試験開始 3日目 ③
魔物が展開する魔法陣に、魔力が満ちていく。
間もなく、大きな火球が、放たれる――。
「4!」
そこに。
遠くから聞こえる微かな声。
「3!」
草をかき分け、踏みしめる音が届き。
「2!」
誰かが駆けてくる。
「1!」
滑り込んでくると同時。
シエナの視界を覆い隠す漆黒。
それは、シエナの目前に背を向けて立ちはだかる。
そして、赤色森林大鯢の魔法陣に魔力が行き渡り。
灼熱の火球が放たれる――。
「――今!!」
少女の声が叫ぶ。
迫る赤色。
――まるでそれは、シエナの村を焼き滅ぼした魔術を彷彿とさせ。
周囲が、光源に包まれる。
真っ白に染まるシエナの視界の中。
鮮烈に浮かび上がる、少女の影――。
え?
既視感。
シエナはこの場面を、どこかで感じたことがある――。
けど。
その背中は、ボロボロで真っ黒で、魔術服で。
飛び出した勢いで、魔術帽子が飛ばされて。
くすんだ銀色の髪と泥臭さが、空気に投げ出される。
それは見たことのある少女の背中。
「あ……ッ!」
そこでシエナは初めて気づいた。
自分が魔物に襲われている事。
目の前に、割って入った少女が、ハルハであること。
そして……。
「『解呪』!!」
木々を発火させ。
草を焦し。
空気を揺るがせる。
その温度に、シエナの革鎧が煙を上げ始め。
目前に迫る、大火球。
1秒後には、一帯は爆炎に飲まれるだろう。
それは、そんな未来をかき消した。
キィィン。
と甲高い音をたて。
火の魔術は、魔力の残滓として分解されていく。
術式の根幹たる魔力子の結合を分解し。
魔気と、魔素と、火の現象核に戻されたのだ。
結果的に。
魔物の魔術攻撃は失敗した。
そして、ゆらりと。
シエナの目の前に立っていた人物の身体が倒れ。
バサバサと黒い鳥が舞い上がる。
「ハルハ!?」
シエナはハルハの身体を抱きとめた。
ボロボロで傷だらけの顔だった。
そのハルハは言う。
「……よかった、間に合いました……」
くっ。
シエナは歯がみする。
まただ。
また私は守られている――!
あの時と同じだ。
「ま、まものが、きますよ……!」
シエナが魔物を見ると、その巨体が短い脚で接近してきていた。
ハルハは見るからに動けそうにない。
そうだ。
まだ。
まだだ、まだなんだ。
シエナは、ハルハを草むらに寝かせて。
立ち上がる。
ここで、シエナが倒れたら、ハルハは死ぬ。
今度は私が守る番だ!
「『木葉短剣』」
名称節だけの略式詠唱で、作り出した短剣を、迫る魔物に投げつける。
魔物を迂回するように。
ハルハの居る場所から、方角と距離を放すように。
シエナは動く。
「こっちだ!」
もう1本。
シエナの知らない巨大な魔物。その目玉を狙う。
ぐおぉぉぉ。
胴体に1本。
そして追撃の2本目も狙い通り。
片目をつぶされた魔物は咆哮を上げ、シエナに突進してくる。
さらに、急造の短剣はすぐに消え失せるが。
残った毒が、魔物の皮膚や顔周りを変色させている。
「効いてる……!」
毒は効いてる。
戦えている。
魔物の背びれが輝き。
魔術が放たれる。
火属性初級難度の、【火の矢】だ。
それが、連続で射出される。
俊足の脚運び。
そして飛び込み前転。
シエナは、間近に着弾する光と熱気を感じながら。
「水に芽吹き、瓊葩綉葉、火に燃ゆる――、走れ、凶刃成る言の葉よ――」
全詠唱で作り上げる。
「――『木葉短剣』!!」
手にした木の葉の短剣。
その刀身に、『風の魔力』を纏わせて。
回り込んだ巨体の横っ腹に、斬りつける。
刃の鋭さと、風の刃に。
ズタズタに切り裂かれる魔物の皮膚と、飛び散る紫色の血潮。
暴れる赤色森林大鯢が、その長い尾を振り回す。
「くっ!?」
短剣を盾に、防御するが、シエナの軽い身体が吹き飛ばされ、木の幹に背を打ち付ける。
「かはっ!?」
口から零れる血潮を感じながら。
追撃に放たれた【火の矢】。
名称節、略式詠唱――!
「『墓標石板』!!」
せり上がる石板に、連続で着弾する火矢が防がれる。
一連の全てをしのぎきり、シエナは立ち上がる。
口の血をぬぐいながら。
はぁ、はぁ。
シエナの息は荒い。
けど。
飛び込んでくる魔物のボディプレスを躱し。
振り回される腕を回避し。
魔術を風の魔力で退け。
隙を見て、短剣で斬りつける。
やれてる。
ちゃんと戦えている。
この巨体を相手に。
魔物は少し動きが鈍いし、左側が良く見えてない。
毒もちゃんと効いてる。
マナにもらった術式図により、毒系統の術式も格段にアップグレードされたのが目に見えてわかる。
そして、ハルハの寝ている場所からは程遠い所まで誘導できている。
今までの事は、しっかり活きている。
その自信を得てなお――。
「やっぱり……私では、力が足りないか」
魔物は傷ついているが、まだまだ健在そうだ。
遠くにおびき寄せて、逃げるか……。
とも、シエナは一瞬考えたが。
恐らく、この魔物は鼻が良い。
目を片方失っていて、咄嗟の反応は遅れていても。
シエナの居る方角は消して見失っていない。
しつこい性格だったら厄介だ。
それに、なんだかんだでシエナも傷が増えていく。
いつまでも耐えれるわけでは無い……。
振るわれる極太の尾を回避し、防御に使った木葉短剣が、強度の限界を迎えて砕け散る。
「っく……」
もう一度全詠唱で作り直す。
と思ったが。
間に合わない。
再び、上方から叩きつけられる尻尾に対し……。
略式詠唱で作る。
「――『木葉短剣』!!」
左右、二本。
咄嗟に双剣として作り出したそれを、交差させ。
尻尾の衝撃を受け止める。
足の裏が、地面に沈みそうな程の衝撃。
そのまま押しつぶされそうなのを、シエナは必死にこらえる。
しかし、所詮はエルフ。
そして小柄なシエナだ。
パワー勝負は分が悪すぎた。
急造の短剣も、瞬く間にひび割れていく。
「く……!」
潰される。
そう覚悟した時。
「――蒼仙流槍派・捌式――、『海闊天空』!!」
上空から、飛び込んできた青い影が。
纏う大量の水流と共に。
舞い降りる――。
ザシュン!!
生々しい音が響き。
飛び散る大量の紫の血潮。
そうして、斬り飛ばされた太く大きな尻尾が、落ちて、びちびちと跳ね回る。
「……すいません、とりあえず今は、こいつを倒しませんか?」
「エルテ……!?」




