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50話 目覚め

これまでのあらすじ


王国で唯一、魔法を専門に学べる最高学府――王立魔法学院。

主人公ユウリは高い適性を認められ、憧れだった降霊術学科へ入学する。


しかし学院生活は順風満帆とはいかなかった。

周囲が次々と降霊術を習得していく中、ユウリだけは上手く術を扱えず、焦燥感を募らせていく。


そんなある日、ユウリは幼少期に見た“不思議な夢”を再び目にする。

そこに描かれていた降霊術式は、学院で教えられている既存の理論とは大きく異なるものだった。


親友アンディの協力により、その未知の術式は解読され、ユウリでも扱える形へと再構築される。

そしてユウリはついに、自身初となるアバター顕現に成功する。


だが、現れたのは戦闘能力を持たない愛らしい小動物系アバターだった。


特異な術式にもかかわらず、その無害な外見もあって大きな騒ぎにはならず、学院の日常は続いていく。

しかしユウリ自身の中には、新たな劣等感が生まれていた。


“もっと強い力が欲しい”


攻撃的なアバターを持つ周囲への羨望。

自分の無力さへの苛立ち。


そんな中、ユウリはアンディの妹アリーシャとの剣術訓練で完膚なきまでに叩きのめされる。

そこで彼は、自分の弱さをアバターの性能のせいにしていたことを痛感する。


アバターは補助。

戦うのは自分自身。


そう覚悟を決めたユウリは、武器を振るう技術を磨き始める。


一方で、学院では異国から来た少女リナと出会う。

共に学院生活を過ごす中で、二人は少しずつ距離を縮め、互いに特別な感情を抱くようになっていった。


そして課外授業の日。

ユウリたち学生と護衛騎士団を含む一行は、“魔海”で発生した異変に巻き込まれる。


圧倒的な脅威を前に、一行は壊滅寸前まで追い込まれる。

その最中、リナは命を懸けてユウリを守った。


自分を救うために危険へ飛び込んだリナ。

彼女を守りたい――その強烈な想いが、ユウリの力を覚醒させる。


故郷から託されていた御守り。

そこに宿っていた“ホノカ”と名乗る謎の魂。


ユウリはホノカを顕現させ、圧倒的な炎の力で敵を焼き払い、一行を救出する。


戦いの後。

右腕に刻まれた幾何学模様の刺青を持つユウリは、自らの力の正体に疑問を抱き始める。


そして物語のラスト。

リナの腰元にもまた、ユウリのものによく似た刺青が存在することが示唆される。


それは二人の運命が、まだ見ぬ大きな秘密へ繋がっていることを予感させながら、第一章は幕を閉じる。


 季節は秋の終わり。

 紅葉樹が黄色く色付き、冷たくなった風に吹かれて落ち葉が舞っている。


 魔海から帰還して一週間。

 王立魔法学院は、いつも通りの朝を迎えていた。


 石畳の中庭を、生徒達が行き交う。


 講義棟へ急ぐ者。

 眠たげに欠伸をする者。

 朝食代わりの焼き菓子を片手に談笑する者。


 空は高く晴れていた。


 数日前、騎士団を巻き込む魔海の異変が起きたとは思えないほど、学院の日常は穏やかだった。


 ――少なくとも、表面上は。


「……来てないな」


 中央棟前の掲示板を眺めながら、アンディが小さく呟いた。


 今日の合同講義の予定表。


 そこに記載された降霊術学科一年の欄には、ユウリの欠席を示す印が入っている。


「今日で一週間か」


 アンディは腕を組む。


 魔海から戻って以来、ユウリは一度も学院へ姿を見せていなかった。


 重傷とだけ聞かされていた。


 生徒達の噂話はどれも曖昧だった。


 魔物の群れを一人で相手をしたらしい。

 炎に飲まれたらしい。

 首無しの化け物と戦ったとも聞く。


 学院側も、『現在治療中』としか説明しない。


「……アンディ」


 背後から声がした。


 振り返ると、リナが立っていた。


 少し早足で来たのか、淡い亜麻色の髪が揺れている。


「おはよう」


「ああ、おはよう」


 リナは軽く挨拶を返すと、すぐに周囲を見回した。


「……何を見てたの?」


「ユウリのやつ、まだ来てないんだな」

 アンディが答える。


 リナは目を伏せた。


「……うん」

 短い返事。


 だが、その声には隠しきれない不安が滲んでいた。

 アンディはそんなリナを横目で見る。

「まぁ、消耗してたらしいからな。騎士団付きで治療受けてるなら、むしろ安全側だろ」


「……そうだね」

 リナは頷いた。


 だが納得している様子ではない。


「何か、変なんだよね」


「変?」


「あの後、誰も詳しく話そうとしない」

 リナは小さく眉を寄せる。

「騎士団の人も、先生達も」


「そりゃあ魔海異変なんて滅多にないし、情報整理中とかじゃないか?」


「……そういう感じじゃなかった」

 リナは静かに言った。


「隠してるみたいだった」


 アンディは少しだけ黙る。

 実際、彼も違和感は感じていた。


 魔海から戻った翌日。


 学院側の対応は妙に早かった。


 騎士団上層部が来て、関係者への聞き取りが行われ、情報統制まで敷かれている。


