40話 祭りの後
あくる日。
教室は、いつも通りの喧騒に包まれていた。
「今年は当たり年だったなー!」
「ドラゴン型とか反則だろ!」
「いや暴走しなきゃ完璧だったんだけどな!」
あちこちで、そんな声が飛び交っている。
完全に、祭りの延長だった。
ユウリは、自分の席に座っていた。
頬杖をつきながら、ぼんやりと外を見る。
(……普通だな)
あれだけのことがあったのに。
世界は、何も変わらない。
――いや。
(……変わってない、わけじゃないか)
ふと。
意識が、隣へ向く。
リナは、すでに席に着いていた。
教科書を開いている。
だが。
ページは、しばらくめくられていない。
(……)
一瞬だけ、目が合う。
「……」
「……」
すぐに逸れる。
沈黙。
(気まずいな)
原因は、分かっている。
昨日の夜。
手。
(……いや、別に)
何かが変わったわけじゃない。
そう思おうとして。
(……いや、変わってるか)
結論だけが、曖昧に残る。
一方で。
(……見ないで)
リナは内心で思っていた。
顔が、少し熱い。
平静を装っているが。
全然、落ち着かない。
(普通に、普通に……)
そう思えば思うほど。
意識してしまう。
沈黙が、続く。
――その時。
机の上。
ユウリの肩から、小さな影が降りた。
ピクルだ。
とてとてと、机の上を歩く。
「……」
ユウリが視線を落とす。
ピクルは以前と同じ見た目だが、どこか存在感を増しているように感じられた。
淡い光。
まるで本当に生きているかのような動き。
(……戻ってる)
いや。
それだけじゃない。
(前より……)
言葉にできない違い。
だが、確かに“強く”なっている。
ピクルは、少しだけ首を傾げると。
――リナの方を見た。
「……え?」
リナが、小さく声を漏らす。
ピクルが、こちらを見ている。
はっきりと。
認識しているように。
「……なに?」
思わず、呟く。
ピクルは、少しだけ近づいた。
机の上を、ちょこちょこと。
そして。
リナの手元で、止まる。
「……」
じっと見上げる。
リナは、戸惑いながらも。
ゆっくりと、指を伸ばした。
触れるか、触れないか。
一瞬、迷う。
でも。
そっと、触れる。
温かい。
昨日、感じたのと同じ。
「……」
ピクルが、わずかに目を細める。
逃げない。
むしろ。
そのまま、受け入れている。
(……触れてる?)
リナの目が、少しだけ見開かれる。
「ユウリ、これ……」
「ああ」
ユウリも、見ていた。
はっきりと。
(……リナにも、反応してる)
以前までは、なかったこと。
確実な変化。
ピクルは、しばらくそのまま。
そして。
満足したように、くるりと向きを変えた。
再び、ユウリの方へ戻る。
肩へと登る。
いつもの位置。
だが。
その存在は、どこか違って見えた。
沈黙。
さっきとは違う。
少しだけ、柔らかい空気。
「……」
「……」
また、目が合う。
今度は。
少しだけ、長い。
「……ありがと、昨日」
リナが、小さく言う。
「……ああ」
ユウリは、短く返す。
それだけ。
でも。
昨日よりも、少しだけ自然だった。
窓の外。
空は、よく晴れていた。
◇
軍上層部。
重厚な扉に閉ざされた会議室。
外界の喧騒は一切届かない。
円卓を囲むのは、軍の高官たち。
誰もが口を開く前に、
すでに結論を半ば理解している顔をしていた。
「今年の模擬戦大会ですが――」
書類を手にした一人が口火を切る。
「報告書は読ませてもらった」
別の男が、短く遮る。
「“また”降霊術師の優勝……か」
「それだけではありません」
淡々と続ける。
「降霊術師を含むチームは、いずれも二回戦を突破。
正確には一チームのみ敗退していますが、それは降霊術師同士の対戦によるものです」
沈黙。
誰もが、その意味を理解する。
「……こうして並べると、突出しているな」
「従来の魔法とは、明らかに戦術の幅が違いますので」
「普通、兵種によって有利不利があるものだが、四種の規格アバターを操る事で状況に即した役割を持てるのが大きいでしょう」
「体系化された我が国の降霊術は、パーティ戦闘において圧倒的なアドバンテージを有しているかと」
「敵にはしたく無いという事だな」
低く、誰かが呟く。
肯定とも、警戒ともつかない声。
「だが、だからこそだ」
