第41話 勇者一族
シタナエール丘陵についてはや1週間が過ぎようとしていた。
新たに作っている街も全体的に測量は終わり、今は俺と父さん、サーラとクルムの4人で土魔法を駆使して土台となる土盛をして、できた先から母さんたちがとってきた石材を並べているという状況だ。
「そういえば、フィーナ、ずいぶんと遅いな」
俺はふとそんなことをつぶやいていた。
「なに、お兄ちゃん、心配?」
それをそばで聞いていた愛美にそう問われた。
「いや、そもそも実家に帰っただけだし、フィーナがそう簡単にやられるわけはないから、特に心配はしてないけど、それにしても遅いと思ってな」
俺は少しごまかすようにそういった。
そんな話をしていたからだろうか、噂をすれば影がさすというが、フィーナがちょうど帰ってきた。
「ただいま」
「おう、おかえりって、どうした?」
なんだかフィーナが疲れた表情をしていた。
「うん、ちょっとね」
「そうか、それにしても遅かったな、今、その話をしていたところなんだよ」
「ああ、うん、ちょっと、もめちゃってね」
「もめた? なんでまた」
実家で何かあったのだろうか、俺は何気なくそう尋ねた。
そして、そんなフィーナから聞くところによると、どうやら原因は俺だそうだ。
曰く、フィーナは里に帰りさっそく両親に俺の話をしたそうだ。
その流れで俺とフィーナの関係についての話となり、使用人たちや俺の両親からはすでに俺の嫁扱いを受けているという事実を話した。
母親は嬉しそうに祝福してくれたそうだが、父親が大激怒、さらに話を聞いたものの中にも憤慨するものが現れる始末。理由としては、俺が一族と関係がないからだが、そこで、フィーナは俺の前世の話をしたそうだ。
それを聞いた父親たち反対派は一瞬ひるんだが、結局それは信じられるかということとなった。それどころか、自分たちの祖先である勇者、つまり浩平の先祖を語ったものとして、さらに憤慨したそうだ。
それに困り果てたフィーナを母親たちが擁護、そして、反対派と賛成派で大激突寸前だという。
この話を聞いた瞬間俺まで疲れてきた。
「……そ、それは、災難だったな」
俺にはそれしか言えなかった。
「それで、どうなったの」
愛美もあきれ半分で続きを尋ねた。
「うん、それで、結局話が付かなくて、ファルターを連れて来いって話になったのよ」
「最初から一緒に行った方がよかったな」
「それはそれで、大変なことになっていたと思うわよ」
すると不意に母さんがやってきてそういった。
「俺たちも一緒に行ってやろうか」
父さんまで同情の表情をしながらやってきた。
「いや、いいよ、行ってくる。ああ、でも、ここどうするかな」
領地の開拓がまだ途中でこっちも途中で投げ出すわけにはいかなかった。
「ここは、任せておけ、そっちの方が重要だろ」
「そうね、ファルターしっかりとね」
「お兄ちゃん、大切なことだよ」
「うん、うん」
こんな感じで父さんと母さんならまだしも、愛美やエニスまで真剣な顔で言ってきた。
「ふぅ、わかった、それじゃ、ここは任せるよ」
「ああ、行ってこい」
それから、すぐに俺とフィーナは全力でフィーナの故郷に走った。
ちなみにブリネオたちも護衛としてついて来ようとしたが、それは断った、理由はその方が早いからだ。
というわけで、1日もかからず俺たちは勇者の一族が隠れ住む里にたどり着いていた。
「へぇ、静かな森だな」
「でしょ、魔物とか動物は定期的に見回りの人が狩ってるから」
「なるほど、勇者の里だけあってか」
「うん、みんな強いからね」
「それにしても、ものすごい見られているな」
そう、この森に入ってからあちこちからものすごい視線を感じていた。というか中にはさっきまで混じっていた。
「ごめん」
フィーナは申し訳なさそうに謝ってきた。
「別にフィーナが誤ることじゃないさ」
そうこうしていると何やら建物が見えてきた。
「あれが、村よ」
見えてきたのはどこにでもあるような普通の建物だ。でも、どこか懐かしさを感じるような雰囲気を醸し出していた。
多分浩平が持ち込んだ日本の文化が8千年たち独自に進化したんだと思う。
「いい感じの村……うぉぅ」
言葉の途中でいきなり襲撃を受けた。
「ちょっと、バラック、何するのよ」
