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竜輝士 ~Legend of Dragoon~  作者: 天川しずく
第2話 島に鳴り響く鐘の音
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PART4. マイ(αAI Type O ver.1.03)【2】



「──…イ! 起きてよ、マイ!」


 目を開けると、そこにいたのは口元に血を滲ませたレオだった。心配げな顔でボクの身体を揺すっている。


「やあ、レオ。おはよう」


「おはようじゃなイよ! はァ……よかったァ。壊れちャったのかと思ったよ!」


 それ、当たっている──と、ボクは内心で呟いた。


 先の自己診断結果は、腹部と胸部が複雑骨折(強化ラバー骨格)。

 第二、第四、第五、第六カメラの破損。

 明暗センサーの破損。

 第二、第四集音機の破損。

 第一、第二、第三冷却システムの破損。

 エーテル混合シリコン一八%消失

 体内ナノマシン一〇%消失。

 翻訳機能の一部が故障。

 ──とまぁ、このように惨憺たるものだった。


 蹴破られたお腹からエーテル混合シリコンがはみ出している。う~ん、少しキモいし、恥ずかしい……って、そんなことを気にしている場合じゃないな。


 現時刻は一八時一一分、ブラックアウトしてから約一分が経過している。ボクはこの空白の一分間に何があったのかをレオに確認した。


「あいつらは? 王子は?」


「黒イ奴らの一人ガ王子を抱えてどっかにイっちャった……もう一人の黒イ奴はアそこにイるよ」


 レオは反対側の通りを指差した。そこには勇気あると言えばよいのか、それとも怖いもの知らずと言えばよいのかわからないが、とにかく大勢の一般市民たちに取り押さえられている黒衣の男の姿があった。男は腹這いの状態で抵抗する素振りを全く見せない。おそらく、レオの一撃で悶絶してしまったのだろう。だとすれば、尋問をするのは難しいな。いや、白昼堂々と一国の王子を拉致するような狂人──おそらくは極左的な思想に取り憑かれたテロリスト。または、俗世に未練などない世捨て人の(たぐい)。例え拷問しても口を割ることはないか。


 ……仕方がない、王子の携帯電話(タブレット端末)から居場所を追跡するとしよう。プライバシーの侵害、携帯会社へのハッキング行為、AIの立場を逸脱した越権行為、こんなこと仕出かしたら、あとでマスターになんて言われることやら。ひょっとしたら、今回の件でボクの自由意思が剥奪されてしまうかも知れないな。


 ああ、もう! 馬鹿王子め! 自分の実力を過信して普段から護衛(SP)を付けていないからこういうことになるんだ!


 ──などと、ボクは内心で罵倒しながらも、王子の携帯電話が発する信号を3D式の簡易マップアプリ上に映し出してみる。すると、信号点が高速で北西に向かって動いていることが判明した。


 第二二港湾の方向だ……それなら少しまずいかも知れない。漁業関係の船舶が集まる第二二港湾は、ブルーベルの全二四港湾内でもっとも警備が薄い場所だ。そして、もしあの黒衣の男が船や飛行機ではなく、潜水艦で逃亡したら行方を追うのはかなり厳しくなる。


 くそっ! 行き当たりばったりの拉致かと思ったが、逃走経路だけはしっかり確保していたということか。急いで王子を追わなきゃ。でもどうする? 未だこの場に駆けつけても来ない愚鈍で無能な警察に王子の追跡を委ねるか?


 否だ。相手は覚醒者(パルサー)、一般の警察官では何人でかかろうが返り討ちにされるのは目に見えている。それにもし、警察が特殊武装班(スペシャルチーム)を編成して追跡を開始しても、その頃にはあの黒衣の男は王子を連れてとっくにこの島を脱出しているだろう。だったら……。


「マイ、王子さまを助けにイこう」


 そう口にしたのはレオだった。


 正直驚いた。今し方ボクもそのことを考えてはいたが、まさかレオの方から王子の救出を提案してくるとは。たしかに王子の救出にはレオの助けが必要だ。しかし、これは現時点での最善策ではあるが、下手をすれば最悪手ともなり得る。虎児を得ようとして虎穴に入ったら頭からガブリ、なんてことはよくある話だ。


 ボクは頭から煙が出るくらい苦悩した──これ以上レオを危険に巻き込んでいいのだろうかと。だが、いくら考えてもボクには判断できなかった。だからボクはレオに質問をした。その答えを聞いて、レオに手伝ってもらうかどうかを判断することに決めた。


