試験開始 3日目 ②
茂みから、河原の砂地へ飛び出したプリムティスとマナ。
そして。
「放っておいて大丈夫?」
走り去っていったシエナとハルハ。
そして、取り残されたままの、青い髪の女性。
複雑な状況を目の当たりにしたマナの問いかけに。
「さぁ。でも、私が割って入っていってもどうにもならないわよ」
プリムティスはドライに受け応える。
「そう?」
「あら、他人事ね。この状況を生んだ元凶はアンタかもしれないってのに」
「知らないわ。私には、細かいことにまで気を配っている余裕なんて無いのよ」
「ま、どちらにせよ。もう子供じゃないんだから。なる様にしてもらおうじゃないの。冒険者になって、パーティを組めばこんなイザコザなんて茶飯事なんだから」
確かに。
それは何も、人間たちだけの話ではなく。
魔物や魔族や魔王軍にさえありゆることなわけで。
マナは、ゆらり、と覚束なく立ち上がった青色の女性を見やる。
その姿が、トボトボと森の奥へ向かう様子をみつつ。
「そうね」
独白のように答えるのだった。
でも。
「『高貴なる影の使い魔』」
マナは、魔術で作った真っ黒なミミズクを一羽解き放つ。
少しだけ、様子を見ようかと。
そしてそのマナを、プリムティスは黙認した。
何故なら、プリムティスとマナは試験の部外者で。
手助けしたのがバレたら、シエナもハルハも失格になるからだ。
きっとそのことは、マナは既に察しているだろうから。
うまくやってよね。
プリムティスは、それだけを想っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
薄暗く、深く生い茂る森を進む。
ハルハは、斥候技能も野伏技能も何もない。
足跡や痕跡を追跡する知識も技量も無い。
あるのは魔術の知識と技術だけだ。
故に。
自然にあふれる土属性現象核を利用し。
術式を練り上げる。
土属性下級難度補助用術式
「――『足跡追跡』」
浮かび上がるたくさんの足跡。
9割5分が獣の足跡である中から、一つだけ選出される真新しい人族の足跡。
それを辿って走る。
しかしハルハは人間族だ。
暗がりで物は良く見えない。
だから、すぐにコケてしまう。
立ち上がるのも手探りだ。
追うべき足跡は見えるけれど。
このままでは日が暮れる……。
そんな時。
すっと、気配はもとより、羽音さえさせずに。
背後から飛来した鳥の影が、ハルハの肩に鉤爪で止まった。
「痛っ、何?」
その衝撃と痛みに驚いていると。
ハルハの視界が開ける。
いや、開けたのではない。
暗がりでも見えるようになったのだ。
ハルハは理解する。
これは、魔術だ。
魔術で作られた鳥が、『暗視能力』を渡してくれているんだ、と。
こんな芸当ができるのは、ハルハが知る限り一人だけだ。
「――マナさま……」
どこに居るのか解らないが。
手助けしてくれるってことだ。
渡りに船。
この一筋の光明のような助勢は。
まるで女神のようだ。
そう思いつつ。
ハルハは真っ直ぐに歩き出す。
シエナの足跡をたどって――。
草をかきわけ。
枝葉をかきわけ。
飛び出してきた小蛇に、悲鳴を上げながら。
ハルハは進み続ける。
ボロボロで、寝不足で、空腹で、疲労困憊の中。
ハルハは、必死で追いかけていた。
そしてふと冷静になる。
どうしてこんなにも、あのエルフを追っているのか。
どうして、気持ちよりも先に、身体が跳び出してきてしまったのか……。
疲れているせいか、意識も考えも朦朧とする。
ハルハは、頭を振って、余計な考えを振り払う。
もう、ここまで来てしまったのだ。
「行こう、とにかく……」
再び追跡することに集中した。
◇◇◇◇◇◇◇◇
シエナは立ち尽くしていた。
もう、どこに居るのかさえ分からない。
夢中で走って、気が付けば暗い森の中だった。
エルテルッテの言葉は衝撃的だった。
……まるで、人族が悪で。魔族が正しいような言い方だった。
けど。
シエナの故郷を焼け野原に変え、多くの仲間を奪ったのは紛れもなく魔王の軍勢だった。
魔王軍への憎悪の感情は意外なことにそれほどない。
それよりも、自分の不甲斐なさの方が、遥かに突き刺さる。
それでもシエナは、思う。
魔王軍さえ来なければ、村は無事だったんだと。
ユーリも……。
がつん、と拳を打ち付ける木の幹。
ゴツゴツとした感触が手に突き刺さる。
そんな痛みと共に、うなだれる様にして、木に寄り掛かる。
「じゃあいったい……どうして……!」
魔王はいったい、何をしていたんだ。
何の理由で、人々を蹂躙したんだ。
魚人族と、エルフの何が違ったんだ……。
そんな、ぐるぐると渦巻く混沌の感情。
その波に飲まれ過ぎたか。
シエナは、気づかなかった。
目前に、巨大な影が迫っていることに。
それは、赤色森林大鯢という、大型の両生類。
3メートルはあろうかという巨体で、舌をチロチロと出しながら。
背中の背びれを輝かせ。
魔法陣が展開される。
魔術を行使できるというこの個体は、ただの動物ではない。
魔素の活用を身体の仕組みに刻み込んだ、『魔』によって変異した動『物』。
『魔物』である。
区域の管理者の監視をくぐって、存在している確固たる脅威にほかならず。
体内の魔核が、本能に従って術式を組み上げる。
周囲に滲み、励起する、火の現象核
今、その魔物は、
火属性中級攻撃用術式。
【火炎球】を放とうとしていた。
未だ、存在にすら気づいていないその無防備な存在へ向かって――。




