仲間
俺は今魔王軍の敵二人と対峙している。こちらは四人に対し、敵は二人。数で勝っている以上、こちらの有利は揺るがないはずだ。
ただ、敵の男は俺たちの知る人物だった。何度も何度も見た顔、幾度となく聞いた声、間違えるはずがなかった。一年前のあの日、俺たちを逃すために囮になり死んだと思っていた。この戦いはそいつの弔い合戦だと考えていた。だが、今目の前に立っている。生きて再び会えたのに……。
「何やってんだよ……レイス!」
レイスは魔王軍として、俺たちの敵として立ちはだかった。
「何と言われましても、私はただ仕事をしているだけですが」
俺の叫びに対する返答はふざけたものだった。
魔王の手下となり、人類を滅ぼそうとすることが仕事だと?
「お前何でそんなに変わったんだよ! 洗脳でもされたのか!?」
「私は何も変わっていませんよ。ただ目的に向かって仕事をこなす、勇者パーティーにいた頃も魔王軍にいる今も何も変わりません」
そう言うレイスの目はあまりにも真っ直ぐで、それが本心からの言葉だと理解させられる。本当に洗脳も何もなく、自分自身の意志で魔王の配下になったのだろう。
その時、突如爆音と共に地面が激しく揺れる。立っているのがやっとなほどのその揺れは、玉座の間の方からしているようだった。勇者と魔王の戦いは、それほどまでに凄まじいものなのか。これではあまりにもレベルが違いすぎる。
「魔王様も戦っているようですし、話はこれぐらいにしましょう。長々と話をしていられるほど、私たちも暇ではないので」
「――っ! 来るぞ!」
俺が叫ぶと同時に、レイスが凄まじい速度で突撃してくる。迎撃するようにハルバードを横に振るうが、簡単に受け流され肉薄される。レイスが手に持つ長剣を振るうと、俺の胸部に浅くない傷が出来る。受け流されたハルバードを手元に返しつつ、追撃を止めるようにレイス目がけて振るうが、後ろに下がることで難なく躱される。
「ヒール!」
そのフレアの声と共に俺の体を温かな光が包み、胸部に受けた傷は一瞬で完治する。この回復魔法があるおかげで、かなりの無理をすることができる。
「女神を名乗るだけあって、さすがの回復力ですね。一撃で死に至らしめなければ無意味ですか」
レイスはそう言うと、剣を正面に構え腰を落とす。もう一度さっきの突撃が来ると読み、次こそは対応するためレイスの動きに集中する。二度も同じ手を食らうつもりはない。
その時、今まであまり動きを見せなかった女がレイスに触れた。そして、直後レイスの姿が突如として消える。
この挙動は転移魔法! 今レイスだけ転移させたのなら、考えられる転移先は……!
俺が後ろを振り向くと、そこには後衛の三人に迫るレイスがいた。やはりと言うべきか、レイスを俺たちの後ろに転移させ、まずは厄介な後衛を潰すつもりのようだ。
三人を守るため、俺は全力で走り出す。あの女が小さな火球を飛ばしてきているが、今は無視だ。あの程度の火球なら直撃したところで大したダメージにはならない。だが、その判断は間違いであったとすぐに思い知らされる。
「ヘルファイア・ノヴァ」
女がそう言うと同時、俺に追いついた火球が爆ぜる。無警戒だったために防御すら出来ず、爆炎の直撃を受ける。背中の肉は焼け焦げて剥き出しになり、全身に酷い火傷を負ってしまう。だが、足を止めるわけにはいかない。唯一の前衛である俺が、皆を守らなければならないのだ。レイスに接近されて後衛が無事でいられるはずがない。
「トルネード!」
サーシャの叫ぶ声が聞こえる。どうやら自分たちも巻き込みながら魔法を放つことで、一瞬ではあるがレイスの接近を拒むことに成功したようだ。荒れ狂う風の刃が味方を斬りつける。だが、レイスはそれを意に介さず、自分に命中する風だけを確実に斬り払っていた。レイスにダメージを与えることは出来なかったが、少しの間時間を稼いでくれたことで俺が間に合った。仲間たちとレイスの間に割って入り、仲間を庇うように動く。敵に挟まれる形になってしまったが、分断させたと考えれば問題ない。いや……転移魔法が使える以上いつでも合流されるか。
「ヒール! ヒール! ヒール!」
