150 あの老人は誰だったのか
気が付けば、見慣れた天井が私を見下ろしていた。
少々チクチクする藁布団に伏せていたのは直ぐに分かった。
右手にぷにぷにっとした感触に視線を向ければ、思った通りクレハが手を握ったまま布団の上に乗って寝てしまっている。
看病に疲れたのだろうけど、布団を掛けずに寝ると駄目じゃ無いか。流行病で大変なのだから。
って、あれ? それなら何故、私は部屋で寝込んでいるんだ?
「あ、よかった~。きがついたんだね~、リト」
手を引き抜かれた事で目が覚めて、寝ぼけ眼でクレハは起き上がり、おでこを重ねる。
「リト? ねつあるの? もしかして、かげひいちゃった?」
私に熱があると言うよりも、クレハから漂う空気が僅かに冷えていた。
いくら陽気が良いとはいえ、そのまま寝込んでいれば冷えて当然だろうに。
とは言っても、つい先程? まで病人の看護をしていたのだ。移っている可能性は否定できないと思った。とにかく上半身を起こした。
「あん、もう~」
起き上がった勢いで、クレハは藁布団の上に転がり落ちた
「あ、ごめん。急に起き上がってごめんな」
謝りながら、
声がしゃがれていないか?
喉は痛くないか、咳は出ないか。呼吸は苦しくないか?
発熱による目眩はないか、汗で服はべとついていないか?
腰や肩等関節に痛みと怠さはないか?
頭痛はないか?
首を振り、肩と腰をストレッチする様に伸ばして捻り、経験を基にした自己診断を終えた。
感染の有無は不明でも、発症していない事は確認できた。
「どうしたの? だまったまま、へんなことして」
「あ、うん。心配掛けてごめんな。多分大丈夫みたいだよ。それより看病してくれたんだな。ありがとう。だけど、こんなに体を冷やしてるじゃないか。少しは暖まった方が良いよ」
そう言って抱き寄せてから、温もりが残っている藁布団へ入れ替えた。
ギ~、パタン。入り口の扉が突然開いた。
「夕飯持ってきたよ、クレハ。リトは大丈夫かな」
3人分のスープとパンを乗せたトレイを片腕で器用に持って、ナーガがやって来た。
「あれ? なんでクレハが布団で寝込んでいるのさ」
修道士と孤児院の食事は何時も通りの厨房で用意されていた。
手伝いに来ている兵士やメイドは、夜の見回り等で滞在する必要がある場合、臨時で空いた部屋で宿をとる。もちろん食事は療養所とは別に用意されたものだ。
看病を必要にしている方々の食事は、滋養強壮に良いとされている薬草等を人に合わせて調合している。極端に言ってしまえば、お粥というか麦粥に、薬草の粉末をフリカケにし、漬物をトッピングしている。こんなイメージで良いんじゃないかな。
それで、看護する側の食事は私達が口にしている普段の食事と大した変かはなかったけど。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「しかし、クレハが突然に「リトっ! リトが!!」って慌てて駆け込んだ時には驚いたよ。その時までリトが気を失っているのに、誰も気が付いていなかったのもあるんだけど…」
「そうか、クレハが気付いてくれたんだ。ありがとう」
「そうよ~。あたし、すごい? ねぇ、すごい?!」
「うん、凄いよ。リトがこうして食事できるのも、クレハのおかげだよ」
「えへへ~。ありがとう、ナーガ」
普段の、礼拝堂での食事では私語は駄目だけど、部屋での食事位、私語を挟んでも良いよな。
しかし…おかしいな。 老人が倒れ込む時にはドサッって大きな音を聞いた気がするのだが。誰も、誰にも聞こえなかったのか?
