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59話 非日常


 放課後。


 冬の演習場に、ユウリとリナの姿がある。


「……アンディ来ないね」


 リナが、誰もいない入口へ視線を向ける。


 ユウリも頷いた。


「あいつが来ないの珍しいな」

「まあ、そのうち来るだろ」


「そっか」


 リナは少し心配そうに呟いた。


「じゃあ、今日は私の特訓に付き合ってよ」

 

 そう言って、二人は演習場の中央へ向かった。


「降霊術か?」


「うん」


 リナは頷いた。


 以前、教えた古(・)代(・)降霊術。

 リナは、ユウリの降霊術が使いたいと言って試してみたが上手くはいかなかった。


 まずは一つ一つの魂を認識するところから。

 あれから、少しずつ練習を続けていた。


「前よりは……分かるようになってきた気がするの」

 リナが胸元に手を当てる。

「いろんな魂がいる、っていうのは」


「そうか」


「でも、繋がるって言うのが分からないかも」


「少しでも先に進めたなら大丈夫だ」

 

 ユウリは笑った。


「前は、何も掴めなかっただろ?」


「うん」

「でも今は、存在を感じられてる……多分」


 リナは自信なさげに少し笑った。


「じゃあ、今日はその続きだな」


 二人は少し離れて向かい合う。


 ユウリが、目を閉じて集中する。

「まず、魂を探す」


「うん、ここまでは学院で習ったのと同じ」


「それから、相手を呼ぶ」


「……命令するんじゃなくて?」


「違う」


 ユウリは首を振る。


「来てほしいって伝えるだけ」


「……分かった」


 リナが目を閉じる。

 静かに呼吸を整え、意識を集中させていく。


 この世界とは隔絶された魂の領域に潜り込むイメージ。

 その奥にある、いくつもの魂の気配。


 いつもなら、そこから適当な魂を引っ張ってくる。

 なんならその段階も術式に組み込まれている。

 だが――


「……」


 今日は、少し違った。

 リナは無理に掴もうとしなかった。


 ただ、そこにあるものを感じる。


 遠くに。

 近くに。

 無数の魂が存在している。


 その中から一つ。

 ほんのわずかに、意識を向ける。


「……」


 何も起こらない。


 それでも――


「……感じる」


 リナが呟いた。


「何か、伝えようとしてる?」


「うん」


 ユウリは急かさなかった。


「そのままでいい」


「……でも、まだ遠い」


「無理に近づかなくていい」


「え?」


「向こうから来るのを待つ」


 リナは目を閉じたまま、少し考えた。

 今までは、自分から手を伸ばしていた。

 

 掴もうとして。

 繋ごうとして。

 引き寄せようとしていた。


 けれど――


 もし魂にも意思があるのなら。

 こちらから一方的に引っ張るのではなく。


「……待ってみる」


「ああ」


 リナは、そのまま意識を静かに保った。

 しばらくして。

 体の中心、腰元の辺りが仄かに熱を持つ。

 

「……ふぅ」


 リナはゆっくりと目を開ける。

 

「どうした?」


「ちょっと休憩」


「どうだった?」

 ユウリは穏やかに言った。


「なんか変な感じ。魂の個性を意識するだけで今までとは全然違ってて」


「そうか」


「ユウリはこんな風に魂を感じてたんだね」


「そうだな、昔から」


「この調子なら私にも出来る気がする!」

「……ユウリは凄いね」


「凄いって?」

 

「こんな訓練があるんだなって感じ」


「これが合ってるのか分からないけどな」


 少し離れたところでは、ピクルが演習場を走り回っている。


「ピィ」


「ピクルも応援してるよ」


「……本当かな」


 リナが笑いながらピクルを見る。


 ピクルは胸を張るようにして、もう一度鳴いた。


「ピィ!」


「ふふっ」


 その後もしばらく、二人は訓練を続けた。


 以前のように、魂を掴もうとはしない。


 ただ存在を感じる。


 そして、繋がる。


 それだけを何度も繰り返す。


 まだ、術式=魔法陣は展開しない。

 それでも。

 最初の頃とは、確かに違っていた。


「今日はここまでにしようか」


「うん」


 リナは立ち上がり、身体を伸ばした。


「なんとなく分かってきた気がする」


「よかった」


「……でも、これっていつになったら使えるようになるんだろう」


「さあな」


「さあって……」


「そのうち出来るさ」


「早く使ってみたいな」


「気の合う魂と繋がれたら……出来るんじゃないかな」


「そうなんだ」


「分からないけどな」

「魔法陣は覚えてる?今度、試してみようか」


「えっ、いいの?」


「いいって、この方法で顕現したいんだろ?」


「そうだった」

 

 二人で笑い合う。

 