フレアがひたすらに回復魔法を唱えることで、俺たちの傷は全快する。最悪、死にさえしなければなんとかなる。
「レイス、もうやめてよ!」
ヒルダの悲痛な叫びが聞こえる。
「私あなたのことが好きだったの! ずっと前から! 今も! だから……もうこんなことやめて!」
ヒルダは人一倍レイスに好意を寄せていた。そして、俺たちも陰ながらそれを応援していた。
「そうですか。それで、今更それがどうかするのですか? 私たちはもう敵同士なのですよ」
そんなヒルダの魂の叫びに対するレイスの返答は、酷く冷たいものだった。
さすがに今の発言は許せない。ヒルダがどんな気持ちでかつての日々を過ごし、どんな気持ちで今ここにいるのか。レイスはヒルダの気持ちを踏みにじりやがった。
「レイス! 言いたいことが山ほどある! だから!」
俺は踏み込みの態勢をとり、ありったけの力を込める。
「お前を殺してでも連れ帰る! 絶対に!」
言い終わると同時、レイス目がけて距離を詰め、全力でハルバードを横薙ぎに振るう。
本当は後衛の女から倒すべきだが、俺がレイスの相手をしなければレイスが自由に動けてしまう。それは非常にまずい。だからといって、俺がレイスに接近するとあの女が自由になってしまうが、そこはサーシャを信じて相手を任せる。魔法の撃ち合いなら互角以上にやれるはずだ。
俺の初撃は難なく躱されるがそれは想定済みだ。振り抜いたハルバードの勢いをそのままに、手元に返しつつ突きを放つ。俺の全力と遠心力を乗せた最速の突きだ。だが、これだけならまた躱されるだろう。
「フラッシュ!」
ヒルダの唱えた閃光魔法が、辺りに眩い光を放つ。
これで視力を奪えるとは思っていない。レイスのことだからしっかりと目を防御し、目眩しは回避しただろう。それでも、俺の攻撃に対する反応が一瞬だけ遅れるはずだ。その時間があれば回避は困難になる……はずだった。
「アイシクル」
背後からその声が聞こえたと同時にかなりの速度の氷柱が飛来する。氷柱はハルバードに直撃し、その軌道を僅かに逸らしレイスへの命中を妨げる。
後ろを見ると、今にも倒れそうなほどの傷を負ったサーシャがいた。その傷はすぐに塞がるが、戦況は悪い。
あの女、あまりにも厄介だな。魔法の技量はサーシャ以上、しかもレイスの行動に合わせて隙を埋めるように動く。レイスも女も一人ずつなら対処出来なくはないが、二人を相手取ると途端に崩せなくなる。
「助かりました。ありがとうございます」
「いえ、お気になさらず。それに、レイスさんなら一人でも対処出来たでしょう」
合流した二人は呑気にそんな会話を交わす。その声からは、危機感や緊張感といったものがあまり感じられない。むしろ余裕を見せつけるかのような態度だ。
次はどう動くべきか考えていると、レイスが女にナイフを手渡していた。それを受け取った女は、思いきり振りかぶり投擲の構えをとる。わざわざ魔法を使う女がナイフを投擲するということは、何か狙いがあるのだろう。あの女の投擲なら視認してからでも対処は出来るだろうが、どんな攻撃をしてくるかわからないため警戒を高める。どんな攻撃が来ても対応してみせる。仲間は俺が守る。
女の手からナイフが離れる瞬間、ナイフが消えた。一瞬、何が起こったのか理解が出来なかった。そしてすぐに転移魔法を使ったのだと気付く。だが気付いた時にはもう遅かった。
背後で人の倒れる音がした。心臓の鼓動が早鐘を打つ。見たくない、見てはいけないものがそこにあると本能が告げる。何かの間違いであってくれと願いながら、一縷の望みをかけて振り返ると、そこには眉間にナイフが突き刺さり絶命したヒルダがいた。
「まずは一人ですね」
ヒルダを殺した女の冷たい声が響く。あの女はナイフが手から離れる直前に転移魔法を発動させ、ナイフだけをヒルダの眼前に転移させた。その不可避の一撃によってヒルダは命を落としてしまった。
フレアさえ生きていれば蘇生は可能だ。だが、蘇生するには時間がかかるため、すぐに戦線に復帰することは出来ない。だから、残った三人であいつらを倒さなければならない。
「サーシャ、あいつらを分断してくれ。その後十秒だけ、レイスを抑えてくれ」
