横笛ティータイム
夜の静けさ。
浮かぶ満月。
蟲の声。
ひとつ、くべる薪の音が。
パチパチと焚火で爆ぜる中。
焚火の上に枝を組んでかけた器で、ぐつぐつとお湯が煮えている。
そんな夜番をしているシエナは、すぐ近くの異変を察知する。
野営用のテントが揺れ動き、視線をやると。
ガサゴソと、ハルハが外に姿を見せた。
黒ローブと黒帽子を脱いだ、白いアンダー姿の状態でだ。
真横を通り過ぎるハルハに、シエナは声をかける。
「……厠?」
「バッ、ちがッ……! な、なぐりますよ!?」
真っ赤になりながら。
拳を振り上げるハルハだが、シエナより遥かに非力なソレはまるで様になっていない。
シエナは気にも留めず。
「……東側の茂みは、さっき何か怪しい物音がしてた。――獣か、魔物か……。行くなら、北側の方がいい。お尻が拭ける葉っぱも近くにあるしね」
「おっきい方じゃありませんん!! このバカ!」
ハルハはさらに真っ赤になりつつ、地団太を踏んで、北の茂みの方へ向かっていった。
ちなみに野営地は河原の傍の草地に陣取っていて。
東と北は茂みで、その奥は森。
南側は広い川が流れる河原。
西側は深い森になっている。
ハルハの背中を見送りつつ。
「なんだ……やっぱり厠じゃんか」
そう呟くエルフの手には、一つの横笛が握られている。
ハルハの影が見えなくなった頃。
おもむろに横笛の歌口に唇を当て、胴筒部に指を這わせる。
息を噴き込み、記憶に残るメロディを奏でようと試みる……けれど。
スースーと情けない音が鳴るばかりで。
一音たりともまともな音色は出てこない。
何度も、何度も。
幾度挑戦したところでうまくは行かなかった。
山での生活を始めてから、野営のたびに練習をしているけれど。
……やっぱり、ユーリのようにはいかないな。
シエナがそんな事を想っていると。
空中に陣取っている影から、極細の閃光が一直線に放たれ。
東側の森に突き刺さった。
バサバサと、野鳥の群れが夜空へと逃げていく。
シエナにはそれが誰の仕業か解っていた。
まさか、魔術を行使するとまでは思っていなかったけれど……。
それは、ひと仕事を終えたかのように。
長い黒衣と、ドレスのスカートを揺らし、ふわりと地上へと降り立つ。
独特な形状の魔術帽子からはみ出るツーサイドアップをかきあげ。
「――余計なお世話かもしれないけど、こっちに来そうだった魔物は消しておいたわ」
「ありがとう、マナ。ホットティー居る?」
「ええ」
マナが、シエナからカップを受け取る。
それはプリムティスのお茶と違って、甘味料を足した少し甘いテイストのモノだ。
「……やっぱりこっちのほうがいい。アイツのは苦すぎる」
「マナ、甘党?」
「なにそれ」
ところで、とマナは言う。
「貴方は、『木葉短剣』以外に、良く使っている術式はある?」
「いや、あまり。アレが一番手軽で簡単だからね」
「そう。それなら……例えば使ってはいないけれど、習得済みの術式や、貴方が求める戦い方なんかはあるのかしら」
うーん、とシエナは首をひねり。
「……そうだね。使える術式で言うなら『石片の散弾』『岩石弾』『毒物生成』『毒付与』……くらいかな。……一応、誰かを守れる戦いが出来ればいいと思ってる」
「なるほどね……」
甘いお茶をすするマナ。
シエナは質問の意図がきにかかる。
「なに?」
「別に。――ちゃんとした術式図が欲しいと言っていたでしょ。でも1枚だけなんて、効率が悪いもの。ついでに、貴方の好みの術式図も何枚か設えようと思っただけだわ」
「そう。一応いっておくけど。私は、属性結晶は持ってないよ」
「まぁ、木属性と土属性なら、現象核の調達には困らないものね。――だとしたら、『緑系魔法』と『紫系魔法』が、貴方の好みって事かしら」
緑系魔法は、木と風 の属性魔法系統。
紫系魔法は、土と重 の属性魔法系統
である。
「そうかもね。私の感覚にもあっているんだ」
それは自然に生きてきたエルフの感覚に近いからなのかもしれない。
そうこうしていると。
ハルハが戻ってくる。
「遅かったね。やっぱりおっ……痛っ」
「ばか! 違うってば!」
シエナがハルハにグーで殴られた。
ぽかり、となんとも痛くなさそうな感じで。
そうして次の日。
シエナには、術式図の束が。
ハルハには、魔法陣の記述例が。
さらに。
ふたりともに、効率的な魔力合成のトレーニングメニューが。
マナから渡されたのだった。
「なんだ、ちゃんとやってくれるじゃない」
と寝起きのプリムティスに言われたマナは。
すまし顔で。
「別に? 言ったでしょ、ついでだって。わざわざ外に出て来たのだから。無駄になるのは癪じゃない?」
「なるほどね?」
そんなプリムティスは、とても意地悪な笑みを浮かべていましたとさ。