「しかたないよ。みんな看病で一所懸命だったんだもん。僕に気が付かなくっても…」
そうだ、あの老人はどうなった? まさかと思うが…。
「あのね、ナーガ。僕に横におじいちゃん、居たよね…」
「その事だけど…みんなが集まった時には、もう亡くなっていたんだ。折角リトが看病していたのに、残念だよ…。それでさ、みんなはリトの事を「目の前で人が亡くなってショックだったんだろうな」って言っていたよ。俺も、目の前で人が亡くなったら恐いからさ」
なるほどな。
目の前で亡くなったショックで気を失った。
そう思われているなら無理に否定する必要はない。「服を強く握られて首が絞まってしまったんだ」とか理由を考えていたけど、余計な言い訳しなくても大丈夫そうだ。
「うん。恐かった。普通にお話しできていたからね、治ってきたって思ってたんだよ…。でも、倒れ込んでね、僕の看病が、力不足だったのかなって、そう思うの、恐かったんだと思う…」
「そうだよな。人が亡くなるのは恐いよ。毎朝、誰かが亡くなっていると思うと、礼拝堂に入るのが恐かったのは、俺も同じさ。だけどさ、目の前だったから、ずっと恐い思いをしたんだろ」
そう、亡くなる時は何故か深夜から朝方が多かった。
だから、毎朝挨拶を兼ねて点呼を取っていた。挨拶と一緒に握った手が冷たいと、心も冷える。
『特別製の客車』に乗せて見送った後に、トキザミ様のお祈りで看病を始めるのが、ここ最近の日常だった。
今は目の前の人に為に全力で尽くそうと、凍えた心を誤魔化していたのは、みんな同じだった。
一時的でも良いからこの辛さを忘れる為に、無理をして看病や介護をしていたのだから、私にとっては初めて、目の前で亡くなってしまった姿は、積もっていた疲れがあふれ出たとか、体力と気力を支えられなくなった。と、思われていたらしい。
「それじゃ、食器を片付けたら、礼拝堂の方も片付けを手伝うから戻ってくるのは遅くなりそうだ。だからリトはそのまま休んでいるんだよ。クレハはしっかり見張っているんだよ。リトの事だから無理をして手伝いに来そうだから頼むよ」
「うん。まっかせて~」
ナーガが持ち去る時に、クレハは胸を張り拳でドンと叩いて返事をしていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
この数日で、ナーガがずっと成長したように思える。
人を助けたいという思いが、みんなの力になりたいという願いが、心を育てだのだろう。特に生死に関わる事態だから尚更なのかも知れない。
「それで、リトは何を見たのよ」
子供の成長に感慨にふけっている親の様な気になった最中、クレハが口調を代えて突然言い出した。おいおい、素の口調はまずいだろうに。
「誰かが近くに居るかも知れないのだから、その言い方はやめろって」
「大丈夫よ。ナーガとトキザミ様は礼拝堂。少女3人組の部屋は離れてるし、どうせガールズトークで盛り上がってるわよ。それにアリアにハン・セルは西へ、マリーとアルは避難所だし、修道師はみんな分院でしょ」
「それは、そうだけど…、手伝いの兵士やメイドは泊まってなかったか?」
「心配性ね。ナーガと一緒に今日の分の片付けしてるはずよ」
よくもまぁ人を観察しているなって思うよ。それでも気掛かりなのに変わりはない。
「問題ないのは分かったよ。でも、もしもの為に、あまり声を張り上げない様にしような」
「まったくもう、心配のし過ぎよ。何回折りたためばそんなに重なるのかしらね」
「石橋は叩いて壊せが心情なんでね」
「本末転倒な事をドヤって言われてもねぇ…。まぁいいでしょう。そ・れ・で、何が見えたのかな?」
口調は変わらないけど、小声にで言い直した。まぁこの位なら大丈夫だろう。
「答える前に質問して良いか?」
「ええ、いいわよ」
「どうして「見えた」って思ったんだ」
「何よ今更。以前に2度有ったじゃないの。意識混濁して倒れたのが! 会月の刻だったわ。あの時は喜怒哀楽じゃ語れない位に沢山の感情が入り交じって感じたのよ。そうね、背中がすごくザワつく感じかしら?」
「そんな経験したのかよ」
「他人事みたいに言わないでよ。リトが取り込まれた感情でしょ! まぁ今回も同じ様にザワっ感じたから、リトが倒れているのを気が付いたのよ。恩に着なさいよね」
「はいはい。見つけてくれてありがとう。恩に着るよ」
「棒読みでも恩を感じたなら、今度は私の番よ。リトは何を見たの? わたしには懐かしい感じがしたんだけど?」
「懐かしい…ねぇ…」
思い出そうにも、夢の様に霧散し始めていた。当然、順序立てて話す事なんて無理だ。
見た通りには伝えられないのなら、思い出した事をそのまま伝えてみよう。
