47話 霧の向こうの背中
まるで一つの生き物のようだった。
小隊長イグナシオを筆頭に、
白虎中隊の騎士達が一糸乱れぬ連携で動く。
盾が受け、
槍が穿ち、
剣が斬り込む。
だが、
首無しは止まらない。
双剣が振るわれる度に、
騎士達が吹き飛ばされ、
石壁が砕け散る。
あれほどの強敵を前にしてなお、
誰一人として恐怖に呑まれていない。
魔物討伐を主任務とする第二大隊。
その中でも、
白虎の戦いは圧巻だった。
相手は、
たった一体。
だがその“首無し”は、
一個小隊を相手にしてなお押し返されることは無い。
双剣が振るわれる度に、
石壁が砕け、
騎士達の陣形が軋む。
それでも、
第五小隊は崩れない。
戦況は膠着していた。
リザードマンの大群は、まだ動ける学生と教師陣が壁際で跳ね返している。
中でも、エルヴィン・アーチバルド。
魔法師団仕込みの魔法が、防衛線の崩壊を辛うじて食い止めていた。
「ここは私が指揮を取る」
「恐怖に駆られ、無駄撃ちをするな!敵を十分引きつけてからだ」
雷撃魔法が霧を裂く。
直線上のリザードマン達がまとめて焼き払われた。
だが、
その奥からさらに黒い影が現れる。
雷撃と、アーク・キャスターの砲撃がリザードマンの侵攻を押し留めていた。
抜けて来た敵は、ユウリが潰して回る。
(ジリ貧だな……)
倒しても倒してもキリがない。
「クソっもう限界だ」
学生が一人、また一人と魔力が切れて行く。
そして何より、
(まだみんな揃っていない)
信号弾は、
もうしばらく上がっていなかった……。
ジリ貧なのは、首無しも同じであった。
騎士団の連携を崩すことができず、確実にダメージが蓄積している。
変化は突如として訪れた。
首無しが、相打ち上等の打ち合いに転じたのだ。
防御を捨て、カウンターを仕掛ける戦い方。
「もらったぁぁ」
カミラが無防備な首無しの背後から切り掛かる。
しかし、
消滅させるまでには至らない。
痛覚が無いのか、切られながらも振り返り迎撃。
カミラが吹き飛ばされる。
「今だ!」
ここぞとばかりに追撃するイグナシオ達。
渾身の一撃を加えて行くが、アンセムが僅かに遅れる。
あと一撃。
その一撃が防がれる。
「ミラっ」
「足をやられた!生きてはいるが動けない!」
明らかに減衰した首無しが構えを直す。
「オレのせいだ……」
倒し切れなかった責任を感じてうなだれる。
「いや、どうやら俺たちの勝ちみたいだぜ」
顔を上げるアンセムが見たものは、
――二つにズレる首無しの胴体。
風が吹き抜ける。
袈裟懸けに両断された首無しが砂のように崩れ去る。
「みなさん……遅れてすみません」
「アレックス!」
「良いところ持っていきやがって」
「誰か、ミラを手当てしてやってくれ」
副隊長のアレックスが帰還した。
少し遅れて、分隊の面々に連れられて学院生の二班がやって来る。
統率を失ったリザードマンは、もう脅威では無かった。
口々に安堵の声が漏れる。
崩れ落ちるように座り込む学生。
武器を下ろし、
荒い息を吐く騎士達。
そんな中。
「ユウリ! 良かった!」
明るい声とは裏腹に、
彼女の衣服はぼろぼろだった。
袖は裂け、
頬には土と血が付着している。
「ピピィ」
駆け寄って来たリナに自分のローブをかける。
「頑張ったんだな」
「うん。もうダメかと思ったけど……諦めなかったよ」
ローブを握ったまま、リナが小さく笑う。
「……」
「これで全員か!?」
張りのあるイグナシオの声が、一瞬緩みかけた空気を引き締める。
「日没までに帰還する」
崩れた外壁の向こう。
白い霧は未だ晴れる気配を見せない。
「視界が悪い。隊列は詰めろ」
「負傷者を中央へ。学生は騎士団の内側を歩かせる」
「動ける者から周囲警戒!」
休息の時間は、
ほんの僅かしか残されていなかった。
◇
同日。
昼下がりの王都は爽やかな秋晴れの中にあった。
ハンターギルド北東支部。
入り口の扉が勢いよく開け放たれる。
「緊急案件だ! 支部長を呼べ!」
Bランクハンターのノエルが、
薄紫の髪を激しく揺らしながら捲し立てる。
受付嬢が目を丸くした。
「ノ、ノエルさん?」
周囲のハンター達も視線を向ける。
普段の彼女は冷静だ。
