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39話 ゴーレムにかける思い


 魔導技術大学構内。


 仮設展示場の中央に、

 一体の巨大な竜が鎮座していた。


 本物ではない――ゴーレムだ。


 長い尾。

 折り畳まれた翼。

 重厚な顎。


 金属と魔導素材で構成されたその身体は、

 無機質であるはずなのに――


 どこか、生き物の気配を宿している。


「まるで、生きてるみたいだな」


 誰かが、ぽつりと呟いた。


 機体の足元で、数人の学生が調整を続けている。


 工具。

 魔石。

 術式板。


 刻まれた魔法陣に沿って、

 淡い光が脈動していた。


 その動きには迷いがない。


「――今年はどうやって暴走するんだろうな」


 茶化すような声。


「やめろ、それを言うな」


「でも、魔導技術大のゴーレムの暴走って学院祭の風物詩ですよね」


「笑えねえよ」


「死人が出てないことだけが奇跡だな」


「しかし!」


 一人、強く声を張る。


「今年は――暴走だけはさせない。絶対にだ」


「はい!」


 即答。


 軽口の空気が、わずかに引き締まる。


「何より今年は、コンセプトそのものが違う」


「まるで本物のような竜……でしたっけ?」


「その通りだ」


 頷く。


「これまで追ってきた完全自律思考型は――一旦凍結した」


「今回は違う」


「動きは、すべて事前に仕込む」

「この竜は、“決められた動き”しかしない」


 一拍。


 誰かが、肩の力を抜く。


「……堅実ですね」


「堅実でいい」


 すぐに返る。


「賢くなくていいんだ」


「――ただ、本物に見えればいい」


 その言葉に、

 小さく笑いが漏れる。


「それで、これかよ……」


 見上げる先。

 巨大な竜。


「無駄に気合い入りすぎだろ」


「農業には使えないな」


「建築にも使えん」


「じゃあ何で作った」


「それは……」

 

 一瞬の間。


「――カッコいいからだろ」


 それが全てだった。


 笑いが広がる。


 だが、

 その目は誰も笑っていない。


「ただし――」


 空気が戻る。


「なめらかエンジン」


 誰かが口にする。


「魔力出力と関節制御を同期させる新機構だ」

「これで、従来のゴーレムにあった“引っかかり”を消した」


「生き物みたいに、動く」


「……いや、動かす」


 訂正。


「なんという無駄な技術!」

 

「分からないか、これが男のロマンってやつよ」


「まあ良い」

「そもそも去年の暴走は設計ミスじゃない。環境干渉だ」


「対策もしてる」


「導線設計は全面見直し」

「魔力負荷の分散も済んでいる」

「制御核も、新規設計だ」


 一拍。


 誰もが、同じものを見る。


 目の前の“竜”を。


「……今年こそは」


 その言葉を、

 茶化す者は誰もいなかった。


 外から、ざわめきが近づいてくる。


 観客の声。

 期待。

 熱気。


 展示場の空気が、

 ゆっくりと満ちていく。


「展示開始、十五分前!」


 呼びかけ。


 空気が変わる。


「最終チェック入るぞ」


「制御核、安定」


「魔力循環、正常」


「関節駆動、応答問題なし」


「スクリプト動作、同期確認――良好」


 一つずつ、確認が積み上がる。


 ――完璧だ。


 少なくとも、

 彼らの中では。


「……先輩、いよいよですね」


「ああ」


 短く頷く。


「今年こそは――汚名、返上だ」


 その視線の先。


 巨大な竜の瞳に埋め込まれた魔石が、

 静かに光を宿していた。


 まるで、

 目を覚ます瞬間を待っているかのように。


 短い会話。


 それで、十分だった。


 ◇


 学院祭も、六日目を迎えていた。

 