「え~と、赤紙で召集されて、両親と兄妹に別れを挨拶をして、途中は全く思い出せなくて、最後に雷花に搭乗した所で終わった、のかな?」
「ちょっと待ってよ! 赤紙って、大戦中の日本よね?!」
「ああ、そうだ。田んぼの風景があった。それに藁葺きの小屋。多分日本で有ってると思う」
「そうなのね。両親に兄妹の、『家族の姿を見た』から懐かしい感じがしていた訳ね」
「そうか、老人が懐かしそうに呼んでいたのは夢なのか幻覚なのか分からないけど『家族』と会ったからなのか」
「ねぇ、何歳だった。 リトは何歳だったの?」
「6・7歳だけど」
「今の体の年齢じゃなくって、夢の中のリトよ」
「だから、6・7歳だって言ったじゃないか」
「どうしたんだよ、いきなり黙り込んで」
「おかしいわ。リトが見たのは本当に日本なの?」
「おかしいも何も、『日本』だって決めつけたのはクレハの方だろ」
「そ、そうね。でも、知ってる記憶だと、10代後半からよ。召集されたのは。年端の行かない年齢で赤紙は変よ」
「当然だよ。雷花の操縦席は狭くて子供しか乗れないのだから」
「それよ! 雷花じゃなくて、桜花の間違いじゃないの? 神雷と勘違いしてない?」
「だ、か、ら、雷花だって」
「特攻なんて非人道兵器を連呼するのは気が引けるけどね、日本では桜花しか聞いた事が無いわよ。その改良? を重ねた最悪機?! そんなの聞いた事無いわよ」
「う~ん。言われてみれば、そうだよな」
「ねぇ、もしかして、ナーガが暮らしていた世界みたいに、私達と違う世界軸の日本から転生させられたんじゃないかしら!」
「なに、馬鹿な事言ってるんだよ。同じ世界に、それそうそうに、ホイホイと、転生なんて有り得ないだろうに」
「本当に『有り得ない』かしら? ござる丸が来た時のコスプレじみた格好だって、私達の世界では有名だと思うのよ」
「『有り得ない事は無い』と言いたいのか? あ、そういえば、人形をした光が「汝の力で助けて欲しい」とか、そんな事言われた気がする…」
「でしょ。でしょ。きっとそうよ。間違いないわ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ギシギシ
廊下から足跡が響いてきた。
慌てて会話を止めて、誤魔化す思いで3人分の布団を準備し始めた。
「ただいま」
ナーガが帰ってきた。
「おかえり。お疲れ様」
「おかえり~」
「あれ、まだ起きていたのかよ。リトは疲れているんだろ。早く休まないと」
「心配してくれてありがとう」
「あのね、ナーガががんばってるから、あたしたち、ナーガのおふとん、よういして、まってったの」
「そうかそうか、クレハはやさしいな」
「えへ~。ありがと~」
「ねえねえ、みんな揃ったし、もう寝ようよ」
「そうだ、リトとクレハに、トキザミ様から言づてが有るんだ」
「ことづて? な~に?」
「トキザミ様がなんて言っているの?」
「2人共、明日から看病はしなくて良いってさ」
「そ、それって、今日、迷惑掛けちゃったから?」
「あたしたち、めいわく、かけちゃった?」
突然の戦力外通告に不安を感じてしまった。今日の事が有ったから、「役立たず」って言われた気がして心細くなる。
「そうじゃなくって、さっき、ハン・セルが帰ってきたんだよ。西の方は無事に落ち着いたらしいんだ」
「あれ~? アリアは、かえってこないの?」
「アリアしかできない『デリケートな事』があるから、まだ残ってるってさ」
なるほどね、そうだよな。『デリケートな事』じゃ仕方が無いか。男だと気兼ねされるからな。
「そういう事で、ハン・セルが看病の手伝いをしてくれるから、リトはゆっくり養生しなさい。だってさ」
西の方から流行病は収束し始めているのだと知って安心した。
無理せずに休め。というのは本音だろうけど、人員が増えたので、ここは言葉通りゆっくり休ませて貰おう。
休むと人手が足りなくなる。なんて直ぐに考える所が、相変わらず社畜精神だと思わずに居られない。
「わーかーほりっく。だよ」
クレハが心を読んだのか、呟いた。
「ワーカー…、なにそれ?」
「あ、何でもないよ。さぁもう寝ようよ。僕のせいでみんな疲れたよね。ごめんさい。だから早く寝ようよ」
「そうだよ~。リトのせいでつかれたよ~。だから、おねんねするね~。おやすみ~」
「大丈夫。リトのせいじゃないさ。それじゃ、おやすみ」
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注:
雷花と連呼してますが、正式名称は神雷桜花の略称。という設定です。
実在の名前とは全く関係有りませんので、ご了承下さいませ。




