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37話 学院祭、初日


 数日が経過した。

 中央大通りは資材の搬入、設置がほとんど終わり――どこか、落ち着かない空気だった。

 授業も演習も無い。

 学院祭(教育特区成果展示会)に向けての準備が佳境に差し掛かる。


 放課後の演習場。

 

 リナは、預かった多面体結晶を両手で持ちながら、

 ユウリとアリーシャの特訓を眺めていた。


 ――まだ、何も感じない。


 小さく息を吐く。


 視線を、空へ向ける。

 

 右手を、ゆっくりと持ち上げた。

 淡い風が、指先に集まる。


 圧縮。

 ギリギリまで溜めて。

 ――解き放つ。


「……エア・ランス」


 シュンッ。


 細い風が、空へと駆け上がる。


 上空の結界に触れ、

 音もなく、霧散した。


 静寂。


 掌に残る、わずかな余熱。

 リナは、ほんの少しだけ眉を寄せた。

 ――やっぱり、まだ足りない。


「ねえ、ユウリ」

 後ろから声をかける。


「なんだ?」

 振り返らない。

 アリーシャと対峙している。


「いつになったら教えてくれるの?」


「学院祭が、終わったらだな」


 踏み込み。

 打ち合い。


 アリーシャの容赦ない攻撃を、二刀で捌く。

 単調な攻撃だけなら、守備に徹すれば簡単に崩される事は無くなっていた。


 アリーシャが攻めあぐねて後ろに下がる。


「二刀流は、案外正解だったかもね」


 一呼吸。


「結構本気で打ち込んでるんだけどねっ――」


 言い終わると、同時。

 本気の打込み。


 ユウリは左手だけで受け流す。

 左半身を前にした独特な構え。

 

 反撃はしない。

 ただ、受ける。

 今は、それが精一杯だった。


 それでも――


 緩急をつけた攻撃。

 フェイントを絡めた心理戦。

 二択を迫られ続けるような状況に、


「くそッ」


 あえなく、崩される。


「――格上に主導権を与えちゃダメよ」

 アリーシャは軽く剣を振り、手首の感触を確かめる。

「ま、それができないから格上なんだけど」


「じゃあ、どうすればいい?」

 ユウリは構えを崩さず、息を整える。


「……間合いよ」


 一歩、踏み込む。

 わずかに距離が詰まる。


「詰めるか、離すか。どっちかに振るの」


 視線だけで、足元を示す。


「あなたは――あと半歩、前」


 トン、と。

 地面を軽く蹴る音。


「その半歩をどう通すか、考えなさい」


「もう一度――」


 トン。


 半歩、踏み込む音。


 日が、ゆっくりと傾いていく。


 影が伸びる。

 何度も、何度も。

 ――あと半歩。


 その背を見ながら、


 リナは、そっと手を握る。

 ――まだ、足りない。


 夕日が、演習場を赤く染めていく。


 帰り際、リナは無言で、多面体結晶を差し出した。


「……悪いな」

 受け取る。


 その瞬間。


 ――コト。


 内側で、何かが“嵌まる”感触。


 ユウリの指が、わずかに止まった。


「……?」


 だが、それ以上は何も起きない。


 ユウリは、そのまま結晶をポケットにしまった。


 ◇


 歓声が、空を震わせていた。


 中央大通りに設営された特設会場。

 人、人、人。


 学院祭――教育特区成果展示会。


 その開幕を告げる声が、拡声魔法で遠くまで響く。


「――本日、このような……」


 高く、澄んだ声。


 王女殿下、サラ・スメラギ。


 その言葉は――

 それぞれの役割を誇れと、

 歩みを止めるなと、


 静かに、だが確かに観衆の胸に落ちていく。


 ――歩みを止めるな。


 その言葉に、


 ユウリは、ほんのわずかに視線を落とした。


(高貴な魂……あながち嘘じゃ無いかもな)


