136 新しい家族がやって来た
4月もそろそろ過ぎ去ろうとしている頃、そうだなぁ、前の世界の日本ではゴールデンウィークが近づき、連休のプランに思い浸りつつも、仕事の前倒しで激務に辟易していた。
あまり良い思い出は無かったけど、過ぎてしまえば騒がしかったのも懐かしい。
そんな時期の晴れた日より。
この国にも三寒四温な日和があるのかどうかは分からないが、昨日は冷え込んだ分、日差しが強い今日は暖かかった。
春風が頬を柔らかく撫でながら過ぎ去っていく。
この柔らかい風の流れに身覚えがあった。そう、この世界に連れられた時の情調だ。あの時と同じく晴れ渡る青空が、1つ年を過ごした事を実感させた。
そして…
温かい。と言うよりも少し暑い。
昨日との気温差による為だろう。漂う肥だめの臭いが気になっていた。
この国の門をくぐった時に感じた臭気の記憶も鮮明に浮かび上がり、長い様で短かった過ごした日々の思いでが泡の様に浮かんでは消えていく。
「リトったら、何時まで空を見上げているのよ。早く布団を運んでよね」
「あ、はい。ごめんなさい…」
宿舎の窓から身を乗りだしたアリアが、ちょっとイラついた感じに呼びかけていた。
感慨深く思いに浸ってしまったのだろうか? 全然聞こえなかったので、少々怒らせてしまったらしい。慌てて返事をし、日干しをしている藁布団を担ぎ上げた。
「どうしたの~、リトわ~。いつも、だけど、きょうはボーッとしているの、ながすぎだよ~」
「そうだよ。立ったまま、目を開けて寝るなんて、器用な事が出来るんだな!」
クレハが叱咤し、ナーガが珍しく冗談を言った。
そんな器用な事なんて出来る訳が無い。出来る訳が無いが、思い出に感慨深く浸っている姿は、傍から見たら白昼夢の中に居る様に見えても仕方がないか。
「ごめん、2人とも。迷惑かけちゃったね。もう大丈夫。さぁ布団を運ぼうか。…それで何処にはこぶんだったかな?」
「ハン・セルの部屋に運ぶんだよ。本当にどうしたのさ。寝不足かい?」
「ごめん。本当にごめん。迷惑掛けて。ただね、ナーガと始めてあった時もこんな青空だっな~って思い出していたんだよ」
「あ~そっか~。ナーガといっちょに、くらちはじめたんだね~。それなら、そうと、ちょうじきに、いえばいいのに。はずかちいの?」
クレハが当時を思い出して口にした。ろれつが回っていないのは照れ隠しなのだろう。
「そっかー。もう1つ年経ったんだな。リトには、この世界での暮らし方を教わったんだったな。ありがとうな」
「ぼ、僕の方こそ、あの…言葉、とか、話し方、とか、助けてくれて、ありがとう。とっても、感謝してるんだ。助けてくれてありがとう」
「あたしも、ありがとう。ナーガ。おかげで、げんきに、なれたんだよ~」
「それじゃ、おあいこだな。これからもよろしく。リトにクレハ」
「そうだよね、僕こそこれからも、よろしく」
「うん。よろしく~だね。ナーガ~」
そもそも自動翻訳な能力、私は『共通言語』と呼んでいるが、そういう鉄板な能力を付与しなかったメフィストが悪い!
その為に、言葉を覚えるのにどれ程苦労した事か!!
この国に到着して暫くは、ナーガが翻訳してくれたから生活出来たけど、会話できないとか、無理ゲー過ぎるだろ!って訴えたい。
いやいや、今度会ったら山積みの不満のを絶対に訴えてやる!
