石切り場の危険
セラム・シンコクとスーノ・シロントに問われ、レントは首を左右に小さく振った。
「わたくしはシンコク子爵領にもシロント子爵領にも行った事がなく、自領の石切り場しか知りません。それほど違うのですか?」
レントの言葉にスーノもセラムに視線を向ける。レントに問われ返したセラムは眉根を寄せた。
「え?ミリ・コードナ様からは、コーカデス閣下がアイデアを出したと聞きましたが、違いますか?」
「アイデア?ああ、石材の運搬方法の話ですか」
「水路を使った運び方もそうですが、石の切り出し方もです」
レントは小首を傾げる。
「切り出し方?」
「ええ」
「切り出し方・・・わたくしが案を出した覚えはありませんが、何か違うのですか?」
「え?縦に切り出していますよね?」
「縦に?ああ、ええ。樽に詰め易い様にですね」
「そうです。普通は横です」
「あの」
セラムとレントの遣り取りに、スーノが口を挟んだ。
「縦とか横とか、何の話ですか?」
「あれ?シロント殿は採石場には行った事はないのですか?」
「ありますけれど?」
「石を切り出すところも見ましたよね?」
「え?いいえ。実際に切り出すところは見ていません」
「え?何故です?」
「え?何故?何故とは?」
「採石場まで行っているのに、何故見なかったのです?」
「あの、危ないからと言う事で、視察中は作業を止めていましたから、わたくしは見ていないのです」
「いや危ないって、シロント子爵領の採石場はシンコク子爵領のと同じ様ではないですか」
「シンコク殿は先程そう言っていましたけれど、シンコク子爵領に行ってみた事がないわたくしには分かりません。でもそれは、危なくないと言う意味ですか?」
「危ないですよ?何年かに一度は死者が出る事故も起こりますし」
「え?!危ないではないですか!」
「ですから危ないのですってば。シロント子爵領の採石場は事故とかないのですか?」
「どうでしょう?聞いた事はありませんけれど」
「う~ん?シンコク子爵領と同じ様に見えたのですけれどね」
セラムとスーノが首を傾げ合って会話が途切れたところで、レントがセラムに尋ねる。
「シンコク殿がシロント領の石切り場を視察した時は、作業は止まっていなかったのですね?」
「ええ」
「え?危なくなかったのですか?」
「ですから危ないですってば」
驚くスーノにセラムは笑って返した。
「でも、何がどう危ないのか分かっていれば、事故に巻き込まれる事はありません」
セラムの返事にスーノは不安を拭えない。
「そうなのですか?」
「それでは、無関係な人間が知らずに巻き込まれると言う事なのですか?」
コーカデス領の石切り場を思いながら尋ねるレントに、セラムは首を左右に振った。
「いいえ、違います。無関係な人間は立ち入り禁止ですよ」
「そうなのですか?」
「あれ?コーカデス子爵領の採石場もそうですよね?違いましたか?」
「いえ、違いません。同じですが、それなら何故、事故が起こるのでしょう?」
「そうですよね、レント様?シンコク殿?関係者しか入れないのなら、事故は起こらないのではないですか?」
スーノの言葉にレントは肯く。
「それとも、関係者だけれど慣れていないとか?」
「あっ!なるほど!新人が事故に巻き込まれるのですね?」
レントとスーノの言葉を聞いて、セラムは首を左右に振った。
「違います違います。え~と、まず、大怪我をする様な事故が起きる時、事故を起こすのはある程度慣れた職人です」
「慣れた職人?」
「そうなのですか?」
「はい。ベテランの手を離れ、一人で作業を任される事に慣れて来た頃に、事故を起こします」
「なるほど」
「そうなのですか」
「ええ。その際にベテランが巻き込まれる事は滅多にありません。たまたま傍にいる事も少ないですから」
「そうなのですか?」
「そうなのですね」
「ええ。ベテランなら近くに行けば、事故の原因になる事に気付きますし、それを注意して止めさせる事もしますから」
「ああ、なるほど」
「そう言う事なのですね」
「ええ。そして事故を目撃した新人達も、事故を起こさない様に注意しながら成長します」
セラムの言葉にレントは笑いを漏らしそうになる。その新人達もセラムよりは年上だろうに、その成長をセラムが語る事が可笑しく感じられたからだ。けれど、事故の話で笑うのは不謹慎だと思って、レントは気を引き締める。
セラムはレントの様子に気付かずに、話を続けた。
「事故の話を聞いただけで、実際に見た事がない職人が慣れて来た頃に、大きな事故が起こり易いですね」
「そう言う事なのですね」
「それなのでシンコク殿は、視察をする時も作業を止める必要はないと思うのですね?」
「はい、その通りです、コーカデス閣下。コーカデス子爵領の採石場も、視察の時に作業を止めませんよね?」
「そうですね。わたくしも石を切り出すところを見た事があります。離れた場所からでしたが」
「あの?つまりシンコク殿の視察時には、シロント子爵領でも作業を行っていたと言う事ですか?」
「ええ、そうですよ?」
「それなら何故、わたくしが視察をした時は違ったのでしょう?」
「え?・・・さあ?」
「スーノ殿を万が一にも危険に曝さない為ではありませんか?」
「ですが、レント様?ベテランの職人が付いていたり、離れていたりすれば良いのですよね?」
「石を砕く時、離れた場所にも欠片が飛んで来る事がありました」
「ああ、ありますね」
「離れていても?」
「当然です。結構、飛びますよ?」
「間違ってもスーノ殿の顔に怪我をさせたりしない様に、危険を避けたのではないでしょうか?」
そう言いながらレントは、コーカデス領で石を切り出すところをミリと並んで見ていた事を思い出し、苦い気持ちに少しなっていた。