 ◇


 人の流れに乗り、

 ユウリたちは共同演習場へと移動する。


 入学式でデモが行われた、あの会場だ。


 入口には、大きな立て看板。


 【選抜剣術大会】


 騎士学院の選抜選手が、剣術を競い合う催し。


 今年は――


 十六人の中に、アリーシャの名がある。


 わずかに、空気が変わる。


 観客席の一角。

 来賓席の準備が整っていく。


 来賓席。

 その中央に、

 サラ・スメラギの姿があった。


 王女殿下。

 ヴァルラント公爵家当主。

 王国騎士団長。


 並ぶ顔ぶれは、

 この催しの重みを、嫌でも感じさせた。


 午前の試合は、滞りなく進んでいった。


 第一試合。

 開始と同時に間合いを詰め、数合で決着。

 速い。観客席にどよめきが走る。


 第二試合。

 打ち合いは続くが、崩れない。

 守り切った側が、わずかな隙を突いて一本。

 歓声が、遅れて広がった。


 第三、第四――


 試合ごとに、色が違う。


 力で押し切る者。

 技で絡め取る者。

 間合いを支配し続ける者。


 その全てが、

 “選抜”の名に相応しい水準だった。


「……すごいね」


 リナが、小さく呟く。


「ああ」


 ユウリは、短く応じたまま視線を外さない。


 アンディは腕を組み、静かに見ている。


「無駄が無い」

「全員、“形”ができてる」


 淡々とした分析。


 その言葉に、

 ユウリの視線が、わずかに細まる。


(……間合い)


 踏み込みの速さ。

 引き際の鋭さ。

 そのどれもが、半歩の差で成立している。


 そして――


「次」


 呼び出しの声。


 空気が、変わる。


 入場してきたのは、アリーシャだった。


 軽く肩を回す。

 視線は、まっすぐ前。


「……来たね」


 リナの声が、少しだけ弾む。


 開始の合図。


 ――速い。


 一歩。


 それだけで、間合いが消える。


 踏み込み。

 打突。


 相手の反応より、わずかに早い。


 乾いた音。


 ――一本。


 歓声が、弾けた。


「……強いな」


 ユウリが、ぽつりと漏らす。


 アンディは、わずかに頷いた。


「当然」

「自慢の妹だからな」


 感情の薄い声。

 だが、その目はわずかに細められている。


 第二試合。


 今度の相手は、守りが固い。


 だが――


 焦れない。


 打たない時間を選び、

 誘い、崩す。


 踏み込むのは、ただ一度。


 ――一本。


 再び、歓声。


 アリーシャは、剣を下ろす。

 息は乱れていない。


 そのまま、静かに場を後にした。


 午前の部が、終わる。

 勝ち残ったのは、四人。

 空気が、少しだけ張り詰める。


 ――午後。

 陽は高く、熱気は増していた。


 観客席のざわめきが、

 どこか質を変えている。


 残ったのは、四人。


 ここからは――

 一つの判断が、勝敗を分ける。


「――準決勝、第一試合」


 呼び出しの声。


 アリーシャは、静かに立ち上がった。


 歩みは一定。

 呼吸も乱れない。


 対するは――

 体格差のある男。


 広い肩幅。

 重心が低い。


 一目で分かる。

 午前のようには行かない。


(……ここからだ)

 ユウリは、わずかに目を細める。


 開始の合図。


 ――踏み込み。


 速い。


 先に動いたのは、アリーシャ。


 間合いを消す一歩。


 だが――


 受け止められる。

 重い。

 金属音が、鈍く響く。


 そのまま押し込まれる。


 アリーシャは、一歩引く。

 距離を、戻す。


(正解だ)


 ユウリの視線が、動かない。


 無理に押さない。

 崩れない。


 再び、間合いの外。


 静止。


 次の瞬間、

 男が踏み込む。

 ――速い。


 巨体に似合わない加速。


 振り下ろし。


 アリーシャは半歩ずらす。

 流す。

 受けない。


 そのまま、

 ――差し込む。


 乾いた音。


 浅い。

 決まらない。

 だが、互角。


 観客席がどよめく。


「……やるね」

 リナが、小さく呟く。


 アンディは、何も言わない。

 ただ、見ている。


 打ち合いは、続く。


 重さと速さ。

 圧と制御。

 どちらも、崩れない。


 そして――


 わずかな変化。

 男の肩が、沈む。


(……来る)


 ユウリの視線が、鋭くなる。


 アリーシャも、気づいている。


 踏み込めば、届く。


 ――あと半歩。


 だが、

 その先にあるのは――

 二択。


 踏み込むか、

 退くか。


 一瞬。


 刹那。


 選ぶ。


 ――踏み込む。


 その瞬間。

 

 軌道が、変わる。

 振り下ろしではない。

 ――横。


 防御は、間に合わない。


 乾いた衝撃。


 胴を打たれ、


 アリーシャの体が、わずかに浮く。


 そのまま、横へ弾かれた。

 

「……そこまで」

 審判の声。


 わずかに遅れて、歓声が上がる。


 勝者の名が告げられる。


 アリーシャは、動かない。


 一拍。


 ゆっくりと息を吐く。

 悔しさは、ある。


 だが――


 それ以上に、

 確かめたものがあった。


 しっかりした動作で立ち上がる。

 静かに、場を後にする。


 観客席。

 ユウリは、視線を落としたまま動かない。


(……半歩だ)