 ユウリとリナは、同じ会場設営班という事もあってこの日も一緒に行動していた。


 初日の張り詰めた空気は薄れ、

 特区全体が、どこか“祭り”の顔を見せ始めている。


 中央大通りには屋台が並び、

 文化学院の音楽が風に乗って流れてくる。


 普段は閉ざされている教育特区が、

 今だけは、ひとつの都市として開かれていた。


「なんか……思ってたより普通のお祭りだね」


 リナが、少し意外そうに呟く。


「この辺はな」

 ユウリは短く返す。


「文化学院にも、査定とかあるのかな?」


「そりゃ……あるだろう」


「宮廷音楽家にスカウトとかされたり?」


 視線の先では、

 文化学院の舞台に歓声が上がっている。


 軽やかな音楽。

 笑い声。

 拍手。


 それは確かに、“祭り”だった。


「……じゃあさ」


 リナが、ふと顔を向ける。


「せっかくだし、他も見て回らない?」


「他って?」


「ほら、あっち」


 指差した先。


 中央大通りの流れの先、

 やや空気の違う一角。


 煙の匂い。

 金属音。

 時折響く、重い振動。


 魔導技術大学の展示エリア。


「あそこのゴーレム展示、毎年凄いらしいよ」


「……ああ」


 ユウリは一瞬だけ視線を細める。

 あの分野は、どうしても事故が多い。


「暴走ゴーレムな」


「今年は暴走しないって話だよ」


「……どうだか」


 短いやり取り。


 ほんのわずかの間。


 リナが、少しだけ笑う。


「じゃあさ」


「もし暴走したら、助けてくれる?」


 冗談めかして。


 軽く。


 だが。


 ユウリは、一拍置いて答える。


「……ああ」


 それだけ。


 リナは満足そうに頷いた。


「よし、決まり。行こ」


 人の流れに乗る。


 中央大通りを外れ、

 工学区画へと足を踏み入れる。


 空気が変わる。


 音が変わる。


 匂いが変わる。


 ――そして。


 遠目からでも良く分かる。


 仮設展示場――校庭の中央に、

 一体の巨大な竜が、ゆっくりと動いているのが見えた。

 

 ◇


 青い匂い。

 短く整えられた芝生が校庭一面に広がっている。

 

 歓声が、広場を満たしていた。


 仮設展示場の中央。

 刻まれた術式陣が淡く発光し、その上にそびえる巨大な竜が、ゆっくりと首をもたげる。

 そして――

 校庭をゆっくりと、歩いている。


 陽光を受けて、金属質の鱗が鈍く光る。

 関節が、わずかに軋む音を立て――それでも動きは滑らかだった。


 まるで。

 呼吸でもしているかのように。


「すご……」


 リナが、近づいていき素直に見上げる。


 風が抜ける。

 竜の巨体が動くたびに、空気が押し出され、衣服の裾や髪が揺れた。


 観客の誰もが、息を呑んでいた。


 ――その時。


 竜の動きが、わずかに止まる。


 ほんの一瞬。


 だが、明確な“間”。


 次の瞬間。


 その視線が、真っ直ぐに――


 ユウリを捉えた。


「……?」


 嫌な感覚。


 多面体結晶が、脈打つ。

 呼応するように。

 ――竜の魔力波形が、わずかに変質した。

 

 視線が、合う。


 無機質なはずの双眸。

 だがそこに、確かな“意志”のようなものが宿る。


(……見られてる)


 竜の頭が、ゆっくりと向きを変える。

 観客ではない。


 一直線に。


 こちらへ。


「おい、ちょっと待て」

 誰かの声。


 だが止まらない。


 地面が、低く唸る。

 広い緑の大地に、微細な振動が走る。


 竜が、一歩踏み出した。


「……今年も暴走か?」


 誰も、本気で危険だとは思っていない。

  ――いつも通り、“誰かが止める”と思っている。

 

 周囲の空気は、どこか軽い。

 笑い混じりの声すらある。


 だが。


(違う)


 ユウリは、動かない。

 いや――動けない。


 明確に。


 “狙われている”。


「ユウリも近くに来てみなよ!」


 リナが、こちらを振り返る。


「……下がれ」


 短く言う。


 だが、その時にはもう遅い。


 竜が、加速した。


 重さを感じさせない速度。

 巨体が空気を裂き、低い風鳴りが広場を走る。


 一直線。

 迷いがない。

 

 観客の間を縫うように。

 まるで最初から道が見えているかのように。


「ちょっ――!」


 人々が散る。

 悲鳴が上がる。


 だが、その進路上に。

 こちらを振り返るリナがいた。


「っ――!」


 ユウリが踏み込む。


 地面を蹴った瞬間、ちぎれた芝生が舞う。

 リナを抱き込み、強引に横へと飛ぶ。


 衝撃。

 視界が一瞬だけ白く弾け、次の瞬間には地面が迫る。


 転がる。


 竜の足が、頭上を通過した。

 風圧が、遅れて叩きつける。


「……大丈夫か?」


 後方で停止した竜が、ゆっくりと振り返る。


(やっぱりこっちを狙って……)


