表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
True Necromancy  作者: 匿名係長
一章 降霊術ユウリの憂鬱(仮)
3/9

2話


 事務室の中は、学院の他の建物と比べてもひどく落ち着いていた。


 壁一面に並ぶ書架。整然と分類された書類棚。

 装飾はほとんどなく、必要最低限の魔法陣だけが床と机に刻まれている。


 カウンターの奥に座っていたのは、落ち着いた雰囲気の女性だった。

 年齢は三十前後だろうか。黒髪を後ろでまとめ、無駄のない服装。

 視線の動きが早く、ユウリの姿を一目見ただけで状況を把握したようだった。


「初めまして。王立魔導学院、事務局です」


 柔らかいが、芯の通った声。


「今日、王都に到着された新入生ですね?」


「はい。ユウリといいます」


「確認しますね」


 彼女はユウリの差し出した個人端末カードを受け取り、机に置いた小型の魔導端末にかざした。

 淡く光る魔法陣が展開され、情報が空中に表示される。


 事務員は一瞬だけ目を走らせ、頷いた。


「ユウリ・カミナギ。入学資格、確認できました。遠方からお疲れさまでした」


 手際が良い。

 余計な動作が一切ない。


「では、いくつか説明をします。多少長くなりますが、必要なことですので」


「はい」


 ユウリが姿勢を正すと、事務員は淡々と続けた。


「まず、当学院は十五歳以上であれば年齢に関わらず入学可能です。高等教育機関に在籍している間は、国家労働義務は免除され、代わりに給金が支給されます」


「生活は……?」


「最低限は、すでに保証されています。学院で学ぶために困ることはありません」


 当然のように言う。


「次に学科についてです」


 空中の表示が切り替わり、学院の学科一覧が浮かび上がった。


「攻撃魔法学科、補助魔法学科、錬金術学科、魔術理論学部――こちらは研究系ですね」


 そこまでは、特に問題はない。


 だが。


「……そして、降霊術学科」


 事務員は、その項目に視線を落としたまま、ほんの一拍だけ間を置いた。


 ユウリは、それを見逃さなかった。


「降霊術学科は、当学院でも特別な位置づけになります」


 声の調子は変わらない。

 だが、説明の仕方が明らかに違った。


「定員は他学科より少なく、履修内容も個別対応が多い。安全管理の観点から、実技は制限されることがあります」


「制限……?」


「ええ。降霊術は理論上、危険性が高い分野ですから」


 事務員は事実だけを述べる。


「そのため、学内でも理解者は多くありません。これは事実として、お伝えしておきます」


 フォローも、感情もない。

 だが、それがかえって重く響いた。


「就職先についても、選択肢は限られます。国家管理下での研究職、もしくは特殊任務に就くことが多いでしょう」


 そこまで言って、事務員は初めてユウリの目を見た。


「……それでも、希望は変わりませんか?」


 一瞬だけ、静寂が落ちる。


 ユウリは、ゆっくりと息を吸った。


「はい」


 迷いはなかった。


「降霊術学科を希望します」


 事務員は、ほんの僅かに目を細めた。

 驚きでも、疑念でもない。


 ――評価だ。


「分かりました」


 すぐに頷き、手続きを進める。


「では、降霊術学科として登録します」


 端末が淡く光り、手続きが完了する音が響いた。


「これで正式に、王立魔導学院の学生です。制服と教科書類の支給は明日以降になります。学生寮の紹介も兼ねてこれから学院内の主な施設を案内します」


 事務員は書類をまとめながら、淡々と締めくくる。


「最後に一つだけ。降霊術学科の学生は、良くも悪くも目立ちます」


 言葉を選んでいるようで、選んでいない。


「覚悟だけは、持っておいてください」


 ユウリは、小さく頷いた。


「……はい」


 事務員は書類を一式まとめると、ユウリに向き直った。


「これで正式に、王立魔導学院の学生です。

 制服と教科書類の支給は明日以降になります」


 一呼吸置いて、続ける。


「入学式までは、まだ一週間ほどあります。

 その間に生活環境に慣れてもらうのが学院の方針です」


 その言葉に、余裕と自信がにじんでいた。


「それでは学院内を見て回りましょう。

 初日から放り出すようなことはしませんので、ご安心を」


 ユウリは軽く頭を下げ、事務員の後に続いた。



 学院の内部は、昼間とはまた違った顔を見せていた。


 授業が行われていない時間帯にもかかわらず、完全な静寂ではない。

 廊下の先から微かに聞こえる話し声。

 資料を抱えて足早に移動する学生の姿。


 すれ違う生徒たちは、皆制服姿だった。

 紺色を基調としたローブに、胸元の銀色のバッジ。


 学科ごとに紋様が異なるらしく、いくつかの意匠が目に入る。


 中には、ユウリに一瞬だけ視線を向ける者もいた。

 制服ではない私服姿。

 それだけで、「新入生」だと分かるのだろう。


 好奇の視線。

 無関心な視線。

 そして、ごく稀に――わずかな警戒。


 事務員はそれらを意に介した様子もなく、淡々と歩き続ける。


「この時期は、在校生の自主研究期間です。

 新学期前に課題を進める者もいれば、実家に戻り休養をすることを選ぶ者もいる」


 何気ない説明だが、

 学院が常に稼働している場所であることが伝わってくる。


