王都のレントをセラムが訪ねて
学院の授業が終わり、車寄せに停めた馬車にレントが乗り込もうとするところで声が掛かる。
「コーカデス閣下」
声がする方角をレントが振り向くと、そこにはシンコク子爵家のセラム・シンコクの姿があった。
「シンコク殿?」
「はい。セラム・シンコクです。御無沙汰しております、閣下」
「久しぶりです。シンコク殿はコーカデス領にいらしていたのでは?」
レントはミリからの連絡で、セラムがコーカデス領に視察に行っていた事を知っていた。しかしセラムがコーカデス領を離れたとの連絡は、まだミリからレントに届いていない。
「はい。ミリ・コードナ様のお陰で、コーカデス子爵領に滞在中はとても有意義な時間を過ごせました」
裏のなさそうなセラムの笑顔に、感情を揺さ振られたレントが返す微笑みは僅かに歪む。それに気付かずにセラムは言葉を続けた。
「と言う事は、コードナ様からの連絡より先に、私の方が早く王都に着いたのですね」
「うん?それはどう言う話ですか?」
「コードナ様からコーカデス閣下宛に手紙を預かって来たのです。この後、お時間を頂けませんか?」
「あ、いや、今日はこの後、用事がありますので」
「そうですか。本来ならお約束をしてから訪ねるところですが、私は王都に詳しくないので、コードナ侯爵邸の地図をミリ・コードナ様に頂いたのですが、たどり着かなかったのです」
「うん?・・・そうですか」
「それですのでこれを」
レントは無意識に、セラムが差し出した封筒を受け取る。
「では私はこれで」
「いや、お待ちを」
立ち去ろうとするセラムをレントは引き留めた。
「明日のこの時間でしたらいかがですか?」
「いえ。明日の朝には王都を立ちますから」
「え?そうなのですか?」
「はい。コードナ様のお陰でコーカデス子爵領で色々と学べましたので、それを領地に戻って祖父や父に早く伝えたいと思っていますので」
セラムがミリから何を学んだのか、レントは非常に気になった。
「王都には滞在なさらないのですか?」
「王都での用事は済みました。王都に着いてからミリ・コードナ様から頂いたコードナ侯爵邸の地図を元に、コーカデス子爵邸を探してしまっていまして、それにやっと気付いたのですがもう時間切れで、領地に帰って採石場でやりたい事もあるのです」
「今日なら時間はあるのですね?」
「はい」
「この後は宿に帰るのですか?」
「う~ん?どうしましょう?時間が出来ましたし、どこかでお茶でも飲もうかとも思います」
「それなら御一緒にいかがですか?」
「え?コーカデス閣下は御用事があるのでは?」
「人との約束がありますが、そちらは後日にして頂きます」
レントは王都で暇を持て余していた。暇ではあるけれどコーカデス領に帰らないでいるのにはいくつかの理由がある。
学院に通う事も理由の一つだけれど、実はレントは殆どの授業に出席する必要がない。どれもこれもレントの叔母リリ・コーカデスから既に習っていた内容だったからだ。ただし各国の情勢を外交担当文官が交替で講義してくれる授業だけは、リリの教えた情報より最新の状況が知れるし、コーカデス領の港町運営にも関わりがあると思えるので、ぜひ出席をしたい。しかしその授業だけ出席して他の授業には顔を出さないのは申し訳ない様にレントは思い、それなので他の授業にもちゃんと出席はしていた。どうせ暇なのだし。
月に一度の貴族議会への出席も、レントが王都に留まっている理由になっている。議題がなければ開催されないのだが、次の議会では法案の申請が予定されていた。王宮に資料を要求して、その関連の知識を会議の前に身に付けておく必要もある。
それにそもそもレントは、コーカデス領に戻ってもやる事がない。全くないわけではないけれど、領主の仕事はリリが、当主の仕事はレントの祖母セリ・コーカデスが代理で行い、そしてその二人のフォローをレントの祖父リート・コーカデスが行っている。レントは王都で報告を受けて、たまにお願い事を伝えるだけで、現状では充分だった。
