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56話 守りたかったもの


 降霊術学科一年生の教室には、久しぶりに明るい声が戻っていた。

 帰ってきたユウリを中心に、皆が好き放題喋っている。


「今までどこにいたんだよ」

「怪我はもう大丈夫なのか?」


「あの炎は何? すごいな、あんな力隠してたなんて」


「ホント凄かったよな。あと、二刀流かっこよすぎ!」


「ピクルだってすごかったぞ! あのサポートが無かったら魔力切れで終わってたって」


「先生達も頼りになるよな。ホント降霊術科でよかったぜ」


 次から次へと声が飛んでくる。


 ユウリは苦笑しながら、一つ一つに答えていた。


「えっと……怪我はもう大丈夫だよ」


「炎は……」


 そこで言葉が止まる。

 何と答えればいいのか分からない。

 自分でも、あの時何が起きたのか分かっていない。


「……よく覚えてないんだ」


「なんだよ、それ!」

「本人が覚えてなかったら誰も分からねーぞ!」


 笑いが起きる。


「でも、あれは凄かったよな」


「魔海の化け物が一瞬だったからな」


「俺、死んだと思ったもん」


「俺も」


「お前は最初から腰抜かしてただろ!」


「うるせえ!」


 また笑いが起きた。

 

 その笑い声を聞きながら、ユウリもつられて笑った。

 昨日までなら、こんなふうに笑うことすら考えられなかった。

 けれど今は違う。


 いつもの教室にいて。

 いつもの仲間に囲まれて。

 くだらないことで笑っている。


 それだけのことが、ひどく懐かしく感じられた。


「そういや、首無しリザードマン覚えてるやついる?」


 ガルドが声を上げる。


「いたいた!」


「あれに立ち向かうイグナシオさん達はマジで痺れたぜ!!」


「かっこよかったな、王国騎士団」


「俺も入りたいな」


「いや、俺達は魔法師団だろ」


 笑いが起きる。


「それもそうだな……」


 言いながら、レオナルドが腕を組む。


「でも魔法師団に降霊術師なんていたっけ?」


「え? いないのか?」


「イメージ無いな」


「ってか、エルヴィンは魔法師団の所属だよな。雷魔法、凄かったな」


「ああ、あれな!」


「そうそう。魔法師団が降霊術師の部隊を新設するために学びに来たって言ってた」


「そういえば三年生の模擬戦大会の優勝メンバーは、魔法師団からスカウトされてるらしいぜ」


「マジかよ」


「じゃあ俺も三年になったら……」


「お前はまず座学をどうにかしろ」


「うるせえ!」


 教室が一斉に笑いに包まれる。


 魔海での出来事は、まだ記憶に新しい。

 けれど、こうして皆で話していると、不思議と少しずつ形が変わっていく。


 恐ろしかった記憶。

 逃げるしかなかった記憶。

 仲間とはぐれた記憶。


 それらが、少しずつ「あの時はこうだった」と話せるものになっていた。


「でもユウリなら騎士団でもいけるだろ!」


「確かに!」


「いや、あの二刀流は普通に騎士向きだろ」


「魔法も使えるしな」


「万能すぎないか?」


「本人に聞いてみようぜ」


「ユウリ、騎士団どう?」


「え?」


 突然振られ、ユウリは目を丸くした。


「俺は……」


 少し考える。


「やっぱり、降霊術師になりたいかな」


「おお」


「即答じゃん」


「なんで?」


「……ピクルと一緒にいたいから」


「「理由かわいっ!」」


 教室が一斉に笑いに包まれる。


「ピィ!」


 その声に、教室の隅から小さな返事が返ってきた。


「お、本人も喜んでるぞ」


 ユウリが振り向く。


 そこには、リナに抱きかかえられたピクルがいた。

 クリーム色の耳をぴこぴこと動かしながら、胸を張っている。


「ピィ!」


「はいはい。よかったね、ピクル」


 リナが笑いながら、その頭を撫でる。


「ピィ……」


 気持ちよさそうに目を細めるピクル。


「……なんか、すっかりリナに懐いてない?」


「そう?」


「そうだよ」

 シャオが横から覗き込む。

「ユウリと同じ匂いでもするのかな?」


「ちょっと!」


 リナは抗議の声を上げる。


「じょーだん」

 シャオは悪びれもせず笑った。


「……もう」


「何にせよ、ピクルとまた会えて良かったわ」

 アイリスがピクルに優しく手を伸ばす。


「そうだね、ホントに良かった」


 男子の輪の中心で、楽しそうに笑う横顔を見つめる。


「ずっと心配してたもんね」

「リナったらユウリ見つけた瞬間すごかったからね」


