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52話 唯一無二の魂


 放課後。


 魔法学院降霊術学科の職員室。


 リナとアンディは、セオドールの机の前に立っていた。


「先生」

 リナが口を開く。

「ユウリは、いつ戻ってくるんですか」


 セオドールは書類から顔を上げた。

 その表情は少し困ったようだった。


「その質問は今日だけで三回目だ」


「答えてもらってませんから」


 即答だった。


 セオドールは小さく息を吐く。


 そこへアンディも身を乗り出した。

「俺も気になってるんですよ」


「君は?」


「攻撃魔法学科のアンディ・タイソンです」

 アンディは胸を張る。

「ユウリとはいつも放課後に演習場で特訓してたんで」


「なるほど」

 セオドールは頷いた。


 だが、その表情はどこか歯切れが悪い。


「王国指定施設で療養中だ、療養期間は未定」


「どこですか?」


「……それは答えられん」


「どうしてですか?」


「私も知らないからだ!」


 職員室が静まる。

 リナもアンディも目を瞬かせた。


 セオドールは額を押さえる。

「いや……すまん」


 沈黙が続く。


「……本当に知らないのだ」

「私に伝えられているのは、王国指定施設で療養中ということだけだ」


「少なくとも命に別状はない」

「それだけは保証する」


「会えないんですか」

 リナは食い下がる。

 

「許可がない」


「誰の許可ですか」


「……王国だ」


 数秒。

 

 アンディが目を瞬かせた。

「王国って……」

 その意味を理解した瞬間、顔色が変わる。

 

「王国……?」

「そんなに大事になってるんですか?」

 尚も食い下がるリナ。


 セオドールは首を振る。


「行こうリナ。先生が困っている」


 アンディはリナを連れて職員室を出た。


 扉が閉まる。


 職員室に静寂が戻った。

 

 セオドールは深く息を吐く。

「……私が知りたいくらいだ」


 ぽつりと漏れた本音。

 視線を上げる。

 職員室の片隅。


 いつの間にかアルマリアがいた。


 椅子にもたれ、

 だるそうに本を読んでいる。


「盗み聞きとは趣味が悪いな」


「聞こえてきただけだ」


 アルマリアはページをめくった。


「優等生の相手も大変だな」


「笑い事ではない」


「別に笑ってなどないさ」


 そう言いながら。

 その紫の瞳が、どこか面白そうに細められていた。


 ◇


 ユウリが次に目覚めたのは翌朝だった。


(続きは明日……)


 昨夜の会話を思い出しながら天井を見上げる。


 王国建国以前。

 神話級の魂。

 そして本来の降霊術。


 考えたいことは山ほどあった。


 だが。


「腹減ったな……」


 ぐぅ、と小さく腹が鳴った。 

 起き上がって軽く体をほぐしていると、扉がノックされた。


「どうぞ」


「失礼するわね」


 アンナが朝食を載せた盆を持って入ってくる。

「おはよう、調子はどう?」


「問題無いです」


「それは良かった」

「冷めないうちに食べなさい」


「ありがとうございます」


 アンナが部屋を出ようとしたところで、ユウリは思い出したように声を掛けた。


「そういえば」


「ん?」


「僕の荷物ってどうなりました?」


「荷物?」


「短剣とか、霊触媒とか」


「ああ」


 アンナは振り返る。


「ちゃんと保管してあるわ」


「没収じゃなくて?」


「今のところはね」

 

 アンナは少しだけ困ったように笑った。

 意味深な言い方だった。


「今のところ?」


「詳しくは私より偉い人に聞きなさい」


 そう言い残し、アンナは部屋を後にした。


 ◇


 朝食を食べ終えた頃。


 再び部屋の扉が開く。

 現れたのはアンナと、オーラフだった。


 アンナは二人分のティーカップに紅茶を注ぐとすぐに退室した。


「体調はどうだ」


「問題ありません」


「そうか」


 オーラフは椅子へ腰掛けた。

 

