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55話 おかえり


「ユウリ!」


 リナは勢いよく立ち上がった。


「先生、すみません!」


 そう言い残すと、返事を待たず教室を飛び出していく。


「え?」


 取り残されたシャオが目を瞬かせる。


「ユウリ?」


 窓際へ駆け寄る。


「……馬車?」


 その時。


 幌が少し揺れた。


「ピィー!」


「!!」


「ピクルだ!」


 今度はシャオが立ち上がる。


「待って!」


 教室がざわめいた。


「本当か?」

「帰ってきたのか!?」

「機械馬だ……」

「仕立ても良いな」


 ガルドが立ち上がる。


「俺も行ってくる!」


 その一言を皮切りに、一人、また一人と席を立つ。


「お、おい!」

 

 セオドールが声を上げる。

 しかし。

 すでにほぼ全員が扉へ向かっていた。


「……まったく」

 呆れたようにため息をつく。


 そして。


 ふっと口元を緩めた。

 

「よし」

「みんなで迎えに行くぞ」


 ◇


 幌馬車の窓から、ユウリは初雪の舞う王都を眺めていた。

 

 王都の城壁内を、幌馬車は静かに進んでいく。

 見慣れた街並みも、どこか違って見えた。


 教育特区へ入る。


 さらにその先。

 

 見覚えのある学科棟が見えてきた。


「久しぶりだな……」


 思わず呟く。


「長く引き止めてしまって悪かったのう」

 向かいに座るオーラフが、少し名残惜しそうに笑う。


「いえ」


 懐かしい景色。

 ほんの数日しか離れていなかったはずなのに、妙に久しぶりに感じる。


 機械馬が速度を落とした。

 

 カシャン、と鋼の脚が雪を踏みしめる。

 幌馬車は降霊術学科棟の前で静かに止まった。


「ありがとうございました」


 ユウリは頭を下げ、薄く雪の積もった地面へ降り立つ。


 その時だった。


「ユウリ!」


「え?」


 聞き慣れた声。


 振り向く。


 雪の中を全力で駆けてくる少女。

 亜麻色の長い髪をなびかせながら、こちらへ向かってくる。


「リナ!?」


「ユウリ!」


「会いたかった!」


 そのまま勢いよく胸へ飛び込んできた。


「わっ――」


 よろけそうになりながらも、しっかりと受け止める。


 腕の中から伝わる温もり。


 リナは、生きている。

 みんなも、生きている。


 ようやく実感した。


 ――みんなを守れた。

 

 自然と頬が緩んだ。


「うぅ……バカ」

 震えた声。

 

 思わず腕に力が入る。


「ただいま」

 そして、少し照れくさそうに呟く。


「おかえり」

 

 顔を上げたリナと目が合った。


 潤んだ瞳。

 近い。

 

 雪の中なのに、頬だけが熱い。

 ゆっくりと閉じられる瞳。


 その瞬間。


「ユウリぃぃぃ!!」


「え」


 ドタドタドタッ


 雪を蹴り上げながら、複数の足音。


「本物か!?」

「マジで帰ってきてるじゃん!」

「おい押すな!」


「……っ」

 リナが小さく肩を震わせる。


 ユウリは小さく息を吐いた。

(台無しだな……)


 建物の中から人影が次々と飛び出してくる。


「ユウリ!!」


 最初に声を上げたのはガルドだった。

「お前、ほんとに生きてたのかよ!」


 勢いのまま駆け寄りかけて、途中で足を止める。

 その顔には、いつもの軽さはなかった。

 ただ、安堵だけが残っている。


「……無事でよかった。ユウリ、ありがとうな」


 短く、それだけ。


 続いて、シャオが息を切らせながら前に出る。


「確認したいことが山ほどあるんだけど……今はいいや」


 肩をすくめる。


「とりあえず、生きてるでいいんだよね」


「うん」


 ユウリの返事に、シャオは小さく笑った。


「なら合格!」

「リナの元気が無くて大変だったんだから」


 誰かが息をつき、誰かが笑い、誰かが目を逸らす。


「……ほんとに」


 ぽつりと、誰かが言った。


「戻ってきたんだな」


 その言葉をきっかけに、空気が少しだけ落ち着いた。

 歓声でもなく、騒ぎでもなく。

 安堵の形をした、ざわめき。


 その中心で、ユウリはまだリナを抱いたままだった。

 離す理由が、まだ見つからないまま。


「……ユウリ」

 腕の中で、リナが小さく呟く。


「ごめんな、遅くなって」


「……うん」


 短い返事。

 それだけで十分だった。


「おいおい、見せつけるなよ」


 ガルドの声に、少しだけ空気が軽くなる。


「うるさい」

 リナが即答した。


 そのやり取りに、ようやく笑いが混じる。


 その時。


 雪を踏む音が一つだけ、少し遅れて近づいてきた。


「……良い仲間たちだな」


 低い声。


 人混みの外側から、静かに一人の影が現れる。

 オーラフだった。


 ざわめきが、少しだけ収束する。


「……だれ?」

 ガルドが首を傾げる。


「こんにちは。儂はオーラフ」

「オーラフ・ヴァルトラントだ」


「ヴァルトラント?」


 シャオが首を傾げる。

「えっと……公爵様?」


「どこの?」

 ガルドも続ける。


 ヴァルトラント姓、王国の名を冠するこの家名は公(・)爵(・)家である事の証左だった。


 学生たちが顔を見合わせる。


 その時。


「――オーラフ卿」


 静かな声が響いた。


 振り返ると、セオドールがそこに立っていた。

 いつもの無表情のまま、一歩前へ進む。


「学院教員、セオドール・グランツです」


 軽く一礼する。


「まさか、卿自らお越しになるとは思いませんでした」


「盛大な出迎え、ご苦労であるな」


 オーラフは気さくに笑った。


「いえ、これは……」


 セオドールは苦笑する。


「カミナギ――我が学院の学生を送り届けていただき、感謝いたします」


 一拍置いて続けた。


「何にせよ、何の説明もなく連れて行かれましたので、少々気を揉んでおりました」


「そうであろうな」

 オーラフは静かに頷く。


「療養とだけ伺っておりましたが……」

「今まで、どちらに?」


 その問いに、オーラフは学生たちを一瞥した。


「込み入った話になる。だから儂が直接出向いたのだ」


 オーラフはそう言って穏やかに笑った。

 セオドールは静かに頷く。


「承知しました」

「こちらへどうぞ」


 学院の方へ歩き出す。

 途中で振り返り、学生たちへ声を掛けた。


「今日は自習とする」

「各自、時間までに教室へ戻るように」


「はーい!」


 返事をしたものの、誰一人すぐには動かない。

 皆の視線はユウリへ向いていた。

 その様子を見て、オーラフが小さく笑う。


「ユウリ君」


「はい」


「これでお別れだ」


 一拍置いて。


「達者でな」


 ユウリは深く頭を下げた。


「はい」

「本当に、お世話になりました」


「うむ」


 オーラフは軽く手を上げると、そのままセオドールと並んで学院の中へ歩いていった。


 その背中が消えるより早く——


「ユウリ!」

「まず俺だ!」

「いや私が先!」

「質問が百個ある!」

「ピクルー!」

「ピィ!」


 一瞬で人だかりができる。

 笑い声が雪空に響いた。


 オーラフは振り返らない。

 その横顔は、もう王国の重鎮そのものだった。

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