勇者と大魔王
グラン=ロザリアの街。その路地裏に、豪奢な門が現れる。
それは、マナが魔術で作り出した大人数用の転送術式で、【記憶の扉】と呼ぶものだ。
けど、そこから姿を現したのは、武骨な革鎧姿の戦士と、黒いローブ姿の魔法使いだった。
「――ここ、どこだっけ?」
「私に訊かないでちょうだい」
馴染みの現地民が解らないんじゃお終いだと、マナは嘆息する。
けど、プリムティスはすぐに。
ああ、と声をあげ。
「……私ん家のすぐ近くね」
薄暗く湿気を感じる路地。
石畳と石壁で出来たそこは、少し進めば上り坂だ。
マナは、進み始めたプリムティスの後ろをついていく。
そして、その坂を上り切れば、すぐに大きく荘厳な建造物が見えてくる。
「アレは?」
「太陽神ソラリズの大聖堂ね」
「ソラリズ? 神、ってこと?」
「そうよ。ちなみに、私の宗派は守護神アティスね」
それを聞いて、マナは嘲笑したように笑う。
「バカね。神様なんていやしないのに。単に、世界に願望を届けるためのパスが開いているかどうかというだけの話よ。それに種類なんてありはしないわ」
「そう言わないでよ。ちゃんと祈りを届けるために、人々が色々な作法を研究した結果でしょ」
「結局は、界素による作用じゃない。手続きが違うだけで、魔法と似たようなものよ」
「はいはい。――で、何だっけ、そのエーテ、なんとかって?」
そうこう言っている間に、大聖堂の正面を通り過ぎる。
角を曲がり、別の路地を戦士ギルドの方へ向かう。
「界素よ。願いを世界に接続している精神物質。貴方には解らないようね」
「――ああ、もう。うるさいなぁ。ちょっと思い出せなかっただけよ。アレでしょ、『魔気』『魔素』『現象核』に続く4つ目の要素ってやつでしょ」
プリムティスは仮にも賢者の資格を持っている。
魔術の実演は出来なくても、知識だけならあるのだ。
魔力合成の時――。
魔気、魔素、現象核の3要素で作られる三角形に自動的にくっつき、三角錐を形作る、世界が用意する4つ目の要素。
その界素が、世界に届けられる『願い』や『祈り』に関わっているという話なのだ。
プリムティスは、呆れたように言う。
「普通の人々には、必要なのよ。心の支えみたいなものがね。一人でなんでもできるヤツには、解らないでしょうけど」
そうして、マナが反論する暇もなく。
「ついたわ。入るわよ」
プリムティスは戦士ギルドの建物に吶喊していった。
「ふん、冗談は見た目だけにしてほしいわ」
そう毒づいて、マナもプリムティスに続く。
◇◇◇◇◇◇◇◇
手続きは滞りなく終わり。
お疲れ様でしたぁ、とギルド員の女性に見送られ。
プリムティスは、貰ったチラシを手にほくほく顔で出て来た。
「やったわ。修繕歴のあるアーマーに限り50%オフのクーポン付よ!」
「……貧乏くさいわね貴方。教え子にくらい新品買ってあげてはどうなの」
「う、うるさいなぁ。良いでしょ別に。半額って貴重な事なのよ?」
マナは、チラシに載っているアーマーの絵と値段を、プリムティスの横から見る。
そして嘲笑気味に。
「フルセットで、たった13銀じゃない」
つまり、その半額なので正確には、6銀と5銅である。
すると、プリムティスも嘲るように。
「へっ、紙切れ1枚21金もせしめてるヤツの言うことは、さすがね!」
くしゃくしゃにしたチラシをカバンに突っ込み。
プリムティスは、ノシノシと機嫌悪く歩き出す。
マナは嘆息しつつ。
「まったく……これのどこが逢引きなのかしら、疑問だわ」
それでも、呆れながらマナはその後をついていった。
そうして、魔術師ギルドでも手続きを済ませ。
日用品と香水と下着を買い。
ちゃんと新品の防具を買いそろえた。
それを、ついでに買った小型の荷車で引きながら。
大通りの喧騒を歩く。
日はすでに暮れ始め。
屋台からは、食べ物の香りが漂い。
人々が闊歩し、立ち話をし。
仕事を終えた職人達が、今日の酒場を目指している。
作業着を着た女性たち。
剣を携えた女剣士と弓使い。
屋台を切り盛りする女将。
雑踏の中。
喧騒は、中心街へ向かい。
二人は、外へ向かう。
ガラリガラリ、と。
荷車の車輪が石畳を鳴らすたびに。
ロープで括り付けた品物が、揺れ、ゴトゴトと音を立て。
無機質な感触がドワーフに伝ってくる。
言葉も無く。
暫く二人は静かに歩いていた。
けど。
プリムティスが、おもむろに立ち止まる。
「すこし、疲れたわね……。どこかで珈琲でも飲もっか?」
「まかせるわ」
「じゃあ行きましょ?」
「――ところで、珈琲って、何?」
「あら、知らないのぉ?」
そんな二人は。
