050 『迷子』との挨拶
今、部屋で藁布団を整えている所だ。
あの後に『迷子』と呼ばれる少年を紹介するから部屋で待っている様にと、シスター・レミアから言われていたのだ。
多分、ルームメイトになるのだと思う。時期を同じに訪れた者同士なら馴染み易いと考えての事だろう。
先輩というか、先に孤児院で暮らしている子供達と同じ部屋というのは、少々心配な事があるのだろうか?
その代わり、同じ黒髪の、同期の桜なら仲良くなれると思ったのかもしれない。
「ねえリト。『迷子』ってどういう、いみだろうね?」
静かに待つのに痺れを切らしたクレハの開口一番、日本語で『迷子』を言い始めた。そいえば姫様の時にも『迷子』という言葉が出てきた。そして迎えに行ったとも。
「『迷子』といって連想するのは、文字の通り道に迷った人。親からはぐれた子供。家に帰れなくなった人。こんな所かな?」
「『道に迷った人』ならリトも『迷子』だね。ほうこうおんちで、よくみちにまよってたよね」
「うぐう・・・。たしかにそうだけど、色々と方法を見つけて、対策をして、克服したんだから、昔の事をぶり返すのは止めて欲しいな」
「方法? スマホの地図のおかげだよね。たいさく、じゃなくてスマホおかげじゃない」
「クレハもしかして・・・いぢめる? いぢめる訳?」
「ううん。いじめないよ」
「本当に」
「ほんとよ」
・・・こういう、何処かで見聞した様な冗談が成立出来るって事は、本当に元は同じ肉体を持った魂だったんだのだと実感できる。「同じ肉体と持った」という言い方は妖しい雰囲気が漂うが、本当に文字通りなので素直に納得するしか無い。
<<経緯は 『009謎の幼女』の遡って欲しい。>>
何やら外が騒がしい。子供達の走り回る土を蹴る音に、鶏のガァガァと鳴きながら、羽根をバタつかせている音が聞こえてくる。尋常じゃない空気があった。何事かと外を覗こうとした時に、
コンコンコン。と呼ぶ音がした。
ノックの主を迎えに扉を開く。
予想通り、シスター・レミアが『迷子』の少年を連れて来た。
少年の容姿は修道院に来た時に確認したが、改めてみれば肌は黄色で瞳が黒い。まんま日本人だ。外見の年齢は10歳位だろう。中身は見た目通りではない可能性がある。私達の例があるだ。後で探りを入れるとしよう。
「リト、クレハちゃん。新し・・・友達の・・・ながよ。よろしく・・・・げてね」
「え~と、よろしく、お願いします」
少年の挨拶は判りやすかったって・・・あれ?
「それ・・・また・・・・呼びに・・・ててね」
「はい。待っていますので、宜しくお願いします」
シスター・レミアはそう言って足早に去って行った。まだまだ仕事が片付いていないのだろう。そして少年はしっかり言葉を返していた。
まぁ廊下で立ち詰めるのもなんだし、とりあえず扉を閉めようか。
「初めまして。尾田・信永と言います。これから宜しく」
そう言って少年は軽く会釈をした。
「は、初めまして。私はリト。こっちは妹のクレハです。こちらこそ、宜しくお願いします」
「よろしく~ぅ?」
つられて、一緒に会釈を返す。
「小さいのに丁寧に話すんだね。ちょっとビックリしたよ」
丁寧だって? ・・・って、コレは日本語だ! 少年がシスターと違和感なく日本語で話していたから、ついその流れでしゃべってしまった。マズった!!
