147流行病(はやりやまい)
ゴンゴンゴン!
礼拝堂の扉が力強く叩かれた。
ゴンゴンゴン!
「トキザミ様は居らせられますか。どなたかいらっしゃいませんか」
普段なら、ノックをしながら呼びかけはしない。しかし、この慌てた口調から、この呼びかけは緊急事なのだと訴えていた。
みんなが集まり、祈る様に静まっている最中、アリアが静かながらも急いで扉を開いた。
「おはようございます。お急ぎの様子ですが、なにかありましたか?」
アリアが開けた隙間から、扉の外には巡回メイドが少々息を切らせて待っていたのが分かった。
あ?!
私達の事情に気が付いてか、声を一旦飲み込んだ様だった。
「お、お食事の所申し訳ございません。失礼とは存じますが、お済みまでこのまま外でお待ち致します。どうぞ宥恕下さいませ」
そう、私達は仕度が済み、これから朝食を取る所だた。その前の祈りの最中だったのだ。
間が悪かった。そう慌ててか、メイドは閉ざそうと扉へ手を伸ばしたその時、トキザミ様が何時も通り落ち着いた口調で話しかける。
「どうぞ中へお入りなさい。そしてお好きな所へお座りなさい。私達の事は気になさらなくて大丈夫ですよ。アリア、水を用意して差し上げなさい」
「はいトキザミ様、分かりました。それでは飲み物を用意しますので、お座りになってください」
アリアは急いで厨房からコップを持って来て、食卓の水差しから注ぎ、門戸の近くに座ったメイドへ手渡した。
「どう、落ち着けましたか? それでは、先ずは名前を伺っても宜しいでしょか」
「は、はい。申し訳御座いませんでした」
メイドは立ち上がり、スカートをたくし上げた礼をしてから名乗り始めた。
「わたくし、巡回メイドの任を受け持つサララと申します。お食事中のみなさまには大変ご迷惑をおかけして申し訳御座いません」
「そんなに畏まらなくて良いのよ。緊急なのでしょう、ゆっくりで大丈夫よ。私達の事は気にせずに報告くださいな。出来ましたら近くに座って下さると助かりますわね」
「はい。それでは失礼しまして」
サララは私達の1つ隣の席へ移り座った。
「それではサララ、報告をお願いします。みんなはそのまま食事をしていて結構ですよ」
普段の食事では、私語は慎む必要があった。
本来なら報告が終わるまで食事の手を止めるの様に指示があるかと思った。しかし、今回は食事をしながらでもかまわない。という所に違和感を感じた。
修道院長のトキザミ様の言葉は普段と変わらず落ち着いた口調だったので、緊張した雰囲気にはなっていなかった。ただ、食事しながら話しを聞く、と言う事は食事の時間さえ惜し程の緊急事態というの事ではないだろうか?
ただ単に、急ぐ時こそ落ち着くかなくてはならない。という理由だけだろうか。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「それでは、報告させて頂きます」
飲み干したコップをテーブルに置いて立ち上がろうとしたが、トキザミ様はそのまま座って居る様にと手を振りかざした。
「改めて、報告いたします」
サララの言い改め方から、重要な事態だというのは気付いているが、座ったまま、食事をしたままという状況は、自由に私語を交わしながらの食事風景とも取れなくない。
そんな緩んだ空気があった。
「南東の区画に戒厳令が敷かれました。現在、非番の兵士やメイドを動員しましてにて区画閉鎖をしております」
「理由は、疫病ですね。症状は如何でしょうか? 季節外れの風邪の様でしょうか?」
「はい。その通りで御座います。呼吸が、まるで笛を鳴らす様に息苦しく咳き込んでおります」
「罹患の状況は如何ですか。この病で亡くなった方は何人でしょうか」
「薄明に2人が亡くなったと報告が御座いました。現在患っている状況から、まだ増えると思われます。よって、姫様より指示が御座いました。該当区画を閉鎖し、他の地域についても予断を許さぬ様に対策を、との勅命が御座います」
「承知しました。サララ、報告ご苦労様でした。この後に荷馬車が来るのでしょう、3台ですか。それでは出迎えをお願いできますか。私達は至急準備を致します」
「は、はい。仰る通り荷馬車は3台用意されております。何故ご存じなのでしょうか?」
「過去にもありましたから」
トキザミ様は動じる事無く、あたかも予定通りと言った感じで言葉を返した。
