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51話 封じられた降霊術


「驚かないのだな」


「むしろ納得しました」


「なぜだ?」


 オーラフの問いに、ユウリは少し考えてから答えた。


「ピクルも、ホノカも……」


「道具には見えませんでしたから」


 部屋が静かになる。


「意思があって、感情があって」

「……人格がある」


 ピクルの事を思い浮かべる。

 おやつを頬張る横顔。

 嬉しそうに適応核を抱きしめる仕草。


「だから学院で教わる降霊術の方が、ずっと変だと思ってました」


 オーラフはしばらく黙っていた。


 やがて小さく頷く。


「なるほど」


 オーラフは小さく頷いた。


「だから封印指定霊(ネームド)が応じたのか」


「え?」


「いや、独り言だ」


 その時だった。


「少し良いかな」

 アシュトレイが口を開いた。


「?」


「君は、あの力についてどう思う」


「あの力?」


「魔海で最後に使った力だ」


 ホノカの炎。

 魔影を焼き尽くした炎の権化。

 あの圧倒的な力。


 ユウリは少し考える。


「……助かりました」


「助かった?」


「はい」


 アシュトレイは続きを待つ。


「みんなを守れたから」


 即答だった。


「それだけか」


「?」


 ユウリは首を傾げる。


「感謝しています……それ以外に何かありますか?」


 アシュトレイが目を丸くした。


「いや、そうか」


 どこか納得したような顔だった。


 アンナが苦笑する。

「その答えで満足?」


 アシュトレイは肩を竦めた。


「私からも一つ聞こう」

 オーラフが再び口を開く。


「はい」


「仮に学院で教える降霊術が、紛い物だったとして」


 オーラフの目が細まる。


「王国が何百年も続けてきた仕組みに理由があるとは考えないのか?」


「理由はあると思います」

「ですが」

「それでも間違ってることもあるんじゃないですか」


「……そうか」


 オーラフは静かに背もたれへ身を預けた。


「ならば話そう」

「我々が何を恐れ、何を守ろうとしてきたのかを」


 穏やかな声だった。

 だが空気が変わる。

 ユウリも自然と姿勢を正した。


「今から話すことは、王国の最高機密に属する」


「……」


「本来なら君が知ることはない」


 オーラフの視線が真っ直ぐ向けられる。


「だが君は既に、その中心に足を踏み入れてしまった」


 ユウリは黙って聞く。


 窓の外で風が鳴る。

 静かな沈黙。


 やがてオーラフはゆっくりと言葉を紡ぐ。


「王国建国以前――」

 オーラフは静かに目を閉じた。

「世界は戦乱の時代だった……」


 ――――


 遥か昔。


 まだヴァルトラント王国が存在しなかった時代。


 この大陸には大小様々な国家や部族が乱立していた。


 土地ごとに信仰があり、

 土地ごとに術があり、

 土地ごとに守護する魂がいた。


 人々は山を敬い、

 川を敬い、

 祖先を敬った。


 そして降霊術師は、様々な魂達と契約のような形で力を借りていた。


 今のように規格化された術式など存在しない。


 魂ごとに形が違い、

 契約ごとに術が違った。


 それが本来の降霊術だった。


 ユウリは黙って聞いていた。


 どこか懐かしい話だった。


 故郷で聞いた昔話に少し似ている。


 自然に祈り、

 命を返し、

 共に生きる。


 そんな価値観だ。


 オーラフは続ける。


「だが、その時代に一つの転機が訪れる」


 その声は静かだった。


「神話級(しんわきゅう)の魂が顕現したのだ」


 ユウリは眉をひそめた。

「神話級?」


「今の君なら理解できるだろう」

 オーラフの視線が向けられる。


「君の持つ御守りに宿る魂のような存在だ」


 部屋の空気が少しだけ張り詰める。

 ユウリの表情も自然と硬くなった。


「その名をフェンリルという」


 アシュトレイが腕を組み直した。

 アンナも僅かに視線を伏せる。

 それだけで名前の重みが伝わってくる。


「フェンリルを顕現させた国は圧倒的な軍事力を手に入れた」


「当然だろうな」

 アシュトレイが呟く。

 