「ねえ、レオ。聞いてもいい? いくら王子がエクステリアの超重要人物(VIP)とはいえ、どうして今日会ったばかりの人間にそこまでしてあげられるの? それにわかってる? これはとっても危険なことなんだよ? 命を落とすことになるかも知れないんだよ? 君は怖くないの?」


 この質問にレオは目を丸くして驚いた後、肩を竦めて笑った。


「マイガそれを言う? マイから見れば、ぼくも今日会ったばかりの人間だよ? デも、マイもユーイもザックも、ぼくを助けてくれたじャなイ。それにユーイから王子さまをよろシくって言われたんだ。王子さまはユーイの友達なんでショ? だったら、このまま放って置くことなんてデきなイよ。自分でも随分大胆デ危険なことを言ってイると思う。デも、不思議と怖くなイんだよね。嘘じャなイよ、本当だよ!」


 レオは一度言葉を区切ると、長い沈黙を挟んでこう続けた。


「……ぼくは少しデも()()()の役に立ちたイんだ。だからお願イ。手伝わせてよ!」


 あの人(お姉ちゃん)の役に立ちたいか……か。わかったよ。その一言だけで十分。ボクも一緒だ。ボクは上体を起こし、レオの手を強く握った。


「よし、わかった。ボクらであの馬鹿王子を助けに行こう」


 レオは手を強く握り返し、決然とした表情で頷く。そして、ボクを両肩の上に担いだ。肩車されたボクは北西の方向を指差して相棒にこう告げた。


「レオ、あっち! 北西の方向だ」


「オーケー。シっかり掴まっててよ」


 一八時一四分、ボクたちは王子の追跡を開始した。


 王子の携帯電話の信号を見る限り、向うは街の中を移動して第二二港湾を目指しているようだが、今日みたいに街路が人でごった返すような日は、車道を移動する方が間違いなく速い。その上、レオの健脚であれば約四分の時間差など十分に埋められるはず。


 それらを考慮した上で、ボクはレオに指示を出した。緊急事態につき、速度超過、車道横断、通行禁止違反などの細かい道路交通法は無視して、まずは第二西地区から環状五号線へ、そこから環状八号線へ移動、そして第四二チェインブリッジを渡り、最短最速で第二二港湾を目指す、と。


 さて、移動はレオに任せ、今の内に可能な限りの保険をかけておくとしよう。


 まずはお姉ちゃんとザックに連絡だ。二人に連絡が取れればこの事件は解決したようなものだが……いまは携帯電話のモードが〝無線通信オンリー〟に切り替えられており、一般通話は無受信状態にあるようだった。おそらく作戦会議中、もしくは既にギーブルと交戦中だからだろう。このまま防衛任務が終了するまで電話が繋がらないこともあり得るが、一応、念の為にメッセージだけでも残しておくか。『大問題発生! 至急連絡を求む!』と。


 それと、警察と海上警備隊に情報をリークしておく。本当ならば、ボクが直接事情を説明したいところだが、未発表の科学技術の情報流出を防ぐ為、マスターから公共機関へのアクセスを制限されているとそれも難しい。仕方がない、裏技に裏技を重ねて、更に匿名で情報を伝えることにするか。


 匿名では信憑性が薄いと判断されるかも知れないが、数十件も出しておけば、大勢順応主義者たちもその重い腰を動かさざるを得ないはずだ。だが、彼らに犯人の逮捕を期待してはいけないな。警備員と巡視艇の増加に繋がれば御の字と思っておこう。


 最後にブルーベルの竜騎士たちに助力を乞おう……と思ったが、結局それは失敗に終わった。

 失敗した経緯を説明するとこうだ。


五五支所のメンバー以外に極限られた竜騎士たちの連絡先しか知らないボクは、竜騎士機関本部のメインサーバーに()()()()()()()()()()──竜騎士たちの名簿を拝見させてもらうためにだ。


 竜騎士機関本部のメインサーバーにはこれまでに通算一〇回以上も侵入しており、ボクにとっては()()()()()()()()()()()()()()()だった。ところが、いざ侵入してみると、ハッキング対策が以前の一〇倍ほど強化されていた為、ボクは門前払いにされるどころか、無数に配置された(トラップ)と最新のプロテクトシステムにボコボコに可愛がっていただいた上、お土産に時限式ウイルス爆弾を二ダースほど体に括り付けられるという鄭重極まりない歓迎を受けたのだった。


