったく・・・まあいい。次に会った時に、確りと訊いておけ」
「はい。分かりました」
「忘れずに訊くのだぞ?」
「はい」
「まったく。そう思っていても、言われないとやらないのでは、行動を伴わない思考など無意味だ」
そう言うとワイスは書類にまた目を落とす。
「そうではないか?」
「伯父上様の仰る通りです」
「そう思うのであれば、言われる前にやれ」
「はい」
「まったく。お前ときたら口だけなのだからな」
「申し訳御座いません」
「まあいい。それで?」
「はい。わたくしはコーカデス閣下を怒らせる失敗を致しました」
スーノの言葉にワイスはまた顔を上げてスーノを見た。
「怒らせる?」
「はい」
「何をしたのだ?」
「はい。シンコク子爵領では神像もシンコク石で作るとセラム・シンコク殿が言ったので」
「神の像をシンコク石で?」
「はい」
「その様な馬鹿な事がある筈ない」
「はい」
「何故その様な発言をお前は許すのだ?」
「申し訳御座いません」
「その様な馬鹿な事が、まさかお前はあると思っているのではないよな?」
「はい。思ってはおりません」
「それなら何故、その様な発言を許すのだ?」
「申し訳御座いません」
「良いか?シロント石は神殿の建物を通して、信仰を支えているのだ。そうだろう?」
「はい」
「シロント石で作ればこそ、神の像も祈りの対象になるのだ」
「はい」
「その神の像をシンコク石で作るなどあり得ないと、お前は思わないのか?」
「思います」
「それなら何故その様な妄言を許すのだ?」
「申し訳御座いません」
「・・・まあいい。話が進まない。まったく。それで?」
「はい。シンコク石で作った神像など悪魔像の様だと言って」
「誰がだ?」
「え?」
「誰が悪魔像の様だと言ったのだ?」
「わたくしがですが?」
「なんだ。お前か」
「はい」
「まあいい。それで?」
「はい。悪魔像を飾るのなど、ミリ・コードナ様くらいだと言い掛けました」
「ふん。まあ、そうだな」
「はい。そうしたらコーカデス閣下がわたくしの言葉を遮って、聞かなかった事にすると言って帰って行きました」
「・・・なるほど。それで?」
「それで?」
「それでどうしたのだ」
「わたくしも帰って来ましたが」
「お前は相手が怒ったと思ったのだろう?」
「はい」
「謝らずに帰らせたのか?」
「いえ。謝りましたが、謝る相手が違うと言われました」
「まあ、そう言うだろうな。それで?」
「今の話は聞かなかった事にすると言っていました」
「そうか」
「はい」
「それなのにお前は、聞かなかった筈の話を私に報告をしたのだな?」
「え?・・・はい」
「まあいい。私も聞かなかった事にする」
「えっ?・・・はい」
「それで?話は終わりか?」
「・・・はい」
「ならいい。もう戻れ。私は忙しいのだ」
「はい。お忙しいところ、失礼致しました」
ワイスに怒られると思っていたポイントで怒られず、もちろん怒られたかった訳ではないのだけれど、スーノは釈然としないままワイスの執務室を後にした。
翌日の朝。
学院で席に着いているレントを見掛けたスーノは、取り敢えず挨拶をして様子を窺う事にする。
「おはようございます、レント様」
「おはよう。昨日はありがとう。急にシンコク殿を同席させて、申し訳なかった」
普通に接して来るレントに、スーノはほっとして体の力を抜いた。そして首を小さく左右振る。
「いいえ」
そして微笑みを向けているレントに、スーノも微笑みを返した。するとレントは視線をスーノから外し、机の上の本に目を向ける。
いつもなら続く筈の会話が途切れ、スーノは動揺した。
「あの、レント様?」
「何だろうか?シロント殿?」
そう言えば昨日の帰り際も、レントから名前ではなく家名で呼ばれていた事を思い出して、レントが昨日の話を聞かなかった事にはしていなかったのだと、スーノは今、気が付いた。




