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シエナの古文書

 

 

「――踏み込みが、足りぃん!」


 半歩、後ろに下がったドワーフに。

 シエナの握る木剣は、あと少しの所でプリムティスに届かない。


 その届かない距離を、すかさず魔術で埋めようと詠唱を開始する。

 

 そこに。 


「カハッ!」


 強烈なドワーフの爪先(けり)が鳩尾に食い込んで、呼吸を乱される。

 当然、言霊(スペル)は紡げない。


「アンタの悪い癖その①、すぐに魔術に頼る!」



「ぐぁ!?」

 次いで、無慈悲に薙ぎ払われるプリムティスの左の木剣が、シエナの脇腹に命中してその身が吹き飛ばされる。


 長い金髪を振り乱し、小柄な体躯が一瞬宙を舞い。

 ズザザ、と砂地を転がり、砂煙を巻き上げる。

 けれども、受け身は上手く取れていた。

 ――ただ、今は呼吸困難で苦しんでいるけれども。


 ふたりの様子を観戦しているハルハも、

「うわぁ、痛そぉ……」

 とこぼす程、シエナは悶絶中だ。



 そしてここ数日。

 組み手形式の訓練で、シエナはいつもこうだった。

 同じように、同じような状況で打ち転がされている。


 対して、シエナの相手をするプリムティスは左右に木剣をもつ双剣スタイルだ。

 これは、実戦では盾と槌を使っているプリムティスの戦い方に合わせたもので。

 つまり、左手の剣は、盾の代わりなのだ。

 そんな佇むプリムティスは、咳き込みながらも立とうとしているシエナに、右手の剣を突きつける。


「アンタの悪い癖その②……、想定が甘い。あと、観察が足りないし、アンタが倒れたら後衛の命が無いという自覚も足りないし……そもそも、なんていうか……」


 エルフは長寿な筈だ。

 一見若く見えるシエナも、軽く何十歳という歳であるはずなのに。

 エルフの戦士だったとも聞いたはずなのに。

 プリムティスは、その割に剣術や白兵戦の実力が見合わない気がするのだ。

 いや、正しくは濁っている(・・・・・)という感じがしているのだった。


「――アンタ、歳いくつなの、シエナ?」


「……だいたい、90歳、くらい、です」

 

 プリムティスの表情が曇る。

「もしかして、ほとんど魔術に時間を使ってたでしょ?」


 シエナは黙った。

 本当だという事だ。

 

「ふ~ん、なるほどね」

 そう言いつつ、プリムティスは木剣を放り捨て、地面に胡坐で座り込む。

 それを見て、ハルハは休憩だと思い二人に近寄っていく。


 プリムティスは自分の膝に頬杖をついた。

 続けてシエナに言う。

「アンタ……暫く魔術使うのは禁止ね」 


「え?」


「アンタには少なくとも10年以上の剣術の積み重ねがあるはずよ。でも、アンタの頭の片隅には、魔術を使おうという意識が置かれている。そのせいで、剣の殴り合いに、ノイズが混じってるのよ。確かに魔術を織り交ぜて戦うのは悪い事じゃないわ。でも……一つの純粋な技術と考える時に、それは邪魔でしかないと思うのよね。――現に、アンタはいつも同じパターンでやられるじゃない?」


 シエナはぐうの音も出なかった。


 あともう一つ、とプリムティスはさらにいう。

「アンタに観察が足りないって言ったけどさ。……私はアンタの事をよく見てるわよ? 魔術を使おうとした瞬間、呼吸が変わることも、深く踏み込んだ時は右からの薙ぎ払いが来ることも、私が1回フェイントを使ってから、ずっと私の右手を気にしていることも……私は全部気づいてる。……さて逆に、アンタは私の何に気づいているのかしらね」


 目の泳ぐシエナ。 

 その小言に。


「ふん」

 とみていたハルハは鼻を鳴らす。

「良いですね。お二人ばっかり……!! 私にはもっと稽古をつけてくれないんですか、プリムさま!? 私の事ももっと気にしてくださいよぉ!」


 がくがく、とドワーフの矮躯がハルハに揺すられる。


「あぁ、ごめんごめん……!」

 でも、プリムティスは実際に困っていた。

 魔術に疎いせいで、あまり親身になってあげられていないのだ。

 ハルハは、冒険者としての考えに未熟な所が多い、とプリムティスは思っている。

 けれども、言葉だけで理解してもらうのも難しいものだ。


 

 ――今後も、魔術が主体の問題児が現れるかもしれない。

 そのことを考えるべきだろう、とプリムティスは悩み始めていた。

 

 そして一方。

 ハルハは、シエナが90歳の大半を魔術の修練に使っていたと聞いて、確信に満ちているものがあった――。

「――ところで、シエナさんの魔術は独学ですか?」


「え、うん、そうだけど、どうして?」


「なんとなくです。言霊(スペル)の組み立てが、独特だと思ったので」


「独特……?」


「ええ。普通の魔術書とか、術式図鑑とかに載っている式図では無いですよね?」


「どうかな? 私は、村長の書棚から借りて来た古文書を見て勉強しただけだから」

 まぁ、ざっと70年ほど借りっぱなしだし、疎開してしまった村長の行方も不明なので、返すつもりは1ミリも無いシエナだけれども。

 


「古文書??」    


「これ」

 驚くハルハに、腰の鞄から取り出したボロボロの本、その擦り切れたタイトルを見せる。

 

「ま、『マナの書』!!??」


「知ってるの?」


「知ってるも何も、世界最古の魔導書の名前じゃないですか! うちの魔法図書館にすらありませんよ。……初めて見ました、本当にあるんだ……」 


 ハルハは恐る恐る手に取ってページをめくる。

 滲んでいて、ボロボロで、擦り切れていて、形を保っているのが奇跡のような代物。

 ほとんど読めやしない。

 けど。

 そこには、遥か昔の言葉で、達筆な文字で、丁寧に魔法や魔術の事が、事細かに書かれているようだった。

 どう修練すれば効率的か、最初に習得するのに適した術式図の一例、詠唱の組み立て方、等々。


「――シエナさんは、これで魔術を学んだんですか。こんな、ほぼ読めないような本で?」


「そうだよ。――魔術の修練より、解読する方に何十年もかかっちゃったけどね」


 そう言って、90歳の若年エルフは、苦笑するのだった。 

 

 

 


 ――そんな、掘っ立て小屋の立つだけの殺風景な場所に。

 騎竜(うま)のかぎづめの音が轟き。


 豪奢な白地竜(はくば)の馬車が到着したのは、およそ数分後の事であった――。

 

   


 

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