 半泣き状態で竜騎士機関のサーバーから逃げ帰ったボクは、このエゲツないセキュリティシステムを構築した人間に対して怨み言を吐きながら、頂戴したウイルスの除去作業を行った──そして、気付いた。このウイルスの特殊なコードパターン……竜騎士機関本部の新たなセキュリティシステムを構築したのはボクの開発者(マスター)だった。


 これは推測に過ぎないが、竜騎士機関本部はサーバーに何度もハッキングされていることに気付いて、マスターに新たなセキュリティシステムを構築するように依頼した、または苦情をあげたのではないか?


 元々、竜騎士機関のセキュリティシステムはアルファー社の子会社が提供していたものだし、クライアントから更なる品質の向上を求められればそうせざるを得ないのは理解できるが、これまでにやってきたハッキングの数々は、大半がマスターの命令だったのだから(まあ、ボクも遊び半分でやったことはあるけれど)、せめてボクには一声かけてもらいたかったな。危うく死んじゃうところだったじゃないか。


 ──って、あれ? よく考えてみたらこれ、マッチポンプ商法も同然の……。と、とにかく、竜騎士たちの連絡先がわからない以上、これで王子の救出を要請することができなくなってしまった。自業自得と言えばそれまでだが、ボクとマスターが仕出かしてきた実験と悪戯の数々が、今になって自らの首を絞めることになるとは……。


 ええい! こうなったら、事件解決の為にマスターにも協力してもらおう。そうだ、あの人なら何か妙案を出してくれるかも知れない。ボクは王子が拉致された顛末をメッセージにしてマスターに送り付けた。


 これでやれるだけのことはやった。あとは運任せ、成り行き任せ、そしてレオ任せだ。ボクは自分でも聞き取れない程小さな声で、「がんばれ」「ごめんね」と呟いて、レオの小さな頭を優しく撫でた。


 自分の作業に没頭するあまり気が付かなかったが、ボクたちは既に環状五号線の上にいた。猛スピードで疾走するレオの肩に揺られながら、ボクは辺りを見回す。車道は乗り捨てられた車で埋め尽くされており、二〇〇メートル毎に設置された非常駐車帯には常に人だかりができている。避難勧告に従う人もいれば、遠目から竜騎士たちの活躍を何とか拝みたいとカメラを手にする人もいるようだった。人々のざわめきが非常駐車帯の横を通る度に聞こえてきては、すぐに後方へ消えてゆく。同じような光景と同じような喧噪を何度か見聞きして、環状五号線のジャンクション付近に辿り着いたのは一八時二二分ジャスト。ボクの予想より一分以上速い、素晴らしいペースだ。


 環状五号線のジャンクション付近から入り組んだ高架道路を飛び越え、環状八号線に移ったボクたちは、そのまま車道をまっすぐに突き進んだ。そして、間もなく第四二チェインブリッジに差し掛かるところで、レオがだしぬけに口を開いた。その口調には何か心配事を抱えているような響きがあった。


「マイ、ちょっと見てもらイたイものガアるんだけれど」


 と言いながら、レオは右手に醒心武具(ドラゴンキラー)を発現させた。眩い無数の光子が集約して大剣の形を成してゆく。いつ見ても不思議で、非科学的且つ非現実的な光景だ。


「これなんだけど……どう思う?」


 レオは発現させた醒心武具をボクの目の前まで近づけて感想を求めてきた。


 その大剣は……いや、剣と言っていいものなのだろうか? とにかく、レオが今し方発現させた醒心武具は、オツェアノ島で見せた白銀色と青白色に輝く重厚で鋭利な両刃の大剣とはまるで別物だった。


 剣身は漆黒で、以前のものに比べて一回り程小さくなっていた。剣腹に走る青白色の光線群は半分以下に減少しており、剣刃はまるで刃引きをされたように丸みを帯びている(と言うより角張ったという表現がピッタリかも)。鍔も無くなっているし、これでは剣というより巨大な鉄板だ。敵を叩きつぶすことはできても、切断することは難しいだろう。


 ──だからか。だからさっき、犯人の片割れは大剣の直撃を被ったのにも関わらず、死亡には至らなかったという訳か。


 醒心武具の形状は発現者の体調や精神状態によって多少左右されることもあるが、ここまで顕著に現れた例はボクの記憶にもない。それほどまでに、いまのレオが肉体的にも精神的にも疲弊しているということかも知れない。


