54話 帰還
数日後、ユウリが学院に戻る日がやってきた。
ひどく冷え込んだ王都の朝。
いつもの部屋。
あれから、シオンが訪ねてくる事は無かった。
『サラは母親似だからな』
その言葉が蘇る。
(シオンさんも、アンナさんも王族か……)
二人が並んではじめて感じた気品のようなもの。
髪色を除けば、その纏う雰囲気はサラ王女殿下に感じたものと同じだった。
ただ、本人は王族のように振る舞われる事は望んで無いような気がした。
アンナを伴ってオーラフがやって来る。
「待たせたな」
オーラフは穏やかな顔で部屋へ入ってきた。
「これからは、我々の保護を離れて生活することになる」
アンナが机の上に鞄と御守り、霊触媒などが並べられる。
「中身も確認してあるわ」
「不足はないはずよ」
「ありがとうございます」
馴染みのある短剣を手に取る。
ほんの数日しか離れていなかったはずなのに、妙に懐かしく感じた。
「最後に、君の相棒を見せてくれないかね?」
「ピクルですか?」
「うむ」
「わかりました」
ユウリは霊触媒の結晶を取り出した。
三重魔法陣を展開する。
意識を沈める。
呼びかけるように、深く、深く。
やがて一つの魂に触れた。
懐かしい感覚。
そして。
「来い、ピクル」
眩い光が部屋を満たした。
光の粒子が舞い散り、小さな姿が現れる。
「ピィー!」
元気よく鳴くと、ピクルはユウリの肩へ飛び乗った。
オーラフが目を細める。
「ほう……」
「この子がピクルです」
ピクルは首を傾げた。
「ピ?」
すると、オーラフがゆっくり手を差し出す。
「初めましてだな」
ピクルは警戒する様子もなく、ちょん、とタッチした。
「ピ」
その瞬間。
オーラフが、ふっと笑った。
「なるほど」
「君がここまで来られた理由が分かった気がするよ」
「え?」
「魂とは不思議なものだ」
「強さや才能だけでは、こうはならん」
一拍。
「大事にしなさい」
「はい」
「この子もまた、君を信じている」
ピクルが胸を張る。
「ピィ!」
アンナが思わず笑った。
「ふふ、偉そうね」
「ピィー!」
尻尾を振り回すピクル。
その姿を見て、オーラフは満足そうに頷いた。
「うむ、安心した」
「君なら大丈夫だ」
「はい」
オーラフが少し目を細めた。
「君がいなくなると寂しくなるな」
「え?」
「数日しか経っておらんのだがな」
「儂も歳を取ったということか」
ユウリは思わず笑う。
「いつでも会いにきて下さい」
「考えておこう」
オーラフも笑った。
「これからは、あまり無茶をするでないぞ」
「……」
「いや」
オーラフは苦笑した。
「無茶をするなと言っても無理だろうな」
「だからせめて、一人で抱え込むな」
「君は一人で何とかしようとする」
「それは強さでもある」
「だが、弱さでもあると儂は思う」
静かな声だった。
「困った時は頼れ」
「学院でも、友人でも、我々でもいい」
「君はもう、一人ではない」
「さて」
オーラフが立ち上がる。
「送迎馬車の時間だ」
「学院へ帰ろう、ユウリ君」
◇
建物を出ると、一台の幌馬車が停まっていた。
だが、その前に立つのは生きた馬ではない。
木と真鍮、そして黒鉄で組み上げられた二頭の機械仕掛けの馬。
装甲の隙間を淡い青光が走り、鋼の脚が雪を静かに踏みしめている。
魔導工学によって作られた輸送用機械馬。
王国でも高価な代物であり、軍や官庁で使われることが多い。
「珍しいですか?」
アンナが笑う。
「はい」
ユウリは苦笑する。
学院祭での暴走ゴーレムが脳裏をよぎった。
「王都の石畳は、生きた馬の乗り入れは禁止されているの」
「軍や一部の騎士団は別だけどね」
機械馬の目に埋め込まれた魔石が、静かに明滅する。
その横顔を見ながら、オーラフが目を細めた。
「昔の人間が見たら驚くだろうな」
「魂を恐れ、制御しようとした結果がこれだ」
「便利な世になったものだ」
白い息を吐く。
その時。
ひらり。
一片の雪が舞い落ちた。
「雪……」
ユウリが小さく呟く。
「今年は早いな」
オーラフは空を見上げる。
しん、と静まり返った冬空。
そして、優しい笑みを浮かべた。
「では、送っていこうか」
一拍。
「みんなが待っているぞ」
——————
機械馬が、堀の先の門をくぐる。
長い敷地を抜けたところで、ユウリはようやく自分が過ごしていた場所の全景を目にした。
「まさか……王宮?」
「そのまさかだよ」
オーラフがおどけたように肩を竦める。
「くれぐれも内密にな」
(アンナさんが頑なに教えてくれなかった訳だ……)
ユウリは苦笑した。
そして、ふと思い出したように尋ねる。
「ええと……王国の成り立ちや降霊術については?」
「他の人に話しても良いのでしょうか」
「それについては好きにしなさい」
「えっ、いいんですか?」
思わず聞き返す。
オーラフは小さく笑った。
「良いも何も、君に話したという事はそういう事だ」
「隠したければ記憶を消すなり、口止めするなり方法はいくらでもある」
「だが、そんな真似はしたくない」
一拍。
「君は知るべきだと思った」
オーラフは静かに続ける。
「強大な力がもたらした結果を」
「そして、その力を恐れた人々が何を選んだのかを」
さらに一拍。
「君は今、その力を持っているのだから」
御守りへ視線を向ける。
「神話や歴史とは、権力者の都合によって書き変わるのが世の常だ」
「しかし、いつまでも隠しておく事など出来ないのもまた事実」
ユウリは静かに聞いていた。
「今回の件は良い契機なのかも知れんな……」
オーラフが少し真面目な顔になる。
「だが、むやみに吹聴しても混乱を招くだけだ」
「話す相手くらいは選びなさい」
「はい」
「まあ」
オーラフが笑う。
「『王国は降霊術を歪めた』などと言っても、普通は誰も信じてくれんだろうがな」
話はそこで終わった。
機械馬の脚が規則正しく雪を踏みしめる。
車輪の音だけが静かに響く。
初雪の舞う王都を、幌馬車は進んでいく。
懐かしい学院へ。
待っている人達の元へ。
ユウリは窓の外を眺めながら、小さく息を吐いた。
「ただいま、か」
白い息が冬空へ溶けていった。
◇
雪が降っていた。
セオドールの講義を半ば聞き流しながら、リナは窓の外を眺めていた。
「――規格アバターの兵装変更についてだが……」
静かな教室に、ペンの走る音だけが響く。
空席だらけの教室は、以前よりずっと広く感じられた。
誰もがどこか元気がない。
その時。
カシャン……。
カシャン……。
聞き慣れない音が窓の外から聞こえてきた。
学科棟の前を、二頭の機械馬が引く幌馬車がゆっくりと通り過ぎていく。
「……?」
リナはなんとなく目で追った。
荷台の隙間。
見慣れた鞄。
そして――
ぴょこん。
幌の隙間から、クリーム色の小さな耳が飛び出した。
「……!」
心臓が、跳ねた。
ガタン!
「ユウリ!」
リナは反射的に勢いよく立ち上がっていた。




