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36話 カミナギとミツルギ


 煙と炭の匂い。

 煤で黒く染まった石畳。

 乾いた鉄の音が、通りの奥から断続的に響いてくる。


 ユウリとリナは、並んで職人街を歩いていた。


「……やっぱり、雰囲気あるね」

 リナが小さく呟く。


 ユウリは軽く頷くだけで、足を止めない。

 迷いはなかった。

 やがて。

 見慣れた戸の前に立つ。


「いよいよだね」


「ああ」


 二人は顔を見合わせ、頷いた。


 そして、戸を開ける。


 熱気。

 金属と油の匂い。

 工房の中は、外よりもずっと濃い空気に満ちていた。


「こんにちは」


 ユウリが声をかける。


「ユウリ・カミナギです」


 奥から、低い声が返る。


「ちょっと待っておれ」


 火のはぜる音。

 何かを打つ、鈍い衝撃。


 二人は自然と視線を交わす。

 言葉はない。

 だが、少しだけ期待が混じっている。


 リナが、室内を見渡した。


「すご……」


 壁には、無数の刀剣。

 形も、長さも、重さも違う。

 だがどれも――

 “使われるための道具”としての気配を持っていた。


(……全部、現役って感じ)


 飾りじゃない。

 そう思わせる圧。


 やがて。


「待たせたの」

 奥の作業場から、ガラムが姿を現す。


 いつもと変わらぬ無骨な姿。


「前の短刀は、馴染んだか?」


 視線は向けない。

 炉の火を見つめたまま、問いだけを投げる。


「ああ、問題ない」


 ユウリは短く答える。

 それで十分だった。


「そうか」

 小さく頷く。


 それ以上は聞かない。

 ガラムはゆっくりと、台の上に布に包まれたものを置いた。


「次の刃はな――」


 布に手をかける。


「“受ける刃”じゃ」

 言いながら、布を外す。


 静かな光。

 無駄のない形。

 主張しすぎない、だが確かな存在感。


 リナが、思わず息を呑む。

「……綺麗」


 ガラムは、わずかに口元を緩めた。

「攻める刃と、守る刃」


 刃に触れながら、言葉を重ねる。

「どちらかだけでは、足りん」


 ユウリの視線が、刃に落ちる。

 

 短い。

 刃渡りは、二十センチほど。

 両刃の短剣。


 だが、ただの短剣ではない。


 鍔は広く、受けを意識した形状。

 刃元は厚く、刃先だけがわずかに鋭い。


 “止めるための刃”。


 そんな印象を受ける。


「ミスリルを混ぜてある」

 ガラムが、何でもないことのように言う。

「折れんし、魔力の通りもいい」


 リナが目を丸くした。

「ミスリルって……結構すごくない?」


「そうでもない」

 即答。

「使い方次第じゃ」


 軽く刃を傾ける。

 淡く青みがかった刀身が、光を受けて静かに揺れる。


「二つで一つになる」


 ガラムは、ようやくユウリを見る。


「カミナギが“斬る神薙”なら――」


 一拍。


「もう一振りは」

「受け流す刃じゃな」


 そして。

 短く、言い切る。

「――護身剣ミツルギ」


「えっ?」

 リナが、思わず声を上げた。


 ほんの一瞬。

 空気が止まる。

 ガラムは気にした様子もなく、続けた。


「こんな武器は初めてじゃ」


 刃を軽く撫でる。


「短刀カミナギができた時にな」

「……イメージが浮かんできた」


 遠くを見るような目。


「だから、二つで一つなんだ。この武器は」

「片方だけじゃ、形にならん」


 ユウリへ視線を戻す。


「お前さんなら、使いこなせる」


 一拍。


「……職人の勘じゃ」


 リナは、まだ少しだけ固まっていた。

(……二つで、一つ)


「それと……これは返しておく」


 ガラムは、無造作にポーチを差し出した。


 ユウリが受け取る。

 重みは――思っていたより、残っている。


「……いいのか?」


「材料費だけ抜いた」


 それだけ言う。


「言ったろう。趣味でやってる」

「金のために打った刃じゃない」


 一拍。


 ガラムは、二振りの短剣に視線を落とした。


「……そいつらはな」


 ぼそりと呟く。


「持つ奴で、意味が変わる」


 ユウリの手元。

 カミナギとミツルギ。


「片方だけじゃ、ただの個性的な武器だ」


 ゆっくりと顔を上げる。


「だが――」


 ほんのわずかに、口元が歪む。


「二つ揃えば、“使い手の在り方”が出る」


 言い切るでもなく。

 押し付けるでもなく。


 ただ、置くように。


「……まあ」

 肩を鳴らす。


「どう使うかは、お前さん次第じゃ」


 沈黙が、少しだけ落ちる。


 ユウリは短剣を見たまま。


「……分かってる」

 短く、それだけ返す。


 ガラムは、それ以上何も言わない。


 興味を失ったように背を向ける。


「用があれば、また来い」


「刃は、使ってなんぼじゃ」


 炉の火が、ぱちりと弾けた。


 リナは一歩遅れて、軽く頭を下げる。


「……ありがとうございました」


 そのまま、二人は工房を出る。


 戸を閉める直前。


 リナは、もう一度だけ振り返った。


 ガラムの背中。

 炎に照らされて、揺れている。


(……ミツルギ)


