149 (挿入話)赤紙を受け取った少年
ここは何処だ?
白く靄が掛かっていた。
目を凝らすと、藁葺きの家を中心に、田畑が広がり、網状に編み込まれた竹柵の中で、鶏がおとなしく眠って居る様だった。
風なびく静かな風景。
ああ、そうか。今日は『豊穣の祭り』の下見として、柵の外の農園に来ていたのか。
荷馬車に揺られて、迂闊にも眠ってしまったらしい。
縦揺れする荷車の中で、よくもまぁ眠れたものだと不思議に思ったが、アリアのドレスを繕っていた疲労が溜まっていたのだろう。
まぁ、仕方が無いか。
しかし、恐い夢だった。
多くの人々が流行病で亡くなっていくのは恐ろしい。
過労によるモノだろうか? 不安が溜まったのが原因だろうか?
まてよ…。
夢ならば、どこからが夢だったんだ?
祭りは…、ござる丸が炎上させたトラブルを何とか解決させて終わった。そういう記憶がある。
祭りは…、アリアにとって誕生のお祝いだと、私にだけ教えてくれた。
祭りは…。
そうだった。『豊穣の祭り』は終わって、ナーガと将来の夢を話し合ったのだ。
では、私が居るこの光景はなんなんだ。
青い空を映す水田が、何故か凄く懐かしい。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
水田だって?!
この国では米なんて見た事が無い。当然、下見の時に水を張った畑も見た記憶が無い。
ここは何処なんだ?
…私は走っているのか? 何を慌てているのだろうか? やけに息苦しい。
…駆けても走っても、なかなか近づけない藁葺きの家。
子供なのだから視線が低くて空が広く見えるのは当然か。でも、藁葺きの家に住んだ事なんて有っただろうか?
…何を握りしめているのだ? 紙? 封書? まるでヤスリの様にザラついた出来の悪い藁半紙みたいだった。赤み掛かっているのが気になる。
…このゴツゴツした手は…私の手はこんなにマメだらけだったろうか?
「おーい。おっとー。おっかー。おーい」
息切れ切れに叫ぶ声が耳の奥に反響する。これは私の声か? いや違う。私は父親の顔を知らない。だから「おっとー」と呼ぶ事は絶対に無い。
それじゃ、自分は誰なんだ? 瞳に飛び込む光景と、汗と共に体にまとわりつく風、土を食み大地を駆ける足の感覚が、これは自分だと教えてくれるのだが、自分は私では無いのか?
違和感を実感した途端に、景色がモザイクになり、全ての音が消えた。
すすり泣く音がサーサーとノイズ混じりに聞こえ始めると、モザイクは鮮明になりつつあった。
気が付けば畳み部屋の床の間を正面にして正座していた。
目の前には盆に徳利と盃を挟んで4人が同じく正座をしていた。見覚えは無いが懐かしい人達だ。
向かって左からは、封書と広げた男に、すすり泣く女、歯を食いしばっている少年、そして状況が分からない少女が並んでいた。
「 …次郎殿。貴君ハ、 …ヲ以テ雷花ノ搭乗員候補ニ任命ス。左記日時ト場所ニコノ令状ヲ持っテ召集スベシ。 …隊員指令本部」
男は、感情を押し殺して令状を読み上げた。
「次郎はまだ6っつなのに、嗚呼なんと酷いことでしょう」
女は壊れたレコードの様に呟いている。すすり泣きがまるでノイズの様だった。
「年の順なら、僕が先に呼ばれるはずなのに、どうして弟が先なんだべ」
兄と自称する少年が悔しそうに声を張り上げる。
「おっとぅ。おっかぁ。泣かないでくろ。雷花は大きな艦隊だべ。必ず帰って来られるべ。心配しないでくろ。にいちゃは長男だき、家を継ぐ大事な人だべ。野良仕事、手伝えなくなるけど、ボクのぶんもおっとぅ、おっかぁを助けてくろ」
自分が心配かけないようにと、必死に返事をしているのが分かった。
「雷花はこの国の最強、八八艦隊だから必ず帰って来られるべ。待っていてくろ」
続けて自分が言うと、
「ああ、そうなだ。きっと帰ってこれるべ」
「僕は次郎が帰ってくるまで、父上と母上、サチコを守るべよ」
父と兄は作り笑顔で安心している振りをしていた。
母は妹のサチコを心配させない様に、声を必死に堪えているのが分かる。
「タロにいに、ジロにいはどうしたの?」
「ジロにいは…、次郎は国を守る為に呼ばれたんだよ」
「そうなんべか。ジロにいは悪い鬼をやっつける、りっぱなオサムライななったんべ」