先を見透かした様な言葉には毎度驚かされるが、これが当然だ! という修道師達の反応も驚愕だった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「みなさん。この礼拝堂を療養所として解放します。
食べ終わったら片付けは後回しにして、準備をお願いします。
アンブラとサフィール、コラルの3人組は、今受けている『お手伝い』先へ事情を説明して当分の間は『お手伝い』出来ない事を伝えて周りなさい。
マリアベルとアルキメド、それとリトとクレハはブリーイッド達の所へ避難しますので、生活品の準備をなさい。
ハンスとガッセル、そしてアリアはサジェスと一緒に西の分院を療養所して解放し看病しますので、移動の準備を。
テレサにレミア、ビリージェルは閉鎖区画の東の分院で応援を。特にテレサとレミアの『治療の祈り』が要です。一緒にナーガ…は、馬車が苦手だったわね。サスケを一緒に連れて行きなさい。
ナーガは3人組が戻り次第、一緒にここで看病の手伝いしをなさい。
以上ですよ。3人組以外は荷馬車が来るまでに放し飼いの鶏を鶏舎へ集めましょう。
さぁ、急ぎましょう」
トキザミ様は、予め用意していたかの様に、緊急時の対策を食事中に告げた。
どれだけ経験してきたのだろうか? そう思える程の手際の良さに感銘を受けると同時に、病気の深刻さを思い知る。
病気で戒厳令とか区画閉鎖と言うと大げさかも知れない。
だけど例えるなら、教室の2割がインフルエンザに罹患して学級閉鎖および(家からの)外出禁止令が下されたと思うべきだろう。
治療薬があるインフルエンザなら、そんなに深刻に受け止めなくても大丈夫だろうが、この世界では病気について分からない事が多いし、治療方法も存在しない。
患ったら体力が尽きる前に何とかしなくてはならない、いわば体力と時間の勝負だ。
「あの、わたくしに手伝える事はございませんか?」
荷馬車を待つだけなのが申し訳ないと思ったのか、サララが協力を申し出た。
「そうでしたら、鶏を捕まえるのを手伝って頂けますか。大切な滋養ですから」
卵も身も精の付く貴重な食べ物だ。荷馬車や患者の受け入れで逃げられては大変だと、容易に想像できた。
しかし、1つ疑問があった。
私とクレハ、マリーとアルが避難する必要性が分からない。
患者を受け入れるなら、猫の手も借りたい程に繁忙になるはずだ。それに私達は所詮は孤児。亡くなっても悲しむ人は居ないだろう。
早かれ遅かれ人は死ぬ。それが摂理。そういう冷めた考えを持っている。
前の世界では身寄りが無かった私自身、際まで考えてきた事だ。そんな考え方が、転生した、生まれ変わったからと言って、そう簡単に変わる訳が無い。
と云っても、実際に言葉にしたら、流石に辛いく重い気分になった。
人とは、きっと生まれた事に意味があるのだろう。
ナーガやござる丸の転生者だって、世界の平和の為に体を張る使命がある。
私とクレハ…、いや違うな。私だけが平穏な牧歌的生活で惰眠をむさぼる為に存在している。メフィストとはそういう契約を結んだのだ
当然、トキザミ様の指示を受け入れる方が契約に準じる事ができる。
…しかし、本当にそれで良いのだろうか?
逃げて逃げて逃げて、逃げた先にある人々の屍の上で平和を享受出来る程、冷めた考えは持っていない。
なにより、逃げてしまったのなら、きっと後悔、自虐の念に嘖まれてしまうのは明白だ。
「クレハ。覚悟はあるかい?」
手を強く握りしめて問い掛けた。私の決断がクレハを苦しめる結果になるかも知れないからだ。
「いいよ。リトのすきなようにして。あたしのことは、きにしないで」
クレハの自信に満ちた笑顔に勇気を受け取った気がした
「トキザミ様。僕もナーガと一緒にお手伝いします。避難なんて出来ません。どうか手伝わせてください」
皆の力になりたい自信と、最悪な事態になる恐怖と、様々な感情が混濁し、握ったままの手を震えさせながら訴えた。
「リトは何歳になるのかしら。8歳になるまでは「子は天より預かりし宝とせよ」とされているの。姫様
…ではなくて、誰の言葉だったでしょうか? まぁ、そういう言い伝えがあるのですよ」
なんだよ、その『七五三の祝い』みたいな発想は?! 兎も角、姫様が決めた規則でないのなら伝承に従う必要は無いはずだ!
