試験開始 3日目 ⑥
双眼鏡や視力強化の術式を駆使して。
遠く草葉の陰から、野営する3人を見守る勇者と大魔王。
その勇者、もといプリムティスの手には、皮をパリパリに炭火焼された小型爬虫類の、串焼きが握られている。
焼きたてだ。
それに食いつきながら。
「なんとかなったみたいね?」
「さぁね。――少なくとも、死にはしないでしょう」
「そっちの意味じゃなくてさ」
「とりあえず、今日夜を明かせば終わりなんでしょ? 大丈夫よ、たぶんね」
プリムティスは、マナがこっそりハルハや他の二人の様子を、『使い魔の視覚』で見ていたのを知っている。
大物とやり合っていたのも聞いている。
森林大鯢なんて、滅多に見ない希少な魔物で、鉄等級のパーティーでもそれなりに苦労するヤツだ。特に、魔法に対処できないと全滅することも多々あるだろう。
それを3人で倒したというのだから、褒賞ものだ。
まぁ、何も金目の物を切り取ってこなかったのは、勿体ない。
それでも十分だろう。
あとで、試験管理部に魔物の掃除漏れがあったことを報告しよう。
――とプリムティスは思うが。
それはさておき、
「……ところで、アンタも居る?」
プリムティスは、マナに串焼きを差し出す。
焼かれているのは小型爬虫類だけでなく、小魚もあるし、バッタもあるし、キノコもある。
けど。
「いらない」
マナは、ぷいっとそっぽを向いた。
プリムティスは「そう」と簡素に返事して、また1匹齧りつくのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
その夜。
野営地のテント。
焚火の鍋を見ているエルテルッテの後ろから。
テントの鞄の調味料を取ってきたシエナが戻ってくる。
「ハルハちゃんは?」
「まだ寝てる」
「よほど疲れていたんですね……」
「昼餉も、2人分くらい食べてた」
そして、もうすぐ夕餉だ。
料理は、今日もシエナが担当する。
「キミも、夕餉を終えたら休むと良いよ。寝ないと魔気も回復しないからね」
「それは、シエナちゃんもでしょう」
焚火の小さな鍋の中では、香辛料を利かせたスープと具材がぐつぐつと煮えている。
その前に、エルテルッテに代わってシエナが立ち。
ハーブの粉末を加える。
その背中を見つつ。
エルテルッテは問う。
「……ところで、シエナちゃんが言ってたプリム、って……」
他人の空似というか。
ただ名前が似ているヒトで。
まさか、そんなことはあるまい。
というニュアンスの籠った、自信の無さ。
そんな弱弱しい問いかけに。
「プリムティス・アルフヴェイン……私の先生だよ」
え?
エルテルッテは固まった。
それはだって、世界に名だたる英雄の名だ。
つまり――。
「ぷりむてぃす、って……、それって、リプル様と一緒に魔王を倒した……」
信じられない。
という顔のエルテルッテに対し。
シエナも、今聞いたセリフに混ざった一言が引っかかった。
「りぷる……さま?」
「知らないんですか? プリムティス様と一緒に魔王を倒した、天色の姫君――リプル様ですよ? ……水の女神メルク様の化身だとさえ言われていた有名な英雄の筈ですけど……?」
それに。
シエナは、街で良く見える銅像や石像を思い出す。
ドワーフの戦士、人間の槍使い、老人の神官、エルフの弓使い。
そして、ひときわ小さな姿。
その5人の中には、確かに魔法使いっぽい姿があった筈だ。
プリムティス以外、まったく注目していなかったため、1ミリたりとも細かい情報は無いけれど。
「……あの、プリムよりもちっさいアレか……」
エルテルッテは、小さいアレ、という失礼な物言いを聞き流す。
そして、少しがっかりしたように言う。
「その感じでは、リプル様についての情報は知らなさそうですね……」
シエナは、振り返り、エルテルッテを見る。
「もしかして探しているの?」
「いえ。場所は解っています。ただ、その国は警備と警戒が厳重で、入国するだけで、最低限の身分を証明する物が必要なんです」
そうか。
そのためにGランクの戦士資格を取得しようとしているんだ、とシエナは考える。
「会って、どうするつもり?」
エルテルッテの表情が陰る。
「――さぁ。とりあえず、会うよりも先に、実際にリプル様がどういう状況なのか、調査する所からでしょうね」
調査?
何か不穏な気配だ、とシエナは思った。
エルテルッテには、海の底から陸に上がり、資格を取得し、警備が厳重な国に行ってまで確かめたい事があるのだろう。リプルという英雄について。
――試験が終わったら、何か知っていないかプリムティスに聞いてみたほうがいいかもしれない。
いや、それならば――……。
本人に聞いてもらった方がいいか、とシエナは思い直し。
「……プリムに聞いたら、何か解るんじゃないかな……」
「会えるんですか? プリムティス様に……?」
「先生だからね、私の。……紹介する?」
エルテルッテは考える素振りだ。
そして。
「迷惑でなければ、お願いできますか、シエナちゃん……!」
シエナは頷く。
「良いよ。助けてもらったお礼に」
ありがとうございます。
そのエルテルッテの言葉は。
「あっ、いけない!」
噴きこぼれそうな鍋に、慌てるシエナの声にかき消された。
そうして、食べ物の匂いに釣られて起きたハルハと共に夕餉を済ませ。
その後も何事もなく。
無事に次の日の朝を迎えることが出来たのだった。