 リナは、ふと思い出したように空を見上げた。


「そういえば……」


「ん?」


「もうすぐ冬休みだね」


「ああ」


「ユウリはどうするの?」


「俺?」


「うん」


 ユウリは少し考えた。


「……故郷の村に帰ろうかなって思ってる」


「故郷……」


 リナが呟く。

 ユウリの故郷。

 北の辺境のさらに北。


「北の辺境だっけ?」


「ああ」


「……そっか」


 リナは少しだけ考えるように黙った。


「ねぇ……」


「?」


「私も行っていい?」


「……え?」


 ユウリが目を瞬かせる。


「冬休み」


 リナは少し照れたように笑った。


「ユウリの故郷、見てみたい」


「でも、何もないところだぞ?」


「いいの」


「本当に?」


「うん」


「かなり寒いぞ」


「それは……頑張る」


「ははっ」


 ユウリは笑った。


「じゃあ、一緒に行こうか」


「……うん!」


 リナが嬉しそうに頷く。


「楽しみだね」


「ああ」


 ユウリも笑った。


 その笑顔を見ながら、リナはふと思う。

 学院に来てから、いろいろなことがあった。


 魔海ではいつも何かしら危ない目に遭ったり。

 学院祭を一緒に見て回ったり。

 ユウリがいない数週間。


 そして、戻ってきたユウリ。


 だからこそ――こうして、普通に冬休みの予定を話せることが嬉しかった。


「……あ」


 ふと、ユウリが入口を見る。


「どうしたの?」


「いや……アンディのやつ、結局来なかったな」


「……確かに」


 リナも小さく頷いた。


「明日は来るかな」


「たぶんな」


 ユウリはそう答えた。


「明日は三人でやろう」


「うん」


 冬の夕暮れ。


 演習場からの帰り道、

 二人の影が並んで伸びていた。


 ◇


 

 ――目が覚めた。

 アンディは、重い瞼をゆっくりと開く。


「……あれ? 確か……」


 自分の部屋に帰ると、ミネルヴァと名乗る女がいた。

 そこから逃げ出そうとして、もう一人の侵入者に捕まり、そして――眠らされた。


「……っ」


 アンディは反射的に身体を起こした。


 手足は動く。

 拘束されているわけではない。


「……」


 周囲を見回す。


 知らない部屋だった。

 壁も床も簡素だが、汚れてはいない。

 窓は無く、最低限の家具が置かれている。


「……どこだ、ここ」


 ベッドから降りる。

 

 身体に異常はない。

 魔力も――多少消耗しているが、戦闘できないほどではない。


 何か剥ぎ取られた様子はない。

 

 制服のローブもそのままだ。


「……俺を殺すつもりなら、こんなことする必要ないよな」

 独り言のように呟く。


 少なくとも、そういう目的ではなさそうだ。

 だが、それで安心できるほど単純でもない。


 殺すつもりがない。

 それと、無事に帰すつもりがある。

 その二つは、まったく別の話だ。


 アンディは扉へ近づく。


 ノブに手をかける。


「……」


 回す。


 ――開いた。


「……は?」

 思わず声が漏れる。


 あまりにも簡単だった。

 扉の向こうには、薄暗い廊下が続いている。

 見張りもいない。


「……逃げろってことか?」


 そんなはずはない。


 あの男。


 自分を逃がさなかったあの男が、そんな間抜けなことをするとは思えない。


 アンディは扉から一歩だけ外へ出た。


「お目覚めですか」


「――っ!」


 突然、声がした。


 廊下の先。

 一人の男が立っていた。

 年齢はニ十代半ばほど。


 黒いローブを身につけており、よく見ると梟のマークが刺繍されている。


 威圧感のある人物ではない。

 むしろ、落ち着いた物腰だった。


「……誰だ」


「申し遅れました」


 男は軽く頭を下げる。


「私はこの施設の管理者みたいなものですかね」


「施設……?」


「ええ」


「ここはどこだ」


「それを知ってどうするのでしょうか」


「帰してくれ」

 アンディは即答した。


 男は少しだけ困ったように笑った。

「それは難しい相談です」


「……」


 アンディは周囲を見渡す。


 廊下の先。

 いくつかの扉。

 外からは何も聞こえない。


 学院ではない。

 少なくとも、自分が知っている施設ではなかった。


「俺を連れてきた理由はなんだ」


「それも、後ほど」


「……随分と回りくどいな」


「警戒されるのは当然でしょう」

 男は穏やかに答えた。

「昨夜、突然あなたを連れ去ったのですから」


「だったら話は早い」


 アンディは睨む。


「俺を学院に戻せ」


「それも、すぐには――」


「目が覚めたみたいね」


 突然、横から声がした。


「朝からそんな怖い顔しなくてもいいじゃない」


「……!」

 アンディが振り向く。


 そこにいたのは――昨日、自分の部屋にいた女。


「おはよう、アンディ君」


「……お前」


 フードを被った女――ミネルヴァが、ひらひらと手を振っていた。


「気分が優れないようね」


「誰のせいだと思ってる!」


「私のせいだって言うの?」


「お前以外に誰がいる!」


「まあ良いわ」

 ミネルヴァは、まるで他人事のように頷く。

「ご苦労様、あとは私が対応します」


 男は何も言わず、一礼すると廊下の奥へと消えていった。

 アンディはその背中を目で追う。


 最後まで、男には敵意らしい敵意がなかった。

 だからこそ余計に気味が悪い。

 ここは、ただの犯罪者の隠れ家ではないのかもしれない。


 再びミネルヴァを見る。

 彼女は当然のように部屋の中へ入っていった。

 