俺はサーシャに耳打ちをする。これは賭けだが、上手くいけば勝てる。逆に、賭けを外せば俺たちは死ぬ。
俺の言葉に軽く頷いたサーシャは魔法を唱える。
「ライトニング」
青白い稲妻が二人の中間に走る。女は左にレイスは右に回避し、二人の間に距離が出来る。さすがはサーシャ、完璧にこなしてくれる。
俺は女に向かって走り、素早く距離を詰める。レイスが守りに来るよりも早く女を仕留める。だが、レイスの動きは俺の想定していたものではなかった。
レイスは女を守る素振りは見せず、サーシャとフレアに向かっていった。そして、そのタイミングで足元に巨大な魔方陣が浮かび上がる。
魔方陣の効果は不明。だが、今更止まることなど出来ない。ならば、俺は一秒でも早くこの女を倒し、二人の元に戻る。
女目がけてハルバードを斜め上から振り下ろす。袈裟斬りのように放った一撃は、容易く女を斬り伏せる……はずだった。
女は軽快な動きで攻撃を避けると、俺に肉薄し殴りかかってきた。それをハルバードの柄で受け止める。レイスの一撃ほど重くはないが、それでも軽くはない衝撃が体に伝わる。
読み違えた! この女体術もいけるクチか!
「判断を間違えましたね。あなたたちの負けです」
その言葉に嫌な予感を覚え、サーシャたちの方へと視線を向ける。そこには、気絶させられたのか外傷は見られず地に伏すフレアと、左胸を貫かれ血を吐きながら倒れるサーシャがいた。
いくらレイスが強いとはいえ、この短時間で呆気なく殺されてしまう訳がない。何か予想外のことがあったのか?
俺のその疑問は、女の言葉によって解消されることになる。
「この魔方陣は指定空間から魔力を無くす物です」
そう言うことか……。魔力が無くなれば魔法も使えない。そんな状況でサーシャがレイスからの攻撃を凌ぐのは不可能だ。
ただ、その条件なら魔法が使えないのはこの女も同じはずだ。まだ俺は死んだわけじゃない。絶対に諦めない。せめてレイスと一対一の状況に出来れば、まだ可能性はある。
だが、その薄い勝ち筋すらも確実に潰しにくる。俺が攻撃を仕掛けるよりも早く、レイスが女のカバーに入る。二人で互いの隙を埋めるように動き、俺は防戦一方に追いやられる。そして、手数に押され俺の体にはいくつもの傷ができる。やがて、立っていることもままならなくなり、膝をつく。
「まさか……俺たちを殺すのが魔王じゃなくてお前だとはな……」
俺にとどめを刺すためレイスが近づいてくる。
「こんなことをしたお前のことは許せない。それでも俺は……心の底からお前のことを嫌いにはなれないらしい」
「それが最後の言葉でいいのですか?」
レイスが、少しだけ意表を突かれた様な声で問いかける。
「ああ……今までありがとな」
レイスが剣を振り下ろし、一瞬鋭い痛みが体に走る。そして、俺の意識は消えていった。
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私の眼前には、無惨な姿となったかつての仲間たちが転がっている。一瞬、勇者パーティーは全員生け捕りにするべきだったかと思考するが、女神さえ生け捕りに出来れば後は殺してしまっても問題ない。可能ならツルギは生け捕りにしたいが。
ケインたちの息の根を止めたのは、私が無意識に慈悲をかけたからなのかも知れない。魔王軍に生け捕りにされれば、死よりも酷い目に合わされるのは明らかだ。そんな思いをするのなら、今ここで殺してあげるのが慈悲となるのだろう。
「ベルナさん、女神を任せてもいいですか?」
女神は今後洗脳などを施して情報を吐かせ、魔王軍の死者蘇生にも利用させてもらう。もっとも、魔物の蘇生が上手くいくとは限らないのだが。
「わかりました。ひとまずは人事部にて身柄を預かりますね。とりあえず牢に入れてきます」
「ありがとうございます。私は必要ないと思いますが、魔王様の加勢に行ってきます」
魔王様は普段頼りないことばかりだが、あんな勇者に負けるような方ではない。
「わかりました、私もすぐに帰ってきますね。一応お気を付けて」
そう言うベルナさんに見送られ、私は玉座の間への扉を開いた。