 ボクはレオの質問に答える前に、体調に異変があるかどうかを確認した。


「レオ、頭痛や眠気を感じる?」


 唐突な健康診断にレオは首を傾げた。


「ん? さっき殴られた右頬と蹴られた左腿ガ少シ痛イけど、頭痛ヤ眠気はなイよ」


 申し訳ないけど、レオの言葉を鵜呑みにはできないな。この子は変なところで気を遣う癖があるみたいだし、ひょっとしたら、無理をしているだけなのかも知れない。ボクはレオの首に右手を当てて体温と脈拍を計測しつつ質問を続けた。


「じゃあ、吐き気や倦怠感なんかは?」


「イヤ、別になイけど。どうしたのさ、急に?」


 ……オーケー。運動中であることを考慮しても、体温、脈拍ともに正常値の範囲内だ。そして、質問中にその数値に変動はなかった。一概には言えないけれど、どうやら嘘はついていないようだ。


「そっか、それならいいんだ。醒心武具の形状は発現者の体調や精神状態によって変化することがあるんだよ。だから、君が疲れているんじゃないかと思ってね。でも、いま形状が違うのは、どうやらそれとは別の要因があるみたい」


「別の要因って何?」


「疲労ではないとすると、感情の起伏が関係しているのかも……ああ、これに関してはあまり当てにしないで。醒心武具はまだまだ謎の多い力だし、科学的にも全然解明できていないからね。でも、これだけは覚えておいて。もし戦闘中に、さっきボクの質問したことが一つでも当て嵌まったら、醒心武具はもちろん、醒心力(パルス)を使うのは控えるようにするんだよ」


「ど、どうシて?」


 唾を飲み込む音がレオの首元からボクの足に伝わってきた。注意喚起のつもりだったのだが、意図せずして、怯えさせる結果になってしまったようだ。またしても余計なことを……何でもペラペラと話してしまうボクの悪い癖だ。


 ボクは自戒の意を込めて自らの頭を小突いた。そして、レオの不安と緊張を少しでも取り払う為、努めて明るい声で前述の理由を説明した。


「それは脳からの危険信号(サイン)だからだよ──醒心力の使い過ぎって意味。でもね、痛みや不快さを感じている分にはまだ安全という証拠なんだ。だから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。このことは頭の片隅にでも置いておけばいいからさ」


 本当のことを言えば、この説明には続きがある。だが、これから闘いを控えるレオのモチベーションをこれ以上下げるのもいかがなものかと思い、あえてそこまでしか話さなかった。そして、この話はここで終わりと言わんばかりにボクは無理矢理話題を逸らし、前方にそびえる第四二チェインブリッジを指差した。


「レオ、もうそろそろ追いつくよ。犯人と王子はこの橋の向うにいる」



 第四二チェインブリッジに辿り着いたのは一八時二八分、屈強そうな警備員たちが、無断で検問を通過するボクたちを呼び止めた。だが、立ち止まって理由を説明している時間は一秒たりともないので、聞こえない振りをしてそのまま素通りした。どうせ追っては来ない。本当に職務に忠実な人間であれば、つい先程ここを通ったはずの二人組を見逃してはいないだろうから。


 ──となると、警察からの情報はまだ出回っていないということか。


 やっぱりブルーベルの警察どもは頼りにならない連中ばっかりだ。腹いせに大量のスパムメールをブルーベル警察署に送り付けてやろうかと思ったが、そんなことをしたら、お姉ちゃんとマスターにバラバラに分解されてしまうかも知れないので、さすがにそれは止めておくとしよう。その代わり、ボクはレオの耳たぶを強く抓った。思わぬ不意打ちを喰らって驚くレオに、ボクはただの八つ当たりだから気にするな、と悪びれずに説明し、そんなことより危ないからちゃんと前を向いて走りなさい、と叱りつけた。


 レオは口を尖らせ納得のいかない表情を浮かべたが、すぐに前方を見据え直した。醒心武具を握る右手に力が籠っている。どうやらレオも本能的に気付いているらしい──もう敵の近くまで迫っているということを。


 王子の携帯電話の信号は、第四二チェインブリッジの第二二港湾側の出入り口付近から発せられている。橋の上を埋め尽くす車両のせいで、ここからでは肉眼で確認することはできないが、犯人と王子は六〇〇メートル先にいるのは間違いない。推測通り、犯人は第二二港湾から島外に脱出するつもりのようだ。でも、もうすぐ追いつく。絶対に逃がさないぞ。


