表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/16

4話


 エルド講師は、教卓に立ったまま、何も書かれていない黒板を背にしていた。


「まず、当学科のカリキュラムについて話します」


 その一言で、数人の背筋がわずかに伸びる。


「授業は、大きく分けて三つです。

 理論、実習、観測」


 簡潔だった。


「理論では、降霊術を扱う上で最低限必要な“枠組み”を学びます」


 淡々とした声。


「何が起き得るのか。

 どこまでが安全で、どこからが危険なのか」


 一瞬、言葉を選ぶような間。


「――そして、“触れていいものと、触れてはいけないもの”の区別です」


 教室の空気が、わずかに引き締まる。


「理論科目には、

 王国で共有されてきた降霊術の変遷や、過去の事例も含まれます」


 そこで、はっきりと釘を刺した。


「使用する資料は、王国史編纂局の監修を受けたものです。

 個人的な判断で原典に触れることは認めません」


 誰かが、小さく息を呑んだ。


「必要な場合は、必ず担当教員の許可を取ってください」


 理由は語られなかった。


 黒板に、初めて文字が書かれる。


 ――観測記録。


「実習について話します」


 エルドは振り返らずに続けた。


「実習は、その名の通りです。

 ただし――」


 一拍。


「一人で行います」


 ざわ、と空気が揺れた。


「補助員は付きません。

 術式も、原則として自分で組みます」


「え、それって――」


 後列の男子学生が思わず声を上げる。

 落ち着きがなく、視線が忙しい。


「危なくないんですか?」


 エルドは、そちらを一瞥しただけで答えた。


「危険です」


 即答だった。


「だから理論があります。

 そして観測があります」


 黒板の文字を指す。


「この学科では、結果よりも記録を重視します」


「成功したかどうかではない。

 何を感じ、どこで違和感が生じ、どう判断したか」


 教室は、静まり返っていた。


 ユウリは、無意識にペンを握り直す。


(……思ってたより、ずっと実戦寄りだ)


「最後に」


 エルドは、教室全体を見渡した。


「二十名全員が、卒業できるとは限りません」


 誰かが喉を鳴らす。


「途中で降霊術に向いていないと判断された場合、

 転科、あるいは退学の勧告が出ます」


 淡々と、事務的に告げられる現実。


「逆に言えば」


 一呼吸。


「最初の成績や出自は、評価に直結しません」


 その言葉に、ユウリはわずかに目を伏せた。


 ――辺境出身。

 ――降霊術学科。


 ほんの少しだけ、胸の奥が軽くなる。


「質問はありますか」


 短い沈黙。


「質問いいっすか」


 先ほどの男子が、再び手を挙げる。


「要するに、強い霊を降ろせたら有利、ってことですよね?」


 教室の空気が、一瞬で冷えた。


 エルドは、今度ははっきりとその学生を見る。


「名前」


「……ガルド」


「ガルドくん」


 低く、名を呼ぶ。


「この学科で、“勝ち”という言葉は使いません」


 声は静かだが、揺るぎがない。


「強いものに手を伸ばす者ほど、

 判断を誤りやすい」


「その理由を理解できなければ、

 三年を待たずに学院を去ることになるでしょう」


 ガルドは口を閉じ、不満げに視線を逸らした。


(……目立ったな)


 ユウリはそう思う。


 一方で、前列中央の青年は一言も発していなかった。


 背筋は伸び、ノートには要点がすでに整理されている。

 動きに無駄がなく、エルドの言葉を先読みしているようにも見えた。


(……いかにも、だな)


 成績上位。

 王都育ち。


 誰もが、そう直感するタイプ。


 そして――


 少し斜め前の席。


 リナは、静かに話を聞いていた。


 筆記具は持っているが、まだ紙には何も書かれていない。

 それでも視線は一度も逸れず、エルドを捉え続けている。


 覚えている。

 そういう集中の仕方だった。


 エルドは最後に言う。


「今日はここまで。

 初回の実技演習から観測訓練を開始します」


 ざわ、と小さく息が漏れる。


「――安心してください。

 最初は“見るだけ”です」

 

