試験開始 3日目
シエナとエルテルッテは順調だった。
川辺を拠点にし、食料と水に困ることも無く。
交代で番をすれば夜もしのげる。
その上、獣に襲われても、エルテルッテは単独でも十分過ぎるほどに強かった。
しかし、シエナも狼の群れや、単独の熊程度で後れは取らない。
そして、倒した獣は、シエナがちゃんと処理をして食材に出来る。
そんな河原で。
木葉短剣で、魚を捌くシエナの横に。
エルテルッテがしゃがみ込む。
「シエナちゃんは、戦い方が独特ですよね? それに、いつもその剣を使ってます。斬ったり、投げたり、防いだり――」
エルテルッテの海色の双眸は、まっすぐに、魔法で作り出した短剣を見ていた。
その、大きな木の葉を象った緑色の短剣を、興味津々の様子で。
「この魔法の事?」
「はい。それは攻撃用の術では無いんですね。お肉を切るのにも使ってますし」
「本には汎用術式だって、書いてあったしね。それに刃物は道具としても優秀だよ」
内臓を取り。
三枚におろし、作業の工程を完了した魔法の剣が、河原に放り捨てられる。
カラン、と金属が落ちる音が鳴って。
エルテルッテは、落ちたそれを拾い上げた。
けれど、30秒もしないうちに、魔力の結合が解け、残滓となって消え失せていく。
掌の中で、存在を消失させていく剣を、名残惜しそうにしているエルテルッテに、シエナは言う。
「――本当は、30分もつらしいけど。私だと全詠唱で3分が限界みたい」
「エルフの民は、みんな『木』の術を習うんです? それとも、緑系魔法全般……?」
「いや。たまたま最初に習得したのが『木』だっただけだよ。そもそも私の村で魔術を使っていたのは、私だけだった」
「そうなのですね」
「そういうエルテは? 使っているのは、水の魔術だけじゃないよね?」
「私ですか。……私は、元々仙術士官でしたから。仙術、魔術は習わされていました。――あとは、少しだけ『氣』の使い方も」
「そうか」
シエナには、仙術士官が何かもわからないし、海の事もよくわからない。
森から出たことの無かったエルフには、人の街は外の世界であり、海は伝説の存在だ。
「――キミを見ていると、海が本当にある気がするね」
それにエルテルッテは思わず吹き出してしまう。
クスクスと。
「なんですか、それっ。私の故郷だってありますよ、ちゃんと海の中に」
「海の中に……!?」
「はい、魔族や人間達には、海底神殿と呼ばれているようですけどね」
神殿……。
海底の?
思ったよりも大仰な故郷で、シエナは驚いた。
そして――。
遠く、茂みの中で気配を殺し、様子を見ているプリムティスとマナも。
『海底神殿』の単語に、驚き、耳をそばだてる。
シエナは、傍に座るエルテルッテに言う。
「海底神殿、って?」
「今から数百年前に、魔王軍の八輝将の一人、テンペスタ卿に作られた、北極地方の守護領域です。10年前の大戦で、勇者一行に一度半壊されましたが、今では概ね再興されてます」
守護領域。
それは『大創世結晶』を、人族の軍勢から防衛するために、魔王軍の各将によって建設された、戦略的防御拠点。
すなわち、海底神殿の最深部には、『大創世結晶』が存在するという事だ。
そして、魔王軍が建設した場所を拠点にしているという事は……。
「今、その場所は、キミたちの物ってこと?」
「いえ……」
エルテルッテは、テンペスタ卿が今も健在だと、言いかけて辞めた。
なぜなら、魔王は討伐された。
その時から、テンペスタ卿は死んだことになっているからだ。
言いなおす。
「……私たちは、テンペスタ卿が健在だった時に、悪逆な人族から解放されて以来、海底神殿の警備を任されていますから。――間借りしているという方が正しいです」
シエナは、エルテルッテの言葉に違和感を覚える。
まるで、人族が悪で、魔王軍が善のような言い方であるからだ。
だから、改めてシエナは尋ねる。
思わず立ち上がったシエナの表情は、少し怒気を孕み。
「……キミは、魔族の味方なの?」
その剣幕に、エルテルッテはシエナを見上げながら。
慌てて言う。
「そういうわけでは……! ただ、人だから善で、魔族だから悪だとは限らない、とは思っています。これは私だけでなく、私の居た部族の全てが、そう思っているはずです」
シエナは拳を握り締める。
強く。
血が滲むほどに。
だって。
シエナの村は、魔王軍に蹂躙された。
魔族に滅ぼされた。
決して割り切ることは出来ない。
――エルテルッテの言っていることは、正しいのかもしれなくても。
シエナには、納得が出来ない。
こみ上げる苛立ち。
憤怒。
後悔。
自責。
その全てが、口から罵詈雑言となって吹き出しそうで。
「……!」
ゴメン、と言いたかった言葉すら発せずに。
シエナは、踵を返して走り出した。
森の奥地。
そのどこだかわからない方向へ。
我武者羅に――!
「シエナちゃん……!」
立ち上がり、立ち尽くすエルテルッテ。
そうして。
それを見ていた、プリムティスとマナは複雑な表情でそれを見届け。
「シエナさん!!」
一人の少女が、跳び出した。
草むらから。
エルテルッテも、プリムティスも、マナも。
突然の乱入者に唖然とする中。
魔法使いの少女――ハルハは、その背中を追いかけた。
追い続けた。
俊足のエルフに、魔法使いの体力が限界を迎えるまで……。
「……シエナさん……!」
折り曲げた膝に手を突き、ぜぇはぁ、と肩で息をするハルハは。
気づくと、薄暗い森の真っただ中に居るのだった。