「こら~! 貴方達、何時までサボってるのよ! 掃除はもう終わってるのよ。早くしなさい!」
しびれを切らしたのだろう。とうとう、アリアが拳を掲げて叫んでいた。うっかりしていたとはいえ、この状況は流石にまずい。
思い出を分かち合って親睦を深める切っ掛けになったと思ったけど、最悪のタイミングだった。
仕事を済ましてから、「あの時は…」と切り出すべきだったと猛省。
「ごめんなさい、アリア~。今すぐ持って行きま~す」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「どうして、ハンスとガッセルの部屋に布団を一式用意するの? 2人の親戚が会いに来るの?」
そう言うと、アリアは哀れな眼差しで私の頭をポンポンと叩いた。痛くはないけど、なんか、こう、心に重くのしか掛かった気がした。
「リトって…、馬鹿なの? 私達は身寄りが無いから孤児として修道院にお世話になっているのよ。『家族』の事は口にしない様に気をつけなさいね」
「ご、ごめんなさい…」
なんか、今日は朝から謝ってばかりだな。情けない…。
「あたしからも、ごめんなさい。リトには、ちゅういさせる。だから、ごめんなさい」
クレハも、コレは大失言だと思ったのだろう。普段の、人前では間延びした話し方では無く、言葉しっかりと弁護してくれた。
「クレハはしっかりしてるわね。それじゃ、悪い悪いリトにはお仕置きして良いからね」
そう言いながらアリアは私に抱きついてホッペをつねった。
「ひ、たい。ひた、い」
腕をしっかり固定されて抵抗なんて出来なく、されるがままにお仕置きをさてれしまった。
抱きつく位なのだから好意があると勘違いするじゃ無いか。恥ずかしいなぁ~。
そんな、くすぐったい気持ちもあってホッペの痛みは柔らでいた所、足の甲にぷにった鈍痛がのしかかった。クレハが踵で踏みつけていたのだ。
「ひゃめ、ひゃめろ、ってびゃ」
つねられたままなので満足に声が出せない。
「アリア~。これで、いい?」
「ふふふっ。そうね、それじゃ悪いリトのお仕置きはクレハにお任せね」
「は~い。アリアから、ゆるし、もらったらか、リト、かくごしなさいね」
2人は何故か意気投合していたが、何時までこの状態でいるつもりだよ。なんのプレイだよ。流石に勘弁してくれ。
ホッペがホッペなので、心で必死に訴えていた。
嬉し恥ずかしな戒めが解かれた頃に、遠くからブルルッという声と共に土を穿ち、木が転がる音が響いてきた。
聞き覚えのある馬と客車の音。その音が修道院の前で一旦止まった。
そして、客車の音を聞きつけてか、シスター・レミアが孤児のみんなを呼び集めていた。
「流石はトキザミ様。約束の時間通りだわ」
アリアが感心した声を放つ。
「誰か来たの?」
「そうよ。トキザミ様が新しいお友達、リト風に言うなら、新しい家族を案内されたのよ」
「あたらしい、かぞく?」
「そうよクレハ。ハンスとガッセルの新しいルームメイトよ」
そういえば、ここ数日は院長のトキザミ様は見かけなかった。
アリアの話しから『孤児を迎えに行っていた』と受け止めたら良いのかも知れないが…、なんだろうか? 違和感? それとも、不安感だろうか?
何処か変じゃないだろうか。そんな疑問が思い浮かんだ。
この国ではメイドが巡回しているのだ。
もしも孤児を見つけたのなら、メイドが孤児を修道院兼孤児院へ案内するのが、本来の流れではないだろうか。
それなのに、ワザワザ迎えに行く? コレっておかしくないか?
まるで『孤児が現れるのを予め知っていた』かの様ではないか?
親の死期が判っていた? 事故なら注意をして、病なら治療を施して、最悪の事態を避けさせる事が出来るはずだ。それなのに何故、予見した不幸を待つ必要があるのだ?
待つ…、いや違う。
人道的に不幸を待つ、のは違う! 痩せても枯れても道義を重んじる修道院の人達が、ただ眺めて待つというのは有り得ない。
なんだ? 大切な『何か』を忘れている気がする。
その『何か』を考え込んで解らないまま、鈍い音と共に門が開かれた。
トキザミ様が、風変わりの黒ずくめな男、孤児だから少年か。
彼を案内しながら孤児のみんなの前に連れて来て紹介をして頂いた。
「この子が、これからみんなと一緒に暮らす『迷子』です。みなさん、どうぞ仲良くしてあげて下さいね。それでは自己紹介して頂けますか」
「いえす。ミーは『サスケ』でござる。名は捨てたでござる」
「ござる」の語尾は兎も角、自己紹介の言い方から、何処の『我が輩ネコ』だよ!
って、違う違う!! 突っ込む所はソコじゃ無い! 『迷子』だって?!
『迷子』と云えば、ナーガと同じ『異世界人』じゃないか?!
ありえるのか、そんな事?
いったい何が…、何が起きているんだ???




