夜番
夜。
交代で夜番をしていた時の事だ。
プリムティスから、「二人でよろしく」、との命を受けたため。
シエナとハルハだけで順番に夜番を行っていたが。
最初は緊張した面持ちで火の番をしていたハルハも。
さすがに2順目の番となればいくらか慣れてきていた。
そんなハルハの番になって数時間が経ち、次第に炎と羽織っている毛布の温かさに、うとうとしていることが多くなっていた。
そして夜空が暁に白んできた時分。
どさり。
と、微かに何か物音が聞こえた気がした。
なんだろうか、と。
ハルハは毛布をはねのけ、立ち上がり、音のした方を注視する。
夜の暗闇のなか、草地の地面に蠢く影のようなものが見えた気がして。
さらに目を凝らす。
だんだんと、薄まる群青の空。
そこに、日の出の朝日の輝きが差し――。
一気にその明暗と色彩が鮮明になる。
青い、ぐずぐずの蠢く物体。
それが2つ。
さらにもう一つ、近くの木の上から、落ちようとしていた。
3匹目だ。
「ス、スライム……ですっけ……」
さらに、それらはハルハ達が野営している方へ。
つまり、接近してきている様子だ。
実物は見たことが無いが、もしも本当にスライムだとすれば。
読んだ文献によると、飛び掛かって取り込んだ生物を強力な酸で溶かし、分解し、吸収して捕食するらしい。
その不定形の物体がどんどんと寄ってきている。
「くっ、なんで私の時に、よりにもよって!」
ハルハは、接近速度から、目算で範囲攻撃は間に合わないと判断する。
なので、
「『魔弾』!!」
術式宣言により、起動した魔法陣が魔術の行使を実行する。
ドォン、と放たれた凝縮された魔力弾が、ぐにゃぐにゃの半透明な身体を吹き飛ばす。
ハルハからみてほぼ横並びで布陣していた故、1匹が木っ端みじんに砕け散った。
これで残りは、2体。
しかし。
それを敵対行動だと判断したか。
攻撃を受けたことでのろのろと動いていた物体は、急に跳躍を織り交ぜて急接近を開始する。
どうするか。
ハルハは迷った。迷ってしまった。
撃つか撃たないか。
ハルハは、一度魔術を準備し始めると行使完了まで、動くことができない。
彼我の距離感を判断するに。
およそ5秒を要する魔弾を再度放つにはギリギリに思われた。
そして、撃つかどうかを迷った分のロスで、確実に実行は不可能になった。
不定形の魔物はもう、目と鼻の先に近づいてきている。
大きく縮み、反動をつけ。
飛び掛かるゼリー状が、網のように広く大きな形状を取って覆いかぶさってくる。
けど。
「『魔衝弾』!!」
打開するための魔術をハルハは新しく覚えていた。
広い壁状のエネルギー弾が、飛び掛かったスライムに命中し、大きく弾き飛ばす。
ほぼ目の前だった。
コンマ1秒でも遅ければやられていた。
はぁ、はぁ。
極限の緊張と死に直面し、溢れ出る高揚が、ハルハを息切れさせる。
魔衝弾の術式は。
射程距離が短いけれど、3秒弱で準備出来、遠くへ弾き飛ばす事に特化した術式だ。
ただ、この術式の最大の欠点は、殺傷力が殆ど無い事だ。
特に、打撃や衝撃に強い不定形の魔物には相性が最悪だった。
「『魔衝弾』!!」
遅れて飛び掛かるもう1匹も吹き飛ばす。
そして、標的に被害は及ぼさない。
このままではじり貧だ。
――……遠のいた事で時間は稼げているが、魔弾を撃つには不安の残る猶予。
この状況で、間に合うか間に合わないか、賭けに出るような気概はハルハに無い。
だって。
一回でも判断を誤れば、捉えられ、そうなれば魔術を行使する事はもはや不可能になる。
つまり、死ぬ。
ハルハの脳裏に小妖魔にやられた時の事がフラッシュバックする。
腰が引けそうになる。
だが、あの時の英雄が、テントから出てくる素振りも無い。
そして、頼ってしまってはいけないこともハルハには解っている。
だから、ハルハは魔力を練ることに集中する。
「『魔衝弾』!!」
また、半透明の物体が吹き飛んでいく。
このまま吹き飛ばし続ければ、たぶんハルハは死にはしない。
ただし、ハルハの魔気量にも限りがある。
きっと近いうちに枯渇する。
ずっと時間稼ぎは出来ない。
考えうる手段は一つだけだ。
ハルハは、不本意だけれど背に腹は代えられないと。
「『魔衝弾』!!」
再度、2匹目も吹き飛ばし、作り上げた時間で、別の術を行使する。
――ここは外だ、風の現象核には困らない。
故に。
風属性・初級難度・汎用術式――
「『シエナ専用・重音響領域』!!」
テントの中で寝ているであろうシエナだけを標的に、
「敵襲ううぅぅぅぅ!!!!!」
「うひぃぃ!?」
大増幅され、乱反響するハルハの絶叫が超局地範囲に轟き。
鼓膜を粉砕されかねない拷問に、シエナは跳び起きた。
そして、テントから跳び出して来る。
その小柄なエルフに。
ハルハは言う。
「……あなた、前衛でしょ。10秒時間を稼いで」
シエナは、不躾な物言いに少しイラっとするものの。
状況が状況だ。
「――まかせて」
そうして、二人の初めての共闘が開始される。




