森の魔法店
その場所は。
一歩踏み込むと、空気が違う。
薄暗い店内に、光を放つ花で取られた光源が点り。
薬品のような、媚薬のような香りが漂い。
木の壁には、ずらりと棚が並び、数々の摩訶不思議な道具や品が並べられている。
カウンターの上部の壁からも、乾燥させた謎の植物が幾つも垂れ下がっている。
このとってもあやしい空間は、まごうこと無きお店なのだった。
カウンターに近づくと。
店番は、安楽椅子で絵本を読んでいる所なようだった。
客に気づくと。
その黄金色の双眸が、甲冑を着こんだドワーフに向けられる。
店番は、可愛らしい子供のような体躯で。
純白のドレスに、髪は純白のゆるふわウェーブで。
どこか寝ぼけたような表情のまま。
「いらっしゃい」
舌ったらずな挨拶。
「ひさしぶりね、ミラ」
ミラと呼ばれた少女が、こくりと頷き。
「うん。今日はなに?」
「……帰還用の転送スクロール一つもらえない?」
ミラは、木の板に書かれた金額リストを確かめ。
「えっと。金貨21枚」
それを聞いたプリムティスは眉をひそめた。
さらにプリムティスは疲れた顔で、財布を取り出す。
小声でぼやきながら。
「……最悪だわ。前より1枚値上げされてる……」
ちなみに、この世界の貨幣は、鋼、銅、銀、金の順で高額になっており。
つまり――――。
鋼貨 100枚=銅貨1枚(鋼貨100枚)
※
銅貨 10枚=銀貨1枚(鋼貨1,000枚)
銀貨 10枚=金貨1枚(鋼貨10,000枚)
金貨1000枚=大金貨1枚(鋼貨10,000,000枚)
※鋼貨 10枚=大鋼貨1枚
※大鋼貨 10枚=銅貨1枚
となっている。
たとえば。
一か月間の成人男性の生活費は、銀貨3枚くらい。
パン一つ 鋼貨10枚。
りんご1個 鋼貨20枚
上下水道利用料金 銅貨5枚
一般品質の長剣1本 銀貨3~5枚
最上級高級宿のエクストラスイートルームで金貨2枚
となれば。
金貨21枚がいかほど高価かは明らかだろう。
幸い、プリムティスはこれまでの戦訓で、かなりの収入を得ている。
魔王討伐の報奨金もかなりの額だった。
だから金貨21枚くらいはなんてことない。
けど。
安楽椅子から降り、一度奥へ引っ込んだ少女が品物を手に戻ってくる。
そして。
プリムティスと同じくらいの背丈の少女が、目から上だけをカウンターから出し。
そっと巻物を差し出して来る。
二人にとっては高めのカウンター。
ドワーフはそれを背伸びして受け取った。
スクロールは、一見ただの小さな紙切れだ。
それがたった1枚。
それが金貨21枚。
「高い……」
思わずぼやく。
無論、高度な魔術が封印された代物であり。
そもそもスクロールとして加工するのも、よほどの錬金術師か付与術師でなければ不可能なので。
まぁ、考えれば当然の値段ではあるのだけれども。
「おわり?」
カウンター越しの、真っ白な少女が問う。
「――マナは?」
「居るよ。誰か来ても、居ないって言って、って言ってた」
「呼んで」
「待ってて」
再び奥に引っ込んだ少女が。
起きろー、お客さんが呼んでる。起きろー、はやくー。
そう叫ぶ声が聞こえてくるので。
ドワーフは、店主は寝てたのかと理解した。
暫くすると、ファンシーな寝間着にナイトキャップをかぶり。
猟奇的なデザインのぬいぐるみを抱きしめた、少女が出てくる。
背丈は、ミラやプリムティスよりも少し高いくらいだろうか。
「……なんだ、プリムじゃない。わたし、寝てたんだけど……?」
「見ればわかるわ。それより頼みがあるんだけど」
それより、という言葉でサラっと流されたことに少し機嫌を悪くしながら。
「何?」
マナはぶっきら棒に尋ねる。
次いで、何か思い当たったかのように、さらに続ける。
「……もしかして、大創世結晶に何かあった?」
「違う。アレはちゃんと管理されてる。心配は無用よ」
「だと良いけど……。アレは、わたしの部下にも監視させてる。もしも人族達がアレに手を出したら、容赦はしない」
「解ってる。各大陸の一部の偉い人達には、アレが危険な代物だって、ちゃんと説明して回ったわ。私も暫く様子を見に行ったりしていたけど、今のところは大丈夫よ」
「ふうん。じゃあ何? 何の用?」
「それなんだけどね。――ちょっと私の知り合いに、魔法を教えてあげてくれない?」
「え? 嫌!」
秒だった。
でもそれはプリムティスも予想済みで。
無論、ただとは言わない。
対価はある。
「……アンタ、外の世界のお菓子好きでしょ?」
どん、とカウンターに置かれた袋。
その中には、饅頭がいっぱい入っていた。
いつぞや、どこぞから頂いた代物だ。
美味しく食べられる期間は少し過ぎているが、きっとまだ食べられる。
「お菓子?」
その一つを手に取り、包装を剥いたマナの第一声は、その形状に。
「なにこれ、バルグスコーピオン?」
それは魔物の名だ。
「確かに、形は変だけど、味は美味しいわよ」
「ほんとかしら」
ぱくり。
むぐむぐ。
「まぁ……、そこそこね」
ミラも。
ぱくり。
もしゃもしゃ。
「うまい……!」
そこそこと言いながら。
マナとミラは、饅頭を次々に食べた。
気に入ってくれたらしい。
プリムティスはニヤリとして言う。
「どう?」
「どうといわれてもね。……まぁ、お礼に気が向いたら1回くらい行ってあげても良いけど」
「気が向いたら、か」
まぁ、無理に誘いすぎるのはよくあるまい、と。
プリムティスは今回は諦めて。
帰り際。
「……そうそう、私の生徒の一人が、いわくありげな魔導書を持ってたわよ。『マナの書』って書いてあったわ」
そう言って出て行った。
マナは、
「まだ残っていたのね……」
そんな隙に。
まだ饅頭の入った袋をバッ、とかっぱらってミラが奥へと走っていった。
「あ、待ちなさい!!」
「やだー!」
こんな辺境のこんな森に引きこもっている二人に。
人間の作った甘い食べ物は、想像以上に甘美なのだった。