コーカデス領の開発はコーカデス商会に任せている。港町は主にラーラが、コーカデス領全体はミリが事業を進めているので丸投げだ。それで言うと王都での石材販売の管理は、レントの仕事として割り当てられてはいた。
そして、さしたる用事も無いのにコーカデス領まで船で往き来するのは、移動費の無駄になる。
それなのでレントは王都に留まり、シロント子爵家のスーノ・シロントに協力を仰いで、王都の事を覚える為にあちらこちらを見て回っていた。
この日もこの後、レントはスーノと会う予定だったのだ。
その予定を変更すると言うレントの申し出に、セラムは片手の手のひらをレントに向ける。
「いえいえ、それには及びません。私の用事はコードナ様からのその手紙をお渡しするだけでしたので」
「わたくしの方は急ぎの用事ではありませんので、問題ありません。ただ、先方に連絡だけさせて下さい」
「いえそれは、先方の方にも申し訳ありません」
「いいえ。わたくし達の為に手紙を運んで頂いたのに、何のお礼もせずに帰せません。せめてお茶だけでも、御馳走させて貰えませんか?」
「・・・この後の約束とは、どの様なものなのですか?」
そうセラムに尋ねられ、レントの眉根が僅かに寄る。他人の約束の内容を訊いてくるのはマナー的にどうなのかと思ったけれど、手紙を届けて貰った事を思うと無碍には出来ない。
「スイーツの店に案内をして頂く約束でした」
「あっ!それはいけません、そちらを優先して下さい」
「え?・・・スイーツだと何かあるのですか?」
セラムは数日前までコーカデス領にいてミリと一緒だったのだ。スイーツに関してミリとの間に何かあったのかも知れないとレントは思う。ましてやコーカデス領には今、菓子に詳しいバルもいる。
そのレントの問いに、セラムは生温かい目を向けた。
「だってそれ、デートですよね?」
「え?違います違います!」
「あれ?相手は女の子なのでは?」
「いや、まあ、そうなのですが、違うのです」
万が一ミリに、間違った情報が伝わってしまったら面倒な事になりそうだ。それなのでレントは確りと否定しようとする。
けれどセラムはレントが照れているのかと受け取った。
「急にデートをキャンセルしたら、後で機嫌を取るのは大変ですよ?」
「ですから、デートではありません」
「そうなのですか?」
「そうなのです」
「本当に?」
「本当です」
真面目な表情で断言するレントを見て、セラムは肯く。
「それなら、その席にご一緒させて頂いてもよろしいですか?」
「・・・え?」
いや、それってどうなの?と思って、レントは直ぐには答えられなかった。
確かにデートではないのだから、セラムが一緒でも構わない。構わないけれど、どうなの?
戸惑うレントを見て、セラムはまた片手の手のひらをレントに向けた。
「あっ、いえ。やっぱり良いです。申し訳ありません」
「あっ、いや、駄目なわけではないのです」
「いえいえ、デートの邪魔をする訳にはいきません」
「いや、だから、デートではないのですから」
「もし本当にコーカデス閣下がデートではないと思っていても、相手の女の子がデートだと思っていたら、私はその子に怨まれてしまいます」
「いえ、ですから、スーノ殿もデートだとは思っていない筈です」
「スーノ殿?」
セラムに訊き返されて、レントはしまったと言う表情をしてしまう。
「お相手はスーノ・シロント殿ですか?」
「・・・ええ」
「そうだったのですか。分かりました。やはり私は遠慮しておきます」
「いや、スーノ殿もその様な積もりではありません」
「それは、コーカデス閣下がそう思っているだけですよ?」
「違いますから」
「そうですから」
このままでは望まない噂が広がるかも知れない。
そう考えてレントは、スーノにも許可を取って、スーノに紹介して貰う店にセラムも同席させる事に決めた。