一人の将官が、ゆっくりと腕を組む。
「魔法師団に降霊術を取り入れるべき時期に来ている」
「……危険では無いのか?」
「教育も追いついていない」
「事故のリスクは?」
即座に、反対意見が並ぶ。
だが。
「それでも、だ」
将官は言葉を切らない。
「現に結果が出ている」
「戦場で“使えるかどうか”が全てだ」
静かな圧。
誰も、軽くは否定できない。
「……問題は、適性だな」
別の男が、資料に目を落とす。
「降霊術は、誰にでも扱えるものではない」
「精神への負荷も大きい」
「場合によっては――」
一瞬だけ、言葉を選ぶ。
「術者自身の消耗が、無視できない」
その一文に、空気がわずかに重くなる。
だが。
「まずは少数精鋭」
即答だった。
「適性のある者だけを集め、専門部隊として運用する」
「既存の部隊に組み込む必要はない」
「……特務扱い、か」
「そうだ」
短く頷く。
「名称は後で決めればいい」
「まずは――魔法師団の中から選別する」
その言葉で、空気が変わる。
“研究”ではない。
“運用”の話に移っている。
「教育特区からの引き抜きなどは?」
「無論、優秀な駒は多いに越した事はない」
「ならば、早い段階で囲うべきだ」
「……学院側が素直に応じるとは思えませんが」
「交渉するさ」
わずかに笑う。
それが、どこまで本気かは分からない。
「それと――」
資料をめくる音。
「今回のゴーレム暴走事案についてですが」
数人の視線が上がる。
「工学系展示でのゴーレム暴走。
原因は未だ調査中となっています」
「“未だ”か」
「はい。記録上は、制御系の異常ですが――」
一瞬、言葉が詰まる。
「説明のつかない挙動が、いくつか報告されています」
沈黙。
先ほどまでとは違う種類の静けさ。
「……外的要因の可能性は?」
「否定はできません」
「だが証拠もない、か」
「現時点では」
短いやり取り。
だが。
誰も軽くは受け取っていなかった。
「……魔海の事といい、今回の件といい」
誰かが、ぽつりと漏らす。
「“見えないもの”が増えてきているな」
誰も、否定しなかった。
円卓の上に、静寂が落ちる。
結論は、急がれない。
だが――
方向は、すでに決まっていた。
王国軍は、動き出す。
◇
放課後。
降霊術科の一年生たちは、演習場の片付けを手伝っていた。
模擬戦大会用の装飾や簡易結界の解除を確認し、
地面に残った痕跡を均していく。
「やっぱり三年生は強かったな」
「まさか優勝するなんてな」
「俺たちもあれくらい出来るようになるのかな?」
「優勝チームは別格だろ、多分」
話題は自然と、学院祭の模擬戦大会へと向かう。
降霊術科一年から出場したのは、
ラグナ、シャオ、ガルドの三人。
初戦は突破したものの、
二回戦で優勝チームと当たって敗退したらしい。
「いやでも、あれは運が悪かっただけだろ」
「相手が悪すぎる」
「降霊術同士で潰し合ってるのもったいないよな」
悔しさ半分、納得半分。
そんな空気が漂う。
少し離れた場所で、リナが資材をまとめていた。
その横顔を、シャオがじっと見る。
「リナ、何か様子おかしくない?」
「え、そうかな?」
手は止めないまま、軽く返す。
「怪しい……」
「なにが?」
「いや、なんかこう……」
言葉を探すように、視線を泳がせる。
そして、唐突に顔を上げた。
「もしかして!」
一瞬、周囲の視線が集まる。
「……な、なに?」
「誰かと後夜祭、回ってたでしょ」
間。
リナの動きが、ほんの一瞬だけ止まる。
「え、いや、別に――」
「誰と?」
「いやだから別にそんなんじゃ――」
「へえ?」
じり、と距離を詰めるシャオ。
逃げ場を探すように、リナが視線を逸らす。
その先。
少し離れた場所で、資材を運んでいるユウリ。
「……あー」
シャオが、すべてを察したように頷く。
「なるほどね」
「ちょ、違うって!」
慌てて否定するが、
説得力はあまりなかった。
そのやり取りを、周囲が面白がる。
「おーいユウリ!」
誰かが声を上げる。
「お前、後夜祭どうだったー?」
「……普通だ」
短く返す。
「普通ってなんだよ普通って」
「つまんねーやつだなー」
笑いが起きる。
ユウリは特に気にした様子もなく、
次の資材に手を伸ばした。
その様子を見て、
リナは少しだけ肩の力を抜く。
