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新しい生活


 

 ある日の早朝。

 しかも、まだ日が昇らない時分。


 いや、もうまだ真夜中だというべきかもしれない。


 そんな頃合いに。


「――シエナさァんんん!」


 ばぁん。

 と勢いよく扉が開けられ、

 部屋にハルハが突撃してくる。


「朝です。家事と、トレーニングを始めますよ!」

「ううっ……!」 


 扉の音で目を覚ましたシエナはうなりをあげつつ、いっそう暖かい毛布の中に潜り込む。

 

 基本的に早起きなエルフ族だが、それでもまだ窓の外が真っ暗な間は寝ている時間だ。

 日が昇れば動き出し、月が昇れば休息に入る。その自然の摂理を重んじるのが森エルフの生活の根幹であり、身体に刻み込まれた感覚だ。

 例外があるとすれば、守人(もりびと)見習いとして、夜の見張りに参加していた日くらいだ。

 無論、突然、何の理由もなく安眠を妨害されるなんてことは早々に無かった。


 けど。

 こんな惨状はここ数日毎日の事だった――。


 またか、と思うエルフは。


 毛布をめくられないようにがっちり丸まりつつ、確固たる意志を貫く構えをとる。

 プリムティスが用意してくれた上質な毛布とベッドは、地面の温もりを重んじるエルフの簡素な敷物とは雲泥の差の寝心地過ぎて。

 シエナはこの極楽から出る気など起きない。

 

 外はまだ暗いし寒いに違いないのだから。

 まだぬくぬくとしていたって、良い筈だと。


 でも。


「いつまで寝てるんですか! っていうかどうして毎日私が起こしに来ないといけないんですか!」


 ハルハは、力づくで布団をはがそうとする

「ハルハ……。外は未だ夜だよ。もう少し寝かせてくれても」

 

「何言ってるんです! あなた、居候なんですから、プリムさまの身の回りの世話くらいするべきでしょ!」


 そう。

 シエナは、お金もなく、宿も無かったため、暫くプリムティスの家の2階に居候させてもらっている。

 ちなみにハルハは、ハルハの家族が所持している都市内の別宅を拠点にしている。

 そこから毎日、シエナを起こしに来ているのだった。

 無論、トレーニングのためというのもあるのだけど。


 

 しかし今日のシエナは今までにない防御性能で、なかなか毛布を剥がせなかった。

 そもそも、筋力でいうならばシエナの方が圧倒的なのだから、本気で抵抗されるとハルハには太刀打ちできない。


 

「解ってるよぉ。あと、1時間、いや、2時間で起きるから……!」

 1分や2分の感覚で、エルフは言う。

 人間はそんなに待てない。


「……良いですよ。そういうつもりなら、私にも用意があります」

 

 突然、部屋の中に。

 大気に満ちる魔素(マナ)、そして夜風によって作られたばかりの風の現象核(オリジン)

 それらが渦巻く気配をシエナが感じ取る。


  えっ?


 と思った時には手遅れだった。 


 風属性・初級難度・汎用術式――

「『シエナ専用(ネオ)重音響領域(レゾナンス・ハウル)』」

 魔法陣が実行される。


 無属性でも無く、魔弾よりも簡易な術式構造により。

 発動までは2秒足らず。

 そしてその効果は。

 指定範囲に、発した音を反響増幅して大音量にしたてあげる。

 この術式は。

 1階の自室で眠るプリムティスを起こさないように、あらかじめその範囲を狭めてある。ちょうどシエナの周囲だけに限定できるように。

 それと合わせて。


「おきなさぁーい!!!」



 脳髄に刻み込まれるかと思うほどの声が、乱反響で、シエナの優秀な鼓膜を痛めつけた。

  

「やめて、やぶれちゃう……!」


 長い両耳を掌で塞ぎ、涙目でシエナは惰眠を貪るのを諦めた。

 そして仕方なく、家事を始めるのだった――。 




 とはいえ、ハルハは家事については不器用だった。

 特に、料理は全然ダメそうだったため料理はシエナが担当する。

 あと、力仕事の薪割りもシエナの担当。

 ハルハは、洗濯と掃除担当だ。


 プリムティスとシエナの服が入った籠を持って上水路へ向かうハルハに、シエナが忠告する。


「――あまり、洗剤は使いすぎちゃだめだよ。この前買い出しに行ったとき、錬金術師の売ってた値段見たよね?」


「解ってます! 節約すればいいんでしょ!」


 

 寝台から起きるまでは、まるでハルハの方が姉のようだが――。

 動き出すとまるでシエナが姉のようになり、その立場は逆転するのだった。 

 

 そんなプリム邸は、元勇者というその貢献レベルや立場に比べて、とても一般的で庶民的な邸宅だ。


 木造2階建ての一軒家で、インテリアもエクステリアも、木の色そのままの自然を感じる、ハイセンスな住宅だった。

 

 けれど寝具やソファ等は、高級感のある業物で、一級の宿に劣らない快適さを誇る。

 さらにそのなかでも、壁に備えられ、屋根へ突き抜ける煙突の薪ストーブはさらに家主の拘りが感じられ、質素で自然的な家屋の中でも、やや異彩を放っている。

 木造の中に、目立つ金属製のそれは、名のある錬金術師と鍛冶屋の合作らしい最新式で、凄い火力と性能で部屋中の暖気を賄ってくれる逸品だ。


 その火力にあやかったキッチンも、エルフからすれば文明開化の衝撃を感じるほどのテクノロジーで。


「やっぱ、人族(ヒュム)の創造物は凄い性能だ……」

 薪割りの仕事を終え。

 鍋で野菜を煮込むシエナは感心するばかりだった。



 そして、暫くして。


「……おはよぉ、シエナ。きょうもはやいわねぇ……」

「おはよう、プリム。朝餉(あさげ)、もうすぐできるよ」

「うん、ありがとう」


 あくび混じりに、プリムティスがリビング中央のテーブルに着く。

 プリムティスが起きるのは、いつも日が昇ってしばらくした頃合いで。

 シエナが作るスープの匂いにつられて、寝間着姿と寝ぼけ眼で、リビングに登場するのが日課になりつつある。


「……ハルハは洗濯?」

「いえ、洗濯は最初に終わったと思うから、今は掃除かな」

「そうそう。今日は、朝の基礎メニューが終わったら、サバイバル試験について説明するわね」

「ああ、Gランク試験で必修だと言っていた、実習のこと?」

 シエナが、テーブルに料理を並べ始める。

 

 椅子の上に胡坐で座り、頬杖で眺めるプリムティスは頷く。


「そうよ。たしか鉄等級(アイアン)は、街からすぐ東の山地で行うんだったと思う。魔物は排除されてるけど、肉食の獣とかは出るからさ。あんまり油断はできないわよ」


 山なら慣れているから大丈夫かな、とシエナは思うが。

 油断はできないという言葉に、やはり気を引き締める。


 やがて、朝食の準備が終わって。


「ハルハを呼んでくる」


「いいよ、私が呼んでくるわ」 


 塾を始めてから変化した三人の生活――。



 そうして、今日も冒険者の鍛錬が始まる。

 




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