 小さく、胸の中で繰り返す。


 理由は分からない。

 でも――


 少しだけ、引っかかる。


 戸が閉まる。

 外の空気が、やけに軽かった。

 ユウリはポーチを軽く放り、受け止める。


「……いい人だな」


「うん」

 リナは頷いて――

 ほんの少しだけ、視線を逸らした。


「……ねえ、ユウリ」


「なんだ?」


 一拍。


 言いかけて、やめる。


「……なんでもない」


 小さく笑う。


 その横顔は、どこか少しだけ柔らかかった。


 二人は並んで、職人街を歩き出す。

 煙の匂いが、少しずつ遠ざかっていった。


 職人街を抜けた先。

 石畳は少しずつ整い、通りには人の気配が戻ってくる。


「さて」


 ユウリがポーチを軽く叩いた。


「約束通り、今日は俺が出すよ」


「ほんとに?」


 リナが、少しだけ疑うように見る。


「逃げない?」


「なんでだよ」


 即答。


「さっきの流れでそれはダサいだろ」


「確かに」


 くすっと笑う。


「じゃあ遠慮しないよ?」


「ほどほどにな」


「無理」


「だろうな……」


 二人の間に、軽い空気が流れる。


 少し歩いた先。


 通りの角にある小さな食堂。

 香ばしい匂いが、外まで漂っている。


「ここでいいか?」


「うん、いい感じ」


 二人は店に入る。


 ◇


 昼時の店内は賑わっていた。

 だが、運よく端の席が空いている。


 向かい合って座る。


「何にする?」


「んー……」

 リナはメニューを眺めながら、少しだけ悩む。


「じゃあこれと……あとこれも」


「おい」


「約束だから」


「……まあいいけど」


 ユウリも適当に注文する。


 やがて料理が運ばれてきた。


 湯気。

 香り。

 温かい空気。


「いただきます」

「いただきます」


 しばらくは、食事の音だけ。


 その中で。


「……ねえ」

 リナが、ぽつりと口を開く。


「なんだ?」


「ミツルギってさ」


 一拍。


 ユウリの手が、わずかに止まる。


「偶然かな?」


「……そういえば、名前」


「うん」


 それ以上は、踏み込まない。

 ただ、それだけを言う。

 ユウリは少しだけ考えて――


「たまたまだろ」


 短く答える。

 また、食事に戻る。


「もしかして私の名前忘れてなかった?!」


「いや、覚えてただろっ」


「ひどいっ!」


 二人は笑い合う。


 店のざわめきが、二人を優しく包んでいる。


 リナは、少しだけ視線を落とす。


(……カミナギと、ミツルギ)


 胸の奥に残る、小さな違和感。


 嫌じゃない。

 でも、気になる。


 スープを一口飲む。


 温かい。

 その温度が、少しだけ考えを溶かしていく。


 顔を上げる。


 ユウリは、いつも通りに食べている。


(……まあ、いっか)


 小さく息を吐く。

「ユウリ」


「ん?」


「デザートも頼んでいい?」


「お前な」

 思わず笑いが漏れる。

「よく食うなあ……」


「だって奢りでしょ?」


「……好きにしろ」


「やった」

 リナが笑う。

 その笑顔は、さっきよりも少しだけ明るかった。


 店を出る間際。


「ねえユウリ」


「ん?」


「このあと、少し時間ある?」


「あるけど」


 一拍。


 リナは少しだけ視線を逸らす。


「前に言ってた冊子」

「……もう少しちゃんと見たい」


 ユウリは一瞬だけ考えて――


「ああ、いいぞ」


 軽く立ち上がる。


 ◇


 王都南地区から約一時間。

 二人は学院の寮に帰ってきた。


 太陽はまだ高い。


 寮の一室。

 ユウリの部屋は、必要最低限の物しか置かれていない。


「お邪魔します」


「散らかってないから安心しろ」


「おもしろくないなぁ……」


 軽口を交わしながら、リナはベッドに腰掛ける。


 ユウリが冊子を取り出した。


【魂循環理論・初級編】


「これ?」


「ああ。前に少しだけ読んだ」


 リナに手渡す。


「魂は循環する、って話だ」


「うん、それは授業でもやった」


 リナは頷く。


 ユウリは指で一文をなぞる。


「問題はここからだ」


 ――循環の過程において、魂は微量の損耗を起こす。


「……減るの?」


 リナが素直に反応する。


「らしいな」


「そんなの、聞いたことないけど」


「俺もだ」


 ユウリは肩をすくめる。

 