「ふん、今のをよけたか」
バラックと呼ばれた青年は悪びれもせずにその場を去った。
「まったく、ごめん」
「今のが、反対派か」
「うん」
フィーナは少し恥ずかしそうにしている。まぁ、さすがにフィーナも身内がやらかしたことは恥ずかしいだろうな。
「はぁ、こっちよ」
「おう」
ため息を吐きつつフィーナが実家に案内してくれた。
フィーナの実家はさすがに長の家だけあって一番大きな家だった。
「ただいま」
「おかえり、フィーナ」
中に入るとフィーナとよく似た美人でやさしそうな人が出迎えてくれた。
「えっと、初めまして、ファルターです」
「あらあらあら、初めまして、フィーナの母です。遠いところをわざわざごめんなさいね」
「いえ」
「さぁ、入って、主人も待っているわ」
「は、はい」
俺は軽く緊張してきた。考えてみれば、こういうシチュエーションは初めてだった。ほら、これっていわゆるお嬢さんをくださいってやつだ。
「お前がファルターか」
奥の部屋に通されると、そこにはフィーナとは似てもつかない屈強な体といかつい顔をしたおっさんが座っていた。
「え、ええ、まぁ、そうですけど」
俺は内心ちょっとビビってしまった。
「ごめんね、お父様、顔、怖いから」
「聞こえているぞ、フィーナ」
やはりフィーナの父親だそうだ。それにしても親子仲はいいらしい。
「それで、娘から聞いたが、我らが始祖、勇者様と関係があるそうだが。誠か?」
さっそく尋ねられた。
「そうですね。俺自身驚きましたが、間違いなく」
「俺は娘を信じている、しかし、その話は信じられん、お前がなぜ、勇者様のことを知っているのか、話してもらおうか」
突然剣呑な雰囲気となった。
しかし、そういわれても、俺も驚いたことだし、どう説明したものかと悩んでいると、突然部屋の扉がバーンと開けられた。
「族長、そんな野郎の話を聞くまでもないですよ、俺が化けの皮はがしてやります」
そういって現れたのは先ほど襲撃してきたバラックだった。
「バラックか」
「バラック、いきなり入ってこないでよ。びっくりするでしょう」
フィーナがそういうが確かに、気配がかなり薄かった。これも上森の血筋だろう。
「おい、お前、俺と勝負しろ、勝ってフィーナを取り戻す」
なんだか勝手なことを言っているがどういうことだ。
「いきなり何を言い出しているのよ」
フィーナも戸惑っているようだ。
「ふざけやがって、お前さえいなければ、俺が、フィーナを……」
聞けばこのバラック、もともとフィーナの婿候補だったらしい。
この里では次の族長は血縁ではなく一番強いものがなるという決まりがある。
といっても、大半がフィーナの家、つまり浩平の直径となるそうだ。
そして、今の族長候補がフィーナだった。やはり、フィーナはこの里でも一番強いようだ。
そして、次に強いのがバラックでそのためにフィーナの婿候補として名が挙がっているという。
「なんていうか、さすがだな」
それを聞いた俺の感想がこれだ。
「うん、でも、私、バラックはね。ちょっと」
しかし、どうやら不憫にもフィーナにはバラックを婿にとるきはないそうだ。
実はこの時点でバラックの婿候補という話は流れている。
それでも、バラック自身はあきらめきれずにいるということだった。
まぁ、確かにフィーナは1年隣で見てきた俺でも時々見とれるほどの美少女だ。
あきらめろというのが無理というものか……
「それで、勝負って、なんのだ」
俺は何となくわかっていたがあえて尋ねた。
「そんなの決まっている、お前が魔法使いだろうと、勇者様の先祖を名乗るなら武術が使えるのだろう、それで、勝負だ」
驚いたことにう堂々とそう宣言した。
普通魔法使い相手にそんなことは言わないと思うけどな。でも、まぁ、仕方ない。
「はぁ、わかった、いいだろう、受けてやるよ。それで、ルールはあるのか」
「武術大会と同じ、魔法の使用は禁止だ」
ということらしい、ほんとに完全に相手の土俵だな。こっちは強化魔法も使えないらしい。
「ちょっと、バラック、それは、あんまりでしょう、せめて、技が出せるぐらいの強化魔法ないいでしょう」
フィーナのこの発言は俺にバラックを完膚なきまでに叩きのめせといっているようなものだった。
「どういうことだ、フィーナ」
