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53話 再会


 数日後。


「あなたの処遇について、目処がついたそうよ」


「本当ですか?」


「ええ、悪い事にはならなそうで良かったわ」


「ありがとうございます」


「そのうちオーラフ様から沙汰があるでしょう」

「でもその前に、あなたに会いたがっている人がいるの」


「会いたがってる?」


「ええ」


「僕にですか」


「あなたに、よ」


「……分かりました」


「連れてきても良いかしら?」


「……はい」


 ユウリは小さく頷いた。


「それじゃあ呼んでくるわね」


 そう言って部屋を出ていく。


 残されたユウリは首を傾げた。

(会いたがっている人……?)


 心当たりはない。


 数分後。


 廊下から静かで規則正しい足音が近付いてきた。


 扉が開く。


 アンナに連れられて一人の男が入ってきた。


 黒髪。

 旅人のような服装。

 腰には短剣。


 その姿を見た瞬間、ユウリは固まった。


「……え」


 八年前。

 燃える村、青白い豹、フードの男。


『……もう大丈夫』


 記憶が一気に蘇る。


「……シオンさん?」


 男が目を瞬かせる。


「覚えていたのか」


「忘れる訳ないです」

 即答だった。


「あの時からずっと目標だったんです」


「……」


「シオンさんみたいに強くなりたいって」


 シオンの表情が和らぐ。


「そうか」


 それだけ言って椅子へ腰掛けた。


「話を聞いて驚いたよ」


「え?」


「まさかあの時の少年だったとはな」


 シオンが少し笑う。

「術式まで見られていたとは……」


「笑い事じゃないですよ、兄さん」


「それもそうか……まさかあの時の少年が、封印指定霊(ネームド)を顕現させるなんてな」

「だが俺は悪くないぞ、辺境の森の中で俺の降霊術を見て再現できる人間がいるなんて思うまい……あの時はそう、状況が切迫していたのだ」


「それならユウリ君だって同じよね、みんなを守るために降霊術を使ったんだもの」


「俺のは封印指定霊じゃ無い」

 

「普段は隠してる術式って言う意味では同じよ」


 慣れたやり取りに場が和む。

 

「あの……豹は、元気ですか?」


 シオンが思わず笑った。

「最初に聞くのがそれか」


「気になっていたので」


「元気だよ」

 短く答える。


「今も一緒なんですか?」


「ああ」


「見せてもらえたりは……」


「それは駄目だ」

 有無を言わさぬ返答。


「残念です」


「本当に残念そうだな」

 シオンは肩を竦めた。


 そのやり取りを見ていたアンナが苦笑する。

「もっと聞くことがあるでしょうに」


「ありますけど」

 ユウリは少し視線を落とした。

「まずはお礼を言いたかったので」


 部屋が静かになる。


「八年前」

「僕と弟を助けてくれてありがとうございました」


 シオンは黙ったままだった。


「村も復興しました」

「時間は掛かりましたけど、みんな元気です」


 そうか。


 シオンは小さく頷く。

「それは良かった」


 その一言だけだった。

 だが嘘ではないと分かった。


 しばらく雑談が続く。


 そしてふと、シオンが口を開いた。


「ところで」


「はい?」


「私が何者なのか気にならないのか」


 ユウリは首を傾げた。


「今は何となく察してます」


「ほう」


「直接言葉にするのは畏れ多いのですが……」


 一拍。


「そうですね……王女殿下は銀髪でした」


 アンナとシオンの視線が交差する。


 少しの沈黙。


「ああ」

 シオンは平然と言った。

「サラは母親似だからな」


 ユウリが固まる。

(王女の事を呼び捨て)


 アンナが吹き出した。


「兄さん」


「何だ」


「もう少し段階というものがあるでしょう」


「そうか?」


「つまり」

 ユウリが恐る恐る確認する。

「王族なんですか」


「そういう事になるな」

「名をシオン・スメラギと言う。よろしくな」


 あっさり認められた。


 何となく察してはいたものの、頭が痛くなってくる。


 昨日まで公爵家の頭首と話をしていた。

 そして、今。

 王族本人が目の前にいる。


(早く学院に戻りたい……)


 そんなユウリを見て。

 シオンは愉快そうだった。


「君の処遇は聞いている」


「そうなんですか」


「ああ」


「おそらく学院へ戻ることになるだろう」


 ユウリはほっと息を吐いた。


 シオンは続ける。

 

