表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/44

38話 アルマリアの研究室


 翌日。


 共同演習場は、朝から慌ただしかった。


 木材のぶつかる音。

 指示を飛ばす声。

 簡易な魔法陣の光が、あちこちで瞬いている。


 模擬戦大会第二会場の設営。

 

 ユウリとリナも、その一角で作業に加わっていた。


「そっち、もう少し右」

「こんな感じ?」


 位置を微調整する。


 結界補助用の支柱が、所定の位置に収まる。


「よし、固定して」


 短く言って、手を離す。

 魔力が流れ、支柱同士が淡く繋がった。

 ひとまず一区切り。

 

 作業は、昼前には終わった。


「……疲れた」

 リナが小さく息を吐く。


「まだ午前中だぞ」


「朝から動いてるんだけど?」


 軽口。

 緊張のないやり取り。

 

 露店で適当に昼を買う。

 焼きたての串肉と、甘い香りのするパン。


 油の弾ける音。

 香ばしい匂い。

 客を呼び込む声が、あちこちから飛んでくる。


 遠くで、爆ぜるような音が響く。

 歓声。

 ――どこかで、イベントが始まったらしい。


 中央大通りを行き交うのは、学生だけではなかった。


 仕立ての良い外套を纏った貴族。

 軍服姿の騎士。

 見慣れない装飾の衣を着た異国の客。


 商人らしき男が、魔導具を手に交渉している。

 研究者同士が、専門用語を交わしながら早足で通り過ぎる。


 視線。

 値踏みするような目。

 観察する目。


 あらゆる“立場”の人間が、この場に集まっていた。


 色とりどりの装飾。

 仮設の屋台。

 賑やかな喧騒。


 その裏で、


 確かに“選別”が行われている。


(これが学院祭か)

 

「この後は、どうする?」

 ベンチに腰掛けながら、リナが聞く。


「特に決めてない」


「じゃあ、色々見て回ろうよ」


 一拍。


 リナが、少しだけ言い淀む。


「……その、気になってたところがあって」


「どこだ?」


「アルマリア先生の研究室」


 名前が出た瞬間、

 ユウリの中で、ほんのわずかに何かが引っかかった。


 理由は、分からない。


 だが――

 

「……行ってみるか」

 

 立ち上がる。


 人の流れに紛れて、二人は歩き出した。

 賑わいの中心から、

 少しずつ離れていく。

 

 声が遠ざかる。


 音が減る。

 

 気づけば、

 周囲は妙に静かだった。

 ――人が、いない。


 通い慣れたはずの魔法学院がどこか別世界のようだ。


 研究棟の扉の前で、リナが足を止めた。


 中から、声。


「……進行は順調です。資金、導線、共に問題ありません」


 女の声。


 落ち着いている。

 淀みがない。


「ただ一点――例の対象については、引き続き観測を」


「観測ね」

 アルマリアの気の抜けた声。

「好きにしなよ」


「ありがとうございます」


 即答。


 迷いがない。


「お姉様のご負担にはなりません」


 一瞬だけ、呼吸が止まったような間。


「そのような事、あってはなりませんから」

 ほんのわずかに声音が低くなる。


 だが次の瞬間には、

「では、私はこれで」

 

 完全に元に戻る。


 足音。


 扉が開く。

 現れたのは――


 長身の女。

 金髪。

 眼鏡。

 隙のない装い。


 冷やかな視線が、こちらに向く。


 ユウリを一瞬見たあと、

 リナに、ほんの僅かにだけ長く視線が残る。


 そして。

 ――アルマリアの方へ、一瞬だけ振り返る。


 その視線に、

 “執着にも似た温度”が、ほんの一瞬だけ滲んだ。


「失礼いたします」


 完璧な礼。

 そのまま通り過ぎる。

 香水の香り。

 ヒールの音が、規則正しく遠ざかっていく。


「……今の」

 リナが、小さく呟く。


「来客か……入れ」

 中から、アルマリアの声。


「……どうも」


 部屋に入る。

 