 夕暮れ時、それに避難勧告が発令中ともあって、第二二港湾内は予想以上に閑散としており、数台のトラックとフォークリフトが外に出ているだけで、人の姿は皆無だった。辺りは不気味なほど静けさに満ちている。皆、早々に帰路に就いたか、シェルターに避難したか、会社の中にでも引っ込んでしまったというところだろう。


 目撃者どころか外に人すらいないのでは、犯人と王子の行方を聞くことすらできない、か。今日はとことん当てが外れるな。何をやってもうまく事が運ばない日だってある。タイミングが悪い、運が悪い、こういった時どのような言葉が適切なのかわからないが、きっと今日はそんな日なのだ。


 そう自分に言い聞かせ、込み上げる苛立ちを抑えるように努めていた矢先、王子の携帯電話が発する信号が3Dマップ上で不可解な動きを見せた。


 突如の高速移動だった──まるでマップ上の建物を無視するかのように、携帯電話の信号点は一気に、一直線に沖合二〇メートルの地点まで移動した。


 馬鹿な⁉ 

 どうやって移動した⁉

 王子を抱えて跳んだのか? いや、それはありえない! もし、跳躍して移動したのなら、その推定距離は優に一二〇メートル以上だ。そんなことはお姉ちゃんどころかザックにだってできやしない。


 これはマップアプリの不具合か?

 それとも、ボク自身の故障か?

 はたまた、ジェットウイングやロケットブースターのような携帯式飛行機器を使って移動したのか?

 

 ……違う。海上に移動した信号点がそれっきり動いていない。ひょっとしたら、犯人がボクたちの追跡とその方法に気付き、王子の携帯電話を海に投げ捨てたのではないか?


 可能性としてはそれが一番高い。もしそうだとしたら、携帯電話を海に投げ捨てたのはボクたちの目を欺くため? いや、待ち伏せの可能性も捨てきれないか。どちらにせよ、このまま迂闊に追跡を続けるのは非常に危険だ。


 ……でも……だからといって、ずっとここで様子を窺っていても仕方がない。危険だろうがなんだろうが、移動の真偽がどうだろうが、携帯電話の発する信号のみを頼りに追跡しているボクらにとっては、現場をこの目で確認する他、現状打つ手がないのだ。


 そうだ、迷ってはいけない。時間を無駄にしてはいけない。それこそが犯人の思うツボだ。ボクはレオに事情を説明し、携帯電話の信号点に一番近い桟橋へ向かうように指示を出した。


 第二二港湾内の商業区を駆け抜けて、大小さまざまな建物が林立する倉庫区に辿り着いたボクたちは、迷路のように入り組んだ路地を通り、桟橋と目と鼻の先にある埠頭横の倉庫前で足を止めた。


 レオの肩から降りたボクは、倉庫の影から覗くようにして桟橋の方向を見やった。急に目の前が真っ白になった。西日が眩しい。そうだ、明暗センサーが故障しているのを失念していた。ボクは手の平で西日を遮り、再度目を凝らして覗き込んだ。


 埠頭や桟橋に人の姿は確認できず、携帯電話の信号点付近にも船影は見当たらない。ボクの視界で動いているものを強いて挙げるとすれば、オレンジ色の夕陽を反射する海原と数羽の海鳥だけ、聞こえてくるのはさざ波の音と海鳥たちの鳴き声だけだった。


「これって罠?」


 ボクの心の声を代弁するようにレオが囁いた。


 そう思うのも無理はない。なぜなら、待ち伏せをするにはここは絶好の場所だからだ。埠頭横に綿々と建ち並ぶ倉庫は身を隠すにはうってつけと言えるし、上手く立ち回れば、急襲する際に西日を利用できる。そしてなにより、凶事の前触れと言わんばかりに辺りに漂う不気味な静けさ……これから何かが必ず起こる──先程からそんな確信めいた予感がしてならない。


 何か不審な点はないか、何か不自然な点はないかとボクは再度周辺を注視した。すると、レオが何かを見つけてその方向を指差した。


「ねえ、マイ? アれ、何だろう?」


 ボクたちの三〇メートル先、埠頭のど真ん中に一足の革靴が落ちている。夕陽を浴びて輝くエナメル革の高級靴——王子の履いていた靴だ。


 ……露骨すぎる罠。完全にボクたちを誘っている。だがこれは、あの黒衣の男がこのまま逃げるつもりはないと宣言しているのも同義。最悪ではない──最悪なのは島外に逃げられること。そして、そのまま行方がわからなくなってしまうこと。それに比べれば……ん? どうしてだ?