「もっとも」

「学院で学ぶことは、もうほとんど無いだろうがな」


 ユウリが目を瞬かせる。


「そうでしょうか」


「君は既に本来の降霊術に触れている」

「学院が教えるのは王国式――つまり建国後に作られた術式だ」


「ましてや君は、その降霊術は使えないんだろ?」


 それはオーラフの話とも一致していた。


「それでも」


 ユウリは迷わなかった。


「戻りたいです」


「理由を聞こう」


「みんなが何を教わって、何を常識だと思っていて、どう考えているのか」


 一拍。


「それを知らないままでは駄目だと思うんです」


 シオンは黙って聞いていた。


「僕だけ答えを知っているみたいで」

「何というか……ずるい気がするので」


 沈黙。


 やがて。


 シオンは小さく笑った。


「なるほど」

「オーラフ様が気に入る訳だ」


「え?」


「いや、こちらの話だ」


 立ち上がる。


「そろそろ行こう」


「仕事ですか?」


「ああ」

「最近は少々忙しくてな」


 腰の短剣を軽く叩く。


「魔海の調査だ」


 ユウリが顔を上げた。


「魔海?」


「最近、妙な報告が増えている」


 シオンの表情から笑みが消える。


「本来いるはずのない個体」

「異常な行動を取る魔物」

「原因不明の変異」


 部屋の空気が少しだけ重くなった。


「まあ」


 シオンは肩を竦める。


「今の君が気にすることではない」


「そうですか」


「ああ」


 そして扉へ向かう。

 だが途中で足を止めた。


「ユウリ」


「はい」


「学院へ戻ったら」


 一瞬だけ振り返る。


「今度は自分のためにも強くなれ」


 八年前。

 燃える村で聞いた声が脳裏をよぎる。


 気付けばユウリは笑っていた。

「はい」


 シオンも僅かに口元を緩める。

「また会おう」


 そう言って部屋を出ていった。


 ◇


 冷たく乾いた風が、教室の窓を鳴らす。

 冬の訪れが近かった。


 魔法学院降霊術学科。

 かつて二十人いた教室は、今や半分近くの席が空いていた。


 約半数が療養中。

 

 傷を負ったもの。

 精神的に参ってしまった者。

 そして、隔離される者。


 空席を見るたびに、あの日の課外授業を思い出してしまう。


 誰も以前のように騒がない。

 誰も以前のように笑わない。

 

 重苦しい空気の中、セオドールだけがいつも通り授業を進めていた。


「——以上が王国史の概要だ」


「現在の形になってから五十年」

「魔海との均衡によって、大きな繁栄も衰退もない」

「それが現代王国の姿と言える」


 教壇に立つセオドールの声だけが静かに響く。


「先生」

 リナが手を挙げる。

「魔海は、これ以上広がらないのでしょうか?」


「その問題について、明確な答えは出ていない」


 セオドールは淡々と答えた。


「だが、五十年前を最後に侵食が止まったという事実はある」


「では……魔影(ゴースト)とは何なんですか?」


 教室が少し静まる。


「魔影の正体についても同じだ」

「研究は続けられているが、未だ仮説の域を出ていない」

 

「分かっていることは二つ」


「奴らが存在する領域を魔海と呼ぶこと」

「そして、倒した魔影が魔石へ変化することだ」


 一拍。


 窓の外へ視線を向ける。


「あんな事があった後で言うのも何だが」

「王国にとって魔海は、なくてはならない存在でもある」


「なくてはならない?」

 シャオが首を傾げる。


「魔石の供給源だからだ」

 

「魔導灯も、暖房も、列車も、通信機も」

「我々の暮らしは、魔海から得られる魔石の上に成り立っている」


「魔海は脅威だ」

「だが同時に、人々の生活を支える恵みでもある」


 教室が静まり返る。


「だからこそ、王国は魔海の調査と管理を続けている」


「共存するしかない、と言うことですね」

 リナがぽつりと呟く。


「そういうことだ」

 セオドールは頷いた。


「そして、降霊術とは本来そのための力だ」


「魔海も、魔影も、まだ分からないことだらけだが」

「君達の中から、その答えを見つける者が現れるかもしれないな」


 一拍。


「なお、冬期休暇が明けるまでは演習は中止だ」

「当面は座学中心のカリキュラムとする」

「演習場の使用自体に制限はない。各自、鍛錬を怠らないように」


「以上だ」


 

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