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絶体絶命③


 ドワーフのドレスが翻る。


「――神技(しんぎ)・『不動無縫陣(ふどうむほうじん)』――!!」


 大地に叩きつける戦槌を中心に。

 大範囲に迸る光芒の乱流が、天へと立ち昇り。


 暗い空洞内を眩く照らし出す。


 同時に。

 周囲に布陣しているゴブリンの全てが、その一撃で肉体は蒸発し、臓腑も骨も血潮も。

 真っ白な輝きの中で、順番に失せていく。 


 無論、魔剣を持った巨体もその威力は受けた。

 

 が。


 倒れたくずぐずになった人型は。

 少しずつ無いモノを埋め合わせ、ゆらりと立ち上がる。


 失った肉も、骨も、伽藍洞となった腹の中も。

 魔剣からのびる触手のようなものと、邪気によって瞬く間に作り直されていく。

 

 それはまるで操り人形(マリオネット)か、死体操術(ネクロマンス)のようで。

 くたりと力なく、不自然に立ちはだかる巨躯。

 その手に握られた漆黒の大剣をプリムティスは睨み付け。

 

「……思ったより頑丈なのね……」 


 でもそれで良かった。

 プリムティスは邪魔な雑魚を消し飛ばしたかっただけで。

 魔剣の柄に備わった『核』を撃ち砕かない限り、そうなることは解っていたのだから。

「――……さっさとへし折ってやるわ!」


 そして、チラリと後方を見れば。

 ハルハとベンヌが、懸命にシエナを手当てしている所だった。


 ランターナは、空洞内を、逃げ続ける様にして時間を稼いでいる。 



 ……そっちはなんとかしなさいよ。

 プリムティスはそう思い、再び前を向くのだった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇

 


 ――沈みゆくシエナの意識――。


 真っ暗な闇の中。

 深い水の中に沈み込んでいくような感覚が、シエナを包み込む。


 深く、深く。

 どこまでも。

 だんだん遠ざかる水面の光を感じながら。


 シエナは沈んでいく。

 沈殿していく。


 冷たく、冷たく。


 どんどん凍てついていくようにして。

 シエナの全てが世界から断絶されていく。


 真っ黒な世界。

 真っ黒な意識。


 けど。


 そこに咲く亀裂を縫って。

 シエナの眼前に墜ちゆく何かがあった。

 ゆっくりと降ってくるその影。


 シエナは思わず、影に手を伸ばす。


 掴んだ瞬間に。


 それは輪郭を取り戻した。

 友人の横笛だった。


 その笛が囁く。


 (……そうか。じゃあ、死ぬなよ。育つんだろ?)


 聞き覚えのある軽口。

 10年も前に交わしたその言葉。

 その光景は。

 未だ鮮明に思い出せる。

 

 シエナは。

 その、言葉を紡いだ青年の名を思い出すかのように、口にする。


 まるで叫ぶかのように――!


 ――ユーリ……!!!――。


 その瞬間何かがはじけたように。


 意識が。

 指先をわずかに動かし。


「う……」


 肉体に、苦悶の声を上げさせる。 


「…………………………!!」

 

 そこに、降り注ぐ揺らぎが生まれ。


 暗闇の中。

 僅かな光明が差し込んでくる。

 水面に打ち付ける雑音が。


 魂の安寧を妨げ。


 シエナの失いかけていた聴覚が戻ってくる。


「シ…………さ……!」


「シ……ナ……ん!」


 煩わしい。

 とシエナは感じつつも。

 その雑音は増してゆく。


「シエナさん……!」


「シエナさん、起きて!!」


 世界が揺さぶられる。


 失いかけていた、触覚が戻る。

 

 そして、ペチペチと、叩かれる感触で。

 痛覚が、嗅覚が戻り。


 真っ暗だった世界が、色を取り戻す――。


 シエナは視覚を思い出し。

 全ての五感が再起する。


 眩さに顔をしかめながら。

 唸りを上げ。

 開けた眼に飛び込む情報量に、思考が回り出す――。

 



 そしてシエナの目に映るのは、薄暗い天井だった。

 背中に感じる砂地の感触。


「うっ……ッ!」


 シエナは、腹部の鈍い痛みを覚え。

 

「シエナさん! 起きて!!」


 視界の端に移りこむ魔法使い姿の少女と。

 真っ白な猛禽類に目を止める。 


「しえな、と……とり……?」


 ――そして思い出す。


 今は、魔物との戦闘中だ。

 きっと締め上げられて気を失ったのだと――。


 だとしたら、早く立ち上がらねばならない。


 シエナは全身に力を籠め、ゆっくりと起き上がりはじめる。


「ぐ……ラ、ランタナ……は?」

 

「あのムカデを惹きつけてくれてます……」 


 おぼつかない足取りで立ったシエナが、視線を巡らせると。

 離れた位置で、ランターナが頑張っているのが目に入る。


 またか。

 また、守られているのか……。


 シエナは、その悔しさと無力さを噛み締めるように。

 さらに全身に力を籠め、踏ん張り、四肢を安定させる。


 その眼のまえに。

 ベンヌが咥えた小瓶が差し出される。


 色のついた液体が入った小瓶だ。


 飲めという事か。


 シエナはそれを手に取って、栓を外し。

 一気に飲み干す。


「けほっ!」


 シエナは酷い味に咽そうになるが。

 ――体が熱くなるとともに、重い身体が軽くなった感覚を覚えた。

 

 回復薬というものだろうか。

 シエナはその小瓶を放り捨て。


「ありがとう。もう、私は大丈夫だから。二人は戻って……」


 そうして、シエナは気づく。

 いつのまにか自分の左手の指についている、ぬるぬるの物体。

 自分が寝ていた場所に、落ちているそのジェル状の物質に――。

 

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