 その時。


 胸ポケットから転がり落ちた多面体結晶が、芝生の上に転がった。

 キラリ、と光を反射する。


 次の瞬間。


 淡い光が、内側から滲み出す。

 脈打つように。

 まるで――応えるように。


 竜と、目が合う。


 再びこちらへ向き直り、踏み出す。

 一直線。

 

 間に合わない。

 そう、はっきり理解した。

 

(――まずい)


 リナも倒れたままだ。

 完全に巻き込まれる。


「ユウリ!」


 声。


 だが、遠い。


 音が歪む。

 視界が、わずかに揺れる。

 時間が、引き延ばされる。


 ――思考が、追いつかない。


 残るのは、ただ一つ。


(守りたい)


 それだけ。

 理屈も。

 術式も。

 思考というプロセスをすっ飛ばし、生存という本能に従って行動する。


(……来い)


 無意識。


 多面体結晶を中心に、光の線が走る。


 魔法陣が浮かび上がる。


 二重。


 三重。


 幾何学的に絡み合い、三重の魔法陣が空間に浮かび上がる。


 空気が震える。

 魔力が、奔流となって渦を巻く。


 そして。


 ――“それ”は、応えた。


 光が、一点に収束する。

 光が弾け――その場所には何も無かった。


「え……!」


 瞬間。

 

 ユウリの前に、滑り込む小さな影。

 だが、確かにそこにいる。


 振り返る。


 愛くるしい双眸。

 速すぎて残像となったそれと、視線が合う。

 ――ピクル。


 一瞬の静止。


 そして。


 どこか、懐かしむように。

 嬉しそうに。

 その存在が、わずかに揺れた。


(……戻ってきたのか)


 言葉はない。


 次の瞬間。

 ピクルが前に出る。


 展開。

 空間が歪み、半透明の膜が広がる。

 ドーム状の結界。


 以前の物理障壁とは比べものにならない密度と厚み。


 竜が、衝突する。


 轟音。

 結界が、わずかに軋む。


 衝撃が、空気を震わせる。

 だが――

 止まった。


(……いける)


 その隙に、ユウリは踏み込む。


 懐へ。


 刃を抜く。

 閃光。

 二刀が交差し、膝関節を断ち切る。


 バランスを失った竜の巨体が、ゆっくりと傾き――

 崩れ落ちた。

 重い振動が、広場を揺らす。


 目に宿っていた光は消えている。

 

 沈黙。

 誰も、すぐには動かなかった。


 そして、


 ――拍手が起きた。


「おおー!」

「今年は派手だったな!」

「ドラゴン型は当たりだな!」


 歓声が戻る。


 熱気が戻る。


 まるで、すべてが予定調和だったかのように。


 倒れたゴーレムの残骸の前で。


 数人の学生が、膝をついていた。


「……またか」

「制御系、ちゃんと組んだのに……」

「なんで毎年こうなるんだよ……」


 肩を落とす。


 その様子を、周囲はどこか温かく見ていた。


「来年は頑張れよー!」

「期待してるぞー!」

「もうちょい安全にな!」


 完全に、恒例行事だった。


 ◇


 少し離れた場所。


 ユウリは、二刀を静かに収める。


 呼吸は、もう落ち着いている。


 足元。

 淡く光が揺れる。

 ピクルが、そこにいる。


 さっきと同じように。


 ただ、今度ははっきりと。

 ユウリを見上げていた。


(……消えてない)


 一瞬だけ、視線を落とす。


 ほんのわずか。


 安堵。


「……おかえり」


 言葉は無い。

 ただ、ユウリの肩に素早く駆け上ると丸く収まった。


 リナに声をかける。

「……大丈夫か」


 短く。

 それだけ。


「……うん」


 それだけ返す。


 でも。


 視線が、外れない。


(……守られた)


 胸の奥が、少しだけ騒がしい。


「……ありがと」


 小さく。


 本当に小さく。


 ユウリは、軽く頷くだけだった。


 ◇


 最終日。


「教育特区成果展示会を閉会します」


 歓声と共に拍手が巻き起こる。


 八日間にわたる学院祭の全日程が終了した。


 魔法学院主催の模擬戦大会は、三年生の降霊術学科チームが優勝したらしい。


 ピクルを顕現させた後は、目立たないように大人しく過ごしていた。


 来年の模擬戦大会に想いを馳せる。


(来年は、ピクルと一緒に……)