「神話級一体で国の戦力が変わる」


「……」


「そして周囲の国々は恐れた」

 オーラフは淡々と語る。

「自分達も同じ力を手に入れようとした」


 ユウリは嫌な予感がした。

 話の流れが見えてしまったからだ。


「まさか……」


「そのまさかだ」

 オーラフは頷く。


「各国は神話級の魂を探し求めた」


「伝承を漁り」

「遺跡を掘り返し」

「聖遺物を奪い合った」


 ユウリは思わず顔をしかめた。

「戦争のために?」


「そうだ」


 部屋が静まりかえる。


 オーラフは続けた。


「やがて神話級だけではなくなった」

「強力な魂であれば何でも利用された」


「英雄」


「精霊」


「土地神」


「守護者」


「悪魔や、悪神まで」


「ありとあらゆる存在が戦争に投入された」


 ユウリの脳裏にピクルが浮かぶ。


 もしピクルが。

 もしホノカが。

 兵器として扱われたら。


 それを想像しただけで気分が悪くなった。


「その結果――」


 オーラフはそこで言葉を切った。

 僅かな沈黙。


「世界はどうなったと思う?」


 問いかけだった。


 ユウリは答えない。

 考えるまでもない、答えは決まっていた。


 代わりにアシュトレイが口を開く。

「滅びかけた」

 

 ぽつり、と。


 続けて。

 

「国が消え」

「文明が焼かれ」

「降霊術が恐れられる時代になった」


 ユウリは息を呑む。

 ホノカの炎を思い出した。


 あれが戦場で何度も使われたら。

 確かに世界は壊れるだろう。


「そして――」


 オーラフが再び口を開く。


「制御しきれなくなった強大な力が暴走した」

 

 オーラフの語気がだんだん強くなる。


「古来降霊術は自由だった」

「魂を縛らない」

「人格として扱う」


「だからこそ強い――」

 

 ユウリが割って入る。

「それの何が悪いんですか」


 ユウリは思わず言った。

「ホノカもピクルも、世界を滅ぼすような存在じゃない」


 アシュトレイは小さく笑った。

「だから厄介なんだ」


「え?」


「人格があるから信じたくなる」


 一度言葉を切る。


「だが、そんな魂ばかりじゃない」

「善い部分もあれば、悪い部分もある」

「結局のところ――」


 アシュトレイは静かに続ける。


「その力を、誰が何のために使うかだ」


 部屋が静まる。


「……そういう事だ」

 オーラフは否定しなかった。

 むしろ静かに頷いた。

「問題は魂ではない」


 一拍。


「術でもない」


 さらに一拍。


「それを扱う人間なのだ」


「だから王国は降霊術を安全な形に歪めたのだ」

「魂を守るためではない、人類を守るために、力を制御できる形に」


 ユウリは答えなかった。


 理屈は分かる。

 王国が恐れる理由も。

 だが――


 ホノカの優しさを思い出す。

 ピクルが嬉しそうに駆け回る姿を思い出す。


 あれを危険だからと縛り付けることだけは、どうしても正しいとは思えなかった。


 静かな沈黙。

 やがてオーラフは立ち上がる。


 ユウリは引き止めるように質問を投げかけた。

「あの——神話級とはどういう意味なんですか?」


「意味か……悪いが続きはまた明日だ」


「明日?」


「君にはまだ休養が必要だ」


 そう言ってから、オーラフは少しだけ表情を曇らせた。


「それに――こちらにも時間が必要でな」


「?」


「君の処遇について、意見が割れている」


 ◇


 王都某所。

 巨大な地下空間に設けられた集会所のバックヤード。

 小さな部屋の一つは会議室になっていた。


 深夜。

 机を囲むのは四人だけだった。


 アルマリアとミネルヴァ。


 そして、二人と年の近い男女の幹部。


 机の上には大量の資料が積まれている。


「一歩遅かったか……」

 男幹部が資料を閉じる。


「まさか対象を先に拉致されるとはな」


「拉致とは人聞きが悪い」

 アルマリアが頬杖をついた。

「向こうからすれば保護だろ」


「王城に連れて行かれてる時点で似たようなものです」

 女幹部が肩を竦める。


「尾行は?」


「無理無理」

 ミネルヴァがかぶりを振った。

「夜梟(やきょう)隊を付けてたけど、王城は流石に無理」


「敷地内まで行けたのか?」


「まあね」


「それだけでも上出来だろ」

 男幹部が苦笑する。


「相手は王国だぞ」

 アルマリアが言う。

「そう簡単に忍び込めるならこんな"組織"作ってない」


「それもそうか」

 小さな笑いが漏れる。


 だが空気は重い。


 先を越された事実は変わらない。


「で?」

 アルマリアが視線を向けた。


「収穫はあったんだろうな」


「もちろんです、お姉様♡」

 ミネルヴァが胸を張る。


 次の瞬間。


 丸めた資料が飛んだ。


 べしっ。


「痛っ」


「その呼び方をやめろ」


「愛称なのに……」


「やめろ」


 男幹部が呆れたように息を吐く。

「何年続いてるんだ、そのやり取り」


「学院時代からですね」

 女幹部も慣れた様子だった。


「それでは報告します」


 ミネルヴァが咳払いを一つ。


 空気が切り替わる。


「対象ユウリ・カミナギの出身地、ノースヴェルグ辺境部族の調査結果です」


 資料が配られる。

 

