060 バイリンガルの罠
寝ぼけ眼に映る天井の模様が、夢見では無く、一日の始まりを告げている事に慣れてきた頃、生活に異変が起こり始めた。
信永と意思の疎通が難しくなってしまったのだ。
別に喧嘩をしてしまった、と言うのでは無くて・・・、会話が出来なくなってしまったのだ。
出会った時は、信永の『共通言語』なスキルで『日本語』で会話が出来ていたのだが、国語の授業を重ねる毎に、信永の言葉がゲシュタルト崩壊・・・って意味が違うか。何となく格好いい言葉と思って言ってしまったのは、反省しよう。
この国の言葉と日本語がごちゃ混ぜになってしまった。
イメージとしては日本の文法で単語が英語になってしまった。という感じだろう。
例えば
「私は、これから、仕事をする」
という言葉を普通に翻訳すれば
「I well work from now」
となるはずなのに
「ミービー、ジャスト、ワーキング」
という感じで、むちゃくちゃな和製英語を聞かされている感じで混乱してしまう。
違和感を感じ始めた頃は、癖のある話し方とか、子供独特な『キャラ創り』みたいな何かだろうと考えていたし、皆も交えて会話する時は言語が混ざるのは当然の事だから、特に気にしていなかった。
しかし、だ。
いつの間にか言葉が多重化してしたのだ。テレビで言う所の『二カ国語放送』で副音声も同時に聞こえている感じで良いだろう。
この多重化が私達3人で会話する時にも起きて、やっとと言うべきなのだろう、始めて問題として意識し始めた。
試行錯誤の結果、『日本語だけで話す』と意識すればちゃんと日本語になるのだけども、『この国の言葉ならば?』と考えると多重化してしまう事が分かった。
そう、信永のスキルは優秀で、聞き手の意識を丁寧過ぎる程に反映していたのだ。良く言えば『ハイスペックなスキル』だが、悪く言えば『お節介スキル』だ。
しかし、改めて考えれば、問題が在るのは私とクレハの意識の方だったのだ。
推測ではあるが、言葉を一先ず日本語に翻訳してから思考するのが原因だろう。
先程の英語の例を用いれば次の様になる。
「I well work from now」
を一旦日本語として「私、これからする、仕事を。今から。」と考えてから
「私は、これから、仕事する」
と訳し直して認識する。だから2つの言葉が混ざってしまう。
もちろん、この国の言葉で話す時は逆の事をするので、同じ事が起きる。
「I well work from now」は「I well work from now」であって「私は、これから、仕事する」では無いらしい。つまり、ペーパーな受験英語の呪縛に取り憑かれた様なモノだ。
色々と考えてみたが、一先ず信永とは距離をおいて付き合う必要がありそうだ。
今までは通訳の為にと、甘言虚言で誤魔化しながら一緒に居てもらっていたのに、問題が起きたから離れてくれって云うのは、大変に身勝手な事だというのは理解はしている。
しかし、何時までも通訳頼りという訳にはいかない。
そう。時期が来たのだ。これから独り立ち出来る頃合いなのだ。
自転車で例えるなら、補助輪が無くても大丈夫になった様なモノだ。逆に、補助輪が邪魔をして運転が出来なくなっている時期なのだ。
そうやって、自分に言い聞かせて自己正当化を謀る事にした。正当化を謀らないと信永に申し訳なくて顔を見るのを躊躇ってしまうのだ。
では、どうやって距離をおいたら良いのだろうか?
一緒に居てもらったのは、もちろん通訳を望んでいた訳だが、それと同時に、暴走しない様に監視する目的もあった。
外国で暮らすというイメージで良いのだろうか? 習慣が異なる国で暮らす場合は、色々とマナー違反とか行儀が悪いとか、そう失態を犯してしまうのは致し方無い。
それでも子供なら、少々迷惑を感じる位で済むだろう。そしてその反省を以後の生活に活かして行けば、馴染めると思う。
そう・・・普通の子供なら。
しかし信永は違う。『3柱の祝福』を賜っている。これがどれ程大きいのかは今は誰も知らない。
そうだなぁ・・・私としては、小さい熊や虎が「遊ぼう」っと飼育員へ戯れるて、大怪我を負わしてしまう。という事態が起きないか、ずっとヒヤヒヤしていた。
前に、魔法の呪文を試した時は不発だったけど、あの時は何事も起こらないで良かったのだ。チート持ちの失敗は、それこそ災厄レベルの事故になってしまう。
事故が起きてからでは遅い。そう考えると、チート持ちを野放しに出来る訳が無い。
『神様』も、与えた能力の説明や使い方を指導すれば良いのにと思う。「特別な能力を与えたからがんばれよ~」みたいに放り出すのは非道すぎやしないか?