 あれは単なる事故処理にしては大袈裟だった。


 そして何より――


 ユウリが最後に見せた、あの炎。


 リナは無意識に腰元に手を伸ばす。


 脳裏に焼き付いて離れない。


 巨大な炎。

 圧倒的な熱量。

 そして。


 あの炎の中に感じた気配。

 時折り“アレ”と似たものをユウリの近くで感じることはあった。


「……リナ?」


「あ、ごめん」

 リナは思考を振り払うように首を振った。


「とりあえず今日の講義終わったら職員室でも覗いてみるか」


「……うん」

 リナは頷く。


 だがその直後。


 学院の鐘が鳴り響いた。

 朝の始業を告げる鐘。

 生徒達が一斉に動き始める。


「あっ、やば」

 アンディが顔をしかめた。

「次、普通科棟の方だった」


「アンディ、合同講義じゃないの?」


「今日は違う。魔導理論の補講」

 アンディは肩を竦める。

「降霊術学科と違って、こっちは座学が多いんだよ」


 そう言って歩き出しかけたところで、一度足を止めた。

「……リナ」


「?」


「ユウリのこと、あんま一人で抱え込むなよ」


 リナは少し目を丸くした後、ふっと小さく笑った。


「アンディこそ」


「俺は別に」


「嘘」


 即答。


 アンディは苦笑する。

「……まぁ、否定はしない」


 再び鐘が鳴る。


「じゃ、また後で」


「うん」


 二人はそれぞれの校舎へ向かって歩き出した。


 秋の風が、中庭を静かに吹き抜けていく。


 ――その頃。


 王都のどこか。

 限られた者しか立ち入ることを許されない区画で。

 ユウリは別の時間を過ごしていた。


 ◇


 数日前……。


 ――知らない天井だった。

 最初にそう思った。


 白い天蓋。

 磨き上げられた木材の梁。

 窓から差し込む柔らかな陽光。


 どこか高級宿の一室を思わせる部屋だった。


「……ん」


 身体を起こそうとして、ユウリは顔をしかめる。


 全身が重い。

 筋肉痛とも違う。

 身体の芯が空っぽになったような感覚。


「起きた?」

 不意に声がした。


 ベッドの脇。

 椅子に座って本を読んでいた女性が顔を上げる。


 年齢は二十代前半ほど。

 艶やかな長い黒髪。

 整った顔立ち。


 どこか見覚えがある気がした。


「……誰?」


「それが目覚めて最初の言葉?」


 女性は少しだけ笑う。


「普通は『ここはどこだ』とか?」


「じゃあ、ここはどこだ?」


「秘密」


「……」


「冗談よ、でも場所は答えられないわ」


 そう言いながら本を閉じる。


「私は、アンナ。医者みたいなものね」


「みたいなもの?」


「細かいことは気にしない」


 アンナは立ち上がると、水差しからコップへ水を注いだ。


「飲める?」


「……たぶん」


 受け取って口に運ぶ。

 乾ききっていた喉に冷たい水が染み渡った。


 そこでようやく、

 自分がどれだけ長く眠っていたのかを実感する。


「どれくらい寝てた?」


「三日」


「三日!?」


「うん」

 あっさり頷く。

「正確には二日と十数時間くらい」


「そんなに……」


 最後の記憶。


 炎。


 魔海。


 魔影の群れ。


 リナ。


 そこまで思い出した瞬間。


「リナ!」


 勢いよく起き上がろうとして、


「うわっ」


 視界が揺れた。

 そのまま倒れそうになる。

 アンナが慌てて肩を支えた。


「だから無理しない」


「リナは!?」


「大丈夫」

「全員生きてるわ。あなたのおかげでね」


 胸の奥から力が抜ける。

 思わず大きく息を吐いた。


「……よかった」


「その様子だと、本当に覚えてないのね」


「何を?」


「色々よ」

 アンナは曖昧に答える。


 そこでユウリは周囲を見回した。


 広い部屋。

 扉は一つ。

 窓もある。


 だが違和感があった。

 外の景色が見えない。


 ガラスの向こうには白い霧のようなものが揺らいでいる。


「ここ……どこなんだ?」


「王都の中の、とても安全な場所」


「王都?」


「それ以上は今は内緒」

 アンナは悪びれもせず言う。


「……誘拐?」


「保護よ」


「同じじゃないか」


「似たようなものかもしれないわね」

 アンナは肩を竦めた。


 その時、扉がノックされる。


「どうぞ」

 アンナの声。


 扉が開いた。

 現れた男を見た瞬間。

 ユウリは目を見開いた。


「……え?」


 見間違えるはずがない。

 王国中の誰もが知る顔だった。


 学院にも何度か来ている。

 新聞にも載る。

 子供達の憧れ。

 王国の英雄。


「アシュトレイ……様?」


 男は苦笑した。


「やめてくれ、様はいらないよ」


 長い銀髪を後ろで束ねた青年。

 整った顔立ち。

 どこか気怠そうな空気。

 だがその奥に底知れない圧力がある。


「初めましてだな、ユウリ・カミナギ」


(どうして王国の英雄がこんなところに)