 アンディは頭を押さえた。

 この女、苦手だ。


「それで?」

 アンディは改めてミネルヴァを見る。

「ここはどこなんだ」


「教団の拠点よ」


「……教団の拠点だと?」


「ええ」


 ミネルヴァは胸を張る。


「最近完成したの。アルマリア教団の地下集会所」


 その名前に、アンディは眉をひそめた。

 名前だけなら聞いたことがある。


 アルマリア教団技術局といえば、王都ではそこそこ有名である。

 少なくとも、自分を攫うような連中だとは思っていなかったが。


「アルマリア教団……聞いたことはある」


「そして私は、おね……アルマリア様の忠実なる僕」


「……それは聞いてない」


「アルマリア様は至高の存在なのです。是非あなたも一緒に崇めましょう」


「誰が犯罪組織に与するものか」


「犯罪だなんて……神の御心に従ったまでのこと」


 ミネルヴァが大袈裟に天を仰ぐ。

 

 その態度に、アンディは思わず眉をひそめた。

 ふざけているのか。

 それとも、本気なのか。


 判断がつかない。


「神は仰せです」


「……何を」


「ユウリ君のことを教えて欲しいと」


「!」


 アンディの表情が変わった。

 それを見て、ミネルヴァは笑みを深める。


「あははは、分かりやすいねぇ」


「……何の話だ」


「親友の名前に反応しすぎだよ」


「……」

 

 アンディは黙った。

 だが、頭の中では急速に情報が繋がっていく。


 自分が学院で何をしていたか。

 そして――ユウリについて、何を知っているか。


 特に、自分はあの術式を完成させる手助けをしたのだ。


 ユウリが夢の中で見た、過去の記憶にある魔法陣。

 学院の降霊術とは明らかに違っていた構造。

 そして、魔海で起きた異常な現象。


 もし彼らがそこに興味を持っているのだとしたら。


「……そういうことか」


 アンディが呟く。


「お前らユウリの力を狙って——」


「少し違うわ」

 ミネルヴァが話を遮るように言葉を重ねる。


「私達はただ、知りたいだけ」


「……」


「謎があったら解き明かしたくなるじゃない?我々が求めているものは世界の真理、法則、真実よ。狂信的な儀式や集会はいわば隠れ蓑」


 アンディはミネルヴァの顔を見つめた。

 冗談を言っているようには見えない。

 少なくとも、今の言葉には妙な真剣さがあった。


「……なぜそれを俺に?」


「それはさっき言ったとおり——あなた、私達の仲間にならない?」


「……え?」


 アンディは思わず聞き返した。


 一瞬で思考が吹き飛ぶほどの衝撃だった。

 

「こんな事いきなり言われても返事なんて出来ないでしょう?」


「——仲間になるわけ無いだろ!」


 反射的に言葉が出てしまう。


「だから君を強引に連れてきて、私達の良さを見て知ってもらおうってワケ」


「なんだよそれ……仲間にはならない!早く帰してくれ!」


「悪い話じゃ無いと思うんだけどねぇ」


「……狂ってる」

 アンディは小さく息を吐いた。


 話が通じない。


 いや。

 正確には、通じているのに、前提が違う。

 

 彼女にとっては、自分を攫うことも「仲間になってもらうための手段」の一つなのだろう。

 それが余計に恐ろしかった。

 

「どうして俺なんだ?」


 自分が狙われた理由は分かった。

 だが自分である理由が分からない。


「あなたの能力を高く評価しているから」

「もちろん……魔力じゃなくて頭脳の方ね」


「……」


 アンディは少しだけ目を細めた。


(どこまで知っている?)


 少し調べたくらいでは攻撃魔法科の落ちこぼれにしか見えないはずだ。能力適性やユウリとの関係まで把握した上で、自分を選んだ……。


 ならば――この教団は、思っていた以上に情報を集めているし、その力がある。


「本当はユウリ君も来てくれると嬉しいんだけど、もう無理ね。今回の件で監視が強まったから」


「待て、ユウリは監視されてるのか?」


「ええ、そうよ。それは信じてくれるのね」


「そういう訳では……」

 

 アンディは言葉を止め、考え込む。


 ユウリが監視されている。

 それ自体は、あり得る話だった。


 魔海であれだけのことが起きたのだ。

 学院や王国が何もせずに放置するとは思えない。


 だが――


 この教団が、それを把握している。


 その意味することを考えると、背筋に冷たいものが走った。

 

「まあ、ゆっくりしていって頂戴。それじゃあそろそろ失礼するわ」

「私はこれから寝るところだったの。それじゃあ、おやすみなさい」


「待て!」

 背を向けたミネルヴァを呼び止める。


「お前らの目的はなんだ」


 ミネルヴァは足を止めた。

 振り返ることなく。

 視線だけをこちらに向け、

 

「言ったでしょう――真理の探究だって」

 

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