「今のファルターには武術の才能はないのよ、それを前世の記憶をもとに体を鍛えている。でも、才能の差で、どうしても扱えない技があるの。それを補うための強化魔法よ。私と訓練するときはそうしているの」
確かにその通りだった。というかこのままではフィーナの練習相手にならないからだが……
「ふん、いいぜ、そのぐらいならな、その方がこっちも全力でできるからな」
「ふぅ、俺としてもそれでいいぜ」
俺もそれに同意した。
こうして、俺とバラックの試合が行われることとなった。
試合会場となるのは、里の中央にある広場、普段はここでみんな模擬戦などをしているようだ。
「バラックとファルターの試合を行う。はじめ」
族長(フィーナの父親)の合図で試合が始まった。
俺たちは最初に上森の作法にのっとり礼をする。
フィーナもそうだが、ちゃんとこれは残っていてうれしく思う。
そして、バラックが構えた。……んっ。
俺はその構えを見て戸惑った。
なぜなら、バラックが今構えたものは、上森では技の伝授を受ける側がする。いうなれば受け身の構えだった。これは模擬戦だからこの構えは明らかにおかしかった。
それに、バラックからはさっきまで漏れている。殺気を込めて受け身の構えって、違和感が半端ない。
意味が分からなかったが、俺はそれに対する構えとして、伝授する側の構えをとった。
だって、この構えを取られるとこれしかできない。
そして、なぜかその構えのままバラックが攻めてきた。
それにも戸惑いを隠せなかったが、それどころではないのでとりあえず考えるのをやめて俺も攻めることにした。
それから数合、手合わせをしてわかったことは、確かにフィーナに次ぐ実力だということには納得できた。といっても強化魔法で前世と同じくらいの身体能力を得ている俺にとってはそれほど強さを感じないが、たぶん今の身体能力だったら結構苦戦はしたと思う。
それに、バラックには致命的なクセがあった。もちろんこの癖も愛美が持っていたものと同じくそう簡単につけるものではないが、俺はそこを突くことにした。
そして、今がまさにその癖が発動する直前、迷わずそこを突いた。
「ぐわぁ」
俺は自身が前世で編み出した技を見舞った。
こうして、バラックとの勝負は終わったのだった。
「……勝負あり、勝者、ファルター」
族長もなんだか悔しそうにそう宣言した。
「さすがね、ファルター、今のは」
「ああ、俺が前世で編み出したものだよ」
「そうなんだ。今度教えてよ」
「ああ、いいぞ。これは女型でも使える技だからな」
俺とフィーナがそんな会話をしていると族長が近くにやってきた。
「ファルター、疑ったことは詫びよう。確かに、勇者様と同じ一族だったのだろう。今の技もそうだが、その動きすべてはわれらに伝わっているものと同じ」
「でしょ」
父親が認めたことがフィーナには俺叱ったのか嬉しそうにそういった。
「うむ、しかし、勇者様の先祖であるということがいまだにな」
「まぁ、それに関しては、仕方ないです。俺たちも実際に浩平に会って、それでわかったぐらいですから」
「コウヘイというのは、勇者様のことで……」
「うん、そうだよ、勇者様はファルターの前世のことを知っていたのよ」
「なに、それは本当か」
「うん、上森始まって以来の天才にして若くして亡くなった人だって」
「16だったからな」
「そうか、ファルター殿、どうか我が娘をよろしくお願いします」
「え、えっ、えっと、はい、こちらこそ」
どうやら、フィーナの父親に認められたようだ。
とここで、俺はさっきから気になっていることを尋ねた。
「ところで、バラックに聞きたいことがあるんだけど」
「ちっ、なんだ」
バラックはまだ納得はしていないようだが、一応負けたことで俺の質問には答える気でいるようだ。
「ああ、さっきの試合での構えだけど、なんであの構えをとったんだ」
「はぁ、何を言ってるんだ、あの構えは、勇者様が最初に教えた構えだろう」
「え、えっと」
バラックは何を言っているんだという感じだし、よく周りを見るとみんなしてそんな表情をしていた。
「あ、ああっと、あれは指導を受けるときにとる構えなんだけど」
「「「えっ」」」
「えっ」
「うそっ」