私は、私では無い自分の行動を、自分では無い私の目で観て、耳で聴いていた。
現代社会的に例えるなら体感型VR映画を観ている、そんな気がしていた。
そして、私では無い自分の記憶が端切れに思い浮かび、私の記憶が自分の歯抜けた記憶を補完する。
八八艦隊。
巨艦巨砲主義により編成された、戦艦八隻と空母八隻の総称である。
戦艦は砲撃力を優先した旗艦含む巨大戦艦三隻と、機動力に優れた巡洋戦艦の五隻。
空母は、軽装戦闘機搭載二隻、重爆撃戦闘機搭載四隻、そして、特殊戦闘機の雷花搭載二隻。
そして雷花は桜花型戦闘機の四型である。
初期型の桜花、爆撃力を強化した二型の桃花、速度を優先した三型の菊花。
そして、四型は空母搭載を優先に特殊設計された。
三型までは航空母艦の必要があり搭載数と飛距離の改良を求めた結果、空母搭載を目的にされた。
小型だが速度と爆撃を強化する代わりにコクピットを切り詰めた、特攻機と言うよりは自立誘導ロケット砲に近いに。コクピットのサイズから『搭乗できる人』に制限があり、別称は死號機と呼ばれた。
ただでさえ特攻機という狂気じみた専門機から、どんな着想があれば『搭乗できる人』を制限する機体が創られたのか、戦禍が激しい時代では想像もできない。
流石に問題視されたのだろう。『搭乗できる人』限定の雷花へ召集された家族からは、どの任務であれ、召集される事が無かったらしい。
どうして、こんなに知っているのか不思議に思ったが、戦果については学校や新聞、街行く人々が話題にしているだから、幼い自分でもこんなに詳しくても変ではないだろうと思った。
雷花に限らず、桜花式戦闘機に召集されたと言う事の意味は、あえて口にする必要は無かった。
威厳を保つ為にと心を殺しながら、父は徳利を持ち上げて一言、やっとの思いで口に出した。
「水盃だ」
「おっとぅ、ありがど」
そして、母と兄が続いて注いだ
家族を守る為と気を張り詰めていたが、真似をした妹も盃に注ぐ時には、頬が一条に熱くなり、そして全てが滲んで見えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
滲んだ光景が明白になってくると、
「…次郎上等飛行兵! …次郎上等飛行兵!! 次は上等飛行兵の番だ! 頑張れ! いくだよ!!」
気が付けば、自分は頭を鷲掴みにされて檄を頂いていた。
桜花飛行兵は二等兵ではなく、2階級上の上等兵の位を与えられていたのだ。
返事の代わりに左親指を立てると、コクピットのハッチは閉ざされた。
有るのはのぞき穴程度の小窓と操縦桿のみ。点火は空母側に委ねられていた。
「発射!!」
号令と同時に、角材の椅子に押しつけられた。呼吸が出来ない程に強く押しつけられたが、機体が軋む音が意識を保たせる。
目標を視認でき、操縦桿を全力で固定した頃に音が止んだ。
いや違う。軋む振動が更に更に激しく感じている。音が止んだ、というよりも、音を置き去りにした。そんな感じだ。
今まで経験した事の無い現象によるモノだろうか? 兄を追いかけて走っている自分を思い出していた。
「…まってよ、にいちゃ…」
声に出せたか分からないが、そう口にした瞬間、激しい閃光と爆音、そして鉄が爆ぜた感触と臭いに包まれた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
真っ白い空間。
何も無い空間。
気が付くと私は、自分は、見覚えのある空間に立っていた。
「汝よ。何故ゆえに戦うか」
声はどこからか聞こえてきた。
「汝よ。何故ゆえに戦うか」
「ボクは、家族を守りたいから」
自分は答えた。
「守りたいのか。戦うのは恐くはないのか」
「学校では「恐がっては一人前ではない」と教えられたけど、本当は、恐い。でも、家族を守りたいから、平和になってほしいから、ボクは「恐くない」」
冷静になると、自分は恐くて振るえていた。
「勇成る者よ。その勇気で我を助けてくれないか。平和を求めている国を助けてくれないか」
「家族が平和になるなら…、ボクは頑張る」
「おお、そうかそうか。家族の事は約束しよう。では勇者よ、我の力と共に彼の地へ」
話しが終わる頃に、白い世界に目が慣れた。
声の方には、眩い人形をした光がそびえ立っていた。