 空気が、違う。


 静かで、

 どこか張り詰めている。


 机の上には資料が無造作に積まれ、

 壁には魔法陣のスケッチが貼られている。

 どれも――完成していない。


「なんだ、例外と優等生か」


 アルマリアは椅子に座ったまま、気だるげに手を振る。


「見学?」


「はい、あの……今の人は?」


「ミネルヴァ、この学院のOG」


 最低限の受け答え。


「慕われてるんですね」


「さあな」

 興味なさそうに答える。


 僅かな沈黙。


「あの……先生は、規格外アバターを研究してるんですよね?」


「そうだ」

「質量を作る魔法は、普通はコストが重い。でも降霊術は、それを無視できる」

「それだけでも、色々出来そうだろ?」


「そういえば、あの小動物アバターはどうした?」


 その一言に、

 ユウリの視線が、ほんのわずかにだけ揺れた。


「……まあ、いい」


「例えば、術式を"少し"いじればこんな事もできる」


 アルマリアが詠唱を始めると、複雑な魔法陣が地面に現れる。

 中心には、学院支給の見慣れた霊触媒。


 魔法陣は、光を放ち――


 光の中からピクルが現れた。


「ピクル?……いや違う」


 そのピクルにそっくりのアバターは、ぎこちない動きで跳ね回りアルマリアの腕の中に収まった。


「全然違うよな……」

「最初は、小さいから維持が楽なのかと思ってた。でも違った」

「私の知識では、再現不可能。導き出された結論は――別理論の降霊術」


 ピクル型アバターの不気味な瞳が、ユウリを見つめる。

 瞬きもしない。

 ただ、見ている。


 ユウリは、ほんのわずかに眉を寄せた。


 ――似ている。

 だが。

 決定的に、違う。


「知りたいなぁ」


 呟きのような声が、静かな部屋に響く。


 そして沈黙。


 ユウリとリナはお互いに視線を合わせた。


「そうだ――私の研究室に入りなよ」


 不意だった。


 アルマリアは、椅子に座ったまま。

 視線だけが、真っ直ぐユウリに向けられている。


 逸らせない。

 逸らす理由もないはずなのに、

 なぜか、逸らさないといけない気がする。


 空気が、わずかに重くなる。


「研究室配属は3年からじゃ……」


 リナが口を挟む。


 その声を、

 アルマリアは視線だけで制すと、

 すぐに、ユウリへ戻した。


「そんな決まり――無いようなもの」


 一拍。


 机の上の資料を、指先で軽く整える。


 視線は、外さないまま。


「目的も同じようだし、きっと有意義な研究ができる」


 言葉は柔らかい。

 だが、

 選択肢を提示しているようでいて――

 断る理由を、先に潰している。


(アルマリア先生から目が離せない)


 無意識に、そう思っていた。


「剣の修行だけじゃ勿体ないでしょ」


 椅子の背に体を預ける。

 ほんのわずかに、顎を上げる仕草。


「だってここは、魔法学院なんだから……」


 視線が、わずかに細くなる。


(まずい――引き込まれる)


 理由は分からない。


 だが、このままここに居れば――

 何かを“決めさせられる”

 そんな感覚が、はっきりとあった。


「考えておきます。今日はありがとうございました」


 言い切るより先に、

 体が動いていた。

 ユウリはリナの手を掴む。


「リナ、帰るぞ」


 一歩。

 踏み出す。

 背を向ける。


 その瞬間。

 ――視線が、背中に刺さる。


 振り返らない。


 振り返れば、

 何かが終わる気がした。


 そのまま、

 逃げるように研究室を後にする。

 扉が閉まる。

 音が、やけに大きく響いた。


 静寂。


「……残念」

 ぽつりと。

 独り言のように呟かれる。


 その腕の中で、

 ピクル型アバターが、

 音もなく霧散した。


 ◇


 研究棟の外。

 

 鼓動がやけに早い。

 冷や汗が頬を伝う。

 

「リナ、大丈夫か?」


「うん、ありがとう」


「なんだったんだ?あれは異常だろ」


 一瞬でも、逆らったらどうなるのか――考えたくなかった。

 

「先生に見られた瞬間、体の自由が効かなくなった」


 二人の足は、自然と演習場に向かっていた。

 ――人のいる場所へ。

 それだけを、無意識に選んでいた。


 人の活気が戻る。

 それだけで、息がしやすくなる。


 いつもの演習場は、大勢の人で埋め尽くされていた。

 

 いつもとは違って入場ゲートが設置されている。

 入り口で、照会を受ける。


「魔法学院、降霊術学科一年――」

「――どうぞお入りください」


 中に入ると、中央で模擬戦をしている様子が見えてきた。

 

 片側は、既に一人失っており劣勢だった。

 数的有利を利用し、順当に勝敗が決まる。

 

 試合は次々と行われて行く。

 総勢500チームが参加する大会、トーナメント制の戦いは二日目にしてまだ一回戦半ばだった。


 やがて、見知った顔が参加者の中に見える。

 

(あ、ラグナとシャオ……とガルド)


「そういえば出るって言ってたな」


 二人は顔を見合わせる。


 対するは、若手のマナハンターチーム。

 前衛職、後衛職、それと斥候タイプが一人ずつ。バランスの取れた編成だ。


 流れるように試合が始まった。


 試合開始直後、ラグナ達三人はそれぞれのアバターを展開する。

 その一瞬の隙、相手の斥候が速攻を仕掛けてくる。

 狙いはシャオ。


 同時に、炎の魔法――火球がラグナ達を襲う。


 しかし火球は、二体のアサルトアーマーが完全に防ぐ。

 衝撃とともに舞う砂埃。

 

 その中に、斥候の影。

 シャオの死角に潜り込む。


 必殺の一撃――

 割り込んだラグナが、防ぐ。

 

 その間、ガルドのアサルトアーマーが敵陣を襲う。

 相手前衛が即座に対応。


 相手後衛の魔法使いが次の詠唱に入る。


 しかし、その術式は完成することはない。

 

 気づいた時には、背後にいた。

 シャオのファントムスケール。

 背後からの奇襲。

 相手後衛の保護結界を破壊する――戦闘不能判定。


 次いで、一進一退の攻防を繰り広げるラグナに加勢する。


 相手の斥候職も撃破。

 ――だが同時に。

 相手前衛が、ガルドのアバターを打ち倒した。


 しかし、ラグナのアサルトアーマーとファントムスケールの挟撃には為す術もなく倒れる。


(即席チームで、なかなかやるな)


 歓声が、遅れて押し寄せる。


 勝敗は、もう決まっていた。


 そして――


 何事もなかったかのように、

 次の試合が始まる。


「すごいね、勝っちゃった」

 リナが隣で喜んでいる。


「そうだな、三人とも安定してた」


 そのまま、最終試合まで感想を言い合いながら観戦した。


 夕陽が演習場を照らす。


 熱気が、ゆっくりと冷めていく。


 歓声も、喧騒も、

 少しずつ遠ざかっていった。


 人の流れに乗って、演習場を後にする。


 隣には、リナ。


 ――さっきまでのことが、嘘みたいだった。


「……今日は色々あったな」


「うん」


 短い返事。

 だが、どこか柔らかい。


 並んで歩く。


 それだけで、

 さっきまでの違和感が、少しずつ薄れていく気がした。


 二人は学院寮のある方向へと歩き出す。


 そして、男子寮と女子寮の分かれ道。


「「また明日」」


 ユウリの学院祭二日目は、こうして終わった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