試験開始 3日目 ④
そうだ。
今、この瞬間に置いて、何が正しくて何が悪いかなんて関係ない。
最も重要なことは、少なくともエルテルッテが、シエナの味方だという事だけだ。
「――解った。やろう」
シエナは、改めて両手に『木葉短剣』を作り出し。
「はい……」
そして、エルテルッテは、業物のハルバードを構え直し。
「――練気・『二式・万里一空』『三式・気炎万丈』、『竜驤虎視』、四式・『一意専心』!!」
視覚能力。
筋力。
身体制御の精度。
魔気の活用精度。
気を練りあげることで、以上の自己能力を増強する。
尾を切断され、痛みにのたうち回っていた巨体が体勢を立て直す。
怒り心頭なのだろう。
今までにない速さで、赤色森林大鯢が二人に迫る。
エルテルッテは、脚運びに難がある。
そう踏んで。
シエナが前に出る。
振り回される腕を躱し、かみつきを躱し。
右の短剣で斬りつけながら、伏せる様に横に跳ぶ。
そこに、長大な得物が、身体のひねりと遠心力を多分に載せ、大きく薙ぎ払われる。
魔物の頭に、その穂先は深く食い込み、大きく斬り裂いた。
ぎゃああああっ
悲鳴を上げる巨体が、図体を振り回す。
尾が短くなっているとはいえ、体重と回転力の乗った一撃は重く。
ハルバードでガード態勢を取るエルテルッテが、ずざざざ、と弾かれ。
ノックバックさせられる。
跳躍し、軽く躱していたシエナは思う。
やはり、エルテルッテは遅い。
それが自分で解っているから、最初から避けるという選択はせず、武器で防御して凌ごうとしたのだ。
つまり多少の傷は織り込み済み。
重なる毒によって、当初より幾分も鈍くなった筈の魔物の攻撃にさえ、避けるという選択が無いのならば、何度も攻撃を受ければエルテルッテは倒れるだろう。
それならば。
シエナは、魔物の腹に左右の短剣を突き立て、何度も斬りつける。
しかし風の魔力は纏わせない。
なぜなら、もうシエナの魔気にそんなに余裕が無いからだ。
だから、頼みの綱はエルテルッテの一撃だけ。
煩わしく思った魔物が、シエナを追いかける。
魔物が、魔法陣を展開し始める。
その間に、エルテルッテは。
ハルバードに設えた青い現象核結晶から、水の現象核を抽出し、魔力を練り上げ、水神メルクの神力を呼び、戦気を開放する。
術で無理やり変化させているエルテルッテの脚は、あまり機敏に動かない。
けど、一瞬の脚力。
海水を打ちひしぐ尾ひれとしてのパワーだけならば、負けはしない。
必殺の準備を終えたエルテルッテが、
脚力の強さだけで前に出る。
その勢いのまま、矛槍を大きく振りかぶり――。
「行きます!」
気迫の一声。
咄嗟に。
シエナは、投げつけた短剣で、赤色森林大鯢の残る片目をつぶす。
苦痛に悶える魔物が、動きを止め。
苦し紛れに【火炎球】を撃ち放った。
その瞬間。
エルテルッテが、槍を薙ぎ払う。
「――蒼仙流槍派・肆式――、『烈海嘯』!!」
大量の水流。
それと同時に振るわれる穂先が、
着弾し巻き起こる爆炎ごと、魔物の巨体を切断する。
魔術で作られた火は、自然の火ではない。
自然現象を、模倣し、一時的に火として振舞う『再現』だ。
故に。
それは現象核が作り出す性格を内包する。
つまり、火の魔力は、水の魔力に決して打ち勝てない。
一方的に分解され消失させられる運命だ。
これは、この世界の法則。
斬撃と同時に、発生した水の魔力、そして、神の力による本物の水。
それを浴びた【火炎球】は、水蒸気になり、魔力を分解され、かき消され、満足な効果をもたらさずに、霧散させられた。
残ったのは。
少し炙られて焦げかけたシエナと。
紫色の血だまりの中。
横たわる両断された魔物の巨体だけだった。
「……倒せた、のか」
呟くシエナ。
そして。
「良かったです」
シエナの傍にやってくるエルテルッテ。
「キミの技は、凄い威力だね、羨ましいよ」
「……魔気の消費が多くて、1日に2回か3回しか、使えませんけどね……」
そうか。
さすがに、見合う代償はあるんだな、と。
シエナは思い。
手にしていた左手の短剣を解除する。
それにしても、何とかなって良かった。
そう、安堵した時。
倒れたままの魔物の背びれが輝く。
「な――……」
「まだ、動く……!?」
シエナは飛び退き。
エルテルッテは再び槍を構える。
まずい。
ふたりは同時にそう思った。
シエナもエルテルッテも魔気をほぼ使い果たした。
練気術や、戦気の元になる氣もそうだ。
再び、【火炎球】が放たれようとしている。
「――致し方ありません」
魔気が空っぽでも。
生命力で代替えすれば、一度くらい魔術は実行できる。
つまり、命を削って、水の魔術を行使し、属性相関を利用して火の魔術を凌ぐ。
それしか道はない。
エルテルッテが覚悟を決める。
その時。
遠方から、高密度の魔力弾が、飛来する。
それは瞬く間に到達し。
どん、と空気を震わせる轟音と、着弾の衝撃波が吹き荒れ。
魔術を放とうとしていた魔物の上半身を、木端微塵に破壊する。
そしてなお貫通し、残る下半身にまで到達した弾頭が、同じく音を立て、原形をとどめないほどにその肉片を撃ち砕く。
バラバラと、散った骨、肉、血が降り注ぐ中。
シエナとエルテルッテがそれが放たれた方角を見れば。
遠く、木の幹に手を突き、立っているのもやっとの魔術師姿が、掌を向けているのが見えた。
それは紛れもない。
シエナの知る人物に違いなかった。




