127 傷ついた映画と壊れたテレビ
天高くそびえ立つ光芒に酔いながら、リトは姫様の真似をして、ぎこちない舞で大地を刻んでいたの。
夜中にこっそりと、足音を立てない様に見よう見まねで舞の練習していたから、思わず舞ってしまったのでしょう。
あれほど「何が起こるか分からないから、安静にしていよう」なんて言っていたのに、すっかり忘れているみたい。
それもそのはずだよね。ずっと必死に練習したんだもの。思わず体が動いてしまったのでしょう。仕方ないね。
わたしも、よく見える様に墓石の合間を探しながら、ウロウロしていてから、リト事は言えないわ。
結局、わたし達は我を忘れて宴に酔い、楽しくてはしゃぎ廻る子供の様になっていたの。
もちろん子供なんだよね、今の姿は。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
刻が来たのでしょう。姫様が神楽舞を再開し始めたの。
= 八芒星結界の光の柱はより輝き、より煌めき始めた =
= 光の魂が、打ち上げ花火の様に天空高く立ち上った =
今回の宴は無事の終わりそう。
そう安堵した途端、光がわたしの頬をかすめたと思った刹那、鈍い音と共に大地が僅かに揺れた。
そんな気がしたの。
思わず過る秋の情景。
血が引き金縛りに遭った様な感覚を振り払い、リトの姿を探しの。
「リト!」
必死に声を発し、頭を抱え大地に伏してしまったリトの元へ駆けよったの。
竦んだ脚で大地を蹴り、何度も躓きながら、やっとの思いで駆け寄ったの。
「リト! 聞こえたら返事して。 リト! お願いよ。声でなくてもいいから、身振り手振りでいいから返事して! ねぇリト!」
苦しそうに頭を抱えるリト。
わたしは覆い被さる様に、体を揺らして返事を待ったの。
でも全然駄目。
うめき声は聞こえても、返事が反応が無いの。
これ以上どうして良いのか分からない。
ただただ、体を揺らし返事を待つしか無かった。
「どどしただだ。ななにかか、でできるるべかか」
墓守の人がたどたどしく声を掛けてきた。
墓守という仕事の影響なの? まるで人形の様に無表情だったのは驚いたけど、声のトーンから、テンポから、リトを心配しくれたのは分かった。
「おねがい、たすけて。リトを、あのボロ布のところで、ねかせてあげたいの!」
普段の猫なで声、リトは『余所行き声』と呼ぶけど、そんな余裕なんて無かった。
墓守の人は無表情に首を傾げた。
聞こえなかったのだろうか? 聞き取れなかったのだろうか? もう一度、助けを求め声を上げた。
しかし、墓守は「どどししたた…」というばかり。
早口過ぎたのかしら。聞き取れないみたいだった。
そんな時、知った声が聞こえてきた。
「クレ、クレ・ハ。いた。どした? コレ、どした?」
以前、財布というか金袋を盗んだ兄弟の兄、ジンがやって来て、乱暴に声を掛けた。
そして少し遅れて弟のシンが追いついた。
「クレハ。どうしたか? コレ、…違う、リ…ト?、リト? どうしたか?」
ジンよりも丁寧にシンは声を掛けてくれた。
「ジン。シン。おねがい。リトを、リトを、あのボロ布に、ねかして。おねがい」
「わか、た」
間髪入れずに、ジンガリトを抱き上げてボロ布へと運んでくれた。
その道中、狩人のジンが纏う端切れた防寒服の獣臭で、この兄弟の事が脳裏に浮かぶ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
最初は『盗み』という最悪な事件だったけど、訳あって弟のシンがわたしに懐いてきたの。
ううん。懐いた先はリトだったわ。
でも、何故かリトの名前は覚えられなくて、暫くは「誰」とか「コレ」って呼んでいたのよね。
スラム街…リトは『草の根街』って呼んでる街の入り口の広場で、魔法のコソ練を始めた頃から、友達になったのだったわ。
もちろん条件は有ったわ。
街の外で、コソ練とはいえ騒ぎを起こすのだ。当然、街の人達には大迷惑だろうね。
そんな緊張をこの兄弟は間に入って助けてくれたのよ。お陰で助かっているけどね。
リトが、「恩には恩だ!」と言い放った。
口は悪いけど、まぁこの子達じゃ言い回しは無理と判断したんだね。