感情を荒げることなど、ほとんど無い。
「どうした?」
「魔海で異常発生だ」
「要塞跡地周辺の魔物密度が急激に変化してる可能性がある」
ノエルは息を整える暇もなく続ける。
「首無し個体かもしれない」
「今すぐ討伐隊を出して――」
空気が変わる。
「……証拠は?」
奥から現れた支部職員が、
眉を顰めながら口を挟んだ。
ノエルの表情が険しくなる。
「勘だとでも言うつもりか?」
「違う」
「経験則だ」
即答。
「魔海の静けさは異常だった」
「この目で見たんだ!あの霧はただの霧じゃ無い」
しかし職員は難色を示す。
「それだけで部隊は動かせない」
「まして今日は学院の課外授業だ。下手に騒げば――」
ノエルの目が細くなる。
――駄目だ。
これ以上話しても、埒が明かない。
ギルド職員を一瞥すると、
踵を返して出口へ向かった。
「どうだった?」
壁に寄りかかっていたジェイクが問う。
「話にならん!」
「だと思った」
短いやり取り。
だが、
互いに結論は同じだった。
「私達だけで向かうぞ」
◇
撤退は難航していた。
負傷者を抱えながらの行軍。
前後から迫る魔物の数は、
往路とは比べものにならない。
視界の悪い森の中から、
次々に現れる魔影。
後方では、
しつこく食い下がるリザードマンの残党。
隊列が止まれば、
一瞬で呑み込まれる。
誰もが理解していた。
それでも。
騎士達は、あえて軽口を叩いていた。
士気を落とさないために。
「アンタ、魔法師団若手エースのエルヴィンだろ?」
「なんでまた学生に紛れてこんなとこにいるんだ」
騎士の問いに、
エルヴィンは魔法を行使しながら答える。
「上層部の命令でな」
「降霊術部隊を新設するらしい」
エルヴィンが、手をかざす。
「――サンダーボルト!」
放たれた雷撃が、
霧の中から飛び出した魔影を焼き払う。
「アンタがいて助かったよ」
「運が良いんだか悪いんだか……」
「こうして生きて帰れている」
「悪くないと思いたいな」
「違いねぇ」
短い笑い。
その直後、
横合いから飛び出した魔影を、
ユウリが一閃で斬り伏せた。
「ユウリ、そのマント……」
リナが小さく目を瞬かせる。
「ああ」
「少し借りてる」
肩に掛かったぼろぼろのローブ。
少し大きめのそれは、
元々リナが使っていたものだ。
「……似合ってる」
「そうか?」
ユウリは特に気にした様子もなく、
再び前を向いた。
そしてすぐに、戦線に復帰する。
「……少年」
騎士の一人が、
感心したように目を向ける。
「名前は?」
「ユウリです」
「ユウリ・カミナギ」
「ユウリ君か」
「まさか魔法学院に、接近戦をここまでこなせる奴がいるとは驚いたよ」
「ありがとうございます」
「それにその得物……見事なものだ」
騎士の視線が、
ユウリの握る二刀へ向けられる。
霧の中にあってなお、
存在感を放つ抜き身の刀剣。
鈍い光を反射するその刃は、
ただの学院生が持つには異質だった。
少し薄くなってきた霧に、夕陽の色が加わる。
「街はすぐそこだ!頑張れ!もう少しだ!」
微かなオレンジ色の霧の中、隊列は進む。
不安を必死に押し殺しながら……。
◇
リナは、
少し前を進む背中を見つめていた。
霧の中。
ユウリは先頭と後方を何度も行き来しながら、
飛び出してくる魔影を処理している。
迷いが無い。
無駄も無い。
騎士達に混ざって戦っている姿は、
もう“学生”には見えなかった。
(……すごい)
思わず、
ローブの裾を握る。
学院で見ていたユウリは、
もっと静かな人だった。
目立ちたがらず、
必要以上に前へ出ない。
なのに今は違う。
誰よりも前に立って、
誰よりも冷静に戦っている。
しかも。
『ユウリ君か』
『まさか魔法学院に接近戦をこなせる奴がいるとは驚いたよ』
さっきの騎士の言葉を思い出す。
リナは、
少しだけ誇らしくなった。
(えへへ……)
自分が褒められたわけでもないのに。
その時。
ユウリが振り返る。
「リナ、下がりすぎるな」
「隊列から離れると危ない」
「あっ、う、うん!」
慌てて返事をする。
ユウリはそれだけ言うと、
再び前方へ視線を戻した。
霧の中へ踏み込んでいく背中。
その横顔を見た瞬間。
リナの胸が、
少しだけ高鳴った。