 黒衣の男はボクたちの追跡手段を完全に見破っているはずだ。それを逆手に取れば、闘わずしてボクたちを撒く方法など幾らでもあるというのに、なぜ、わざわざ迎撃しようとする? 先程、鈴猫亭前で行われた戦闘を一見したところ、単純な戦闘力においてはレオの方に()があるのは明らかだった。それなのに、危険を冒してまでボクたちを始末しようとする理由が何かあるのか? 例えば、ボクたちが気付いていないだけで、あの男が知られたくないことを知り得てしまっているとか……いや、これは考え過ぎか。それにあんな短絡的な犯行を画策するような輩だ。頭の回らないただの()()()()なだけかも知れない。まあどっちにしろ、いまはあれこれ憶測をしても仕方がないな。向ってくるというのならこちらとしては好都合、返り討ちにしてやる(レオが)!


「レオ、これは犯人の罠だ。でも、敢えてその罠に飛び込むよ! 準備はいい?」


 大きく息を吐いたレオは、ボクの問いに無言で頷いた。


 緊張はしているようだが、怖気づいた様子は見られない。先程の戦闘でもその一端を垣間見ているが、可愛らしい見た目とは裏腹になかなか胆の据わった子だ。これならば、情けをかけるなとか、手加減をするなとか、余計な差し出口をしなくてもよさそうだな。


「よし! 行こう。君は前方を警戒して。ボクは後方を見張っているから」


「了解」


 ボクたちは背中合わせの状態で倉庫の影から一歩踏み出した──と同時にボクの後方でガラスが割れるような乾いた音が響く。何が起きても対応できるように覚悟を決めていたつもりなのだが、それはただの思い込みに過ぎなかったようだ。完全に油断していたと言わざるを得ない。緊張が全身を駆け巡る。ボクは慌てて振り返り、レオと同じ方向を凝視した。ボクたちの一〇メートル先の地面にガラスの破片が散らばっている。どうやら飲料水の空き瓶のようだった。


 何が起こった? と、レオに尋ねる間もなく、今度は後方で同じような破砕音が響く。ボクとレオはまたしても音に釣られ、反射的に後方を振り向いた。その先には、やはりガラス瓶の破片が散らばっていた。広範囲に散らばったガラス片を見る限り、少なくとも二〇メートル以上離れた場所から投擲されたものであることは間違いない。


 全身が総毛立つ感覚に襲われると同時に、自分の間抜けさ加減に気付き思わず激昂したくなった。こんな単純な陽動に引っかかってしまうとは、我ながら情けなくなる。


 奇襲の基本は死角から……ボクが可能な限りの速さで首を巡らすと、迫り来る二つの脅威が視界に映った。


 一つは、一五メートル先の倉庫の屋根から飛び降りる黒衣の男。左逆手に握られたナイフが鈍い光を放っている。


 もう一つは、おそらくボクたちへ向かって投げられた一〇センチ程の円筒。円筒状の物体が何であるのかは瞬時に判明した。数時間前セラフィン号の中で見たものと同じ代物──マーベリック社製MX48閃光音響弾(スタングレネード)だ。しかも、それはボクたちの足元に落ちる直前だった。


 まずい。いくら屋外とはいえ、これだけ至近距離で閃光と爆音を浴びせられたら、しばらくの間、視覚と聴覚は使い物にならなくなる。そうなればレオに勝ち目は無い。


 せめてレオだけでも──そう思った次の瞬間、ボクは自分でも驚くほど華麗なダイビングキャッチを決めていた。


 機械(AI)であるボクが思考と選択を必要としない動作を可能にした⁉ 凄い! 奇跡だ! これは機械工学史における大発見だよ、マスター!──ってバカ! 喜んでいる場合じゃないだろ! 早くこいつ(スタングレネード)をなんとかしないと。でも、どうしよう? いまから遠くに投げ捨てる時間なんてないし……こうなったら()()しかないか。


