会敵
「魔王様、今すぐに戦闘準備をしてください」
一週間の有給から帰ってきた魔王様を目にするなり、私は魔王様を急かす。本当は小言の一つでも言いたいところだが、それで機嫌を損ねられても困るので黙っておく。
「状況は聞いておる。今すぐ前線に出て人間共を蹂躙してくれよう」
「いえ、それは待ってください」
魔王様にしては珍しくやる気なようだが、今前線に行かれては困るため引き留める。
「なんだ、また文句か?」
私に引き留められた魔王様は不服そうな態度を示し、明らかに不機嫌になる。
「今現在、勇者が魔王城に向かって来ていると思われます。そのため、魔王様には城内にて勇者を討っていただきたいのです。勇者を討つのは魔王様こそが相応しいでしょう」
「なんだ〜そういうことなら早く言わんか。勇者は我に任せておけ!」
私の言葉を聞いた魔王様は一転し、今度は見るからに上機嫌になる。
相手の言動によって機嫌を変えるにしても、もう少し隠したりして欲しいものですね。まあ、そこが魔王様の良いところでもあるのかも知れませんが。
「とりあえず勇者が来た時のために、いい感じのポーズでも考えておくか」
「そんなことより、勇者とどう戦うかとかを考えていてください」
私がそう言った直後、城内にけたたましい警報音が鳴り響き、音声による警告が流れる。
『警告! 警告! 城内に侵入者あり! 各員持ち場に付け! 警告! 警告! 城内に……』
これは、正規の手段を踏まずに魔王城に侵入した者が現れた場合に作動する警報である。今このタイミングで警報が作動したということは、勇者が魔王城に辿り着いたのだろう。
「魔王様は玉座の間にて待機を。私は全体指揮を執ります。ベルナさんは野良魔物や子どもたちなど、非戦闘員の安全確保をお願いします」
「了解しました」
先程開発部の指揮をネアさんに任せたため、勇者の侵入が明らかになった今、魔道具への魔力の充填は始まっているだろう。発動させる座標はあらかじめ決めており、玉座の間と今私たちのいる大広間を範囲として発動させる。魔力の充填には20分程かかるが、魔王城の入口からここまで到達するには、確実にそれ以上の時間を要する。敵が誰であろうと魔王様の勝ちは揺らがないが、不安要素となり得る物は全て排除しておくべきである。
各々が行動を開始しようとした瞬間、突如私たちの目の前に一人の女性が現れた。その女性は、燃えるような赤い髪を腰まで伸ばし、見る者全てを魅了するかのような美貌の持ち主だった。
直接目にしたことはないが、報告にあった女神の容姿と類似している。おそらくはこれが女神と呼ばれる存在だろう。なぜここに現れたのか知らないが、これは女神を生け取りにするまたとないチャンスだ。
殺してしまわないように注意しつつ、気絶させることを目的とし頭部に向かって蹴りを放つ。だが、私の足は女神に当たるよりも先に、純白の大剣に受け止められてしまった。
その大剣を持った男は漆黒の鎧に身を包んでおり、以前一度対峙したカンザキツルギだった。
「フレア様を傷つけさせはしない!」
ツルギはそう言ってこちらを威圧してくる。女神を守られてしまっては、生け取りは難しいので一度二人の元まで下がる。その間にさらに三人の人間が転移してきた。その三人はかつての仲間である、ケイン・ヒルダ・サーシャだった。
まあ、来ますよね。現状人間側で最も経験豊富な戦力でしょうし。
かつての仲間たちであろうと、特に思うことはない。一年前のあの日、勇者パーティーとしてのレイスは死んだ。今の私は、魔王軍人事部所属のレイスだ。
「勇者よ、よく来たな! 我こそが魔王だ! 殺す前に貴様の名前を聞いてやろう」
魔王様が、かつて私たちにしたものと全く同じ言葉を発する。
「神崎剣! お前を倒す者の名だ!」
「ほう……カンザキツルギか」
魔王様は、何故か今初めて名前を知ったかのような反応をしているが、会議中に何度も名前は出されていたし、魔王軍内でも勇者の名前は知れ渡っている。つまりこの会話は、魔王様がしたいだけの形式的な物なのだろう。
「貴様のような名の者には、この問いをすることにしている。もし我の味方になれば、世界の半分をお前にやろう」
魔王軍のトップともあろう人が、軽率にそういう発言をするのは良くないですね。口約束は後から言った言ってないの水掛け論になりますし、世界の半分だなんて領地配分と統治の定義で揉めるに決まってるじゃないですか。まあ、本気で仲間にする気はなさそうですし、構いませんか。
「……魔王、なぜそのセリフを……。いや、僕の考えすぎか。なんにせよ、お前の味方になどなる気はない!」
分かりきっていたことではあるが、ツルギは魔王様の誘いを断る。
「では、どうしてもこの我を倒すというのだな! いいだろう! 貴様ら全員我が――」
「サンクティファイ!」
「ふおおおぉぉ!」
魔王様が言い終わる前に、女神が魔王様に向けて浄化魔法を放った。完全に油断していたようで、魔法の直撃を受けた魔王様は情けない声を上げながら地面を転がる。
「おいそこの女! セリフが終わるまで待たんか! 空気を読め、空気を!」
「だって隙だらけだったし。仕方ないじゃない」
「ぐぬぬ」
まあ、正直これは魔王様が悪い気もする。というか、私も不意打ちなどは積極的に狙うので、警戒してなかった魔王様が悪い。
「まあいい。勇者よ、ついてこい。この先の玉座の間で決着を――」
「セイクリッド!」
「ふわぁぁぁ!」
勇者に背を向け歩き出そうとした魔王様に、もう一度神聖魔法が放たれる。
「空気を読めと言っただろ!」
「私の浄化魔法を二度も食らって余裕で動けるなんて、あなた相当強いわね」
「次は無いからな! 勇者ついてこい!」
魔王様はそう吐き捨てるように言うと、玉座の間に入っていった。その魔王様の後を追って、ツルギも玉座の間へと入っていく。
女神の退魔効果のある魔法を二度も受けてしまった魔王様が、どれほど弱体化してしまったかは分からないが、勇者一人殺す程度問題ないだろう。それに今2対5で戦うのは分が悪い。そう判断した私は、ツルギの妨害をすることなく素通りさせる。ベルナさんも私に合わせてくれている。
ツルギに続くように他の四人も歩みを進めるが、さすがにそれを見過ごすことはできない。
「ツルギ以外、ここを通すつもりはありません」
「同感ですね。あなたたちは私たちが殺します」




