共闘
シエナが、黒曜石の短剣を抜き、ハルハと魔物の間に割って入る。
ハルハに向かってとびかかる青い物体。
そうはさせまいと。
そいつに、短剣の切っ先を叩き込み、切り開く。
ジュワっと、地面に散る酸性の残骸が音を立てて蒸発し。
その飛沫に、シエナの身体が炙られる。
「あっち! こいつ……、無闇に斬りつけるとこっちが焼けちゃうのか」
けど、ハルハへの攻撃は防げた。
代わりに、黒曜石の短剣はもうダメだ。
シエナが見ると、溶けた短剣がひび割れてボロボロになっていた。
もう、使い物にならないだろう。
カランと、シエナはそれを放り捨てる。
つまり、シエナは徒手空拳。
スライムを素手で殴ったら手が酸で焼かれることは必至だ。
どうするか。
既に、2匹目のスライムも飛び掛かってこようとしている。
今度はシエナに向かってだ。
その時、脳裏にプリムティスの言葉がよぎる。
――アンタは、守るための戦いがしたいんじゃなかったわけ?――
シエナが後ろを見れば、ハルハが何かの魔術を準備しているのが見える。
ハルハは、10秒時間を稼げと言っていた。
この状況は、まさに『後衛を守るべき戦い』をするときなのだ。
シエナは、小さな声で、自分に言い聞かせる。
「……勘違いするなシエナ。私は、魔物を倒す役目じゃない……!」
きっと今、倒す役目は後ろに居る魔法使いだ。
だから――。
シエナは、飛び掛かるスライムを避けることに集中する。
エルフ族の目の良さ、俊敏さ、シエナの小柄な体躯。
それらを活かし、踊る様にステップを踏む戦士を狙った攻撃は、空を切り、地面に物体がべちゃりと広がった。
けど、飛び散る飛沫でシエナはあちこちに火傷を負う。
「っく」
耐えろ。
本当に10秒だというなら、あと数秒も無い筈だ。
もう一匹がハルハに向かおうとするのを、蹴り飛ばす。
「キミの相手はこっちだよ!」
無論、シエナの身に着けているブーツが焦げていく。
装備のあちこちから煙が上がる状況。
まだか?
横目で振り返る。
すると、必要分の魔力生成が完了したらしい。
「『魔焔華弾』!!」
魔法陣を起動するための術式宣言。
陣に魔力が満ちるまで、あと少しかかる。
不定形の魔物2匹は、幸いシエナに敵意を向けている。
そしてこの魔物は、飛び掛かって来るだけの単純なパターンだ。
シエナの身軽さならば、回避し続けることは容易い。
ただ……飛び散る飛沫に炙られ続けることで、少しづつ火傷や傷を負っていく事になる。
ぐにゃぐにゃと形の無い物体が、間断なくシエナを攻め立てる。
新調したばかりの服や防具が、ジワジワと煙を上げ、焦げ、溶けていく。
避ける度に、傷が増えていく。
「くっ!」
しかしついに。
傷によって鈍くなった身体で少し避けそこなって、右手が強酸を浴びた。
手の肉が溶け落ちようかという状態だ。
そしてこの場には神官も存在しない。
傷は蓄積していくばかりだ。
だが気合と根性で、倒れない事だけは全うしなければならない。
なぜなら、――前衛が倒れたら後衛が死ぬからだ。
たった10秒が長く感じる今。
まだか、まだなのか!?
そんな焦りの中。
シエナの中では途方もなく長かった10秒が終わりを告げる。
「シエナさん、避けて!」
その声にシエナが飛び退いた。
後方から、凝縮された魔力の球体が放り込まれる。
どぉん。
と地面に着弾した瞬間、炸裂音が轟き。
衝撃と共に飛び散る幾万の魔力粒が、周囲一帯を蹂躙し、ゼリー状の魔物を跡形もなく消し飛ばしていく。
そんなひと時の後。
地面に残ったのは魔物の小片と、焦げ跡と、威力による凹みだけだった。
「――相変わらず、凄い威力だね」
前にシエナ、後ろにハルハ。
前衛が居て、後衛が居て。
魔物の群れを戦士が惹きつけ。
範囲の魔術で一掃する。
これは、シエナにとっても初めて誰かを守った戦いであり。
ハルハにとっても、あの小妖魔の洞窟でできなかった事だ。
――これが、パーティとしての戦いなのだ、と。
ふたりは少なからず実感していた……。
そうして。
「……良いじゃない」
いつの間にか起きてきていたプリムティスが、二人に賛辞を送る。
二人はプリムティスに、微笑を向ける。
どこか満足そうな二人の顔に。
プリムティスも、思わず微笑を浮かべて。
「良くやったわ」
当然ながら。
プリムティスが襲撃に気づかない筈が無かった。
けど、ここはあえて二人に任せたのだ。
あの魔物は、まごうこと無きスライム系の魔物だった。
正しくは、リトルオーグジェリーという名の魔物だ。
依頼でも、駆け出しの鉄等級等にうってつけの強さで。
決して二人に倒せない魔物ではないと解っていた。
それに、プリムティスは本当の試験には居ないのだから。
ましてや、今後二人が請け負うであろう依頼にもついていく事も無い。
だから陰から様子を見ていた。
「ま、でも、魔核まで吹き飛ばしちゃったのはもったいなかったかもね」
プリムティスの言う魔核とは。
魔物や魔族が魔素を本能的に利用できるように、自動で魔力の生成を行うように進化過程で形成された、第二の心臓のようなものだ。スライム系の場合、肉体の心臓は無いので、魔核だけが不定形の内部中央に存在する。
そして、魔核とそれを繋ぐ魔力の神経――示現回路は、戦利品としてギルドで買い取ってもらえる。
だから勿体ないと言ったのだ。
しかしそれよりも。
「……治療しないとね」
シエナは全身強酸でやられてボロボロだった。
さすがにそれは、プリムティスが天恵で治療することにした。




