試験開始 3日目 ⑤
シエナが、ハルハの元に走り。
それをエルテルッテが追いかける。
あっという間に駆け付けたシエナに。
肩に止まっていたフクロウが、バサバサと羽ばたいて飛び立ち。
効果を失って消えていく。
そして、シエナは今にも倒れそうなハルハを支え。
「助かったよ、ハルハ」
ハルハは、虚ろな瞳と、疲労の滲む小さな声で。
「――……勘違いしないでください。あなたのためじゃ、ありません、から……」
何故駆け付けてしまったのか。
何故、こんなに疲弊してまで、手助けをするのか。
ハルハは自分自身の事が理解できない。
ただ、身体が勝手に動いてしまった。
それだけなのだ。そうに違いない。
それ以外には何もない。
――自身のモヤモヤする気分に苛立ちながら。
ハルハは言う。
「私に……あんまり、手間、かけさせないで……」
そのまま、ハルハは気を失い。
力の抜けた身体をシエナは抱き留める。
服も、髪も、身体もボロボロに見える小柄な魔法使い。
しかもその顔は、やつれているようにさえ見える。
疲労なのか、寝不足なのか。
酷い顔をしている。
シエナは、その少女を背中に背負う。
そこに、遅れてエルテルッテが追い付いた。
息も絶え絶えで。
「とりあえず、野営地に戻ろう、エルテ。ハルハを寝かせてあげたほうがいい」
「はい」
そうして、シエナはハルハをおんぶして、河原沿いの野営場所へ歩き出す。
途中、落ちていた魔術帽子を拾って。
シエナはとっくに忘れていた。
エルテルッテが、魔王の軍勢を味方だったように言った事。
その苛立ちもわだかまりも。
全部忘れていた。
けど、エルテルッテは覚えていた。
だから、無言で歩むシエナの背中に話しかける。
「あの、シエナちゃん、さっきは……、ごめんなさい」
「え? 何の話?」
「私たちが、魔王軍のテンペスタ卿に助けてもらったって、話です」
「ああ」
シエナは思い出した。
しかし、怒りや悲しみは沸いてこない。
エルテルッテが助けに来た時。
シエナは、こう思った筈だ。
――何が正しくて何が悪いかなんて関係ない。最も重要なことは、少なくともエルテルッテが、シエナの味方だという事だけだ――と。
草を踏みしめ。
背中のハルハがひっかからないよう、茂る枝葉を避け。
薄暗い森を歩く。
そんなシエナは、木漏れ日に目を細めながら。
「……私の村は、魔王軍に滅ぼされかけたからね。恨み、というのではないけど、許せなさは、有るんだ……」
エルテルッテは、黙ってしまった。
返す言葉が無い。
この世界の大半は、魔王軍を敵だと思い、恨みや敵意を持っているに違いなくて。
エルテルッテもそのことは理解していたのに。
迂闊だっただろうか、と思いつつ。
シエナは穏やかな声で言う。
「……でも、キミの言っていたことも解るよ。――人だから善で、魔族だから悪だとは限らない――だっけ……。まだ、割り切れる程ではないけど」
「そう、ですか……」
エルテルッテの一族は、人族達に虐げられてきた過去がある。
過去の因縁やわだかまりは、そう簡単に消えはしない。
その事はエルテルッテにも良く解る事だった。
シエナは観念したような溜息を吐く。
背中の重みを感じながら。独白のように。
「――……わたしは、守られてばっかりだ……。これじゃ逆なのにね。……プリムのようには、いかないな」
プリム?
その言葉に、エルテルッテは反応する。
シエナが一番知っている言葉の先端がそうだからだ。
きっとそれは正式な名ではない。
もしかして、と。
前を行くシエナに小走りに追いつき。
「あの、プリムって……」
そう声をかけた時。
ぐぅぅぅぅ。
ぎゅるるるるる。
シエナの背中から凄い音が鳴った。
「……寝ながらお腹を空かせるとは、器用だよね」
それは、ハルハのイビキで。
そして、腹の音だった。
エルテルッテは確かめる機会を失くしたまま。
一刻も早くハルハをテントに寝かせるために。
二人は野営地を目指すのだった。