 詰めるか、引くか。

 それだけで、

 勝敗が分かれた。


 拳を、わずかに握る。


 午後の空気が、

 さらに重くなっていく。


 ◇


「――決勝戦」

 呼び出しの声。


 観客席のざわめきが、すっと静まる。

 入場してきたのは、二人。

 どちらも、隙が無い。


 構え。

 立ち位置。

 視線。


 その全てが、完成されている。


(……違うな)


 ユウリは、わずかに息を吐いた。


 準決勝までのそれとは、質が違う。


 開始の合図。

 

 ――動かない。


 互いに、間合いの外。


 探る。


 わずかな重心移動。

 視線の揺れ。


 その一つ一つに、意味がある。


「……地味だね」


 リナが、小さく呟く。


 アンディは、首を横に振った。

「いや」


 一拍。


「これが、一番“強い”形だ」


 次の瞬間。


 ――消えた。


 踏み込み。

 速い。

 だが、派手さは無い。


 最短。

 最小。

 無駄が無い。


 金属音が、一度、

 交錯する。


 離脱。


 再び、静止。


 その繰り返し。


 攻めても崩れない。

 守っても乱れない。


 均衡。


 だが――

 ほんの僅かに、

 一方が、上回る。


 間合い。

 選択。

 精度。


 積み重ねた差が、

 静かに形になる。


 最後の一合。


 踏み込み。

 交錯。

 乾いた音。


 ――一本。


 一瞬の静寂。


 そして、


 歓声が、爆発した。


 勝者が告げられる。


 その名は、

 すでに納得されていた。


(……強い)


 ユウリは、視線を外さない。


 派手ではない。

 だが、

 あれが――完成形。


 観客席の熱が、まだ残っている。


 空は、ゆっくりと色を変え始めていた。


 ◇


 夜。


 中央大通りは、昼とは違う賑わいを見せていた。


 灯りが並び、

 人の流れは途切れない。


 笑い声。

 呼び込みの声。

 どこか浮き足立った空気。


 だが――


「……終わったな」


 ユウリが、ぽつりと呟く。


 隣で、リナが小さく頷いた。


「うん」


 一拍。


「アリーシャ、惜しかったね」


「ああ」


 短く答える。


 あの一瞬。

 あの半歩。

 頭の中で、何度も反芻される。


 アンディは、少し離れた位置で立ち止まっていた。

 視線は、空へ。


「……また来年もあるさ」

 誰に向けたものでもない、独り言。


 それだけ言って、歩き出す。

 追いかけることはしない。

 その背を、ただ見送る。


 夜空が、ゆっくりと暗さを増していく。

 その時――

 低い音が、空に響いた。


 次の瞬間。


 ――ドンッ!!


 光が、弾ける。


 夜空に咲く、巨大な花。


 歓声が、遅れて広がる。


「……花火?」

 リナが、空を見上げる。


 色とりどりの光が、

 夜を切り裂くように広がっていく。


 その一つ一つが、

 昼の熱を、どこかへ連れていくようだった。


 ユウリも、空を見上げる。


 だが――


 ふと、視線を落とす。

 

 ポケットに手を入れる。

 

 多面体結晶。

 指先に、硬い感触。


 その瞬間。

 ――微かに、震えた。


「……?」


 取り出す。


 淡い光。


 昼間には無かった反応。


 内側で、桃色の核と濃緑の核が“融合していく”。


 鼓動のように、

 わずかに、脈打つ。


 空では、花火が弾け続ける。


 歓声。


 光。


 喧騒。


 そのすべてが、


 遠くなる。


 ユウリの視線は、

 ただ一点に注がれていた。


 結晶の奥で、


 何かが――完成した。


 

スピーチ全文


 ヴァルトラント王国 王女、サラ・スメラギでございます。


 本日、このような晴れやかな場に招かれましたことを、心より嬉しく思います。


 この学院に集う皆さんは、それぞれが志を持ち、それぞれの道を歩んでいることでしょう。

 学びに励む者、技を磨く者、誰かのために力を尽くそうとする者――その在り方は様々です。


 人は皆、異なる役割を持って生まれます。

 それは時に、望んだものではないかもしれません。

 あるいは、重く感じることもあるでしょう。


 ですが――

 その一つ一つの歩みが、確かにこの国を形作っています。


 ヴァルトラントという国は、誰か一人の力で成り立つものではありません。

 目に見える場所で尽くす者も、見えぬ場所で支える者も、等しくこの国の一部です。


 どうか皆さんも、それぞれの歩みを誇ってください。

 迷うことがあっても、その歩みを止めぬ限り、道は必ず続いていきます。


 そして――その先にある未来を、共に築いていけることを、私は信じています。


 本日からの教育特区成果展示会が、皆さんにとって実りあるものとなることを祈り――

 ここに、開会の言葉とさせていただきます。

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