60話 冬休みの予定
朝の教室は、いつもより少しだけ浮ついた空気に包まれていた。
今日は週の真ん中、水曜日。
「もうすぐ冬休みだな!」
ガルドが口にすると、教室のあちこちから声が上がる。
「あと一週間くらいだっけ?」
「覚えてないのか!学院の授業は来週の火曜で終わりだ」
「大体合ってるじゃ無いか」
ユウリは席に座ったまま、その会話を聞いていた。
窓の外には、枯れた広葉樹の中庭が見える。
もうすっかり冬だ。
魔海での騒動があってから、まだそれほど時間は経っていない。それでも学院では、少しずついつもの日常が戻ってきていた。
ガルドがユウリのところにやってくる。
「ユウリは冬休みどうするんだ?」
「俺は故郷に帰るつもりだよ」
「そうか、二週間あるしな」
「それくらいあれば行って帰ってこれるだろうし」
「地方組はみんな帰省か、つまらないなぁ……」
ガルドは心底残念そうに呟く。
魔法学院には、王国全土から学生が集まる。
降霊術科の面々も、地方から王都にやってきたものが大半だった。
「年末年始くらい大人しくしてられないのか」
レオナルドが横から口を出す。
今回の課外授業では、多くの生徒が魔海で危険な目に遭った。
そのため学院側からも、冬期休暇までの間、体調に不安のある生徒は無理に登校する必要はないという決定が出されている。
特に負傷した生徒や、精神を大きく消耗した生徒については、休養を優先するようにとのことだった。
「ラグナたちも、冬期休暇明けまで休むんだってさ」
隣の席から声がする。
「エルヴィンもな。魔法師団の方でやることがあるらしい」
「先生が言ってた」
「あれだけのことがあったんだ。当然だな」
魔海で一緒に戦った仲間たちの顔が、頭に浮かぶ。
みんな無事だった。
それだけでも十分だった。
「ラグナなら元気にしてるよー」
突然、シャオが話に割り込んでくる。
「ん?」
「この前ラグナと一緒にハンターギルドの依頼受けて、魔海に行ってきたんだ」
「マジか!あの事件の後でよく行く気になるな」
ガルドが驚いている。
「そうだね……」
シャオに似つかわしく無いトーンで、遠くを見るように呟く。
いつもなら、もっと楽しそうに話すところだった。
けれど、今は違う。
ユウリはその横顔を見て、何も言えなかった。
「ガルドも行ってくれば?魔海」
いつもの陽気なシャオが笑う
「ぐぬぬ……しばらくはいいかな」
「元気なやつはそれくらいか」
レオナルドが話を戻す。
ラグナとエルヴィン
「フィオナも負傷とかではないね……実家から呼び戻されたって言ってたよ」
「あそこの両親厳しいからね」
リナとアイリスも会話に加わった。
「実家が近いと何かと干渉されて困るな」
苦笑いを浮かべるレオナルド。
「ほうほう、貴族同士通じるものがあるのかな〜?」
「そんなんじゃ無い!人それぞれ事情があるだろうが」
「なぁアイリス」
レオナルドは、魔海での課外授業から急速に打ち解けた一人だった。
「なんで私に振るの?!」
「お前も貴族だからだよ」
このクラスには、いわゆる「貴族」と呼ばれる生徒が三人いる。
アイリス、フィオナ、レオナルド。
もっとも、ユウリが知る限り、三人とも自分たちを特別扱いするような素振りはなかった。
そもそも、ヴァルトラント王国における「貴族」という言葉には、少し特殊な事情が存在していた。
二百年前、大陸覇権を確立した王国は、旧来の封建貴族制度を廃止した。
かつての貴族は爵位と領地を世襲し、土地と民を治めていた。しかし現在、土地ではなく国家運営そのものを担う制度へと変わっている。
侯爵や伯爵といった爵位は存在せず、公爵を除けば「貴族」という呼び名だけが慣習として残っている。
世襲制度は無い。
無いのだが、長年その家が担ってきた役割を、その子が引き継ぐことは多かった。
つまり――現在の貴族とは、生まれながらに権力を持つ者ではない。国家から責任を託され、その役割を担う者たちなのである。
閑話休題。
「で、なんの話だったっけ?」
と、ガルド。
「冬休みの予定……かな?」
「そうだった」
「って事で、冬休み……誰か一緒に遊ぼうぜ!」
全員が下を向く。
「おいコラぁああ!」
教室がどっと笑いに包まれる。
◇
その日の休み時間、ユウリとリナは冬休みの準備について話していた。
旅の工程は、まず王都から各都市間を繋ぐ長距離列車でノースヴェルグに向かう。そこから馬車で故郷の集落に一番近い村に行く。そして最後は徒歩での移動となる。王都を出発してから故郷に着くまで、順調に進めば四日から五日ほどかかる計算だ。
王都周辺とは違い、ノースヴェルグから先は魔物が出没する事があるため注意が必要だ。
「魔物も出るんだ……」
「ああ、北に行くほど危険性は高くなる」
ユウリは腰の短刀に目をやった。
「足手まといにならないよう頑張る!でも……いざとなったらユウリが守ってね」
リナは冗談めかしく笑う。
「でも本当にユウリがいれば大丈夫だよね。それにピクルもいるし!」
傍のピクルがピィと鳴いて応えた。
「……まあ、魔海に比べれば街道に出没する魔物はそんなに強く無いだろうけど」
「それよりも防寒具の方が大事かもしれないな、特に厚手のブーツは必須になる」
「私、持ってない……」
「週末に買うんじゃ遅いかな?」
「遅いというか……ノースヴェルグ行きの長距離列車は週末にしか出てないんだ」
「そうなの?」
「ああ、だから次の日曜日には出発するぞ」
「わかったわ!」
即答だった。
「だったらすぐに買いに行かないと!」
「他に必要なものはあるかな……」
「すぐに思い付かないな……あとは着替えとか?」
「なるべく身軽にして行きたいから、旅先で用意できる物はその都度買うことにしよう」
「ユウリがそう言うならそうする!」
楽しそうに笑いながら、必要そうなものを列挙したり王都のお土産の事などを話していた。
◇
放課後、ユウリは一人演習場に立っていた。
リナは友達と一緒に買い物に行くらしい。
学院に戻ってきた時に降り積もった雪は、すでに跡形もなく溶けていた。
(今頃、向こうはどれくらい積もってるかな)
目を閉じ、故郷の冬景色を思い描く。
久しぶりに帰る故郷。
その景色の中にリナとピクルを付け足すと、なんだか不思議な感じがした。
「旅の途中は、結晶の中に戻っててくれよ」
「ピ」
否定とも肯定とも取れる声で応えるピクル。
「一人での鍛錬は久しぶりだな」
深く息を吐いた。
右手に短刀カミナギ、左手に護身剣ミツルギを握る。
右手を振り抜く。
左手を振り上げる。
剣筋を確かめるように一つ一つの動きを丁寧にこなす。
それに加えて、アリーシャに教えてもらった基本的な足捌きも取り入れる。
淀みなく双剣を振る動きは、いつしか型のようなものになっていた。
一連の動作が終わり、ぴたりと動きを止める。
数秒の静寂。
冷たい風が、熱くなった体を心地よく冷ます。
「アンディ、今日も来ないのかな?」
ふとした疑問を口にすると、小さな相棒は首を傾げた。
再び剣を振る。
一人での鍛錬は、日が暮れるまで続いた。
この日もアンディは来なかった。