「今生の別れになるかも知れないのに、ナーガと、今では家族同然なみんなと別れるなんてごめんだよ。わ…僕はみんなと一緒にいたいんだ。だから手伝わせてくれ、ください」
つい、素の声を出してしまったが、結果はどうなれど後悔はしたくない。
必死に訴える。
「テレサにレミア、サジェスはもっともっと危険な所にいくのでしょ。どうして平然としていられるのさ」
「クレハが残るのなら、わたしも、一緒に残ります。アルと同じ年の子が残るのに、逃げるなんて、できません…」
アル、ごめんね。
そう囁く様に弟を抱きしめて、マリアベルは震えた声を口にした。
修道師のみんなが顔を合わせながら返事に困っていると、トキザミ様か口を開く。
「先ずはリト。この病は一度患ったら、再び患らわない類いの病ですよ。だから心配しなくても大丈夫です。
そして、マリアベル。あなたは将来パン工房で働きたい夢がありますよね。口にするモノを作る仕事なのですから、避難をなさい。それとも夢を諦めますか」
マリアベルは『未来』を優先し避難する事に従う事に決めた。
病人が調理士なんて考えたくも無いから、間違いなく英断だ。
さて、私としては、気になることが増えた。慌てて来たメイド、サララに問い掛ける。
「サララさん。病気の人に、黒い斑点はありませんでしたか? 赤いボツボツが沢山できてたりしませんか?」
「え、えっと、斑点は見かけなかったと思います。 目が真っ赤で、お腹の調子を悪くして、呼吸が出来なくなった方が居ると、聞いてます。リトも避難をして下さい」
黒死病では手も足も出せないから避難すべきだとは思った。でもそういう症状では無いとサララが言った。
インフルエンザでは流行の時期が変だ。世界が違うからかも知れないとはいえ、再発の心配が無いという言葉から、免疫が出来れば半永久的に予防できる病気らしい。
麻疹や百日咳、結核に似た病気なのかもしれない。
この体になっても左肩にはワクチン接種の跡が2つ残っていたのが気になっていた。
ナーガにも、跡こそ薄いがやはり残っていた。跡が薄いのは医学の進歩で針が細く、より良いワクチンが出来た時代なのだと思ったモノだ。
私の頃の様に半強制ではなく、希望者だ受ける時代だと想像すれば、この跡は親の愛情の証だろうと考えたモノだ。
「僕は残ります。みんなを助けたいから」
「あたしも、のこる。みんなといっしょ」
推論とはいえ、根拠の無い自信で心を決めた。
「リトの気持ちは分かったわ。でもクレハはマリーとアルと一緒に避難してね」
「いや! あたしものこる! リトと、ナーガと、ずっといっしょ! いっしょにいたいの!」
クレハは、気遣ったシスター・レミアの腕に力一杯にしがみついた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
荷馬車が到着した頃には、礼拝堂内は散らかったままだが、鶏を鶏舎へ入れることは間に合った。
「それでは、みなさん。お役に立てる事を願いますが、決して無理はしていけませんよ。疲弊してしまっては病が移るかも知れません。休養はしっかり取りなさい。いいですね」
トキザミ様の贈る言葉に、
避難所へ行くマリアベルとアルキメドが申し訳なさそうに頷いた。
西へ向かう荷馬車には、モンク・サジェスとアリア、そしてハン・セルの2人組が力強い返事を返した。
東へ向かう荷馬車では同じように…? あれ?
シスターテレサにレミア、モンク・ビリージェルが返事をせずに辺りを見回していた。
「どうしたのですか?」
「ござ…サスケが一緒に行くのですか、何処にも見当たらないのです」
トキザミ様が不思議に思って聞いた所、シスター・テレサからござる丸が見当たらないと返答があった。
「あの~、具申とは思いますが、黒い服を着た人が「病で死にたくないでござる」と言ってあちらへ駆けて行きましたが…。
あ、関係者かと思いまして引き留めたのですが「戦って死ぬなら本望、だがしかし病で倒れるのは嫌でござる!」と言い放って去ってしまいました」
サララが門の先の、南方を指差して口添えをしてくれた。
荷馬車を迎える為に門に居たからかも知れないが、唯一ござる丸の行動が見えていた。
引き留めた手を振り払っての逃避行動に呆れもしたが、こんな爆弾みたいな問題児が居てもトラブルになるリスクが高いと思ったのか、私を含め東方面へ行く3人はホッとした様に見えた。
こんな自己中な問題児に「世界を救え」と、ご丁寧にチート能力まで授けて、この世界に送り込んだ『神様』とやらはいったいなんなんだよ?! 人選間違えてるだろうか!!
もう、心の中ではツッコミをしまくっていた。
ただ、逃げた事への悔しさが半分、居なくなってホッとした安心感で半分。微妙な心持ちではあったのだが…。