結局は、ナーガが魔法の練習をしている時間の合間で、リトが兄弟に『国語』を教える事でまとまったのよ」
言葉が不自由で苦労していた兄弟にとって、言葉は宝物だと教えてくれたわ。
そして『授業』の報酬は、そぎ残った僅かな獣肉。色は気にしない方にっと。
ナーガ達にとっては、ココでコソ練出来る事が目的なので、穏便に済むのが何よりの報酬なの。
パンとくず芋のスープが主食の孤児院暮らしのわたし達にとって、畜肉はご馳走なのよ。
ついつい香りに、負けてご馳走を頂いちゃうんだよね。借りが増える気分だわ。でも美味し。
美味しそうに喜んで食べるわたし達を眺めて嬉しいのか、ジンの表情はとても優しかったわ。
利益をあてにした、持ちつ持たれつな関係だったのに、何時しか友達になっていたの。
そんな相互以来から始まった関係。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「これ、で、い、いか?」
ジンがゆっくりとボロ布に寝かしつけてくれ、シンは頭と胸をさすりながら安否を気遣っていた。
「あ、ありがとう。あり、がとう…。ありが、とう…」
思わず泣きじゃくっていた、わたし。
助けてくれる人がいる。心配してくれる人がいる。
そんな想いが胸を熱くし、その熱を冷やそうとばかりに涙が溢れてきた…の。
「友達、大切、当然」
「リト? は友達。心配は当然。だから大丈夫」
兄弟はリトから習った言葉で慰めてくれたの。
ジンが優しく頭を撫でる手が獣臭かったけど、おかげで落ち着く事が出耒たみたい。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「リト。ねぇリト。目を覚まして。お願い」
右手をしっかり握り、必死に声を掛けるわたし。
このままでは、また修道院のみんなに迷惑をかけてしまうわ。
人に迷惑を掛けてしまうのを嫌うリトの事だから、このままだと、秋の刻と同じく自己嫌悪に懊悩してしまうわ。
人に嫌われるのを恐れるリト。
それはわたしも同じよ。だからよね。兄弟の優しさで涙がこみ上げたのは。
ねぇ、お願い。早く目を覚まして。リト…。
手を強く握り祈り続けると、突然、激しい耳鳴りが襲いかかってきたの!
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
高く低い耳鳴りと共に、面前のリトの姿に、見覚えが様な光景が重なって観えた。
髭と杖と帽子がトレードマークの男性が演じたみたいな、磨り減った映画の様な光景。
ザーっと流れる磁気嵐と共に流れる、テレビのニュース映像。
前の世界で観た様な沢山の景色が、ノイズ混じりに映し出されている。
まるで、目と耳が2人分有るみたいな、折り重なった不思議な世界。
絵画が溢れる箱の中に閉じ込められた感覚。
色あせで塗り潰れ、虫食いで穴の空いた、古い本に埋もれた感覚。
その重なった世界も、いつの間にか既視感な光景で埋め尽くされてしまったわ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「クレハ。おい、クレハ。大丈夫か? クレハ」
誰かが両肩を掴んでわたしを揺さぶりながら叫んでいるわ。
あなたは、ダレ?
「クレハ。おい、クレハ。目を覚ませ。クレハ」
揺さぶる腕がわたしを力強く抱きしめながら叫んでいるわ。
わたしは、ドコ?
「リト。無理。駄目。寝る。大切」
「駄目、だよ、寝て休んでないと。リト? 倒れた、だよ」
覚えのある兄弟の声。
そうか。わたしを抱きしめているのはリトなのね。
駄目じゃないの、リト。
寝込んでいるのでしょ。無理して、みんなに心配かけさせないでよ。
そうよ。早く目を覚ましてよ。みんな心配しているんだからね。
「ねぇリト。いつまで寝てるのよ。早く目を覚ましてよ。早く起きてよ」
そう声を上げた途端、体は更に締め付けられてしまった。
「く、くるしい。リト、寝ぼけないでよ。苦しいわ。早く離して」
「寝ぼけてるのはクレハだよ。『僕』の体に倒れ込んだから。心配したんだから」
『僕』…か。よかった。ちゃんと目を覚ましたんだ。
あら?そうしたら、わたしはどうしちゃったの?