少し高台になっているカフェにやってきた。
外のテラスから、街並みが見下ろせるお洒落な店構えだ。
そのパラソルの立つ席にマナが座り。
暫くしてプリムティスがトレイに載せた珈琲2人分と、ミルクと砂糖で作られた氷菓子を持ってやってくる。
「はい、アンタの分よ」
「どうも」
少し冷めた風が吹くようになってきた時分。
プリムティスは、外した兜を傍らに置き。
人々の往来が見える、そんな街並みを見下ろしながら。
5歳か6歳くらいの男の子が走り回る、そんな情景を見下ろしながら。
マナに問う。
「――どう? 今日街を歩いてみて、何か思う事はあった?」
「別に」
「そう」
実に素っ気ない返答に。
プリムティスも簡素に応じて。
何かを諦めたかのように。
プリムティスは、珈琲のカップを手に取る。
しかし、その視線は今も、街に向けられたまま――。
「ま、後悔とかするタマじゃなさそうよね、アンタ」
「そう見える?」
チラリと、プリムティスはテーブルに向くままのマナの横顔を見る。
「何? するの? 後悔とか」
「しない。私は間違えない。正しくなるまで間違い続ければ、それは正しいことになる」
ナニソレ。
と、プリムティスは思う。
まるで、遥か未来を見ているような、覚悟があるような、言い方だ。
少なくとも、間違い続けるのは苦しい事だろうに。
やってきたことがいつか、正しい事だったと、思えるようになるだろう――。
そんなマナの表情には、そう言い聞かせているような気配が漂う。
目の前の少女のすました顔の奥に、その揺らぎがあることに、プリムティスは気づきながら。
正しいことになるって?
それって……。
「魔族を差し向けたことも?」
「ええ。無論だわ」
そう肯定する魔法使いは、下を向いたまま。
湯気の立つ真っ黒な泥のような液体の入ったカップを、訝し気に見つめながら。
マナは、ゆっくりと話す。
「――どちらにせよ、あのままでは、いずれ人類がこの星を滅ぼすのは目に見えていたもの。……だから不用意に『大創世結晶』に近づけさせるわけにはいかなかった。アレが、どれほどのエネルギーを内に秘めているのか……その不安定さを知らない貴方たちが触れてしまったら、この星は終わりだわ。貴方達は、気になった物を無視できるほど我慢強くないでしょ? ……この危機感は、世界樹である私に埋め込まれた世界の想い。そして、アレを守ることは、二代目の世界樹たる私の責務なのよ……」
「解ってる。――ただ、もう少し手段は選んで欲しかったわ」
「ふっ……」
マナは、複雑に笑う。
人類とは違う意味で、魔物も魔族も、我慢強くなかった。
雑多で粗暴で、元々魔物だった物が進化を果たした魔族どもが。
暴力を我慢できる筈も無かった。
平和的に事を運ぶなんてことは、不可能だったのだ。
マナに制御できたのは、一部の理解ある部下達だけだった。
人類の技術の進化速度は早く。
興味という麻薬に侵されたその手が。
知らずに世界を破壊する爆弾に触れそうになった。
だから、マナは武力で対抗し、抗争が始まった。
これが、魔王誕生の歴史なのだ。
「言い訳はしない」
そう、独白のように言ったマナを。
プリムティスは無言でそれを受け止める。
そして。
プリムティスが指さす先。
「――どうでも良いけど、冷めるし溶けるわよ、ソレ」
テーブルの上で。
珈琲は温くなり、氷菓子は溶け始めている。
プリムティスは全てを平らげ。
残るはマナの分だけだ。
じっと、見つめたままだったマナは。
カップを手に取り。
ずず、と意を消して黒い水をすすった。
マナは。
「けほ、っ――苦っ」
あははは、とプリムティスは笑う。
良い気味ねとばかりに。
口元をぬぐい、マナはプリムティスを睨み付ける。
「――図ったわね?」
「ふふっ、食らいなさい。アンタに苦しめられた人たちの苦汁をね」
――……。
マナはしばらく、その味を噛み締め。
カップに残る黒い水を見つめた後。
覚悟を決めたかのように。
一気に飲み干した。
苦みに苦しむ表情。
それを見たプリムティスは、静かに言う。
何の感情も籠らない、言葉で。
「――370万人よ。……あんたの侵攻で命を落とした、世界中の男たちの数」
それは人間だけじゃない。
エルフもドワーフも獣人も、神霊も、何もかも。
そしてマナは聞こえないくらいの声で、ぽつりと言った。
「悪かったわ」
――と。
そのマナの感じた苦味には、幾百万の戦死した魔物と魔族も、含まれているのだ。
「そっちの氷菓子をたべさない。苦いのに合うわよ?」
その甘味をスプーンで口に含み。
マナは
「うん」
と頷いた。
日と喧騒が、落ちゆく中で。