(……バレてない、よね)
小さく息を吐く。
作業は、順調に進んでいく。
やがて――
「よし、この辺で終わりにするか!」
誰かの声が上がる。
最後の確認を終え、
演習場が元の状態に戻る。
一仕事終えた空気。
どこか、心地いい疲労感。
「来年はこのクラスから優勝者を出すぞー!」
ラグナが、拳を上げる。
「「おおー!」」
自然と声が揃う。
小さな連帯感。
まだ未熟で、
まだ遠くて、
それでも確かに前を向いている。
ユウリは、その輪の外からそれを見ていた。
騒ぐのは、嫌いじゃない。
だが――
少しだけ距離を取るのが、性に合っていた。
肩の上で、ピクルが小さく鳴く。
「ピ」
その声に、ほんの少しだけ口元が緩む。
(……来年は)
視線を、演習場の中央に向ける。
何もない場所。
だが――
そこに立つ光景を、想像する。
(あそこに、立つ)
静かな決意。
それは、誰にも聞こえない。
だが確かに、
胸の奥に残っていた。
◇
同じく放課後。
降霊術学科の教師たちが、会議室に集まっていた。
簡素だが整然とした空間。
机の上には、学生の資料と報告書が並んでいる。
学科主任のエルドが、開口一番に口を開いた。
「まずは、優勝おめでとうございます」
三年生担任が、静かに一礼する。
「ありがとうございます」
短い言葉。
だが、その裏にある努力は、この場の誰もが理解していた。
「学院祭は無事に終了したわけですが――」
エルドは視線を落とし、次の資料へと目を通す。
「今後の予定について確認していきます」
進路指導。
成績評価。
個別の問題児対応。
いくつかの議題が、淡々と消化されていく。
そして――
「次に、来月の課外授業について」
空気が、わずかに変わる。
「予定通り、一年生を対象に王都北東の要塞跡地で実施する」
「魔海に侵食された区域、ですね」
「ああ。現在も低〜中位の魔影が確認されている」
実戦形式の演習としては、例年通りの内容。
だが。
「今年の一年生は、すでに実戦経験を持つ者も多い」
一年生担任、セオドールが淡々と報告する。
「模擬戦大会の様子を見る限り、基礎能力にも問題はありません」
「……そうだな」
数名が頷く。
順当にいけば、“いつも通りの課外授業”で終わるはずだった。
「規格外の扱いはどうする?」
別の教師が口を挟む。
視線が、資料の一部に集まる。
「これまで通りです」
セオドールは即答する。
「サポート性能を評価対象とする。
アバターで直接敵を倒すことのみが評価基準ではありません」
「規格アバターのガーディアンフレームを扱う学生と同様に評価する、と」
「はい」
淡々とした確認。
だが、その中に“例外”を許容する意志が見える。
「例年通り、班分けをして班ごとに行動、評価する形で進めます」
「編成は?」
「能力バランスを考慮してこちらで決定します」
そこまで話が進んだところで――
一人の教師が、わずかに眉をひそめた。
「……一点、よろしいですか」
場の視線が集まる。
「要塞跡地に限った話ではありませんが」
言葉を選ぶように、一拍置く。
「最近、観測データに若干の揺らぎが出ているそうです」
「揺らぎ?」
「魔影の出現パターンが、従来と一致しない部分がある」
小さなざわめき。
「具体的には?」
「イレギュラー個体の出現――表向きは収束した事になっていますが、あの騒動の余波で魔海に変化が生じているとの見立てです」
「……それは」
誰かが言いかけて、言葉を止める。
「変化は落ち着いてきているのでは?」
「その見方もあります」
「ただし、魔海自体これまでも少しずつ形を変えてきた」
報告した教師は、あくまで冷静だった。
「全く変化が無い方がむしろ不自然……」
沈黙。
空気が、ほんのわずかに重くなる。
だが――
「現時点で、危険度評価に変更はない」
エルドが、静かに結論を出す。
「護衛の騎士団を増やして、予定通り実施する」
迷いのない声。
それが、この場の方針となる。
「異常が確認された場合は、即時撤退の判断を」
「了解」
短く応じる声が重なる。
会議は、そのまま次の議題へと移っていく。
誰も、大きくは問題視していなかった。
――この時点では。
それは、油断ではない。
“これまで問題がなかった”という経験則による判断だった。