 男幹部がざっと目を通した。

「……思ったより田舎だな」


「田舎で済ませるには少々特殊ですが」

 ミネルヴァは続ける。

「対象の村は王国法の適用外に近い自治集落で——」

「独自文化を維持しています」


「魔法教育なし」

「降霊術教育なし」

「貨幣流通も限定的」


「自給自足を中心とした共同体です」


「原始的だな」

 女幹部が呟く。


「だが興味深い点もある」

 ミネルヴァは資料をめくった。


「成人時の刺青儀式」

「祖霊信仰」

「死者への供物」

「土地神への祈祷」

「自然との共生思想」


「これらは王国成立以前の文化との共通点が確認されています」


 男幹部が眉を上げた。

「古代文化圏の残滓か」


「可能性があります」

 ミネルヴァは頷いた。

「ただし」


 一拍。


「期待していた成果は得られませんでした」


「つまり、降霊術に関する直接的な痕跡は発見できず……」


「古代術式の記録も存在しない」


「つまり、空振りか」

 女幹部が椅子にもたれた。


 しかし。


「いや」

 そこで初めてアルマリアが口を開いた。


 紫の半目が資料を見下ろしている。


「空振りなんかじゃないさ」


 全員の視線が集まる。


 アルマリアは一枚の紙を机へ放った。

 そこにはユウリが使用した術式の写しが描かれていた。


「術式自体は分かってる」

「構造も理解してる」

「理論も説明できる」


「……じゃあ何が分からないのか」


 誰も答えない。

 アルマリアは続ける。


「私が再現できない理由(ナニカ)だ」


 沈黙。


 男幹部が腕を組む。

「つまり術式そのものは問題でない、と」

 

 アルマリアは頷いた。

「術式はいわば扉のようなものだ」

「これを開けるための鍵がいる」


 ミネルヴァが目を細める。

「では、鍵は辺境の文化にあると?」


「可能性は高い」


 アルマリアは机を指で叩く。


「ユウリだけが特別なんじゃない」

「ユウリを作った環境に意味がある」


 部屋が静まった。


 女幹部が口を開く。

「根拠は?」


「勘」


「却下です!」

 勘で部隊を動かされるなんて、たまったものじゃない。


「却下したところで私の勘は大体当たるが……じゃあ別の根拠を与えよう」


 声のトーンが一段下がる。


「私は、あの炎の顕現を見た」


 その一言で空気が変わる。

 魔海での報告は既に共有されている。

 

 神話級に近い魂の顕現。

 常識外れの現象。


「この目で見たんだ……見れば分かる」


 アルマリアは静かに言った。


「あれは支配じゃない」

「従属でもない」

「契約ですら怪しい」

「——もっと別の何かだ」


 男幹部が小さく唸る。

「王国式降霊術とは真逆か」


「どうも奴らは降霊術の研究を止めている節がある」

「今の降霊術こそが答えだと言わんばかりの態度。まるで、何か隠してるみたいな……」


「そうは思わない?」

 アルマリアの声が少し明るくなった。


「少なくとも」

「上の連中は何か知ってる」


 ミネルヴァが尋ねる。


「危険な術だから封印した?」


「かもしれない」

「違うかもしれない」

 アルマリアは肩を竦めた。


「そこはまだ分からない」


 紫の瞳が細くなる。


「ユウリ・カミナギは鍵だ」


 静かな声だった。


「だが鍵だけ追っても仕方ない」


「鍵穴を探せ」


 男幹部が笑う。

「つまり?」


「国外調査だ」

 アルマリアは即答した。


「未開地」

「古代部族」

「王国成立以前の文化圏」


「全て洗え」


 ミネルヴァが頷く。

「候補地は既にいくつか」


「出せ」


 資料が机に広げられる。

 そこには地図。


 西方。

 南方。

 そして海の向こう。


 いくつもの印。


 その中の一つに、アルマリアの視線が止まった。


 東方諸島連合。

 小さく記された一つの島国。


「……ほう」


「何かありましたか?」


「いや」


 アルマリアは資料を閉じた。


「少し気になる一致を見つけただけ」


「一致?」


「まだ仮説だ」

 紫の瞳が細くなる。

「外れたら笑ってくれ」


「でも当たるんでしょう?」


「大体な」

 アルマリアは笑った。


 深夜の会合は、夜更けまで続く。

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