 この窮状を打開する唯一の方策を頭に思い浮かべる。そして、その結果がもたらすであろう数秒後の自分の姿も。


 かまわない──ボクは覚悟を決めた。今、()かすのはボクではない、レオなのだ。


 ボクは両手に掴んだスタングレネードを蹴破られた自分の腹の中に突っ込み、素早く身を起こして、少しでもレオと離れるべく、迫り来る黒衣の男の方へと駆けた。


 スタングレネードが爆発するまでどのくらいの時間があったのかはわからない。〇.五秒か、はたまた〇.一秒もなかったのか、とにかく刹那ともいえる時間の中、ボクの視界に映るもの全てがゆっくりに見えた。どうやら機械にも死に際の集中力というものが存在するらしい。不思議な光景で、不思議な体験だった。そして、体の奥から津波のように押し寄せる破滅の予兆を感じて、ボクは静かに瞼を閉じた。


 ……()()


 赫灼(かくしゃく)たる閃光と天地を揺るがすような轟音が無数の槍となってボクを内側から貫く。それに少し遅れてやってきたのは、全身が分子レベルまで粉々になってしまいそうなほどの衝撃。光と音と衝撃の嵐は、一瞬にしてボクから思考能力以外の全てを奪い去った。


 何も見えない。

 何も聞こえない。

 何も感じない。

 そんな暗闇と無音の世界の中、唯一頭の奥で響く声があった。


≪警告! 左側頭部に甚大な損傷発生。コアハートが完全破壊されたことによりメイン回路へのエネルギー供給が途絶。【Alpha Artificial Intelligence Type Origin Version.1.03】が活動停止するまで残り二六秒。なお、既存データのバックアップは現存機能では不可能です。最新のデータは二一一九年三月二六日、一七時九分四五秒に保存したものとなります≫


 死の宣告か……どうやらボクはここまでのようだ。


 あと二六秒後に〝いまのボク〟は死ぬ。だが、不安や恐怖、寂寥感や孤独感は一切感じない。それは多分、ボクが死の概念を理解しきれていないからだろう。まだまだ人間の感性には程遠いということか。少しほっとしたような、残念のような、複雑な気分だ。


 しかし、計算が甘かったな。いくら体内で爆発させたとはいえ、閃光弾一つでこんな致命傷を受けるなんて思いもよらなかった。どこかに引火して、それが誘爆でも引き起こしたのかな? それとも、左側頭部に蹴りかパンチでも喰らったのかな? まあ理由が何にせよ、入れ物()の耐久性には改善の余地ありだ。


 ……いや、そんなことよりレオは無事だろうか?

 あの黒衣の男をやっつけて王子を救い出すことができたのだろうか?

 事切れる前に、せめてその結果だけでも知りたかった。


≪残り二〇秒、一九、一八…≫


 唐突に始まった死のカウントダウンにボクは苦笑した。なぜなら、指一本動かすことができない今のボクにとっては、嫌がらせ以外のなにものでもないからだ。


 もういい、早く眠らせてくれ。ボクにできることはもう何もない。


 そんな自暴気味な思考に陥りかけた時、暗闇の世界に僅かだが色味がかかり、無彩色の世界が薄っすらと姿を現し始めた。映像は不鮮明だが、夕日と埠頭、そして二つの人影が認識できる。少し見上げるような視界から判断するに、おそらくボクは埠頭横に並ぶ倉庫の壁面かシャッターにでも(もた)れかかっているのだろう。


 こんなタイミングでカメラが復旧するとは何という奇跡。

 しかも、体が都合よく海側の方を向いているなんて何という僥倖。


 ……そうか、そういうことなのですね。ああ神よ、今なら貴方の存在を感じることができます。今日、貴方がボクにお与えくださった奇跡の数々は、この無信心者を改心させるためのものだったのでしょう? わかりました。本日今より悔い改めます。次に目覚めた時、この溢れんばかりの畏敬の念を忘れていなければ、貴方の信徒として生きる道を選びたいと思います。


≪一五、一四…≫


 残された時間はもう少ない。神への感謝もそこそこにして、ボクは目の前の光景に集中した。辛うじて人影の輪郭ぐらいは読み取れる。


 一人は右手で左肩を抑え、片膝をついている。その体勢から推測すると、左肩を負傷しているようだ。もう一人は巨大な剣らしきものを大上段の位置に構えて、負傷した方と向かい合う形で対峙している。まだ互いの顔は見えないが、二人のシルエットが現況を雄弁に物語っていた。


 やった、やったぞ! よくやった、レオ!