「さて、昨日の続きを話すとしよう」


 ユウリは自然と姿勢を正した。


「続きと言ったが」


 オーラフは静かに息を吐く。


「結論だけなら単純だ」

「王国は本来の降霊術を封じた」

「そして別の形へ作り替えた」


「……」


「理由は一つ」

「人類が滅びかけたからだ」


「はい、ここまでは分かりました」


「だが勘違いするな」

「我々は魂を憎んでいた訳ではない」

「古代降霊術そのものを悪だと断じた訳でもない」


「それも信じます」


「しかし」


 オーラフの目が細まる。


「君はその封じられた術を使った」

「しかも神話級の魂を顕現させた」

「よりにもよって騎士団と学院教師の目の前でな」


「みんなを助けるためです」

 オーラフの目をまっすぐに見つめる。


「分かっている」


 即答だった。


「君を責めているのでは無い」

 オーラフは静かに続ける。

「私が同じ立場でも、きっと同じことをしただろう」


 ユウリは少しだけ目を見開いた。


「だがな」


 一拍。


「国家は個人の善意だけで動かない」

「今までの小動物アバターとは訳が違う。王国の上層部が動く、騎士団も動く、学院も動くだろう」


「じゃあ、僕はどうなるんですか?」


 オーラフは少し考えた。


「まだ決まっておらん」


「……」


「少し話をしよう。何か聞きたい事はあるかね?」


 ユウリは少し考えた。


「では、昨日の続きを」


「ほう」


「あなたは昨日、王国がまだ無かった頃の話をした」


「うむ」


「でも降霊術を歪めて広めたのは王国なんですよね」

「だったら――」


 ユウリは首を傾げた。


「その王国は、いつできたのですか?」


「良い質問だ」

 オーラフは頷いた。


「順を追って話そう」


 静かに目を閉じる。


「神話級の魂フェンリルの顕現によって、世界は二分された」


「フェンリルに抗う国」

「フェンリルを擁する国」

 

 その名が出ただけで、

 部屋の空気がわずかに重くなった気がした。


「やがて戦争は大陸全土へ広がった」


 ユウリは黙って聞く。


「そして各国は競うように力を求めた」


「神話級の魂、英雄の魂、精霊……」


 数えていけば際限がない。

 利用できるもの全てが戦争へ投入された。

 

「だが、それでも終わらなかった」


 オーラフの声が低くなる。


「戦争を終わらせるために」

「ある降霊術師が禁忌へ手を伸ばした」


 部屋の空気が張り詰める。


「悪神だ」

 

「悪神……」

 ユウリが呟く。

「神話級とは違うんですか」


「同じだよ、どれも等しく一つの魂だ」

 オーラフは即答した。


「その中でも善悪の悪に偏った人格を悪神と呼ぶだけのことさ」

「……悪神は災厄そのものだった」


 オーラフの目が伏せられる。


「制御などできるはずもない」


「都市が消えた」

「国が消えた」

「文明そのものが崩れ去った」


 ユウリは言葉を失った。


 ホノカの炎を思い出す。

 魔海で見たあの光景。

 あれが世界中で起きたのだとしたら――。


 部屋には、薪の爆ぜる音だけが響いていた。

 オーラフも急かすことなく、静かに紅茶へ口をつける。


 やがてユウリは、小さく息を吐いた。


「この時、なんとか力を合わせて悪神を封じた者(・)達(・)こそがこの国の祖と言える」


 ふと、前に読んだ絵本を思い出す。


「……スメラギ王と四人の兄弟ですか?」


 オーラフは少し笑みを浮かべる。


「建国神話か」


「はい、スメラギ家の長子を支える四人の兄弟」

「後の公爵家になるという話です」


「ふむ」

 オーラフは小さく頷いた。


「神話というものは不思議でな」

「完全な作り話というわけでもない」


「全てが嘘でもない」

「全てが真実でもない」

「長い年月の中で、人々に都合の良い形へ書き換えられていく」


 曖昧な答えで、はぐらかされた気がした。


「邪悪なる龍というのは?」


「さてな」

「龍だったのか、はたまた別の何かだったのか……」


「それはともかく」

 

「悪神封印の後、生き残った者達は国を作った」

「二度と同じ過ちを繰り返さないため……降霊術そのものを管理するためにな」


 ユウリの脳裏に学院での授業が浮かぶ。

(だから学院の降霊術は今の形になったのか)


「その中心となったのが、後のスメラギ王家と四公爵家だ」

「それが現在のヴァルトラント王国の始まりだよ」


「今の降霊術は……」

 ユウリは小さく呟いた。

「人を守るために作られた」


「そのとおりだ」

 オーラフは頷く。


「少なくとも当時の人々はそう信じていた」


「だが――」

 何かを言いかける。

 しかしオーラフは首を振った。


「いや、この話はまだ早いな」


 紅茶に口をつける。


 沈黙が場を支配した。


「……あの、僕の荷物は返して貰えるのでしょうか」


 オーラフは目を瞬かせた。

 