「でもさ」


 リナはページをめくる。


「理屈としては、ありそうじゃない?」


「……どうだろうな」


「ずっと同じ魂が回り続けるなら、何も変わらないことになるし」


 一理ある。


 ユウリは否定しない。


 だが。


「でも――」


 一拍。


 言葉を選ぶ。


「“減る”なら、いずれ無くなるだろ」


「……あ」


 リナが止まる。


「その分、霊界に拡散するって書いてあるけど」


「それって結局、戻らないってことだよな」


 沈黙。


「……増える事は無いのかな」


「あるかもな」


 ユウリはポケットから結晶を取り出す。


 丸みを帯びた、静かな光。


「ピクルは、減ってない」


 短く言う。


「……と思う」


 リナは、じっとそれを見る。


「……うん」


 あの時の存在感。

 あの温もり。


 消えていない。


「それどころか、前より強くなってる気すらする」


「じゃあ、この本……間違ってる?」


「どうだろうな」


 ユウリは結晶を軽く転がす。


「全部が間違いってわけでもないと思うけど」


「使えるところだけ、ってこと?」


「そういうことだ」


「授業と一緒だね」


 少しの沈黙。

 

 リナの視線が、結晶に落ちる。

 

「この前の話、途中だったでしょ。

 ピクルをはじめて顕現させた時のこと……」


「“声が聞こえた”ってやつ」

「あと……制御術式、入ってないって」


 一拍。


「ちゃんと理解したいの。聞かせてくれる?」


「……長くなるぞ」


「……あの魔法陣はな――」


 一度だけ、見たことがある。

 村が襲われた時だ。


 地面に描かれた、見たことのない陣。

 光の線が、まるで生きているみたいに三重に折り重なっていた。


 その中心に――一人の男。


 (中略)


 あの時、助けてくれたシオンって人が使ってた魔法陣は、学院で習うものとはまるで違っていた。


 だから、記憶を頼りにアンディと再現した。

 ――形だけでも、近づけるように。


「そして――ピクルが“降りてきた”」

 

「……やっぱり」

 

「普通じゃないとは思ってたけど……そのシオンっていう人は誰なのかしら」

「王国の人だと思う?」


「旅人だと言ってたけど、それも本当かどうか……」


「そっか、わからない事だらけだね」


 沈黙が二人の間を支配する。


「ユウリ、私ね」


 言葉を選ぶように、視線が少しだけ揺れる。


「ずっと、違和感があったの」


「違和感?」


「……降霊術」


 小さく息を吐く。


「魂を器に当てはめるやり方」

「“そういうもの”だって、ずっと教えられてきたけど」


 少しだけ、眉が寄る。


「どうしても、納得できなくて」


 ユウリは黙って聞いている。


「だから、ここに来たの」

「王国なら、何かわかるかもしれないって」


 一拍。


「でも――」


 そこで言葉が止まる。

 ほんの少しだけ、苦笑する。


「……あんまり変わらなかった」


 静かに目を伏せる。


 そして。


 もう一度、ユウリを見る。


「でも、ユウリの降霊術は違った」


 はっきりと言い切る。


「聞けば聞くほど……」

「ちゃんと意味がある気がするの」


 ピクルの霊触媒を見る。


「無理やり閉じ込めてるんじゃない」

「魂そのものが“そこに在る”って感じがする」


「だから――知りたいの」


 一拍。


「……でも」


 少しだけ、言葉に迷う。


「同じことをしても」

「たぶん、私は――できない気がする」


 正直な言葉。

 強がりじゃない。


 ユウリは、少しだけ考えて――

「……じゃあさ」

「試してみるか」


「え?」


「やり方とか、よく分かってないけど」


「俺がやってること、そのまま教えるくらいなら出来る」


 一瞬。


 リナの目が、わずかに見開かれる。


「……いいの?」


「もちろん。減るもんじゃないしな」

 軽く言う。


 でも。

 その言葉には、嘘がない。

 リナは、ほんの少しだけ笑った。

「じゃあ――お願い」


 夕焼けが、ゆっくりと沈んでいく。

 影が、少しだけ近づいた。

 

 静かな時間。


「……お腹空いたね」

 ぽつり、とリナが言った。


「そうだな」

 ユウリは窓の外に目を向ける。

「もうこんな時間か」


 一瞬だけ間を置いて――


「……食堂、行くか」


 リナが、少しだけ目を瞬く。

「一緒に?」


「嫌なら別にいいけど」


「行く」


 即答だった。

 その速さに、ユウリは少しだけ笑う。

 二人は並んで部屋を出た。


 ◇


 夜。

 寮の自室。


 食事を終えた二人は、解散してそれぞれの部屋に戻った。


 部屋に戻ったユウリは、今日受け取った短剣――護身剣ミツルギを眺めている。

 

 部屋には、まだリナの温もりが残っていた。


 青みがかった刀身が美しい。


 右手に短刀を握る。

 少し反りの入った片刃の短刀。


 構えを取る。


 摺り足。

 重心移動。

 そして踏み込み。


 剣は振らずに基本の動作を確認する。


「悪くない」


 カミナギとミツルギ。

 二つで一つ。

 

 机の上の多面体結晶。

 その中の桃色の核が、静かに光っている。


 まるで――

 それに応えるように。


 ユウリは、短剣を軽く握り直した。


「ミツルギ、か」

 小さく呟く。


 青みがかった刀身が、淡く光を返す。


 ――静かな夜だった。

 

 

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