63話 出発前日
62話のあとがきを書き忘れていました。
内容は、前文明に関する設定の補足です。まだ読んで無い方は良ければ戻ってご一読ください。
王都城壁外の北西地区。
ここは王国北部に向かう都市間鉄道と、王都城壁外縁の環状線が連絡する要地である。
帰省を翌日に控えた日。
ユウリとリナはノースヴェルグ行きの魔導列車に間に合わせるため、この地に前乗りしていた。
環状線を降りた二人は、大きめのリュックを背負って北西の大通りを歩いている。
通り沿いの街路樹には、新年を迎える飾り付けが行われていた。南西に次いで二番目に大きい駅を擁する地区だが、通りには喧騒もなく、洒落た雰囲気が漂っていた。
北方辺境民族の衣装を纏ったユウリは故郷から出てきた時と同じ装いだ。故郷に帰るのだから当たり前と言えば当たり前だった。
リナはキャメルのダッフルコートに身を包み、新品のブーツはコートと同系色でまとめられている。スラリと伸びた脚はタイツを履いており防寒対策とファッション性を兼ね備えたコーディネートだ。
「暖かそうだな」
「うん!シャオとアイリスに選んでもらったんだ。どうかな?」
「よく似合ってるよ……ファッションのことはよくわからないけど、いいと思う」
「よかったぁ」
「ユウリの服は独特ね、故郷のやつだよね?」
「そうなんだけど、やっぱり浮いてるよな」
ユウリは自分の服装を確認するように腕を広げた。
腰元の二刀がカチャと音を立てる。
様々な人が行き交う王都においても、北方辺境の民族衣装は滅多に見られない代物だ。
樹皮と魔物の毛皮を加工して作られたローブのような上着は、前で閉じられており紐で結ばれている。襟や袖口のところに施された特徴的な渦巻き文様が異彩を放っていた。
「少し……浮いてるかも?でも私は好きだよ」
「ユウリの生まれた場所、楽しみだな」
そう言うとリナは、スキップでもしそうな勢いで歩きだした。
「ありがとう。いよいよ明日出発だな」
ユウリは優しく微笑んだ。
「緊張とかしないのか?」
「うーん、あんまりしないかな」
先を歩くリナが振り返る。
「故郷の村が近づいきたら分からないけどね」
「リナって意外と大胆だよな」
「意外って何よ!買い出しするんでしょ、早く行こうよ」
リナに手を引かれ通りを進む。
手の温もりが伝わってくる。
繋いだ手はしばらくそのままだった。
————
買い物を終えた二人は、両手に荷物を抱えていた。
「……ちょっと買いすぎたかな」
リナが手提げ袋を見下ろす。
「必要なんだろ?」
「そうなんだけど。あれもこれもって見てたら、つい」
「お土産、ありがとな」
「自分じゃきっと買わなかった」
「人の家にお邪魔するんだから当然!」
そう言って、リナは胸を張った。
ユウリは苦笑しながら、彼女の荷物をひとつ受け取った。
「ほら、宿を取りに行こう。明日は早いんだから」
「うん!」
リナは弾むような足取りで歩きだした。
北西地区は交通の要衝だけあって、宿泊施設には事欠かない。週末でも空室は十分にあった。
資金にも余裕はある。
それでも、押し問答の末に決まったのは、二人で同じ部屋に泊まることだった。
————
「——良い部屋ね」
と、部屋に入り一声。
流石、大手商業ギルドの経営する宿泊施設である。
「……本当に同じ部屋でよかったのか?」
荷物を置いたユウリが、改めて尋ねた。
「何度も言ったでしょ、ユウリだって納得してくれたじゃない」
「いや、そうなんだけどさ……」
「宿代も節約できるし、何かあった時もすぐ相談できるでしょ?」
「確かにそうだな……」
「それに」
リナは少しだけ顔を近づけた。
「少しでもユウリと一緒にいたいの」
「……っ」
不意打ちだった。
ユウリが言葉に詰まると、リナは満足そうに笑った。
「せっかく一緒に旅ができるんだから、ずっと一緒じゃなきゃ嫌」
「さあ、この宿で夕食も出るらしいから早く行きましょ」
そう言って、リナは荷物の整理を始めた。
ひと通り荷物を片付けた二人は、宿の食堂へと向かう。
夕食は普段口にしている学院の食堂や大衆酒場の物とは一線を画しており、この宿の格の高さが窺えた。
前菜には、薄く切り揃えられた野菜と淡水魚の燻製が、色彩の調和まで計算されたように盛り付けられていた。口にすれば、野菜の瑞々しさと魚の芳醇な香りが広がる。続くスープには香草と数種の根菜が使われており、素材それぞれの風味が喧嘩することなく溶け合っていた。
「こんなの食べた事ない……」
どの食材も、ただ新鮮なだけではない。旬や産地まで選び抜かれ、最も味が引き立つ状態で食卓に届けられている。そんな贅沢が、当たり前のように一皿ずつ運ばれてくるのだった。
「ああ、改めて王国の凄さを実感するよ。こういうお金の使い方も悪くないな」
「そうね、普通に暮らしてるだけなら余るほど貰えるし」
「……これがみんなの余力で成り立ってると思うと、なんだか信じられないわね」
「リナの国は違うのか?」
「全然違うわ、生活保障なんて無いし魔導技術もそこまで普及してない……」
「想像つかないな……ああ、俺の故郷には期待しないで欲しいんだけど、本当に何も無いところだからな」
「暮らしそのものが違う」
「辺境だもんね。大丈夫よ、何があっても文句言わないから」
「そうしてくれ」
ユウリは苦笑しながら、皿に残った料理を口に運んだ。
「そういえばアンディの事、聞いた?」
リナがふと思い出したように呟く。
「聞いたよ、一足先に実家に帰ってるんだってな。あいつも貴族だから色々あるんだろ」
「一声かけてくれれば良かったのに」
リナは少し残念そうに唇を尖らせた。いつも一緒にいるわけではなくても、三人で過ごす時間は少なくない。何も言わずにいなくなったことが、寂しかったのだろう。
「どうしようもない事だってあるさ、責めないでおこう」
「それもそうね、誰かみたいにどこかに連れて行かれて戻って来れない事だってあるもんね!」
「ぐっ……そうだな」
思わぬ反撃に、ユウリは言葉を詰まらせた。
リナはしてやったりと笑い、ユウリはばつが悪そうに視線を皿へと落とす。
一皿ごとの量は控えめだったが、最後のデザートを食べ終える頃には、二人ともすっかり満たされていた。
「「ごちそうさまでした」」
食事を終えた二人は、連れ立って部屋へと戻った。