たしか倒れ込んだリトの手を握っていた筈だったのよ。
どうして、リトに抱きしめられてるの?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
どうやら、リトを心配する余り、私の方が心配に負けて伏せてしまったみたい。
そういえば、あの時か。不思議な映像が見え始めていたのは。
それで、
何時の間にか幻覚に満たされて目を回してしまった。
という訳かしら?
もしも、リトが観た景色と同じなら……、いいえコレは後にしましょう。
「クレハ、もう立てるかい」
「なによ~。あたしはだいじょうぶよ。リトの方がだめじゃないの~」
「さっきまで倒れていたのに、よく言うよ。まったく」
「なによ~! リトが、さきにたおえて、たいへんだったんだからね! ことば、つうじなくて、すっごくたいへん、だったんだよ~」
「そうかい、それは悪かった」
「わるい、って思うなら、兄弟におれいしなさいよ。倒れたリト、はこんでくれたのよ」
「あ~…。ジンとシン。この度はとても世話になった。とても嬉しかった。ありがとう。お礼がしたい。僕達になにが出来る?」
リトは『国語』を教えた時と同じく、『端的な言葉』を選んでお礼を口にした。
丁寧な言い方を、2人はまだ分からないなのよ。
ジンとシンは顔を合わせてから、シンが応えた。
「特に要らない。代わり、遊びに、来て欲しい。『授業』ちがうよ。みんあで、遊ぼう。『遊び方』おしえてよ」
「分かったよ。ありがとう。できるだけ頑張るから」
「ありがとね~。ばいば~い」
八芒星結界が収まってきた。そろそろ宴の幕引きだ。
早く片付けに向かわなくっちゃ。
そうだわ。道中言っておきたい事が有ったんだわ!
「そもそも、リトが迂闊だったからよ。
こうなるかも? て墓守の小屋に居たならじっとしていれば良かったのよ。
それなのに、舞の真似を始めるなんて、愚の骨頂よ!」
「酷い言われ方だな~。これでも一応身構えていたんだからな。
例えば、『殴られる』って分かってたら、それなりに身構えるだろう。
今回もそうさ。秋の刻の経験から、身構えの仕方は想定してた通りだったよ」
「でも、ノックアウトじゃないのさ」
「ソコは恥ずかしいね。 想定以上にハードパンチャーだった。としか言い訳ができないよ。
だけど、この次は受けるだけじゃなく、受け流す方法とか模索してみるさ。
その時は、また協力たのむから、宜しく」
「まったくうもう。リトのわがまま~」
ぷく~っと頬ほ膨らまして言い返してみたの。伝わったかな? リトって、鈍い所有るからね~。
それは兎も角!
「ねぇリト! 相談があるの。長話になりそうだから、図書館で2人きりでしたいわ。時間、できるだけ早く空けてね。『忘れない内』に相談したいの。大切な事何だからね」
「分かった。分かった。それじゃ今度の『畑起こし』も鶏舎掃除にするか?」
「うぇ~。アレ大変だからな~嫌だわ~。でも、その分休みの時間は沢山貰える訳って事ね。分かったわ。先ずはその提案で生きましょうか」
「お~い。みんなお待たせ~。遅くなってごめんなさい」
「丁度、片付け始める所よ。間に合って良かったね。それより今まで何処にいたの?」
シスター・テレサの鋭い突っ込みが刺さる。
「光がまぶしくて、酔うと言うか、目を回しそうになるから、少し離れて観させて頂きました」
「あら、そうなの。でも、近くでも色々と作業があるから早く慣れなさい。準備だけが作業じゃないのよ」
「は~い。これから注意します。ごめんなさい」
「あ~い。あたしもきをつけます。ごめんさい」
「2人共、返事だけは良いのね。 それでは、早速片しましょう!」
~ そして、みんなで設営の逆順で片付けする事になったの ~




