61話 梟の聖域
陽の光が届かない地下施設の小さな一室。
ミネルヴァが去ったその場所に、静けさが戻った。
部屋の中に一人取り残されたアンディは一気に脱力する。
「なんだよ真理って」
ふざけた女だ。
無断で他人の部屋に侵入した挙句、こんな場所に強引に連れて来られた。
しかもその理由は、仲間になって欲しいから。
ユウリの事を教えて欲しいからだと言う。
「くそッ」
考えれば考えるほど怒りが湧いてくる。
「おーい!腹が減ったぞ!!」
当たり前のように返事は無い。
怒りに任せて声を上げたあと、ふと、次々に記憶が蘇ってきた。
初めてユウリに出会った演習場。
毎日倒れるまで特訓した日々。
親友と呼び、いつも励ましてくれた事。
そんなアイツが念願の降霊術を成功させた。
学院で習うものとは全く違う術式で。
初めは怖かった。
ヤバいものに手を出してしまった。
そう思ってた。
しかし、何も起こらない。
杞憂だった。
いや、杞憂だと思いたかっただけだ。
課外授業でユウリは、とんでもない物を顕現させてしまったんだ。
そして、王国に目をつけられて……。
「ユウリのせいで……」
涙で視界が霞む。
その時、ドアがノックされた。
「食事をお持ちしました」
アンディは慌てて涙を拭うと、何事も無かったように返事をした。
ドアが開くと、ほろ苦いコーヒーの香りが広がる。
管理者の男が、食事を乗せたトレーを持って入ってきた。
トレーの上には、焼きたてのパンが乗った皿と湯気の立つマグカップが二人分。
「呼べばすぐに来るんだな。まるで王様になった気分だ」
男は意に介さず、机の上にトレーを置くとアンディの向かい側に座った。
「冷めないうちにどうぞ」
そう一言述べ、パンに手を伸ばす。
「ああ、ありが……とう」
アンディもパンを一口かじると、優しい甘さと酵母の香りが口の中を満たした。
「美味い……」
「気に入っていただけましたか?」
「申し遅れました。私はカリアスと申します」
アンディは気まずそうに無言で食べ進めている。
涙を見られたのではないかと気にしながら、高級そうなコーヒーでパンを流し込んだ。
「あなたには、ここで一週間過ごしていただく事になります」
「こんなところに一週間も!?」
「はい、魔法学院には連絡済みです。あなたは家の都合で冬休みを待たずに帰省した……」
「そして一週間後、我々があなたを——タイソン家の治める領地まで送り届ける手筈となっています」
「少なくとも一週間は大人しくしてもらいたい。さもないと……少々、予定が狂ってしまいます」
カリアスはコーヒーの残りを飲み干すと、カップをトレーに置いた。
その後、アンディは教団の魔導書を借りて時間を潰した。敵対的な行動さえとらなければ、自由に過ごして構わないらしい。
部屋に持ち込んだ魔導書を読み漁っていると、いつの間にか眠りに落ちていた————。
◇
――ゴゴゴゴゴ……。
「……ん?」
地響きのような音が聞こえ、アンディは目を覚ました。
「何だ……?」
耳を澄ます。
――ゴゴゴゴゴ……。
やはり聞こえる。
昼間にはなかった音だ。
アンディは音の正体を確かめるべく起き上がった。
部屋の扉を開ける。
薄暗い廊下は昼間と何ひとつ変わらない。
音は、奥から聞こえている。
(……今は深夜じゃないのか?)
感覚的には夜中なのだが、窓の無い地下施設のため時間が分かりづらい。
音の正体が気になった。
それに、少しでもこの施設について知っておきたい。
アンディは音のする方向へ歩き始めた。
しばらく進む。
曲がり角の先、黒い幕で仕切られた場所を見つけた。
音が大きくなる。
「……人の声」
どこかで聞いた覚えのある声。
幕の向こうは、舞台袖のような空間になっていた。
青白い光が空間を不気味に照らしている。
演説台の上で話す女性の後ろ姿。
そして――
その向こう、地下とは思えないほどの巨大な空間。
そこにひしめく黒いローブをまとった人影。
昨日、ミネルヴァが言っていた言葉が脳裏をよぎる。
『最近完成したの。アルマリア教団の地下集会所』
「集会……なのか?」
アルマリア教団の集会。
そして長い廊下は、演説台のある舞台袖へと続いていたようだ。
畏れすら感じさせるほどの大きさ。
この規模の空間が、王都の地下にあるという事実に足がすくんだ。
アンディは思わず後ずさる。
「——讃えなさい」
壇上の女性は、放射状に広がるローブの集団に向けて言葉を向けている。
大きく両手を広げ、集まった信徒たちを見渡す。
その時、女性の横顔がはっきりと見えた。
「ミネルヴァ?!」
昨日、自分を攫った女だった。
しかし、あの時とは様子が違う。
壇上に立ち、何千人もの信者を前にしている。
その姿はまるで――
「教祖……?」
思わず呟く。
ミネルヴァが何かを話す。
信者たちが一斉に応える。
その声が集会所を震わせる。
「……見なかったことにしよう」
アンディは舞台袖からそっと離れた。
「アイツが教祖……?」
(これはきっと、悪い夢に違いない)
部屋へ戻るべく廊下を歩いていると――
「誰? こんなところで……」
「!!」
心臓が跳ねた。
見つかった――。
アンディは身を強張らせ、ゆっくりと振り返る。
そこにいたのは、一人の女性だった。
長いプラチナブロンドの髪。
眠たげな紫色の瞳が、珍しいものを見つけたように見開かれていた。
「え……アルマリア先生?」
「あー、ミネルヴァが攫ってきた子」
「ちょうど良かった——」
乏しい表情に、ふっと笑みが浮かんだ。