クレハの踵が足の甲を穿ち、痛みと合わせて血の気が引く程、失敗に怖じ気付いた。
2重にヤラカシテシマタ。((((;゜Д゜)))))))
1つは大人の口調だった事。これは未だ良い。商人の子供として大人の付き合い方を学んだのだと言い訳が出来る。
最大の失敗は人前で日本語で話してしまった事だ。この世界の人間で無い事がバレた・・・。
慌てて、走馬灯を呼び起こす勢いで対策を考える。
しかし、焦りもあるのだろう。何も思いつかないし、考えも一向にまとまらない。丘に揚げられた魚の様に口をパクパクさせながら、冷や汗だけが流れ落ちる。
「なに? なんて言ったの? ごめんね、小声だと良く聞き取れないよ。あ、そうそう。オレはいろんな人の言葉が解るから、リト君は普通に話しても大丈夫だよ」
少年の言葉が、蜘蛛の糸の様に垂れている感じがした。慎重に登ればこの苦悩な迷宮から抜け出せるかもしれない。
「名前、覚えられ、なかた。もいちど、教えて」
片言にこの世界の言葉で話す。少年の名前は余りにも凄かったので、忘れようが無い。この質問は解決策を模索したくての言葉だ。
「凄いね。日本語も話せるんだね」
おっと、貴重な返事をありがとう。
私はこの国の誰かから日本語を教わった事がある。そういう風に勘違いをしてくれたみたいだ。マジ助かった。
それから、少年は自動で翻訳する『共通言語』を授かっていると考えて良いだろう。どの言葉でも少年には日本語に聞こえるらしい。
少年の言葉は、私達には日本語で聞こえるが、先程のやり取りから、シスター達にはこの世界の言葉で聞こえている感じだった。同じ言い方でも聞く人で言語が異なるって凄いな。
「オレの名前はね、尾田・信永だよ」
信永は、年下に気遣う様に優しく名乗った。
「「『おだ・のぶなが』って、あれだよな、武将の!」」
「「きっと、そうよ。まちがえよう、ないわ!」」
「「って事は、信永の親は歴史好きかも」」
「「もしかしたら、おかあさん。れきじょ、かも」」
「「そうそう! 歴女かもしれない」」
「「まぁ『吉法師』と書いて『きよし』と読ますとかしないだけマシなのか。いやいや流石にそこまでは思いつかないか」」
「「それも・・・そうよね」」
クスクスとクレハは笑い、そのまま2人でひそひそ話で盛り上がり始めた所で、
「どうしたの? なにかあったの?」
と、信永が割り込んできた。
変な所で盛り上がってしまい、大事な事を考えるのを失念してしまった。
1つ目の反省として、6歳程の子供の口調はどんな感じが良いのだろうか? 育児をした事が無いから想像で声色を変えるしかない。
2つ目は、言葉をどうするか、だ。
信永と一緒なら日本語でも問題ない。この世界の言葉でも同じく日本語に翻訳されるのだから。
問題は、皆と居る時だ。日本語はもちろんマズい。だからといって、この世界の言葉が片言だと信永が怪しむかもしれない。
もしも私達が同じく日本から来たのだとバレてしまったら・・・「ほかのみんなには、ないしょだよ」と念押しした所で無理だろう。人の口には戸は建てられない、子供の口なら尚更だ。
メフィスト設定を使って賭けてみるか・・・。今は日本語で良いだろう。
「あのね・・・、僕達、襲われたの。・・・だから・・・人と、話すの、辛い。ごめんね・・・」
「そ、そうだね。レミアさんから聞いたよ。家族の事、大変だったね・・・」
ここでクレハが涙ぐむ仕草を始めた。私は顔がうずくまる様に抱きかかえて
「大丈夫、もう大丈夫だから」
と言いながら頭を撫でる。傍からあやす素振りに見える様に。ちょっと棒読みだったかもしれないな・・・。
その陰でクレハはそっと舌を出した。もちろんコレは嘘泣きだ。しかしタイミングが良かった。私としては、良くやった。グッジョブ。という意味合いで撫でていたのだ。
「あ、ごめんねクレハちゃん。そんなつもりじゃ・・・」
少し間を空けてから口を開く。
「あ、あのね。信永、お兄ちゃんに、お願いがあるの。一緒にいてくれるかな? 僕達、人・・・苦手だから・・・話すのを・・・慣れるまで、助けて欲しいんだ・・・」
口にして難だが、「お兄ちゃん」とか、歯が浮く感じが気持ち悪い。
「うん。分かった。オレで良ければ協力するから」
「あ、ありがとう」
ここぞとばかりに、満面の笑みを浮かべた。
これで通訳者を手に入れた。クレハと一緒に背中をトントンと叩き合い、上手くいった。という合図をした。
人は私達を小賢しいと罵るかもしれない。しかしこれだって処世術って奴だ。
言葉が不自由な苦労は2日程だが十二分に思い知った。だから形振りを構っている場合じゃ無いんだ。言葉を覚えるまでの間はありがたく助けて貰おう。
当然、信永の良心に胡座をかくつもりは無い。必死で学ばなければ。と決意を固めた。