 演習場の前を通り過ぎると、かすかに魔力の揺らぎを感じた。

 研究棟の一角では、灯りがまだ消えていない部屋もある。


「必要であれば、指導教員の面談も調整します。

 学科に関わらず、初年度は特に手厚く対応しますから」


 その“学科に関わらず”という言い回しに、

 ユウリは小さく胸の内で頷いた。


 ――降霊術学科も、例外ではない。

 少なくとも、制度の上では。



 やがて、生活区画へと入る。


 空気が変わる。

 研究や演習の緊張感とは違う、生活の匂い。


「こちらが学生寮です」


 建物は学院の他の施設に比べれば控えめだが、造りはしっかりしている。

 無駄な装飾はなく、実用性を重視した設計。


「原則として一人部屋。

 生活魔導具、寝具、最低限の家具は備え付けです」


 通路を進みながら、事務員は続ける。


「食事は共用食堂。

 時間外は簡易配給に切り替わりますが、生活に支障は出ません」


 扉の前で立ち止まり、鍵を差し出した。


「本日は仮室ですが、正式な割り当てと設備は同等です。

 入学式後に部屋の移動が必要になる場合は、こちらから連絡します」


 ユウリは鍵を受け取る。


「何かあれば、部屋内の呼び出し符を使用してください。

 新学期前の期間中は、事務局も常時対応しています」


 それだけ告げると、事務員は軽く一礼した。


「では、今日はゆっくり休んでください。

 学院へようこそ」


 足音が遠ざかり、廊下に静けさが戻る。


 扉を開け、中に入る。


 簡素で、整った空間。

 “学生の生活”が、すでに用意されている部屋だった。


 ユウリは荷物を置き、ベッドに腰を下ろす。


「お腹……空いたな」


 

 ◇


 

 部屋に戻ると、腹の奥がようやく落ち着いていた。

 派手さはないが、温かくて、妙に安心する味だった。


 ――学院の食事、か。


 悪くない。

 

 灯りを落とすと、部屋は一気に静かになった。


 学院の寮は、防音の結界が施されているらしい。

 外の気配はほとんど感じられず、残っているのは自分の呼吸音だけ。


 ユウリはベッドに横になり、天井を見上げた。


 ――本当に、来てしまった。


 王立魔導学院。

 降霊術学科。


 名前だけを思い浮かべても、まだ実感が湧かない。

 期待よりも、不安の方が先に立つ。


 例外。

 異端。

 制度としては存在しているが、選ぶ者は少ない学科。


 事務員は淡々としていた。

 配慮も、距離も、過不足なく。


 それが余計に現実感を強める。


 ここでは――

 特別扱いも、免罪符もない。


 ただ「学生」として、結果を求められる。


 ユウリは目を閉じた。


 無意識に枕元に置いた荷物に触れると、微かに温もりを感じた。それだけで、なぜか故郷の家の灯りが脳裏に浮かぶ。


――明日、手紙を書こう。


そう思ったところで、意識は静かに眠りへと沈んでいった。

 


 ――風の音。


 低く、長く、どこまでも続く音だった。

 耳元ではなく、世界そのものが鳴っているような――そんな音。


 ユウリは立っていた。


 足元は見えない。

 地面があるのか、空中なのかも分からない。

 ただ、落ちる感覚はなかった。


 周囲は暗い。

 夜というより、光そのものが存在しない空間だ。


 それでも、不思議と恐怖はなかった。


(……ここは)


 声に出そうとして、やめる。

 言葉にした瞬間、この場所が壊れてしまう気がした。


 風が、また吹く。


 その風に、熱が混じっていた。

 肌を焼くほどではない。

 焚き火のそばに立ったときの、あのじんわりとした熱。


 やがて、視界の奥に“揺らぎ”が現れる。


 光ではない。

 影でもない。


 ただ、そこだけが――在る。


 巨大だった。

 形は定まらず、輪郭は曖昧で、それでも圧倒的な存在感がある。

 見上げているはずなのに、距離感が狂っていた。


 それは、動かない。


 だが、見られていると分かる。


 視線ではない。

 意識そのものを、こちらに向けられている感覚。


(……知ってる)


 理由は分からない。

 名前も思い出せない。


 それでも、ユウリの中で確信だけがあった。


 ――これは、初対面じゃない。


 熱が、少し強くなる。


 揺らぎの奥で、何かが瞬いた。

 炎のようで、そうではない。

 感情のようで、違う。


 言葉が、頭の奥に直接流れ込んでくる。


 だが、それは“声”ではなかった。

 意味を持たない。

 ただ、理解だけが生まれる。


 ――まだだ。


 ――今ではない。


 ユウリは、なぜか頷きそうになる。


 問いも、反論も浮かばない。

 そうなのだと、自然に受け入れてしまう。


 揺らぎが、わずかに近づく。


 距離が縮んだのか、世界が歪んだのかは分からない。

 ただ、熱が胸の奥にまで届いた。


 心臓の鼓動が、妙に大きく聞こえる。


(……呼ばれてる?)


 その瞬間。


 風が、止んだ。


 音が消え、熱も引く。

 揺らぎは、急速に遠ざかっていく。


 いや――違う。


 自分が、引き離されている。


 視界が白く染まり、輪郭が崩れる。

 足元の感覚が戻り、重力が戻る。


 最後に、あの“存在”が、ほんの一瞬だけ――


 安堵したように見えた。


 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