 その言い方が、逆に不安を煽った。


「……質問があるなら、今のうちに」


 そう言ってから、わずかに間を置く。


「それでは、まずは入学式をお楽しみに……」


 立ち上がる音が重なり、オリエンテーションは終わる。


 ユウリも席を立ち、通路へ出た。


 その時、すれ違いざまにリナと目が合う。


 一瞬。


 彼女は、ほんのわずかに口元を緩めた。


 ――笑った、というほどでもない。


 だが。


(……今の、なんだ)


 ユウリがそう思った時には、彼女はもう前を向いていた。


 降霊術学科。

 二十人。


 問題児がいて、

 優等生がいて、

 何を考えているか分からない他国の少女がいる。


 そして自分は、その中の一人だ。


 ◇


 教室を出ると、廊下は一気にざわついた。

 張り詰めていた空気が、ようやく解けたようだった。


「いやー、思ってたより本気だな?」


 真っ先に声を上げたのは、赤髪の男子だった。

 ラグナというらしい。


「一人で実習とかさ。普通、補助とか付くだろ」


「それが普通じゃない学科なんでしょ」


 前列中央にいた青年――整った身なりの学生が、淡々と返す。

 声は落ち着いていて、感情の起伏が少ない。


「危険性は最初から説明されていた。今さら驚く話じゃない」


「はいはい、優等生発言」


 ラグナは肩をすくめて笑う。


「ま、面白そうではあるけどな」


 そのやり取りを横目に、ユウリは少し距離を取ったまま歩いていた。

 聞いているようで、深入りしない位置。


(霊的現象の観測……だけで終わるのか?)


 そんなことを考えていると、隣に気配を感じた。


「……静かだね」


 淡い声。


 見ると、リナが並んで歩いていた。

 視線は前を向いたまま、歩幅も自然に合っている。


「そうかな」


「うん。さっきから、誰とも話してない」


 言われてみれば、その通りだった。


「……話すの、得意じゃない?」


「嫌いじゃない。ただ……」

 

 一拍置いてから、言葉を探すように続ける。


「隔たりを、感じるんだ」


 リナは一瞬だけこちらを見る。


「きっとみんな同じよ」


 思いがけない言葉に、ユウリはわずかに目を瞬かせた。


「そうなのか?」


「全く同じ魂なんて存在しないもの……私はそう思う」


 廊下の窓から、春の光が差し込む。


「……王都は少し寒いね」


 当たり障りの無い一言。


「南の出身なのか?」


「そうね、列島諸国の島国」


「どうして学院に?」


 短く返すと、リナは小さく息を吐いた。


「降霊術とは何なのか…知りたくて」


「当然だな」


「うん。」


 それだけの会話。

 だが、不思議と沈黙は重くなかった。


「……さっきの説明、どう思った?」


 リナが、ふと話題を変える。


 ユウリは少し考えた後、正直に答えた。


「……危険は無いと言われていた。けど……」


「けど?」


「……わからない」


 リナは何も言わなかったが、歩く速度がほんの少しだけ遅くなった。


「私も、そう思った」


 その声は、ほとんど独り言だった。


 前方では、別の学生たちが控えめに言葉を交わしている。

 教室からは、ガルドたちの笑い声が響いている。


 二十人。

 それぞれ違う温度で、同じ学科に集められた。


「……入学式、楽しみ?」


 リナが言う。


「正直に言えば、少し」


「同じ」


 ほんの一瞬、目が合った。


 今度は、さっきよりもはっきりと。


「――静かだと思ったら、難しい話してるなあ」


 後ろから、気の抜けた声が飛んできた。


 二人は同時に、振り返る。


「お、なんだなんだ。もう仲良くなってんじゃん」


 ガルドの声だった。


 二人だけの会話はそこでいったん終わり、廊下のざわめきが戻ってきた。


「なあ、今の見た?」


 ガルドが顎で示した先に、長身の青年がいた。


「明らかに年上だろ。あれ学生?」


「……たぶん」


 その青年は、誰とも視線を合わせずに歩いていた。

 だが、周囲の動きだけは、正確に把握しているように見えた。


「降霊術学科、……ほんと何でもアリだな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