「君はもっと他に聞くことはないのかね」


「気になりますけど」


 視線を外す。


「大切な物なので」


 オーラフが思わず吹き出した。


「君らしいな」

 小さく笑いながらティーカップを持ち上げる。


「まあ、お茶でも飲みたまえ」


 ユウリは紅茶を口に運んだ。

 ふわりと花のような香りが鼻へ抜ける。


 苦みは驚くほど柔らかく、飲み終えた後も甘い余韻だけが残った。


「……美味しいです」


「気に入ったか」


 オーラフは嬉しそうに目を細めた。


 ユウリは頭の中で、今聞いた話を整理する。


 建国。

 悪神。

 封じられた降霊術。


 疑問は尽きない。


「……そうだ」

「神話級の意味について、まだ話していなかったね」


 オーラフはカップを置く。

 

「輪廻転生という言葉は知っているかな?」


「はい。全ての生き物には魂があって、肉体が滅びた後も魂は不滅で、やがて新しい命に魂が宿る」

「それが何度も繰り返される。そんな感じでしょうか」


「その理解で大丈夫だ、先へ進もう」

「この世界の仕組みはまさにそうなっておる」


「そして何度も何度も生まれ変わることで、魂は個性を強めていく」

「記憶は無くなるのに不思議じゃな」

「だが、こうは思わんかね」

「なぜ同じ両親から生まれた兄弟の性格が違うのか」

「なぜ得意でも無い事に強烈に惹かれるのか」

「なぜ一見無駄とも思える事に全力を尽くすのか」


「……魂とは、不思議なものだ」


「長い年月をかけ、生まれ変わりを繰り返すことで、魂は少しずつ形を変えていく」

「強くなる……というより、自分という存在を確立していく、と言った方が近いか」


「確立……ですか?」


「うむ」


「好きなもの、嫌いなもの」

「得意なもの、苦手なもの」

「譲れぬ信念」

「理屈では説明できない衝動」


「そうしたものは、一つ一つ魂へ刻まれていく」


「でも、記憶は残らないんですよね?」


「残らん」


「では、なぜ?」


「記憶とは肉体、いわば器のものだ」


「だが魂は、もっと深い場所にある」


 オーラフは窓の外を見る。


「ほとんどの魂は、何百回、何千回生まれ変わろうとも、人の域を超えることはない」


「だが、極めて稀に」

「数え切れぬ輪廻を経て、幾度も選び、悩み、戦い、守り、失い……それでもなお魂を磨き続けた存在が現れる」


「そんな存在が世界に現れたらどうなるか」

 

「必ず何かしらの偉業を為し、人々に語り継がれる」

「語り継がれることで、魂に名前が刻まれる」


 一拍。


「いや、正しくは逆か」

「魂に名前が刻まれた者だからこそ、人々はその存在を忘れられぬ」


「つまり、神話級は努力した人ということですか?」


 これに対してオーラフが首を振る。


「いや、それだけでは足りぬ」

「努力だけなら誰だってするだろう」


 オーラフは静かに紅茶を口へ運ぶ

 

「ひとつの魂が何千年、何万年と積み重ねた果てに辿り着く、一つの到達点でも言おうかの」


「ただし努力が全くの無駄というわけでもない」

 

「魂は強さの根源でもある」

「魂が深まれば、魔法も、技も、その器もまた常人とは比べものにならなくなる」


(魂が、強さの根源……)


「世界には似た魂はいくらでも存在するが」

「神話級に至った魂は二つと存在しない」


「その魂は、もはや普通ではなく……」


「唯一無二」


「世界に一つしか存在しない魂」


「それを、かつての人達たちは――」


「神話級《ネームド》と呼んだ」


 静寂が落ちる。

 暖炉の火が、小さく音を立てた。


 ユウリは自然と、自分の胸元へ視線を落としていた。


 自分が顕現させたホノカ。

 あれもまた、その神話級なのだ。


「……」


 オーラフはそんなユウリを見て、小さく頷く。

 

「一つ補足しておくと」

「神話級だからといって、常に英雄とは限らん」

「人々が神と讃えた者もいれば、魔王と恐れた者もおる」

「時には人間では無いことだってある」


「オーラフ様は……その、会ったことがあるんですか?」


 何に、とは言わない。

 オーラフは少しだけ昔を思い出すように目を細めて、


「何人かな」


 オーラフは遠くを見るように目を細めた。

 

「歴史は英雄の勇姿だけを語る」


 一拍。


「だが、英雄にも笑い、怒り、迷い、泣いた日々がある。その誰もが……生きている間は、ただ一人の人間に過ぎなかったのだ」


 オーラフはそれ以上語らなかった。

 その横顔は、どこか懐かしい友を思い出しているようにも見えた。


 ユウリは胸元へ手を添え、生前のホノカに思いを馳せる。


 暖炉の火が、静かに揺れていた。

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