 勢いよく立ち上がりながら、

「ユウリ!って」


 アイリスとマリーが、リナの物真似をするシャオを見て笑っている。


「……」


「教室から飛び出していったし」


「……」


「抱きついてたし」


「……シャオ」


「ほっぺた真っ赤だったし」


「もういいから!」


 リナが顔を赤くして抗議する。


「でも、よかったよね」


 マリーが柔らかく言った。


「うん」


 リナの表情から、少しだけ笑みがこぼれた。


「……本当に」


 ピクルの頭を撫でながら、リナは教室の向こうを見る。

 そこには、クラスメイトに囲まれて笑っているユウリがいた。


 昨日まで、その姿を見ることができるかどうかすら分からなかった。


 だから。


 こうして笑っている姿を見るだけで、胸の奥が温かくなる。


「帰ってきてくれて、本当によかった」


「うん」


 アイリスが頷く。


「みんな、そう思ってるよ」


 リナは小さく頷いた。


 その横で、シャオが突然口を挟む。


「……でもさ」


「何?」


「ユウリ、ずっと質問攻めにされてない?」


「そうね」


「大丈夫かな」


「……たぶん」


 二人がユウリを見る。


 ちょうどその時。


「だから俺にも分からないって!」


 ユウリの声が聞こえてきた。


「じゃあ、あの炎は何だったんだよ!」


「本当に覚えてないんだって!」


「じゃあ、もう一回出してみてよ!」


「それは無理!」


「なんでだよ!」


「分からないから!」


 あちこちから笑い声が弾けた。


「……元気そうね」


 リナが呟く。


「うん」


 シャオも笑った。


 それから少しすると、話題は自然と魔海での撤退戦へ戻っていった。


 誰かが失敗を話せば、別の誰かが自分の失敗を話す。

 誰かが怖かったと言えば、別の誰かも頷く。


 あの時は必死だった。


 自分が生き残ること。

 それだけでみんな精一杯だった。


 けれど今なら分かる。

 あの時は、自分一人で戦っていたわけじゃない。


 先生たちがいた。

 騎士団がいた。

 魔法師団がいた。

 そして、クラスメイトがいた。


「……なあ」


 ガルドがふと呟いた。


「俺達、結構すごいんじゃないか?」


「何が?」


「だってさ」


 ガルドは教室を見回した。


「あんな状況だったのに、俺達はここにいる」


 その言葉に、一瞬だけ静かになる。

 今はここにいない休学している仲間、それぞれの顔が頭に浮かぶ。


「……そうだな」

 レオナルドが頷いた。

「まあ、まだ休学中の人もいるが」


「ああ」

 ガルドも頷く。


 ラグナ、エルヴィン、テオ、フィオナ……。


 様々な理由で休学している仲間達。

 それでも、誰も彼らを責めたりしない。


「戻ってきたら、また一緒に騒げばいいさ」


「そうだな」


「そのためにも、俺達もちゃんと強くならないとな」


「お前が言うと急に真面目だな」


「うるせえ!」


 笑いが起きる。


 ユウリも笑った。


 胸の奥に、じんわりと何かが広がっていく。


 魔海で感じた恐怖は、まだ消えていない。


 大切なものを失う恐怖。

 自分が死ぬことよりも、なによりもそれが怖かった。

 何故かは分からない。

 

 ふと、オーラフが語った魂の話がよぎる。


 (魂の個性……か)


 脱線した思考はユウリを呼ぶ声ですぐに引き戻された。


「ユウリ!」


 誰かが呼ぶ。


「な、何?」


「次の実習、一緒の班でよろしく!」


「あ、俺も!」


「じゃあ俺も!」


「お前ら、ユウリばっかり誘うなよ!」


 また声が飛び交う。


 ユウリは思わず笑った。


「うん。よろしく」


 ホノカのこと。

 王国の真の歴史や、古代の降霊術について聞いたこと。

 それらは、黙っていることにした。


 それを話してしまえば、きっと今までと同じではいられない。

 

 こうして笑える場所がある。

 帰ってこられる場所がある。

 

 そんな居場所が壊れてしまう気がしたから。


 リナは少し離れたところからこの光景を見ていた。

 腕の中では、ピクルが満足そうに目を細めている。


「……ピクルも、おかえり」

「守ってくれてありがとう」


「ピィ」


 窓の外では、雪が静かに降っていた。

 魔海での戦いが嘘だったかのように。

 

 ――ユウリが帰ってきた。


 それだけで、この教室は以前の明るさを取り戻していた。

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