「なんで……」


「話は後だ」


 アシュトレイは部屋の奥へ移動する。

 慣れた様子だった。

 まるでここが自分の家であるかのように。


「忙しそうね」

 アンナが尋ねる。


「全く、魔海の異変だけでも大変だって言うのに……」


「なら他の人に任せればよかったじゃ無い」


「いや、これもまた私が適任だろう」


「そうね」

 気のない返事だった。


 そんなやり取りを見ていると、

 再び扉が開いた。


 ノックは無かった。


 部屋の空気が静かに変わる。


 アシュトレイが姿勢を正し、

 アンナも椅子から立ち上がる。

 

 入ってきたのは初老の男だった。

 白髪交じりの髪、落ち着いた眼差し。

 豪華な服装ではない。

 だが、不思議な威圧感がある。


 男はユウリを見る。


 そして。

 

「目覚めていたか、ならばちょうど良い」

 穏やかな声で言った。


「……あなたは?」


「オーラフ・ヴァルトラント」


 男は名乗る。


「第一公爵家当主。

 そして、エメト・ショーメルを預かる者だ」


 聞いたことのない名前だった。

 だが、アンナとアシュトレイの反応を見る限り相当な立場の人物なのだろう。


 オーラフは近くの椅子へ腰掛けた。


「まず安心してほしい」


 そう言って静かに続ける。

 

「君を害するつもりはない」


「じゃあ帰してくれ」


「それはまだ難しい」


「……」


「理由はこれから説明する」

 オーラフは真っ直ぐユウリを見た。


「その前に一つ確認したい」


「何をですか」


「君が使っている降霊術についてだ」


 部屋が静まり返る。

 ユウリの脳裏に、あの炎が蘇る。


「君はあの術をどこで学んだ?」


 ユウリは少し考えてから答えた。


「学んでなんかいませんよ」

 

「では何故使えた」


「昔見たんです」


「見た?」

 初めてアシュトレイが反応した。


 ユウリは頷く。


「僕がまだ幼かった頃、故郷の村が襲われた時に」


「ほう?」


 ユウリは記憶を辿るように視線を落とした。

「オークの群れでした。百体以上いたと思います」


 アンナが僅かに眉を動かす。


「辺境でそんな規模の襲撃が?」


「詳しくは覚えてません。でも村は半分焼けて……」


 部屋が静かになる。


「その時、旅の降霊術師が助けてくれたんです」


 ユウリは続ける。


「豹みたいなアバターを連れていて」

 

 今度はアシュトレイが反応した。

 わずかに視線が動く。

「豹?」


「青白く光っていたと思います」


「……」


「その人が使っていた術式を、学院に入ってからたまたま夢で思い出して」


 ユウリは首を傾げる。


「だから再現できたんですけど」


「再現、か」


 アシュトレイが小さく呟いた。

 どう考えても簡単に言う話ではない。


「その降霊術師の事は、何か覚えているか?」


 今度はオーラフだった。

 静かな声。

 だが先ほどより僅かに真剣味を帯びている。


「シオン」


 ユウリは答える。


「シオンって名乗ってました」


 沈黙。

 部屋の空気が変わる。


 アンナの目が僅かに見開かれた。

 アシュトレイも口を閉ざす。


「あの人に憧れて……あんな風に強くなりたいと思って、降霊術師を目指したんです」


「……なるほど」

 オーラフだけは表情を変えない。

 

「そういうことか」

 静かに目を閉じる。


 数秒。


 沈黙が場を支配する。


 やがてオーラフは小さく息を吐いた。


「わかった」


 まるで長年の疑問の一つに答えが見えたかのように。

 そして再び目を開いた。


「ユウリ・カミナギ」


「はい」


「まず、君が使った術は禁術などではない」


 ユウリは眉をひそめた。

 禁術などと言われる覚えはない。


 だがオーラフは続ける。


「むしろ逆だ」

 

 静かな声だった。

 しかしその言葉は重い。


「君が使ったものこそ――」


 オーラフは真っ直ぐユウリを見据える。


「本来の降霊術なのだ」


 ユウリはその言葉を聞いて、なぜか驚きは無かった。

 ずっと感じていた違和感に、ようやく名前が付いただけだったからだ。

第二章スタートです。


続きはある程度書き溜めてから投稿予定ですので、しばらくお待ちください。


その間に、アルマリアの学生時代を描いたスピンオフ短編を公開しました。


https://ncode.syosetu.com/n1611mi/


本編では語られなかった学院時代のアルマリアやミネルヴァ、そして「白銀の堕天使」と呼ばれるきっかけとなった学院祭での出来事を描いています。


本編未読でも読める独立短編ですので、興味のある方はぜひご覧ください。

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