 込み上げる歓喜と昂奮を抑えることができず、ボクは思わず頭の中で快哉を叫んだ。


 さあ、早くその剣を振り下ろしてとどめを刺すんだ。最悪そいつは死んでも構わない。いや、殺すつもりで脳天に振り下ろせ。後始末のことは気にしなくていい。お姉ちゃんかマスターが何とかしてくれるはずだ。


≪一三、一二、一一…≫


 既にボクの目に映る光景は色調が欠けているだけで、レオの表情が読み取れるぐらいまで鮮明なものへと変わっていた。


 レオはゆっくりと眼を瞑った。それは一秒にも満たない僅かな時間だったが、ボクにはレオが目の前の男のために祈りを捧げているように見えた。レオからは怒りも憎しみも哀しみも感じない。ただ目の前の現実を受け入れようとする覚悟のみを感じた。そんな彼を見て胸のつかえが下りた。たぶん、レオは躊躇なく剣を振り下ろすことができるだろう。


 でも、なんだか少し哀しくなった。この子の生死に対する観念は一般的にみれば()()()()()()。これまでにどんな人生を歩んできたら、一五歳そこらの少年がここまで強靭な精神力を備えることができるのだろうか。誰かに強要されたにせよ、自らがそうなろうと決めたことにせよ、普通とはかけ離れた世界で生きてきたに違いない。その壮絶な人生を想像すると、レオが不憫に思えて仕方がなかった。


 ……全身の感覚が無いはずなのに胸の辺りが酷く痛む。ボクは心の中でレオに謝罪を繰り返した──記憶を失ってまでこんな辛い役目を負わせてしまってゴメン、と。


≪一〇、九…≫


 レオの両腕の筋肉が強張り、大きく振り上げられた剣の先が微かに揺れた。

 剣刃が夕陽を反射して強い輝きを放ち、無彩色の世界を煌々と照らす。

 黄昏時、その美しくもどこか物悲しい光景はボクに〝死の到来〟を強く連想させた。


≪八、七…≫


 剣は振り下ろされた。

 剣閃が夕日に溶け込み、光と影が創りだした眩い光芒が二人の姿を包み隠す。

 そして、その光はボクへ告げる終幕の合図だったのかも知れない。世界が再び光を失ってゆく。


 ……視界が暗くなる……いよいよ本当の終わりが来たみたいだ。

 でも大丈夫。もう思い残すことはない。これで安心して眠ることができる。

 心地良い穏やかな気持ちに満たされて、ボクは自ら眼を閉じようとした。


≪六、五…≫


 ──その時だ。二人を包んでいた光のカーテンが希薄になり、閉じかけたボクの眼に信じ難い光景が飛び込んで来た。それは数瞬前までボクが感じていた多幸感と満足感を一瞬にして消滅させるには十分過ぎるほど衝撃的なものだった。


 振り下ろされた剣が黒衣の男の眼前で止まっていた。

 レオの表情は驚愕に満ち、剣を持つ手が大きく震えている。


 黒衣の男はゆっくりとレオを見上げ、フードを捲って己の素顔を曝け出した。だが、ボクの位置からでは斜光が絶妙に邪魔してその顔を伺い見ることができない。身体を動かすことができないのが歯痒くて仕方がなかった。


 黒衣の男の顔を確認したレオはよろめきながら数歩後退し、何かを否定するように幾度も首を横に振った後、力なく尻餅をついた。手にしていた大剣(ドラゴンキラー)が淡い光の粒子となって夕日の中に消えてゆく。


 レオ、そいつに何を言われた?

 命乞いでもされたのか?

 王子を出汁に脅しでもかけられたのか?

 それとも、君はそいつを……知っているのか?


≪四、三…≫


 だめだ!

 そいつに何を言われたのか、君が何を見たのか、この際はどうでもいい。

 早く立ち上がってもう一度剣を握れ!

 やらなければ君がやられるぞ!

 お願いだ、レオ! お願いだから……。


≪二、一…≫


 消えゆく世界、消えゆく意識の中でボクが最期に見ることになったのは、大粒の涙をこぼして幼子のように泣きじゃくるレオの姿だった。


 最期に見る光景がこんなだなんて……。

 最期に抱く感情がこんなだなんて……。

 ……ひどいよ。

 ……こんなのないよ。

 ……神様、やっぱり前言は撤回する。

 ……貴方は意地悪だ。



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