そこにいた全員がハモるように驚き、それに驚いた俺だったが、なんとフィーナまで驚いていることにさらに驚いた。
「えっ、ちょっと、待った、もしかして、いままでずっと、なんの構えだと思っていたんだ」
「そりゃぁ、普通に、戦う時の構えだと思っていたわよ」
「ああ、勇者様が得意としてた構えだと聞いている」
「まじで」
嘘だろ、誰も気が付かなかったのか。
「でも、確かに言われてみれば、あの構えってちょっと技とか出しずらいところがあったんだよね。だから、私はあんまり使わなかったんだけど、まさか、技を習う時の構えだったなんて」
フィーナはさすがに何となくで気が付いていたようだが、ほかの人たちを見ると信じられないといしょっくをうけているみたいだった。
「えっと、まぁ、なんだ、フィーナ、そういえば浩平が残した書があるって話だったよな。それ見せてくれないか」
俺はふと浩平がどのように技を伝えたのか気になった。
ほかにも間違ったことがあるかもしれないしな。
「うん、いいけど、いいでしょ、お父様」
フィーナはそういって上目遣いに族長を見た。
「あれをか、しかし、あれは外部の者に見せるわけには、あれはわれらの秘伝書だからな」
「でも、ファルターは大丈夫よ、というかそもそも、勇者様が書いた書に書かれていることはすでにファルターは知っているんでしょ」
「だろうな、浩平は継承の儀の直前にこっちに来たといっていたし、俺はすでに継承は済んでいるからな。むしろ俺の方が秘伝を知っているだろうな」
「なに、ちょっと待て、今のはどういうことだ、継承の儀、なんだそれは」
族長をはじめとして、そこにいた勇者の一族全員が驚愕の表情をした。
「ああ、継承の儀というのは、上森の基本技を習得したという証のことで、その際にこれを受け取る」
そういって俺は腰に差した刀を見せた。
「これは、その継承の儀を受けたものしか抜けない。これは浩平がたまたまこっちにもってきてしまったものなんだけど、浩平自身は継承の儀を受ける直前だったみたいで、抜くことはできなかった」
「お前は抜けるのか」
「ああ、見ての通りにな」
俺はバラックに問われたので実際に抜いて見せた。
「ふん、俺に貸してみろ、それぐらい簡単に抜ける」
「いいぜ、ほら」
俺はそう言って、両手でもって刀を差しだした。
一応の礼儀というものだ。
「こんなもの簡単……ん、うぉぅ、ぐぬぬぬぅ」
バラックは力いっぱいひっぱたが全く抜ける気配がない。
「おい、お前、何をしたんだ」
「何もしてないって、これはそういうものなんだよ」
俺はそう言って、柄頭の部分をつかんで引っ張ってみた。
すると簡単に抜けたのだった。
「これは、昔から、継承の儀を受けたものしか抜けない仕掛けになっているんだ。今は俺以外は誰も抜けないものだ」
「ちょっと、待ってほしい、一つ確認したいのだが、もしかしたら勇者様はその儀を受けていないということは……」
ここで族長は気が付いたようだ。
「そうです、この政界で勇者として名を上げた浩平は、上森の基本技のみを習得しただけの、いうなれば未熟、といっても、そのあと学ぶのは歴代の継承者が編み出した技ですから、基本技をもとにこの世界つまりこの勇者一族でも8千年研鑽を積んできたわけですからね。その力は上森を越えるものである可能性が高いし、たぶん浩平は越えている。というかフィーナを見ると、明らかに超えていると思う、何せたぶんだけど前世の俺よりもフィーナの方が強いからな」
俺はそう言いながらフィーナを見た。
「なるほどな、そういうことか、うむ、いいだろう、勇者様の秘伝書を渡そう」
こうして、俺は浩平が残したという書を借り受けることができたわけだが、そこに書かれていることは全く間違っていなかった。俺が知っている通りのことが書かれていた。つまり、原因は……
「……この文字が読めないから口伝となって、伝言ゲームと化したといったところか」
至極当然の結果だった。
そのあと、俺は浩平が残した書をこの世界の言葉に翻訳して渡すということで譲り受けることとなった。
そして、1日だけ泊まらせてもらってからシタナエールに帰ることにしたのだった。
もちろん、数日泊ってくれと引き留められたがさすがに領地開拓をこれ以上放置はできないので断らせてもらったというわけだ。




