外界
ゴゴゴゴゴゴゴ。
地響きのような音が轟き。
森の中に、豪奢で大きな門が地面から聳え立つように出現する。
そして、荘厳な文様の描かれた両開きの扉が開く。
それは、魔術によるもので。
「――……まったく、あの小童。……呼びつけておいて、不在なんて、どういう了見なのよ」
都市の街並み――その路地裏が見える扉の向こう。
そこから、姿を見せたのは。
少女だった。
縦型の目のような、大きな宝石。
それを設えた独特な形の魔術帽子に、フリル満載の可愛らしいドレス。
脚はニーハイと黄金色の編み上げ靴を着用し。
ケープとフード付きの長外套を身に着けた少女。
全身のカラーリングが真っ黒で。
色白の肌が強調された出で立ちは、完全に魔法使いで。
その周囲には、ふわふわと『緑』『赤』『紫』『黄』『青』『白』『黒』――の正八面体が七つ、キラキラと輝き、宙に浮かんでいる。
そんな少女の、瑠璃色の瞳が周囲を観察する。
「たしか、……この山に居ると聞いたのだけれど……」
ドワーフが良く立ち寄っていると聞いていた街に赴き。
冒険者ギルドで情報を聞き。
自宅へ赴き。
近隣で不在の理由を突き止め。
学校らしきものを建設途中の土地で、作業員に居場所を聞いた。
街の冒険者らしき者に、山の場所も教えてもらった。
「って、よく考えたら、なんで私がこんなことをしないといけないのかしら」
腹立たしい。
会ったら一発魔術撃ってやろうかしら。
――と、術者が苛立ちを自覚している間に。
後ろに聳えていた大扉が、魔力の残滓となって霧散していく。
今、森は真昼間だ。
見上げれば、木々の合間に澄み渡る空が見える。
少し雲がある青空には、鳥が飛び、地上の草花は風に揺れている。
平和な森だ。
少女がいた魔の森とは別格の領域だ。
散歩するにはちょうどいい陽気と場所に思える。
まぁ、弱小の魔物くらいは居るようだけど。
そんな事を想いながら。
さて、真面目に探そうかしらと、術式を起動する。
「――『魔力探知・領域拡大』」
少女は、山全てを範囲指定し、探知魔法を行使した。
「見つけた……。手間かけさせないでよね、まったく」
探知に引っかかる幾つかの魔力。
その中で、ひと際凝縮された魔力を見つけ出した。
それは、少女が良く知っている魔力であり、目指すべき道しるべでもある。
なにせ、その魔力は自分のモノだからだ。
ドワーフに渡した、帰還用のスクロールに付与された、少女の魔力なのだから。
そうして、少女は【飛行】の魔法を行使し。
周囲に浮かんでいる色とりどり宝石を解除して。
空へ飛び立つのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
シエナたちが山に来て既に一週間ほどが過ぎていた。
プリムティスが工事責任者に聞いた話では、完成に1か月ほどの期間が必要だという。
資格試験は、毎月定期的に何度か行われている。
急ぐことも無いのだが、やはりずっと山生活というのはそれなりに大変だ。
河にざぶざぶと浸かり、
銀色の長い髪を洗うハルハはぶつぶつという。
「もう……香水も尽きちゃったし、洗剤も無いし、石鹸だって……」
……もう欠片しか残っていない。
山に入る前に準備した物は、それなりに消費しつくされてきていた。
ハルハはグラン=ロザリアの大都市でインフラの整った邸宅を拠点にしている。
そこは、執事もメイドも一人づつ付いていて、身の回りの事に困る事など無かったのに。
ああ、熱いお湯で洗いたい。
と、冷たい河につかりながら、ハルハは少しの苛立ちと不満をぶつぶつと垂れ流していた。
ちなみに、服は脱いで河原に畳んで置いてあり。
持って来た石鹸やタオルも、桶に入れて置いてある。
つまり、ハルハは今、腰に巻いたタオル1枚だけの姿だった。
そんな瞬間に。
透明な流水の中に、黒い影が差す。
鳥か?
と佇んだまま、上を向いたハルハに。
流麗な声が降り注ぐ。
「ねえ、そこの貴方」
「へ?」
見上げた先には、宙に浮く漆黒の人影があった。
今は昼で太陽は真上だ。
逆光でその顔も姿も男か女かすら詳細は定かではないけれど。
いや、声は女性っぽいけれども。
その者が飛行の魔術を使ってることは、ハルハも理解できる。
中級難易度の飛行魔術は成功させるだけでも一苦労で、自在に飛び回るなんてよほど飛行魔術に肩入れしている魔術師でないと難しいはずなのに。
自然とそれを実行している影は、少なくとも強力な魔法使いに他ならない。
襲われたら勝てない。
そう確信を持つハルハは。
「……誰、ですか……?」
少し、怖じつつ聞き返す。
しかし、影は『誰』という問いには答えない。
「――この辺で、ドワーフ種族の女を見かけなかったかしら?」
ドワーフ。
ハルハがそう聞いて思い当たるのは、プリムティスだけだ。
まさか、魔族の類だろうか。
討伐された魔王の仇でも討ちに来たのだろうか?
プリムさまをどうしようというのか。
高度を下げる影。
それがハルハの目の前までやってくる。
水面に、ギリギリ脚がつかない程の低空で。
影が色を帯び。
全身を黒の衣で包んだ少女である事を、ハルハの視覚が捉え。
「……に、にんげん?」
その整った顔立ちや色白の素肌に、人形か何かではないかと一瞬錯覚を起こす。
そんなハルハに向かって、間近に迫った声が言う。
「丁度これくらいの背丈なのだけれど。多分、真っ白な鎧を身に着けている筈よ」
探しているドワーフの背を示すその掌。
今は、鎧を身に着けて無いけれど。
示された背の高さと、ドワーフという情報だけで十分だ。
確実に、プリムティスの事だとハルハは確信する。
ハルハの目が泳ぐ。
言うか言わないか。
迷うハルハだが。
同時に。
自分がほぼ全裸であることを思い出す。
目前の少女にしっかり見られているだろうことも。
「……あ、あの……、し、知らないです!」
慌ててしゃがみ込み、身を隠しながら。
けれど、相手はそのようなことは露にも気にかける素振りは無くて。
「そう……この辺りで反応していたと思ったのだけれど……」
そして。
遠くの木の上で、野営地と、現在無防備であるハルハを看守していたシエナが事態に気づき。
一見視界に納めただけでは
謎の少女にハルハが襲われているような川辺の状況。
シエナが全力疾走でやってくる。
手には短弓を構え。
「……なにもの!?」
今にも射かけそうな勢いだ。
そこに新たな声。
プリムティスの声がして。
「大丈夫よ、シエナ。そいつは、私の知り合いだから」
「え? ほんと、プリム?」
謎の少女は嘆息する。
「まったく、苦労してきたというのに、歓迎すらされないなんてね」
そうして。
未だ半裸でしゃがみ込んだままのハルハは真っ赤になっていた。
なんで、集まってくるんだと。
「どうでもいいですから、皆さん早くどこかに行ってください!」
そんな、絞り出すような声は、今、誰にも届いていなかった。