「ピ」


 ピクルは任せろとばかりに喉を鳴らす。


 閉会式が終わると同時に、

 会場の空気は一気に緩んだ。


 張り詰めていた何かが、

 音を立てずにほどけていく。


 撤収作業が始まる。


 仮設の看板が外され、

 魔導装置が停止し、

 人の流れも、少しずつ落ち着いていく。


「終わったねー……」


 リナが、ぐっと背伸びをする。


「疲れた……」


「顔に出てるな」


「そっちもでしょ」


 軽く笑い合う。


 大きなトラブルもあったが、

 それでも“無事に終わった”という空気が勝っていた。


 空を見上げる。


 夕焼けが、特区全体を赤く染めている。


 昼間の喧騒が嘘みたいに、

 少しだけ静かだ。


「このあと、どうする?」


 リナが何気なく聞く。


「どうするって?」


「後夜祭あるじゃん。花火」


「ああ」


 ユウリは少しだけ考える。


 本来なら、部屋に戻って休む選択もある。


 だが――


「行くか」


「ほんと?やった」


 リナが、少しだけ嬉しそうに笑う。


「じゃあ一回解散して、夜にまた集合ね」


「どこで?」


「中央大通りの噴水前。分かる?」


「……大丈夫」


 そのまま、手を振って離れていく。


「遅れないでよー!」


「善処する」


 背中越しに軽く返す。


 人の流れの中に、リナの姿が消えていった。


 少しだけ静かになる。


 肩の上で、ピクルが小さく鳴く。


「ピ」


「……疲れたか」


 指で軽く撫でる。


 逃げない。


 そのまま、そこにいる。


(……ちゃんと、いるな)


 小さく息を吐く。


 夕焼けが、ゆっくりと沈んでいく。


 昼が終わり、

 夜が来る。


 ユウリは一度、寮の方へと足を向けた。


 ◇


 夜。


 学院祭の最後を飾る灯りが、校庭を照らしていた。


 笑い声。

 音楽。

 ざわめき。


 その中心から、少しだけ離れた場所。


 二人は、並んで立っていた。


「……賑やかだな」

 ユウリが、ぽつりと呟く。


「だね」

 リナも、小さく頷いた。


 少しだけ、沈黙。


 遠くで、誰かが笑う声。

 風が、やわらかく吹き抜ける。


「……あの時」


 リナが、静かに口を開く。


「正直、ちょっと怖かった」


 ユウリは、何も言わない。


「でも」


 一拍。


「ユウリが庇ってくれた時――」


 言葉が、少しだけ揺れる。


「……安心した」


 そのまま、視線を落とす。

 ユウリは、少しだけ間を置いて。


「……そうか」


 短く返す。

 それだけ。

 でも。


「俺は」


 続ける。


「怖かった」


 リナが、顔を上げる。


「間に合わないと思った」


 一拍。


「……だから」


 言葉を選ぶ。

 少しだけ、不器用に。


「守るって、決めた」


 静かな声。


 だけど、はっきりとした意思。

 リナの呼吸が、わずかに止まる。


「……そっか」

 小さく、照れ笑い。

 

 沈黙。


 さっきまでとは違う。

 少しだけ、近い距離。


 リナの手が、わずかに動く。

 触れるか、触れないか。


 一瞬、迷う。


 それでも。

 ほんの少しだけ、指先が触れた。

 びくり、と自分で驚く。


「……っ」


 引こうとして。

 ――止まる。


(……いいよね、これくらい)


 小さく、息を吸う。


 そして。


 そっと。


 ユウリの手を、握った。


 温かい。

 思っていたより、ずっと。


 ユウリは、わずかに目を見開く。

「……リナ?」


「……嫌だった?」


 視線を合わせないまま。

 少しだけ、強がる声。


 ユウリは、ほんの一瞬だけ考えて。

 そして。

「……いや」


 小さく、首を振る。

 軽く、握り返す。


 それだけで、十分だった。


 リナは、少しだけ笑う。

 そのまま。

 手は、離れない。


 空を見上げると。

 光が、夜を裂いた。


 後夜祭の、最後の花火。

 色とりどりの光が、広がる。


 その下で。

 二人は、並んで立っていた。

 手を繋いだまま。


 肩の上のピクルが、目を瞑ってじっとしている。

 寝息は聞こえなかった。


 

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