大きい力は、些細な失敗で大災害になるんだって知って欲しいんだ。
距離をとって監視できる事と言葉と文字を自習出来る事に、何か良い方法は無いだろうか? まるで禅問答をしている気がしてきた。
「ていあん~! 本は借りられないかな?」
クレハが案を出した。
「本? 本てどんなモノを? 大切な物らしいから図書館から持ち出すのは無理だぞ」
「ちがうわよ。レミアにおねがいして、童話の本をいくつか、かりるの。それでね・・・はつおんは習わないとダメだけど、それなら国語のときにおしえてもらうの。どお? このていあん」
自信たっぷりにプレゼンしてきたのには、ちょっと驚いた。普段は聡明だけどおとなしいキャラ、というイメージが有ったからだ。
「みんなのまえでは、おとなしくしてるけど、こっちが自だとおもうよ~。それに、わたしがお姉ちゃんなんだからね。しんぱいになったら、なんでも相談しなさい!」
見かけで判断してる私には、クレハは、おてんばな妹って位置づけなのだから、クレハの『自称年上』というのは違和感しか無い。まぁ人目が有る所ではしっかり『兄妹』を演じているので、好きにさせいる。
「それで、『私達は本を借りられた』。では信永はどうする。読書なんて付き合わないだろう」
「そこはね、おてつだいの兵士さんにおまかせするの。それで、わたしたちは、みはらしが良い木陰で読書と監視。どう! めいあん、でっしょ!」
「成る程なぁ。最近飽きてきた感じが見られるから、その解消にも良いかもしれないね」
「でしょ、でしょ~。それじゃさっそく、こうどうよ!」
図書館の本を貸してくれそうな人はシスター・レミアだろう。テレサの方はキツいイメージがあって玉砕して落ち込みそうだから。
今までの『探検ごっこ』の成果を出すチャンスだ。闇雲に走り回っていたのじゃなくって、一応生活の軌跡というか、足跡の頻度とかも調べていたのだ。院内なら直ぐに見つけられるさ!
と、自信以て探し回ったけど見つからなかった。
なんというか、時と場所が違うと出会う人が変わるSLGをしている気分になってきた。
疲れて礼拝堂の入り口の傍で休んでいると、シスター・レミアが院の外から帰ってきた。どうりで見つからない訳だ。
「ねぇ、シスター・レミア。あたし、本がよみたいの。かしても・・・・・くだ、さい」
「あらあらクレハちゃん。今は『シスター』じゃなくて、ただの『レミア』よ」
良く見る・・・必要はないか。
普段のシックな修道着と違って、今はブラウス襟に、水色でスカート部がふんわりしたワンピース姿だった。
「レミア、かわいい・・・」
ふと漏らしてしまった。私服の柔らかいラインが、レミアの包み込む様な心を表現しているで、本気で綺麗に思ったのだ。
「リト、上手ね。分かったわ。いくつか、さがすわ。後でね」
「あ、ありがとうございます」
「あ・・・りがと・・・う」
「・・・そうそう。私服の時は、『シスター』、いらないわ。私服は、お休み・・・。だから、いらないの。よろしくね、リト、クレハちゃん」
今まで何となく付けていた敬称は、実は意味があったんだと、今更気がついた。
私服姿を見たのは初めてだから致し方ないが、こういった礼儀も学ばないとならない。それで学んだ事を信永に教えるのが、今まで通訳をしてもらったお礼になるだろう。
よし。先ずは私達の方の目処が付いたみたいだ。
次は信永を、兵士にどの様に紹介してあげるかだ。




